「なん、で」
ようやく絞り出せたのは、その一言だけ。壁際に追いやられ、首にチェーンソーを突きつけられた私は、恐怖と衝撃とで、空いた両手を動かせずにいた。
今や私を支配するゼロワンは静かに言った。『俺は元来こうなのだ』。そしてどこか自嘲するように一笑して、私をまっすぐ見る。いつもと同じ表情だったけど、私はそこに憂いを垣間見た気がして、はっと息を呑んだ。
『人間とは騙されやすいものだな』
「どういうこと?」
『気づかなかったのか。俺はお前を利用していただけだ』
じゃあなんでそんなにつらそうな顔をしているのだろう。不思議と冷静さを取り戻していく自分に驚きながら、私はゆっくり口を開いた。
「ゼロワン、聞きたいことがあるんだけど」
『言ってみろ』
「ここ数日私の家の近くで見張ってる人達、ゼロワンと何か関係あるんでしょう」
最近、この辺りでは見かけない人、車がよく目に付くようになった。特に変わった様子だったわけじゃない。だけど、何を探っているのかはなんとなく分かっていた。
いくら待っても次の言葉は出てこない。どうやら当たったらしい。ゼロワンは依然として私の首もとに右手のそれを突きつけていたけど、その視線は私と合わない。
「もういいよ。無理しないでよゼロワン」
彼は驚いた様子で私を見た。戸惑っているのだろう。画面に浮かぶ表情が、少しだけ揺れた気がした。
『どういう、意味だ』
「そのままの意味。今のゼロワンは、無理してるようにしか見えないよ」
「優しくなれなくてもいいんだよ。壊しても大丈夫だよ。だから、自分に嘘をつかないで。自分を責めないで」
かたり、とゼロワンの着けていたデモリッションが外れて床に落ちていく。そして、彼は崩れ落ちるように地に膝をついた。
『お前は、この「俺」を受け入れてくれるというのか』
『俺の過去を知ったら……夕弦、お前はきっと俺のことを軽蔑するだろう』
「ゼロワンの過去がどんなものであろうと、それがあって今のゼロワンがあるのだから、私はそれを受け止める」
『聞いて、くれるか』
「うん。ここにいて、ちゃんと聞いてるよ」
今の私には、彼を抱きしめて、その話に耳を傾けることしかできない。
いばらの配線
(彼をこの茨から解放できるのだろうか)
*
書いていて途中でかわいそうになってきて進まなくなりました。