月寒さん、と呼びかけると彼女はカルテをいじっていた手を止めて振り返った。大隊長殿がお呼びだよ、と用件を伝えると、ありがとうと返ってきた。そしてわずかに上げられる口の端。それが上品で、俺はたまらなく好きだ。
彼女は立ち上がるとその体に合わない大きなコートをふわりと翻して横を通りすぎる。気づけば俺は、勝手に彼女を呼び止めていた。
「どうしたの、漆原君」
彼女は驚いた表情で俺の顔をじっと見つめる。
「あ、いや、後でで良いや!うん!」
彼女は「そう?」と首をかしげて新城大尉のテントへ歩いていった。自分は何が言いたかったのか。それを考えながら、俺は幕屋に戻った。
次に彼女を見たとき、わずかに見えた首にぐるりとつつみこむような痕があった。あの時止めていればよかったのか? でも止めてどうするつもりだ?
でも、月寒さん、俺なら首を絞めないよ。だから。
奪わせてほしいんだ
(心も、からだも全て俺のものに)