[376] 世界が謡う黄昏の詩 第一楽章 英雄交響曲 第二節 |
- 架離 - 2007年12月21日 (金) 10時51分
とある、温かい家庭の夕食。 何故か高町一家と食事をしている俺。
微笑ましい、愛情溢れる家庭。
何というか、とても場違いな気がして居心地が悪い。
「恭ちゃん、おしょうゆ取ってくれる?」
「ああ・・・」
眼鏡の三つ編み少女が恭ちゃんと呼んだ無愛想な青年に醤油を取ってもらう。
正式名称、永全不動八門一派・御神真刀流、小太刀二刀術という、とても一度では覚えれそうにない剣術の使い手にて俺の探し人とその妹。
高町恭也と高町美由紀。
詳しく話を聞くと兄である恭也は御神流師範代、妹の美由紀はそれの正統後継者らしい。
「うーん、お母さんの料理は何時も美味しいなぁ。 このロールキャベツなんか特に」
「あらあら、ありがとう士郎さん。 でもこれ、ロールレタスよ」
「そうなのかい? これは一本取られたなぁ」
あははははーとお互いに笑い合う夫婦。
喫茶 翠屋のオーナーであり、元小太刀二刀・御神流の剣士、高町士郎。
同じく、喫茶 翠屋の菓子職人で、この高町家の主婦、高町桃子。
熟練の夫婦にして、まだ新婚気分バリバリ。
見ているこっちが恥ずかしい御人達。
最後に、俺の隣に座ってニコニコと飯を食っている女の子、高町なのは。
寝ていた俺を起こしてくれて、今こんな状態に陥れた張本人。
そんな幸せな家族に囲まれ、笑顔を顔に貼り付けて夕食を食べる。
あー、居心地わりぃ
何で、こんなことになったんだっけなぁ・・・
世界が謡う黄昏の詩
第一楽章 英雄交響曲
「おにいさん、ここです」
公園で出会った俺の探し人の末の妹、高町なのはに頼んで案内してもらった、取り敢えず御飯の食べれる場所。
喫茶・翠屋
小洒落た雰囲気の喫茶店だが、男一人では絶対に入りたいとも思わない店。
無駄に食べ物とか高そうだし、なにより適当なファミレスに案内される気満々だった俺は、
「却下、違う場所にしてくれ」
入ることを否定した。
「えぇ!? な、なんでですか? こんなに雰囲気が良くって、ケーキが美味しい、美人な人が経営しているお店なんて他に何処にも無いですよ?」
予想通り、自分の紹介した店の入店拒否に驚く、なのは。
俺はな、なのは。
この店に対するお前の褒めちぎり方に驚きだよ。
突っ込みどころが多いけど取り敢えず、美人な人って、オッサンかお前は。
「晩飯にケーキを食うのは女くらいだろ」
「今時、女の人でもあまりしませんよ、そんなこと」
「なら、俺に勧めんなよ、そんなこと」
何考えてんだ、この幼女は。
よくよく考えてみれば、幼女と二人でこんな店に入ると誘拐犯にでも間違えられるかもしれんしな。
甘い食べ物で小学生を釣る、まさに今の俺の現状に近い。
そんなこと思っている俺の左手をなのはは両手で握り、遠慮気味にクイックイッと引っ張る。
「いいから、入りましょうよ。おにいさん」
「いや、嫌だって」
「ケーキだけじゃなくて、ちゃんとしたお食事もありますよ?」
上目遣いで、瞳を潤ませてそんなことを言う。
どうしてもこの店に入りたいらしい。
自分の懐事情+誘拐犯疑惑VS上目遣いのなのは
双方がゆらゆらと揺れ動く。
入るべきか、入らざるべきか。
瞬時に四つの選択が頭の中に閃く。
どっちだ、どの選択が正しい!?
1、店に入る 2、なのはを説得する 3、なのはを放置して逃げる 4、なのはを抱えて逃亡
4は駄目だ、駄目すぎる。
明らかに誘拐犯の行動だろ、これは。
3もなんだかなー
潤目の女の子を置いていくのは、罪悪感に苛まれそうだし。
2も微妙だ。
なのはとは出会って間もないが、先程のやり取りで微妙に強情なところがあるのが分かったしな。
1、しかないのか?
と言うか全部駄目だッ。
考え直せ、俺。
選択肢、一から全て考え直すんだ。
「どうかなさいましたか?」
考え悩む俺にまさに天の声。
いや、普通に店員さんが出てきただけなんだけどね。
まあ、店の前で長いこと悩んでいたら出てくるか。
スラリと伸びた栗色の髪の綺麗な女性が近づいてくる。
「あ、すみません」
一方的に営業妨害をしているようなものなので、素直に謝り、誘拐犯に間違えられる前に店の前から撤退しようと―――
「あら、なのは」
俺の後ろ斜め左にいるなのはを見て意外そうな声を出した。
第二節
『Saying is one thing, and doing another』
「そうなの、恭ちゃんに御用があるんですか」
「ええ、用と言いますか、身勝手な要望なんですけど・・・」
困惑する俺をよそに、声を掛けてきた店員さんに勧められて店の中に入った
この町一の使い手を恭ちゃん呼ばわりできるこのご婦人は高町桃子さん。
苗字から分かるように、なのはの母親だったりするらしい。
ついでに言えば高町恭也の母親。
まあ、親からすれば子供なんてそんなものなのだろう。
注文したコーヒーを啜りながら、
「でも、ごめんなさい。恭ちゃんはまだ家にいないのよ〜。 彼女さんのお家に遊びに行ってるの。 晩御飯までには戻ってくると思うんだけど。 そこで---」
◆◇◆◇
そこで、何故か晩御飯を一緒に食べることになったんだっけなぁ。
まだ宿を取ってないことを言ったら、なら今日は泊まっていきなさいとか言われるし。
断ろうとすれば、昔は一杯居候がいて部屋も余っているからとウインクされた。
まあ、飯代と宿代が浮いて嬉しくもあるからいいけど。
そうして俺となのはだけがこの桃色空間から弾き出されていた。
・・・別に入りたいとも思わないけど。
隣に座ってるなのはと苦笑い交じりで飯を食べ終わり、リビングでお茶を啜っていた。
客が珍しいのか、はたまた俺が何か珍しいのか、なのははずっと隣で話し掛けてくる。
俺も暇だし、桃色空間に突っ込んで用件を言う度胸も無いので、旅の話をしていた。
「そんで、九州の山ん中を歩いていたら熊に遭遇してな」
「熊って、あのくまさん?」
「そうそう、黒茶色でズングリムックリで、かるく二メートルの奴な。 目が合った瞬間逃げたんだけどな、あれが速いのなんのって。 降りを全力で走って逃げたのに併走されてな、また目線が合うのよ」
「うん、うん」
「それで、二山越えても追いかけてくるから、切れたわけよ。 なんで熊にストーキングされなきゃならないんだって感じで。 斬りかかったら、なんか知らんが逆切れされるし」
「それは・・・」
おにいさんが悪いのでは?
口には出さなかったが、なのはの目がそう語る。
しかし、先に喧嘩を吹っかけてきたのは熊のほうなので無視。
「その後二時間にも及ぶ死闘の末、美味しく熊鍋として食べさせてもらいました。 ちゃんちゃん、御仕舞い」
「食べちゃったんですか! 最後に仲直りするとかじゃなくって」
「そんな、熊と殺しあって最後はお手々を繋いでーみたいにはいかんよ」
『Happy End』を期待していたのか、なのはは驚き、心なしか不満そうな顔をして、それから寂しそうにクマさん、と呟く。
まあ、これくらいの歳の子供は皆、世界が幸せと優しさで出来ていると思っているのだろう。
仕方の無いことだ。
知らないのだ。
体験していないのだ。
世界が、どれほどの裏切りと、殺戮で満ちているのかを。
だから、仕方ない。
いまだにクマさんと呟くなのはに苦笑いしていると、ようやく桃色空間を解除した士郎さん達が居間にやってきた。
「話を聞いている限りでは中々面白い旅をしているようだけど、何が目的で旅をしているんだい、えーっと?」
「祐一です、相沢祐一」
というか、名前も知らない奴と一緒に食事してたんですか、アンタは。
食事を食べ終わり、話しかけてきた士郎さんに呆れながら、質問に答える。
「色々と行きましたよ。気の赴くままにですけど有名所は抑えたかな? 二天一流、柳生新陰流、北辰一刀流、示現流、その他諸々。後はそこら辺をしらみつぶしに道場破りなどを」
「ほお、常勝不敗?」
まさか、と小さく漏らす。
そんな簡単に勝てたらこんなことをしている訳がない。
「勝てるほうが稀でしたよ。 喧嘩なら結構やってきましたけど、剣道や剣術なんてまったくやっていませんでしたから。 でも、時間を重ねて、負けを重ねて、少しずつ勝てるように、強くなりました」
「柳生新陰流にも行ったと言ったが、無刀取りとかできるのか?」
恭也も興味が沸いてきたのか、そんなことを訊いてきた。
どうでもいいけど、茶を啜る姿が士郎さんより様になってますよ?
いいのかそれで、まだ若いのに。
「概要とか心構えとか変な爺さんに教えてもらったけど、一度として成功できてないけどな」
「これは何なんですか?」
俺が恭也に答えると、美由紀が間髪入れず聞いてきた。
俺の荷物の中にある布に包まった二つの棒状のものを指差す。
いよいよ質問攻めになってきたな、と思いながら、俺はその内の一つを手に取り、布の入り口を縛っている紐を解く。
シュルリと音を立てて布がはだける。
「やっぱり」
予想が確信に変わったように美由紀は呟いた。
俺の手に握られ、布から覗かせるのは柄。
俺のとっては思い出の品。
免許皆伝に貰った刀。
柄を握り、引き抜く。
そしてソレがさらされた。
「なに、これ?」
美由紀は在りえない物でも見たかのような声を出した。
他の、特に刀と深い関係にある恭也と士郎さんも同じような感じで、まさに『開いた口が塞がらない』を体現している。
「刀だ。見て分からないのか? 銘は同田貫、製作者不明、おそらく永禄頃に製作された物だと思う。 ちょいと汚くてボロイけどまだまだ現役で使えるだろ?」
「いや、流石にこれは、ないだろ」
冗談交じりで言った俺の言葉に、恭也が答えた。
心なしか、声が少し震えている。
食事を食べ終え、居間で俺の話を聞いていた全員の視線が俺に、正確には俺の刀に集まる。
そこにあるのは神秘でも無く、芸術でもない。
刃毀れが刀身全体に広がっていて、鋸(のこぎり)のようにガタガタの刃。
ガラクタ。
まさにその言葉が似合うほど、どうしようもなく刀として形を成していなかった。
「錆付かないよう手入れはするんだがな、研ぎ石とか重いから持ち運べないしちょびちょび刃毀れしていってこんなことになった」
まあ、それだけが理由ではないのだが。
このような場所で話すような話でもないし、そもそも人に話すような話ではない。
もし話したら、妖精の見える素敵な人と勘違いされて、精神科行きを薦められそうなものだ。
「どこか、良い研ぎ屋を知らないか?」
「ああ、贔屓にしている所がある。そこなら良い仕事をする、今度紹介しよう」
「助かる」
いくら同田貫が厚く堅牢な造り込みの実用刀であろうとも、これほどまで酷使し、殆ど手入れをしていなければ使い物にならなくなる。
いつか、自分の目的を達成する前に折れて俺の手から離れるだろう。
しかし、それでは駄目なのだ。
目的を達成するために、俺はこの刀を使いたい。
この刀で目的を達成したいのだ。
他でもないアイツの刀で。
自分の中で再確認する。
何度も何度も確認して、揺らがぬようにしてきたものを。
思考の海に入りかけた俺を、誰かがした咳払いが現に引き止める。
「それで話が少し変わるけど、恭也に用事と聞いたんだが、そんなものを持っている以上―――」
「道場破りとか殺し合いとかそんな大袈裟なものじゃなくて、強い奴と全力で手合わせ願いたい、唯それだけですよ。 そして、それがただここにいる男になっただけで」
顔を引き締めた士郎さんが言う言葉を遮って俺は言った。
ただ恭也の顔を見て、
ただ一つのことを願って、
ただ、一つの事を成すために。
真っ直ぐに、相手の心を揺さぶるために。
「高町恭也、受けてもらえるか試合を。 なんの縁も無く、出会って間もない俺からの、真剣勝負の提案を」
あとがき
ども、架離です。 二話目、突撃隣の晩御飯(高町家編)をお送りしました。 いかがだったでしょうか? 少々、というか、かなり無理がありましたが。 さてはて、次回はいよいよ相沢君と恭也君の決闘。 このSSの第一楽章の見せ場の一つへと向かいます。 一体幾ら見せ場があるかと申されますと、4〜5個くらいしかないと(作者は)思っておりますので、お見逃し無く。
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