つながる相手のない充電器を見つめながら少女はぼんやりとしていた。
『夕弦、おまえがこの子を育ててあげなさい』
『え、携帯電話……?』
『あらゆる知識、言葉、世界をお前が教えることでこの子は成長する。良いも悪いも、おまえ次第だ』
アンダーアンカーという組織に身を置く父親の言葉を思い出しながら、彼女はまどろみのなかに沈んでいった。
「私が、育てる……」
セピアの世界の中、言葉を反芻する少女は自身の父の手の中に納まる黒い携帯電話を見やった。
「人工知能を搭載しているんだ。この機体は試作機。私達が育てるのも構わないが、それでは偏った情報しか与えられないと判断してね」
「育てて、どうするの?」
「ネット犯罪を取り締まるこの組織で、人間とネットワーク社会の安全のために働くんだよ」
眉間にしわを寄せて携帯電話を見つめたあと、彼女はようやく口を開いた。
「分かった。やってみる」
力強く頷く娘を見て彼はほっと息をついて笑みを浮かべる。そして彼女の手をとるとその手にしっかりと携帯電話を握らせる。「頼んだよ」。そう付け加えて。
少女は大事そうに携帯を開くと画面にむかってやわらかく微笑みかけて言った。
「私は敷島夕弦。これからよろしくね、ゼロワン」
『……宜しく頼む、夕弦』
突如、セピア色の世界はメールの着信音によって途絶えた。夢だったのだ。
(懐かしい記憶だ)
夢の続きを見ていたいと思いつつ、ゆるゆると腕を伸ばして携帯を手に取ると、夕弦は目を見開かせた。
覚えのないアドレスから届いた一通のメールには「今戻る」の一言。そして添えてあった名前は――
「ゼロ、ワン」
夕弦は突然立ち上がると慌てて自室を出て玄関へと一直線に向かう。勢いがあまって転びそうになりながらドアの取っ手にその手をかけた。
*
アンカーヒロインの元になったものです。せっかくなのでお蔵だし。