[431] 世界が謡う黄昏の詩 第一楽章 英雄交響曲 第五節 |
- 架離 - 2008年01月01日 (火) 06時23分
おにいさんが目を覚ましてから、ほんの少しお話をして私たちはリビングに来ていた。
おかーさんがおにいさんの寝る部屋の準備をしている間、おにーさんはリビングで待っていた。
まるでおにーちゃんとの試合が無かったかのようにのんびりと炬燵の中に入りテレビを見ている。
「ほら、緑茶だ」
「ん、ありがと」
おにーちゃんが淹れたお茶をおにいさんは受け取って、啜る。
「ほら、なのは」
おにーちゃんはわたしのリクエストした紅茶を炬燵の上に置いてくれた。
おにーちゃんは自分で淹れたお茶を片手に炬燵に入る。
テレビには夕日に向かって走っている男の人が映っている。
わたしはおにーちゃんが淹れてくれた紅茶に手を付けられないでいた。
胸がドキドキしっぱなしで、苦しい。
まるで、熱病にうなされるかのような感覚。
これからおにいさんにお願いすることを考えると喉が渇く。
何度も、何度も頭の中で反復させてる。
緊張しすぎて頭がクラクラするのを抑えてわたしは深呼吸をする。
掌に掻いた汗を服で拭く。
私はおにいさんの隣に座って機会を待っていた。
そんなわたしの事なんか知らず、おにいさんは幸せそうに蜜柑を食べて、お茶を啜る。
テレビの音やおにーちゃん達の会話も何処か遠くに聞こえる。
ふと、わたしの視線に気付いたのか、おにいさんがわたしを見た。
チャンス、だと思った。
この機会でしか、わたしは言うことが出来ない。
そんな確信。
震える唇を開いてわたしは―――
世界が謡う黄昏の詩
第一楽章 英雄交響曲
急展開。
まさにそれだった。
もしくは発狂したか、トチ狂ったとしか思えなかった。
取り敢えず、普通じゃない。
俺の隣にいたなのはが俺を見ていたことに気付いて見てみれば、目を潤ませて何かに祈願するかのような表情をしていた。
そして口を開いて、時を止めてみせた。
勿論、比喩的な意味でだが。
「あ――。 すまんがなのは、もう一度言ってくれないか。 今、何て言った?」
恭也達もなのはの言葉を聴いて唖然としている。
見事に動きが止まって、なのはと俺を見ていた。
「あの、弟子にしてください!」
頭が痛くなった。
過労とか殴打とかからくるものではなく、主に精神的なものからくる頭痛だと思う。
こいつは今、何て言った。
弟子にしてください?
「なんの?」
「剣の!」
一生懸命力一杯俺の質問に対する返事をするなのは。
意味が分からん。
何故、なのはは態々俺なんかに剣の教えを請う。
「なのは、お前の家は何をやっている?」
「喫茶店です」
「すまん、質問が悪かった。 お前の兄と姉は何の武術をやっている?」
「御神流 小太刀二刀術です」
「それを習えよ」
俺はもっともな事を言ってやる。
身近に俺よりも確りとした教師もいるわけだし、風来坊な俺なんかに習う必要など全く無い。
それに俺の剣は寄せ集めの我流。
片や、恭也達は何百年と先達たちが切磋琢磨して無駄なところを削ぎ落として磨き上げた流派。
刀に言い換えれば、そこら辺にある野太刀と伝家の宝刀。
比べるまでも無く宝刀を選べよ。
「無理です。 わたし、御神流の適正が無いそうですから。 それにさっきの試合を見て憧れたんです」
「俺みたいな凡人に憧れてどうするよ」
そう思うだろ?っと士郎さんを見る。
無論、援護射撃を期待して見たのだが、まだ再起動をはたしていなかった。
「士郎さんもそう思いますよね?」
声をかけて、士郎さんが起動。
「あ、う、うん」
慌てて、声を出す。
ちゃんと話が耳に入ってはいたようだ。
ただ、それを表面に出せなかっただけで。
「どうしたんだ、なのは。 急にそんなことを言って」
恭也も再起動を果たし、なのはに問いただす。
この場の時が動き出し炬燵に入ったままではあるが皆真剣になのはの言葉を待つ。
「おにいさんは言いました、自分は凡人だと。 わたしもおにいさんと同じ凡人です、少なくとも剣に関しては。 でも、おにいさんは行こうとしています、凡人でしか辿り着けない場所に。 不器用に、愚ッ直に、ひたむきなまでに力を求めて。
わたしはおにーちゃんやおねーちゃんと同じ場所には行けません。 だから行ってみたいんです、おにいさんと同じ場所に。おにーちゃんやおねーちゃんでは辿り着けない場所に。 その頂を見てみたくなったんです。 月を穿つその瞬間を。
ただ愚ッ直なまでに直向な太刀筋に心奪われたんです。 お願いします。私を、貴方の弟子にしてください!」
そう、強く願い出た。
驚くくらいに口が回る。
思いが溢れる。
そんな感じだった、なのはの表情を見ると。
あまりにも真摯な、なのはの想い。
それは、そう。
数時間前に俺が恭也に対して言った言葉に似ていた。
そして、そのなのはの饒舌に呑まれてか、士郎さんや恭也は口を開けないでいた。
もはや、なのはに答えを出せるのは俺だけなのだ。
俺はなのはに―――
「やっほー、お待たせ相沢君。 準備が出来たよ〜」
行きよく開け放たれたドアから陽気な声が入り込み、桃子さんが登場した。
シリアスな雰囲気をぶち壊して。
「って、どうしたの、みんな?」
第五節 『Where there's a will, there's a way』
はっきり言って最悪だった。
折角作り出した雰囲気を、突然部屋に入ってきたおかーさんが丁寧にぶち壊してくれた。
悪気が無かったとはいえ、恨めしい。
もしこれで、おにいさんから剣を習えなかったら一週間は無視してやろうと思った。
でも、話が予定外の方向に転がり始めた。
わたしを説得しあぐねていたおとーさんが未だに事情が分からないおかーさんに説明し始めた。
話を聞いていくうちに、陽気だった表情が段々と真剣みを帯びていく。
そしておとーさんが説明し終えたら、おかーさんがわたしに向かって歩いてきた。
わたしの前に腰を屈め、わたしと同じ目線で訊いてくる。
「なのは、それは相沢さんじゃないと駄目なの? お父さんやお兄ちゃんじゃ駄目なのね?」
いつになく真剣なおかーさんの声色にわたしは頷く。
嫌に乾いた喉を振り絞って声を出す。
「うん」
たった一言だけ、肯定の言葉を搾り出せた。
わたしの意志を乗せて、わたしの決意がおかーさんに届くように。
しっかりと、わたしは言った。
その言葉を聴いたおかーさんは小さく溜息を吐き、どこか諦めたかのようにわたしに言う。
「なのはは私と士郎さんに似て頑固だからね、仕方ないか。 本当は女の子に危ないことして欲しくないんだけどなぁ」
「・・・ぅおい」
おにいさんがおかーさんの一言に突っ込むけどおかーさんは華麗にスルー。
「ちょっ、桃子さん!?」
おとーさんが情けない声を出しておかーさんに抗議する。
味方だと思っていたおかーさんの謀反。
そりゃあ、びっくりするよね、おとーさん。
もちろん、おにーちゃんとおねーちゃんも驚いてる。
わたしも少し驚いた。
おかーさんもわたしがおにいさんに剣を習うのを反対すると思っていた。
常日頃、おかーさんはわたしに女の子らしくとか、おねーちゃんやおにーちゃんみたいに枯れた趣味を持たないでね、と言っていたから。
そのおかーさんがまさか援軍になりえるとは。
「桃子さん、いくらなんでもそれはどうかと―――」
「あら、士郎さん。 なのはに才能がないとかで自分の家の剣術を教えなかったのは何処のどなただったかしら? それになのはは可愛いから、護身術代わりに習っといたら安全だと思うの」
「なんとも物騒な護身術だな、おい」
ニッコリと笑えない笑みを浮かべて、おとーさんを言葉巧みに言い包めていくおかーさん。
さすがおとーさんのお嫁さん。
おとーさんの弱みをよく知っている。
おにいさんのツッコミもMFからの見事なパスを日本人FWのように見事にスルーする。
心強い味方を得たわたしはもう一度おにいさんにお願いをする。
「おにいさんの弟子にしてください。 お願いしますっ!」
「私からもお願いします、相沢さん。 なのはに稽古をつけてくれませんか?」
おかーさんがわたしの隣に座って私と一緒に頭を下げてくれた。
それが嬉しくて、泣きそうになる。
頭を上げずにいるのでおにいさんの表情が見えなくて不安。
もし、断られたらどうしようとか、思ってしまう。
そして、頭上から溜息。
「顔を上げてくれ、二人とも」
わたしは恐る恐る顔を上げる。
息切れがし、目の前がぐるぐると回る。
さっきの溜息の意味は一体なんなのだろう?
親子揃って頭を下げて呆れてしまったのだろうか?
おにいさんは唯一使うことの出来る右手で頭を掻き毟り、わたしを見る。
わたしの瞳を見る。
わたしの心を覗き込むような眼差しに内心、たじろいだ。
でも、それを表面に出すことなどできるわけも無く、ただ見つめ返した。
一秒が過ぎ、二秒が過ぎる。
三秒が過ぎて十数秒が過ぎた。
それでもおにいさんは瞬きすることなくわたしを見つめ、わたしは見つめ返した。
三度目の溜息。
数十秒間の小さな戦いが終わりを告げる。
勝ったのは―――
「・・・致し方無いか」
―――折れたのは、おにいさんだった。
おにいさんの言葉の意味を瞬時に理解して花が咲いたように顔が綻ぶ。
「ただ、条件がある。俺がなのはに稽古をつけるのは、この街に滞在している期間のみ。この街を出て行くとき付いて来るなよ。 それと、この腕が治るまでこの家に居候させてくれ。 いいな、この条件で。 恭也、士郎さん?」
おにいさんが、おとーさんとおにーちゃんを見て訊く。
「いいわよね?」
おかーさんの凄みのある笑顔に仕方なく渋々といった感じで頷く二人。
おねーちゃんは苦笑いを浮かべてそんな二人を見ていた。
ホッとして、なんだか急に眠たくなってきた。
時計を見れば、いつもなら一時間前には寝ている時間。
緊張の糸が切れたのもあってか目がショボショボしてきた。
起きているのが辛い。
「取り敢えず、今日は寝ろ。 明日、病院に行ってから面倒見てやるよ」
おにいさんはわたしが眠たいのに気付いたのか、手を頭に乗せてそう言ってくれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
おねむになったなのはを美由紀が二階のなのはの部屋に連れて行く。
俺はそれを見送りながら、深く溜息をついた。
無駄に疲れた。
感想を言うのなら、まさにその一言に尽きる。
後は寝るだけなのがせめてもの救いか。
「どっこいしょ」
左手を庇いながら、ゆっくりと立ち上がる。
なんだか段々オッサン臭くなってきた自分に嫌気が差す。
「・・・祐一」
桃子さんに俺の泊まる部屋に案内してもらおうとする矢先、恭也に呼び止められる。
俺は振り返って、恭也を見る。
恭也も立ち上がり、俺を見ていた。
「なのはのことは―――」
「まあ、報酬分はしっかり働く。 そこら辺の変態爺から逃げ切れるくらいには、な」
恭也の言葉を遮って、俺は答える。
俺の言葉を聞いて、恭也の眉が上がる。
俺が言外に俺の剣は教えないと言ったことに気付いたようだ。
「なのはは、お前の剣を習いたいようだったが?」
「俺の剣は俺だけのものだ。 お前等のように一族で伝えていくようなモノじゃない。 あんな粗悪なもん、俺一人で十分だろ?」
「しかし、それではあまりにも―――」
なのはが可哀想だと。
あれだけの覚悟を見せて尚、教えてやってくれないのかと。
甘いな。
恭也はなのはに甘い。
なのはが俺から剣術を習うのに反対意見だった奴が、手を返したかのように心配している。
末っ子だからだろうか。
盲目的とまではいかないが、それでも甘い。
この家の中で、なのはだけが特別なのだ。
全員から愛され、そして独りぼっち。
奇数だから仕方ないと言えばそれまでだが、3と2になればいい。
なのに、2と2と1になっている。
小さいくせに遠慮して、我慢して、強がって笑っているのだ。
そこに俺がやって来た。 チャンスとばかりに2になりたがっている。
俺の剣に憧れたのは事実だろう。
しかし、本当にそれだけか?
本当にそれだけであれほどの覚悟を見せられるものなのか?
答えは否。
断じて否。
寂しいなら、寂しいと言えばいいのにそれを言わないなのは。
それがむかつく。
子供っぽいと言われたらそれまでな感情だが、仕方ない。
そう思ってしまったのだから。
あと一つ、俺がなのはに剣を教えられない理由がある。
俺の剣の最終目的である月穿ち。
俺がその力を使って、為したいことは人殺し。
どんな理由があろうともやってはいけない人としての禁忌。
その為の手段をなのはに教えろと?
無理だろ。
どんなに憧れようとそれは殺人鬼の振るう術。
信念もなければ、正義もない。
そこにあるのは唯の我侭。
許せないから、諦めきれないから。
なんとも醜い理由。
そんのなモノ、あの純白な少女に教えられるわけがない。
だから、俺は―――
「それでも、俺は教えんよ。俺の剣は」
―――不敵に笑って恭也にそう言い切った。
あとがき
メリークリスマス。
HAPPY NEW YEARー
こんにちは、架離です。
さて、新年のSSはこんな感じでした。
皆さんが私の呼びかけに応えてくれて、やる気がでました。
課題もせずにこれを書き上げました。
ゲームはしっかりしましたが。
Lightの新作 Dies irae をやっていました。
感想としては、
能力起動のキーワードとか詠唱かの意味や伏線に鳥肌モノでした。
最後の戦いの結末がちょい無理があるかなーとか思ったりしましたが。
全てのエンドが大円壇ではないのが悲しかったですが、こんなものなんでしょうね、現実って。
何かを得るために、何かを捨てなければいけない。
それを選べる時もあれば、強制的なときもある。
そんな感じ?
まだやっていなくて、これからやる人には先に香純ルートからすることをお勧めします。
BADエンドから香純ノーマル?エンド。
ルサルカエンドをやって、最後にマリィエンドの順にやるのが一番いいと作者のおすすめだよ?
作者的に、先輩や桜井のエンドといいますか、ルートを作って欲しかった。
なんで無いんだよ、と深夜に叫びましたよ、ええ。
まあ、そんな感じです。感想は。
というか、課題しようよ、私。orz。
最後に、前回のに、感想をくださった皆々様に感謝を。
本当に嬉しかったです。
何が嬉しかったって、感想の内容もそうですけど、私の要求といいますか、呼びかけに応えてくれた皆様のその優しさに。
嬉しさと喜びを感じました。
本当にありがとうございます。
拙い文体ですが、これからも頑張って書き続けようと思います。
最大級の感謝を込めて。
一言修正しました。 というか修正難しすぎて一言しか出来ませんでした。 もっと精進せねば・・・ 焔さん 、月咲シンさん、鬼ナ人さん感想ありがとうございます。 これからもよろしくです。
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