[398] 柊蓮司と魔法の石 10・11 (リリカルなのは×ナイトウィザード×ダブルクロス) |
- タマ - 2007年12月25日 (火) 11時24分
「ふぅぅぅぅ。」
思い切り吐き出した呼吸と共に、柊は箒の上に腰を落とす。
こちらに着てから初めての大物、上級といってもいいエミュレイターとの戦闘だったが、正直きつかった。
だが、きつかったからこそ今回のことで確信した。
魔王級のエミュレイターはおそらくウィザードがこちらにそう大勢来られないのと似たような理由で、こちらに来ることが出来ない、もしくは来られたとしても世界結界以上に力を制限される、というか制限せねば来られない。
霧が晴れればウィザードも自由に移動できるだろうが、魔王たちはおそらく世界結界の制限なく力が揮えるのだから、いっそこのままでもいいのではないかとも思う。
思いながら、風穴の開いた制服をなでる。制服って割高なのだが経費で落ちるだろうか?
最悪アンゼロットを通さず直接知り合いのロンギヌスの事務方と交渉しよう。
それは意味のあるようで意味のない。
けれど、金銭という割と切り詰めて生活しているものにとっては切実な問題だった。
なのはもフェイトも、アルフもユーノでさえもようやく、そしておそらく今度こそ訪れた勝利とさっき明らかな致命傷を負ったはずの柊に、封印状態のジュエルシードも忘れて、柊のほうへ向かう。
そして、自分達と同じ年、九歳の人間が放つものでは決してないほどの哀愁を放ち、傷があったはずの場所をなでる柊にかけるべき言葉を失ってしまった。
思い出されるのは、柊が切りつけた後のエミュレイターが柊に向かっていった言葉。
『化け物』
そして柊が返した言葉。
『お前らが言うな』
彼はそう言った。そう言っただけだった。
化け物と呼ばれて、彼は否定を口にしなかったのだ。
彼女達はまだ、自分が柊の抱えているものについてまったく知らないことに胸を痛めた。
「あの、蓮司?」
「ん? どうした、フェイト?」
そう言ってようやっとこちらを見た柊にフェイトは意を決したように問う。
「傷は、大丈夫……?」
気安く聞いていいものかどうかわからないがそれでも心配なのだ。問わずにはいられなかった。
「ああもう大丈夫だ。さすがに100%は超えたが。」
言っている意味はわからない。けれど言う柊の表情に陰りはない、まったく弱みを見せようとしない柊に少し落ち込むがそれでも安心したように笑う。
「結局あの声なんだったんだい?」
紅き月が消え、多少の余裕ができたのか―――その余裕をジュエルシードの回収に回せよ、という話だが―――アルフが全員の疑問を口にする。
「あー………それはまあ宿敵というか怨敵というか業敵というか、それを言ったらアンゼロットのほうが敵認定としては上位にいるんだが………。」
どこか遠いところを眺めながら、正直アンゼロットの名前を以前に柊の口から聞いているなのはとユーノにとって聞き捨てなら無い事を口走る柊であったが、その声が唐突に止まる。
紅き月の消えた空、その空から前触れ一切無しで柊に、というか柊がいる辺り、つまりは他の四人全員巻き込む範囲に巨大な雷が降り注いだのだ。
その雷の効果範囲中央におり、直撃で殺傷設定の魔法をその身に受け海面に叩きつけられた柊。
柊のそばにおり、とっさに柊に突き飛ばされたのと元々の防御力で大きなダメージの無いなのは。
なのはと同じように突き飛ばされたのだが、なのはと比較して薄い防御と蓄積していた疲労のため余波だけで意識を刈り取られたフェイト。
効果範囲ぎりぎりにいたためと元々の防御力が二人より高いためにさしたる影響を受けていないアルフとユーノ。
その、何が起こったのかまったくつかめない混乱の中で、最も早く動いたのはアルフだった。
はじかれたように虚空を睨みつけると苦虫を口いっぱいにかみ締めたような顔で行動を開始、気を失っているフェイトを捕まえて封印状態で宙に浮いているジュエルシードに手を伸ばす。
それを止めたのは月匣が消え、アースラから転移してきたクロノ。
アルフの伸ばした手をSU2で受け止め弾き飛ばす。
「邪魔、すんなぁ!!」
自身の手を弾き飛ばしたSU2をそれでもアルフは力任せに越える。肩からのぶちかましでクロノごと吹き飛ばしたのだ。
されどクロノとてただ吹き飛ばされたわけではない。いつの間にかジュエルシード六個のうち三個を確保していたのだ。
その手際のよさとあまりといえばあまりに良い登場タイミングに残りの三個を確保しながらはき捨てるように言ってから転移に移る。
「覚えときなよ! ドリームマン二号!!」
アルフのほうはクロノの名前も覚えていなかったので、柊との話の中で彼の使った代名詞をそのまま使う。通じるわけが無いと彼女も思っているがそれ以外に思いつかなかったのだ。実際クロノがドリームマンの容姿を知っていたらかなりの罵倒になったような気がするが。
海中から引き上げられた柊を見て、なのはは息を呑む。背中に直撃した雷は容赦なく皮膚を焼き、熱を持った皮膚は海水をその場で蒸発させジュウジュウと音を立てている。
意識もなく、回収したアースラスタッフが必死で治癒魔法を掛けてくれたが、いまだ意識が戻らない、何故か効き目が弱いと言うのだ。
「いつ意識が戻るか、わかりません。最悪このまま………。」
そう沈痛な面持ちで言ったアースラ医療スタッフの言葉に、なのはは結局護れず護られたことに涙した。
それから、柊が倒れてから三日後。海上にて飛び交う桜色の砲撃と金色の閃光を眺めながら、その男は月衣からこの任務に当たり渡された特注の0−Phoneを取り出した。
「うっひゃあ、二人ともすっごいなぁ。」
「そうね。」
感嘆したようにそう洩らすエイミィにリンディが同意する。
いつもエイミィの言葉に反応するクロノは今ここにはいない。あの、内部で紅い月の見える封鎖結界を警戒して戦場近くで待機しているのだ。
「本当に強くて、弱くて、悲しい子。」
モニターに写るフェイトを見つめ、リンディはそう洩らす。最初戦場に現れたときの、沈んだ様子、それでも母親のためにと戦うことを決めた顔、そしてそう決めてそう選んでしまった自分を責めている顔。
本当に、どこまでも大切な人のために戦える強い子。
本当に、それが間違っているのだとどこかで理解してしまっていて突き進み続けていくごとに傷ついていってしまう弱い子。
本当に、他者に向けられる優しさを自身に向けられない悲しい子。
アルフに聞いたことも含めて、どうにかして助けてあげたいと思う。
そんなことを考えながら、二人の戦いを見守っていたときだ。エイミィが焦ったように声をあげる。
「艦長! 通信が……強制通信!? 回線開きます!!」
『はじめまして、だな。時空管理局提督・リンディ・ハラオウン。』
「どなたです?」
突然通信を強制的に開き、しかも自身の名を名指しで呼んできた男はお世辞にも善人には見えず、管理局の人間にも見えない。警戒そのままに問いかける。
『クックック、失礼、私は聖王庁所属の聖職者、グイード・ボルジアだ。』
「聖王、庁?」
思わず聞き返す。聖王教会ではなく聖王庁とは、ただの言い間違いだとも思えない。ならばまったく違う組織なのだろうか。
『私の用件はそう大きなことではない。今そこに柊 蓮司がいるだろう?』
「! ………誰ですかその人は」
『隠す必要は無い、私の目的は柊 蓮司の治療だ。こちらも人手不足だからな、あの男にいつまでも寝ていられると困るのだよ。』
「それを信じろと?」
こちらはどれだけ調べてもまったく前後関係が分らなかったというのに向こうはこちらの個人名まで把握している。相手は管理局以上の組織力を持っているとでも言うのだろうか。
『別にそちらに損になる話ではあるまい? 柊 蓮司が目覚めれば、あのお人よしのことだ、そちらに協力もするだろうし、たとえ私の言葉が嘘だったとしてもそちらの本拠だ。最悪でも柊 蓮司が死ぬだけで済む。』
「…………。」
『なお不安だというのなら武装解除にも応じよう。柊 蓮司への命令権ももらっている。そちらへの協力を命じてもいい。奴の性格を考えるに不必要だとは思うがな。』
「………わかりました。」
「艦長!?」
この怪しすぎてむしろ悪人じゃないところを探すほうが難しそうな人間を艦に入れるのか、とエイミィは抗議に近い声をあげるが、リンディは首を振り命令を出す。
アルフの言葉を信じるのなら柊が目覚めてくれるなら早いほうがいい。彼ならきっと、フェイトの味方になってくれる。
「出来るだけ情報を取らないとね、これ以上後手に回るのは避けたいし。」
そう小声で告げる。
そして自身S級魔導師なのだ、本当に最悪でもあの男の言ったとおり柊が死ぬだけで済ませる自信がある。そしてそうなったらあの男を捕らえる自信も。
こちらの内心を全て見透かしているのだろう男は最初と同様に悪人のように笑いながら、自身の現在位置を教え、転送を要求した。
プレシア・テスタロッサ捕縛の準備のために動けないアースラの武装隊員の代わりにリンディが転送ポートでグイードを出迎える。何か不穏な動きをするようなら即座に対処できるよう準備を万全に整えて。
「出迎え感謝する、早速で悪いがあの男はどこかね?」
「医務室、こちらです。」
言って、リンディは歩き出す。当たり前だがかけらも友好的な雰囲気無く二人はアースラ内の通路を進んでいく。
「ところで……。」
沈黙を破ったのはリンディだった。当たり前だ、グイードのほうは管理局のことをおそらく知りたいと思うことは大体知っているのだろう、いまさら情報を集めようとする必要も無いのだから。
「柊 蓮司君もあなたの言った組織、聖王庁に所属しているのですか?」
「いや、あの男は聖王庁にもロンギヌスにも所属はしていない。それゆえ政治的、世界的事情にとらわれず使えるのだしな。」
『使える』、まるで柊が人で無いかのような物言いに眉を寄せるが、ここは情報を更に聞き出すべきだ。ロンギヌス、というのも聞いたことがない単語なのだから。
「では命令権などあってないようなものなのでは?」
「くっくっく、確かにその通りだがね。あの男はアンゼロットには逆らわん、いや逆らえんのだよ。」
思わず振り返ってグイードの顔を見る。『逆らわない』ではなく『逆らえない』このニュアンスの違いが表すことは………
「あの男も人質(年齢とレベル)は取り返したいだろうしねぇ。」
「あなたは!!」
面白そうに笑いを堪えながら言うグイードにリンディは努めて保っていた冷静さをかなぐり捨て叫ぶ。
あんな子供を、本来なら親に甘えていていい年頃の子供を、人質をとってまで戦わせようというのかこの男は!! アンゼロットという人は!!
「彼を何だと思っているのですか!?」
「決まっているだろう? 柊 蓮司はみんなの物だ、世界人類全員で平等に使わなければ。」
言いながらグイードはリンディの睨み殺さんばかりの怒りの視線を涼しげに流しつつ懐から取り出した葉巻をくわえ、ふと気が付いたように言う。
「ここ、タバコすっていいかね?」
それに冷静に答えを返す余裕はリンディには残っていなかった。不機嫌に敵意をかけらも隠さず怒鳴るように返した。
「禁煙です!!」
「う……。」
わずかに呻き柊は目を開く、そして映ったのはドアップのグイードの顔。
「うおおおおおぉぉぉぉぉ!???!」
思わず、故に無意識に全力で魔剣を振りぬく。
「「げふぉあ!!」」
振りぬかれた魔剣の直撃を――――剣を返した覚えは無いのだが何故か剣の腹を――――受け吹き飛ばされるグイード。
吹き飛ばされかなりやばい方向から着地、なんか痙攣しているがこの際無視だ。
現状がつかめない、此処はどこで、エミュレイターを倒してからどうなったのか。
情報を仕入れたいなら知っていそうな人間を殴り倒すなよ、という話だがグイードからの説明となると黒き星の皇子事件然り、愚者の楽園事件然りろくな目にあっていないので却下だ。
「蓮司……。」
とりあえず目覚めの悪さから荒れていた息を整えていたら横合いから声をかけられた。
「フェイト……?」
声の主は柊が眠っていたのと隣のベッドに腰掛けたフェイトだった。
「どうした、大丈夫か?」
そう思わず問うてしまうほどフェイトは今まで見たこと無いほどに憔悴していた。
実際今のフェイトはボロボロだった。身体的なものではなく、精神的に。
自分が人口の生命体で、ただの人形だと、最愛の母親に不必要だと切り捨てられた彼女の心はもういつ壊れても不思議ではない。
そんな壊れかけの彼女の心を、崩壊一歩手前で保たせているのはアリシアとして植えつけられた記憶ではなくフェイトとして笑っていた記憶、リニスとアルフと………短い間だが共に笑いあっていた柊の存在だった。
「私は、何ナノかな………?」
母に捨てられたという絶望と、柊にまで否定されてしまうかもしれないという恐怖に震えてうつむくフェイトに、柊は柊であるが故に心の底から不思議そうに答える。
「アルフの主人で、俺のお隣さんで、料理仲間だろ。」
一瞬、何を言われたのか理解が出来なかった。
そしてその言葉の意味を理解していくにつれて胸の奥に暖かな何かが灯る。
うつむいていたフェイトの頬に透明な雫が流れる。
柊は何も知らない、今まで寝ていたのだから、フェイトが人工生命体であることもアリシアのクローンであることも何も知らないのだ。
でも、と思う。
この人なら全てを知っても笑いかけてくれる。全てを知っても何も代わらず接してくれる。そんな何の根拠も無いが確かな確信がある。
そんなフェイトの涙と内に生まれた暖かさに応えるものがフェイトの手の中にあった。
『get set』
「バルディッシュ?」
フェイトの手の中で起動したバルディッシュは光を放ち殻を割るように破損部を修復、新品同様に姿を変えた。
『recovery』
「まだ、何も始まってない。お前もそう思うんだね。」
バルディッシュの輝きにこれから何をすべきか、何をしたいのかを決め、フェイトは顔を上げる。
「蓮司。蓮司は今どうなってるかぜんぜん分ってないんだよね。」
「ああ、正直説明がほしい。」
「そうしたいけど、ごめん。その前に手伝ってほしい。私が私であることを始められるように。支えていてほしい。私が立っていられるように。」
その言葉に、柊は目を丸くする。
それはそうだろう。今までこんなにまともに頼みごとをしてくる人間は柊の周りにはいなかった。
「ああ、もちろん。」
フェイトから後光が見え、思わず泣きそうになるがそこはぐっと堪え、柊は答える。
「フム、では行くとしようか少年少女よ。」
「うおぉぉ!?」 「きゃあぁ!?」
唐突に復活しナチュラルに会話に入ってきたグイードに、その存在を完全に忘れていた二人―――フェイトのほうは存在を認識していたかすら怪しいが―――は思わぬ不意打ちに叫ぶ。
「む、何を驚いているのかね。柊君は知っているだろう? 私は、怪しいものでは、なぁい。」
「めちゃめちゃ怪しいわ!! あー……フェイト、怯えるな、大丈夫だ。こいつは信用は出来んが信頼……も微妙だが、悪人ではない……気がするから。とりあえず敵にはならんから。」
「う、うん……。」
「納得したところで、さあ、私に早く世界を救わせろ、ハリーハリーハリーハリー!!」
「は、はい!!」
あまりの迫力にグイードの言っている言葉を深く考えず、フェイトは転移魔法を起動させた。
グイードの着地点にて横たわるおそらく柊がふっ飛ばしたグイードに巻き込まれたのだろう監視も兼ねた医務官に二人とも気づかなかったのは幸か不幸か。
「なのはーーーーー!!」
切羽詰った少年の声が聞こえる。見ると、あのずっと自分に語りかけ続けてくれた、対等に接し続けてくれた少女に迫る機械。
失わせたりしない、彼女の言葉に応えたいと思うから。
「サンダーレイジ!」
フェイトの放った攻撃がなのはの周囲に展開していた機械たちを吹き飛ばす。それを受けてなお動く機械を一足先になのはのそばに降り立った柊が小型をなぎ払い、大型をグイードが切り裂く。
「フェイトちゃん! 柊君!」
ぼろぼろだった二人が何の問題も無いようにそばに舞い降りたことで安堵と喜びに涙が溢れる。その涙にフェイトがずっと自分をあきらめず触れ合おうとし続けてくれたなのはに礼を述べる前に、まるでそれを遮るかのように壁の一角が崩れ現れる一際大きな機兵。
「大型だ。それにバリアも強い。」
「うん。」
本来なら、それだけではあまり脅威にはなりえない。が、小型も周りには大量におりそれらの相手に柊も先の動きで十二分に強いと分ったグイードも、アルフもユーノも手をとられている。
前衛に期待できない以上一撃で、近づかれる前に討つしかない。
なのは、フェイト、それぞれ一人ではそれは無理かもしれない。
「でも、二人でなら。」
「……うん!!」
なのはが、嬉しそうにうなずいた。
二人の意思にそれぞれのデバイスは応える。
「いこう、バルディッシュ。」
『get set』
「こっちもだよ、レイジングハート。」
『stand by ready』
「サンダースマッシャー!!」
「ディバインバスター!!」
それぞれの砲撃がほとばしり、敵を焼こうと邁進する。
それを防ぐ機兵の展開するバリア。そしてバリアにほとんどのリソースを割きながらなお歩みを止めないその巨体。
しかしそれは二人を止めるには、恐怖させるにはまるで足らない。
なぜなら隣にいるのだから、自身を信じてくれる人が、自身の信じられる人が。なれば二人に恐れは無い。二人ならば、二人いればきっと何でも出来ると信じるから。
お互いが同じタイミングで申し合わせたかのように顔を見合わせる。
そして、やるべきことは唯一つ。
「「せーのっ!!」」
その場に光が満たされる。舞い散る光、舞い降りる光、舞い踊る光。
桜色の光と金色の光が解け合い、高め合い、巨兵のバリアを打ち抜いた。
「で? これからどうするんだ?」
一応回りの機械兵の出現も落ち着き、一息ついたところで柊は問いかける。現状をさっぱり理解していないのだからこの先の行動がさっぱりわからない。
「えっと、ジュエルシードを止めるために駆動炉に向かってる途中なんだけど……。」
そう言って、フェイトのほうに問いかけようとしたユーノの言葉を遮るようにアースラ、エイミィから念話が届く。
『なのはちゃん、ユーノ君! 聞こえる!?』
「あ、はい。聞こえてますよ。」
答えるユーノに、焦ったようにエイミィが続ける。
『柊君とフェイトちゃんが……』
「あ、二人だったら今目の前にいます。助けに来てくれたみたいで。」
何故かグイード数に入れられず、本能的な問題だろうか。
『なら、そこにいますね。グイード・ボルジアさん。』
「ああ。何の用かねリンディ・ハラオウン。」
いきなりたちこめたやたら険悪な雰囲気に柊を除く四人はわずかに身を固める。柊だけは「ああ、いつものお調子で接触したんだな」と微妙に納得を見せていたが。
『あなたは一体何を考えているんです? 今後のための話し合いもなしに艦を離れるなんて、交渉に来たのではなかったんですか?』
「何を言っている。私ははじめに言っただろう、私の目的は柊 蓮司の治療だ、と。
交渉なら今頃そちらの上役とこちらの上役が行っているはずだ。」
そう聞いて、思わず柊は交渉しているのだろうリンディ………と呼ばれている女性の上司に同情してしまった。きっといつもどおりの笑顔で交渉とは名ばかりにこちらの要求を一方的に押し付けているんだろうな、と。
そしてそれは限りなく真実だった。ただ一つ違うのは、管理局最高評議会の方も通信で届いたアンゼロットの容姿から思い切り見下して、同様に上から見下す形で一方的に要求を通そうとしているくらいか。
ただまあ、あの脳髄たちもすぐに折れるだろう。現実問題として管理局は月匣が張られると何も出来ないのだから。
そしてなにより、万全の警備を敷いているはずの最高評議員達のいる一室にダイレクトでつなげられた通信の途中から、いつの間にかいた一人の忍者があからさまに持っている刀を鳴らしているのだから。
まあ、今現在あまり関係は無い。
「今は事件解決が先だろう。交渉がまとまれば何かしら通達も来るだろうしな。」
『…………。わかりました。』
いったところでこの男はまったく聞かない、そのことが理解できたのか。リンディはなのはたちが出撃したときとはまったく代わってしまった状況を説明し始めた。
なのはたちが時の庭園に突入してからこっち状況は大きく変わった。
時の庭園内駆動炉から放たれていた、次元干渉系のエネルギー、おそらくはジュエルシードの放っていたエネルギーが唐突に消えたのだ。そして、消えたエネルギーがわずかに時の庭園最深部、フェイトの母親プレシア・テスタロッサのいるはずの場所から確認された。
駆動炉のことに関してはグイード監視のために割かれていた武装隊に任せ、柊たちは最深部を目指す。
その途中、クロノへの通信をキャッチ、なされているのはクロノとプレシアの問答だ。
『貴女は、一体何がしたいんだ!? アルハザードを目指すといいながらジュエルシードを止めて、けれどあきらめたわけでもない!』
声とは別に聞こえてくる爆音に負けぬためだろう、大声でプレシアに問うドリームマン二号。
それに答えたのは余裕を感じさせる、穏やかといっても良いほど静かなプレシアの声だった。
『私の目的は一つよ。取り戻すの、失ってしまった過去を、アリシアとの未来を。そのためにならなんだってすると決めたのだから。』
『ふざけるな!! 世界はいつだってこんなはずじゃないって思うことばっかりだ! 貴女だけじゃない、いつだって誰だってそう思って、それでも生きてるんだ!!』
その通りだと、柊も思う。だが、
「私達が、時の女神の導きで時間移動を行ったものが口を挟んでいい話ではないな。」
グイードの言葉も正しい。黒き星の皇子事件において、時を越えて世界を変えた自分達が口を出していい問題ではないのだ。現代では倒せない敵を、過去に遡って倒す、というモ○ラ3のような展開も経験しているのだから。
『こんなはずじゃない現実から、逃げるかそれとも立ち向かうかは個人の自由だ。けれど、自分の勝手な悲しみに無関係な人間を巻き込んでいい権利は、どこの誰にもあるものか!!』
その声に応えるように、柊は最深層、プレシアとドリームマン二号が対峙する場所へと続く床を切り開く。
崩れていく床と一緒に最深部に降り立つ六人。そしてそれにプレシアとドリームマン二号が反応するより早く、口を開いたのはフェイトだった。
「母さん……。」
さびしげに、悲しげに、言ったフェイトにしかし帰ってきたのは何の暖かみも無い言葉だった。
「何をしに来たのかしら? 消えなさい。もうあなたに用はないわ。」
「てめえ!!」
事情はさっぱり理解していないが、看過できる言葉ではない。怒りをあらわに叫び返そうとする柊をフェイトが手で持って制する。
「あなたに………言いたいことがあって来ました。」
暖かみのないプレシアの言葉に応えるのはフェイトの決意。
悲しみを押し切り、絶望を振り切って、自分の後ろにいる、自分を信じてくれる人を、自分を支えてくれる人たちを感じながら言葉にするのは一つの誓い。
「私は……私はアリシアじゃあありません。あなたの創った人形なのかもしれない。でも、私はフェイト・テスタロッサです。あなたに、プレシア・テスタロッサに生み出し育ててもらった、あなたの娘です。」
「だからなんだと? いまさらあなたを娘だと思えとでも言うのかしら?」
帰ってくるのがどれほどの絶望でも、否定でもフェイトは止まらない。
「あなたがそれを望むなら……望んでくれるのなら、私は誰からも、どんな出来事からも、あなたを守ります。」
プレシアの瞳が驚きに見開かれる。
「私が、あなたの娘だからじゃない。あなたが、私のお母さんだから。」
「………あなたは。」
言ったプレシアは微笑んでいた。フェイトがアリシアの記憶で見た。とても穏やかで、とても優しい笑顔で……
「あなたは本当に……。」
「ストップ、答えちゃだめ。」
それは轟音と共に舞い降りた。
時の庭園最深部に位置するこの部屋に、最上部から全てをなぎ払いながら、全ての天井を打ち抜き崩壊させ、その部屋に天をもたらし打ち込まれたのは、一本の巨大な剣。
柊とグイードにのみ分った、それが何であるか。
それは箒だ。
そして、その箒、ブル−ムカリバー零を追うように舞い降りたのは漆黒。
それは身に余るような漆黒のマントを身に纏い、
十個の願いの宝石を従え、
紅き月を背に、
「私の願いのために、答えちゃダメだよ。」
舞い降りた、魔王の落とし子は、
「アリシア……!」
アリシア・テスタロッサの亡骸であったものは、歓喜に震えるプレシアの声に応え、見た目不相応に妖艶に笑んだ。
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