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来訪記念&初心者掲示板

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[1747]はじめまして 投稿者:マカロニファン

投稿日:2011年08月23日 (火) 13時50分

はじめまして、昔からマカロニを見ているものです。
いきなりなんですが、ジェームズ・ギャグニー主演の「追われる男」はいつテレビ放送されたか知ってる方いますか?
教えてください。昔見たものので覚えていなくて。

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[1748]追われる男」放映日投稿者:クゥープ
投稿日:2011年08月27日 (土) 18時51分
マカロニファンさん
クゥープと申します。
お尋ねの「追われる男」の放映日の件
録画したVHSテープで確認しようとしましたが、録画した日は未記載でした。
そこでテープ再生してみると「追われる男」のあとにキース・リチャーズ
「JAPANTVツアー/ライヴ・イン・ボストン・93」4月24日(土)PM10:00の予告があります。その中でナレーターが昨年開催された「ライブ・イン・ボストン93」の様子を放映と言っていますので、放映されたのは1994年だと思います。
その後天気予報の天気図に3月11日9時現在の天気図でしたので
1994年3月11日WOWOWにて放映されているみたいです。
手持ちのテープはS-VHSテープに3倍速にて録画されていますので、VHS標準録画と一緒の画質です。

[1735] 皆様のおかげで、1000作品 突破 !! 投稿者:ミチノク・キッド

投稿日:2011年08月01日 (月) 07時20分

ミチノク・キッドと申します。

私事で恐縮です。
西部劇の修行と称し、収集していました西部劇の作品本数がようやく目標の1000作品(重複作品当然なし)を超えました。西部劇の先輩方には、全てにおいて足元にも及びませんが、少しずつ、楽しんでいけたらと思っています。
西部劇とは別にマカロニ作品も収集しているのですが、こちらは422本で、私には、この位が限界のようです(マカロニも重複作品なし)。贅沢ですが、整理の都合上、これ以上マカロニはいりません。
私は観て楽しむだけで、西部劇の先輩方の作品への書き込み等にはいつもお世話になっています。皆様のお陰です。心より御礼申し上げます。


★注★書き込みをしていて勝手と思われるでしょうが、コPーはお断りしています。
【理由】
●一言の礼もない(もちろん無償でしていました)。
●市販DVDを購入済なのに、予備としてのコPーの依頼、または開封したくないからという依頼(何を考えているのか判らぬ依頼で、断りました)。
●バージョン違いかもしれないからという訳の判らないコPーの依頼(DVDで所有しているのにVHSのコPーの依頼等←必要がないだろう)。
●見境のないコPーの依頼等々……。
不愉快な思いを多々した為、問題のあった方へのコPーは致しません。

実際に何件かコPーの依頼・問合せもあり、観たい作品を観れずに困っている西部劇ファンの方に対して、私なりにお力になれるのであれば、喜んで協力したいのですが、そのような方がいる為、お断りしています。
【……関係のない方、不愉快な書き込み御免なさい】
↑なんて書いて、大した作品を持っている訳でもないのにね!ただ持っていても仕様がないだろうに。数を持っているからよいというのは子供の発想、よその子の玩具を羨むのと同じ…数より質です。1420本の西部劇をどれだけかけて観るつものなんだか…。コPーしないとか、ナンタラカンタラ…、だったら書き込みするなというご意見もあるでしょうが、私なりに頑張って集めた作品です、大目に見てやって下さい。

世界では、1500本、2000本とコレクターの方でお持ちの方っているんでしょうね。

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[1738]アープ;伝説の背後の生涯投稿者:浜の隠居
投稿日:2011年08月12日 (金) 23時17分
W.E;The Life Behind the Legendはアープの真実本として評判が良い様です。アープがウイチタに行く前にバッファロウ・ハンターをしてますが、どのくらいの期間、従事し、バット・マスタスンと会うのは何時に成ってますか?ペオリアでの売春宿でのマットとの出会いも書いてありますか?

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[1739]Buffalo Hunting投稿者:ミチノク・キッド
投稿日:2011年08月13日 (土) 09時44分
浜の隠居 様
お世話になっています。

私の英語力では知っている単語で推測するしかなく、
また、私ごときでは当てになりませんので、話半分以下でお願いします。

バッファロウ・ハンターは1870年の初め頃〜74年の晩秋。

ある書き物によると、1871年の春から74年の10月との表記もあり。
3回も逮捕されたりして、逮捕時期と狩猟期を考えると実際には1873〜1874年という記載もあり。

1871年4月6日に馬の窃盗容疑で逮捕。
また、1872年、売春の斡旋(?ですが)でも逮捕。

Bat Masterson との出会いは1875年のようです。
……との記載があるように思われます。

また後ほどにでもじっくり読んでみます。

一部抜粋してみました。
単語など、移しミスがありましたらすみません。
There is evidence that he spent some time hunting buffalo in Kansas and wandering else-where around the Great Plains.

Despite this uncertainty over his general whereabouts, it is knowm that Earp lived for a time in Peoria, Illiois, a prosperous town on the Illinois River. His brother Virgil had once worked there as a saloonkeeper.Presumably, he recommended the town to Wyatt, who with another Earp brother, Morgan, moved there in the early 1870s.

So he sold his buffalo gun and set out for Wichita, Kansas, in the late fall of 1874.

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[1740]アープとバット投稿者:浜の隠居
投稿日:2011年08月14日 (日) 14時10分
ミチノク・キッドさん
早速の御回答有り難う御座います。アープとバットの出会いは、バットの伝記では72年秋頃とあり、バッファロウ・ハンター時代に出会ったのでしょうが、出会いの時を特定した文章は無い様ですね。参考に成りました。

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[1743] アープとマスターソン 投稿者: ワフー 
投稿日:2011年08月16日 (火) 23時26分
 ネットに、バット・マスターソンが1907年に書いた「My Friend Wyatte Earp」という文章があったので、アープと知り合った時期のことを書いてあるかと思い、拾い読みしました。初めの方に、「私は70年代の始めにワイヤット・アープと知り合い、彼が男の修羅場をくぐり抜けるのを見てきた。アープは1872年にカンザス州ウィチタに来たが、当時26才くらいだった」とあり、その先は読んでいません。現存の資料からは、アープが1874年にウィチタにいたのは確かなようですが、1872年にどうだったかは分からないのでしょう。アープが26才だったのは1874年だろうから、上記のマスターソンの文章には、ちょっと食い違いがあります。いずれにしても2人は1870年代初期の野牛ハンター時代に出会ったのだろうし、マスターソンはまだ20才前の少年だったわけです。

 マスターソンは、下記の「いかさまカードの言いがかり」というエピソードを、まず、上げており、これはトゥムストーンの撃ち合い以後の事件のようで、すでにご承知の方もおられるかも知れませんが、小生にとっては初耳で、面白いと思うのでご紹介します。

 アープは、コロラド州ガリソンの町はずれに、キャンプを張った時の初めの頃、ファロ・ゲームの経営に関わっていたことがある。ある日、その賭博場にいない時、アイク・モリスという名の賭博師で、この辺りの評判では銃を持った悪党といわれ、自分もキャンプの別の場所で賭博場をやっている男が、ワイヤットのゲーム場にやって来て、丸めた札束をカードの1枚の上に置き、ディーラーに表を向けるようにいった。ディーラーはいわれた通りにし、更に1、2枚カードを表向きにして、賭けに勝ち、並べたカードの上に手を伸ばして札束を取り、集金箱に入れた。

 即座にモリスが文句を付け、カードがいかさまだといって、金を返せと求めた。ディーラーは、自分は雇われ人で金を返せないから、アープ氏が帰るのを待って事情を説明すれば、彼が胴元として決着をつけるだろうといった。

 間もなくワイヤットが帰って来て、待ち構えていたモリスがディーラーとの揉め事を話し、自分が賭けて負けた金を返せと求めた。

 ワイヤットは、ディーラーと話し合う間、ちょっと待つようにいって、申し立て通りならどうするか考えようとした。彼はディーラーに向き合って、モリスとの揉め事のことを聞いた。ディーラーは事情を説明し、カードには全く問題がなく、モリスが負けたのは正当な勝負の結果だと言い切った。この頃には、モリスとワイヤットが揉めているらしいという噂が広まって、賭博場は人で一杯になっていた。面白いものを見たいという野次馬が集まったのである。

 ワイヤットはモリスの立っているところへ行って告げた。ディーラーはモリスを騙して金を取ったことを認め、金を返したがっている、というのである。しかし、とワイヤットはいった。「君はこの辺りでは悪党だと見られている。もし、私が君に金を返せば、私が町からいなくなるが早いか、君は、私に金を返させたと言いふらすだろう。その理由のゆえに、金は私が持っていることにする。」モリスはそれ以上何もいわず、ワイヤットに葉巻を勧めてから家に帰り、1、2日のうちにキャンプを離れた。

 マスターソンは、この出来事に感銘を受けたんでしょうね。OKコラルみたいに派手じゃないけれど、これも西部名勝負の一つだろうな、と小生も思います。

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[1744]アープとバット投稿者:浜の隠居
投稿日:2011年08月17日 (水) 16時26分
ワフーさん 有難うございます。
最近の説では、72年9月にペオリアを去り、バッファロー・ハンターの
仲間入りをした様ですし、DeArmentのバットの伝記本も二人が出会ったのは
72年秋とあります。別のグループだったらしいが、アーカンソー川辺リのキャンプ
で知り合い、ここでアープからカードの扱いを習ったのだ、ギャンブラー・バットの
始まりらしいです。

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[1745]ミチノク・キッドさんへ。投稿者:BETA(=masato)
投稿日:2011年08月23日 (火) 03時02分
 コPーについては、同感です。やっぱり、喜んでくださる顔を見たくて、多大な時間を割いているものですから、「くれよ」「よこせ」で、お渡ししても「どうもね」とだけで、内容の感想がなくて一体観たのか見ていないのかわからないことがままありますよね。

 お気持ち察します。

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[1746]「MEEK'S CUTOFF」投稿者:ミチノク・キッド
投稿日:2011年08月23日 (火) 08時28分
BETA(=masato) 様

はじめまして、ミチノク・キッドと申します。

ご意見有難うございます。
私も、BETA(=masato)様と同様の体験をしています。
私などは、以前頂いた際は、(観る前に)頂いたらすぐにお礼の連絡をしていたものです。
また、世間知らずな者ですから、いつまでも何の連絡もないと、相手方に何かあったのではないか…と、心配したものです。同じ西部劇ファンとして心配で連絡したところ、BETA(=masato)様の書き込みと同様の返答でコPーなどしなければよかったと思ったものです。ケチで断っているのではありません。

←「MEEK'S CUTOFF」
こういう作品もいいですね、楽しみです。

[1741]バッド・マスターソン 投稿者:クゥープ

投稿日:2011年08月15日 (月) 20時59分

浜の隠居さま
クゥープです。
本日「西部余話−11の力作「パッと・ギャレット」編
届きました。
此れから・じっくりと拝読させてもらいます。
次回はバッド・マスターソンとの事期待しています。
必要な映像ありましたら、ご連絡!
ところで昨日米国のDVTV製作のノンフィクション
「Gunfiters of the West 」鑑賞
ここでは「ジョン・ウェス・ハーディン」と「ワイルド・ビル・ヒコック」の二人の伝説を検証していますが、
昨晩は「J・W・ハーディン」だけ鑑賞英語苦手な私には分からないことが多いので、「ヒコック」編とあわせ是非検証
お願いいたします。
ハーディン編では例のヒコックにトリックシュートで拳銃を返す
場面を再現しています。(DVDのインデックスカードに連続シーン採用しています。)
「決闘一対三」ではヒコックに拳銃を投げ渡し、その好きに隣の
ガンマンの拳銃を抜クシーンがありましたが、ここでは二挺の拳銃を渡す振りしてのトリックを再現
「ヒコック」編鑑賞後DVDお貸し致しますので!
同送の「砂漠の症生霊」ありがたくお借りいたします。
最近友人たちのお陰でセシル・B・デミルの「スコオ・マン」(1913年版「ヴァージニアン」(1914年版)
「無法一代」1951年 短縮版公開でマクナルド・ケリーが
ジェーシーを演じヤンガー兄弟 そしてフォード兄弟登場勿論最後はジェーシーが!などの作品をお借りでき鑑賞できました。
昔TV放映された「スー族の反乱」(The Gret Siowx Uprising)が在庫のVHSを整理していたら、有るのに気付 CMカットしてDVDへダビング此方差し上げます。
未公開作品ですが主演ジェフ・チャンドラー 結構楽しめます。

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[1742]「砂漠の生霊」へ訂正投稿者:クゥープ
投稿日:2011年08月16日 (火) 18時08分
先の投稿の文中「砂漠の生霊」の間違っていましたので、
訂正させてもらいます。
「砂漠の生霊」(HELL'S HEROES)1930年ユニヴァーサル作品
 ウィリアム・ワイラー監督
 チャールズ・ビッグフォード主演
 昭和5年日本公開
 WB ARCHIVE COLLECTION  としてDVD発売

[1731]双葉十三郎のキネ旬ベストテン 投稿者:J.W.

投稿日:2011年07月16日 (土) 20時00分

尊敬する映画評論家の一人であった双葉十三郎さんがキネマ旬報へ毎年投票していたベストテンの1946年から2000年までの記録が残されている。
好みと気分で彼がゴキゲンになれた作品群である。ただし、彼曰く「優秀と決まりきっていても好きになれない作品がある。そのところを按配して十本ならべるのがベストテンの面白さである。だから、自分が入れなくても、諸氏の投票を集計すれば、上位にいくにちがいないと予想される作品を入れないで、好きな作品を入れることもある。そうでもしなければベストテンなんかやってもつまらない。」であるから、双葉さん独特の反骨的な所も十分感じられる選出ではある。

西部劇のみ取り上げると、
1947年:荒野の決闘、1950年:腰抜け二挺拳銃、1951年:黄色いリボン、1953年:シェーン
(1955〜1958年は棄権)
1961年:荒野の七人、1965年:シェナンドー河、1966年:ビバ!マリア、テキサスの五人の仲間
1971年:小さな巨人、1972年:ジュニア・ボナー、さすらいのカウボーイ、1973年:男の出発、ロイ・ビーン
1979年:ラスト・シューティスト、1986年:グレイフォックス、1991年:ダンス・ウィズ・ウルブズ、
1994年:マーベリック
がベストテン内にあげられている。

ラスト・シューティストについては、作品としてすぐれていることとぼくの好みとジョン・ウェインの墓碑銘としての価値を加えてというコメントつきである。

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[1732]50年代だったら投稿者:ノスタル爺
投稿日:2011年07月17日 (日) 12時51分
『マーベリック』を選ぶなんて、消滅した西部劇への思い入れでしょうね。
50年代だったら、西部劇ベスト10にも入らないと思いますよ。

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[1733]投稿者:J.W.
投稿日:2011年07月18日 (月) 13時04分
ちなみに1994年のベストテンは、マーヴェリック以外では、ギルバート・グレイブ、エイジ・オブ・イノセンス、ブロンクス物語、インタヴュー・ウィズ・ヴァンパイアー、さらばわが愛、覇王別姫、ピアノ・レッスン、スピード、オリーブの林を抜けて、永遠の愛に生きるが挙げられています。
双葉さんのことですから、天邪鬼的にマーヴェリックをあげたのでしょうか?ただ「外国映画ハラハラドキドキぼくの500本」でも取り上げていますし、テキサスの五人の仲間と同様、どんでん返しものが大好きという事もあるのでは。

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[1734]キネ旬ベストテン投稿者:ノスタル爺
投稿日:2011年07月19日 (火) 12時18分
まさに双葉さんの好みだと思います。
1994年度キネ旬ベスト10で選ばれた一般的評価の高い、『ショート・カッツ』(3位)、『パルプフィクション』(4位)、『シンドラーのリスト』(6位)、『日の名残り』(7位)を選んでいませんからね。
これらは、“ぼくの採点表”でも高い点数をつけていましたが、それよりも『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』を選ぶところなんかもね。

[1440]初めまして。 投稿者:蟷螂の斧

投稿日:2010年02月28日 (日) 14時36分

蟷螂の斧と申します。たぶん、こちらにお邪魔するのは初めてだと思います。いろいろなBBSにお邪魔しているもので・・・・・。

さて、僕が随分前から知りたいと思っていた事があってこちらに来ました。題名を知りたい西部劇があります。
まずタイトルに「四人」と言う言葉が入っています。製作されたのは1960年代または1950年代だと思います。
白人男性二人と黒人男性二人(白人男性二人の奴隷?)が旅を続ける。途中でインディアンと戦う。白人男性二人は死亡。残った黒人男性二人のうち一人が火薬が入った樽を持ってインディアンの集団の中に飛び込む。無残にも槍で刺される。もう一人の黒人男性がその樽を拳銃で撃つ。大爆発!インディアンの集団が吹っ飛ぶ。残された黒人男性が黒人女性と共に旅を続ける。
そんなストーリーでした。1970年代に1回、1980年代に1回、テレビで見ました。
題名を教えて頂けますか?

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[1442]記憶力が悪くて・・・投稿者:ママデューク
投稿日:2010年03月01日 (月) 15時43分
戦後から70年あたりまでで公開された西部劇で「四人」の題名がつくのは「四人の無頼漢」と「テキサスの四人」くらいしか無いように思います。けれどこの2本はお書きになったストーリーとは違う様に思います。
ディティールや登場人物が多少異なりますがダグラスの「リオ・コンチョス」に似ているように思われますがいかがでしょう?70年代の前半にTVで放映されたと思います。

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[1443]ありがとうございました。投稿者:蟷螂の斧
投稿日:2010年03月02日 (火) 06時04分
「四人の無頼漢」「テキサスの四人」は違うようですね。
「リオ・コンチョス」はストーリーが似てるようですが、最後に生き残るのが白人ですよね?

僕は東海地方に住んでいます。1986年4月または5月に地方テレビでこの映画を見た記憶があります。そして先日、市立図書館に行って中日新聞縮刷版を借りてテレビ欄をあれこれ調べましたが、わかりませんでした。めげずに、希望を捨てずに調べて行きたいです。いろいろありがとうございました。
白人男が若い黒人女性にちょっかいを出してるところでインディアンの放った矢が背中に刺さって死亡。この場面も心に残っています。

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[1444]ひょっとして投稿者:ランディ
投稿日:2010年03月02日 (火) 10時16分
オリンピック視聴で早起き癖がついたのか今朝も4時起きで、暇つぶしにこの件に挑戦してみました。「男が背中を矢で」「火薬樽」一致で「トマホーク峡谷の待ち伏せ」じゃないかと推察しました。「黒人奴隷」「タイトル」等が一致しませんが・・・。

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[1445]ランディさんなら・・・投稿者:ママデューク
投稿日:2010年03月02日 (火) 11時15分
ランディさま
おひさしぶりです。私は見ていないのですが、ポワチエの「ブラック・ライダー」ってのはどうでしょうか?ポワチエにベラフォンテ
黒人女性に先住民が出て来るとおもいます。

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[1447]ママデュークさん投稿者:ランディ
投稿日:2010年03月02日 (火) 11時46分
「ブラックライダー」も考えましたがこちらは「黒人幌馬車隊」の先導役及び用心棒の趣きでハリー・ベラフォンテが競演してますね。蟷螂の斧さんが言われる焚き火のそばのインディアンと、火薬樽のシーンに覚えがあります。愛知県方面で録画された吹き替えビデオがあります。もちろん、我らが「クープ」さんからの頂きものです。「斧」さんだけに「トマホーク」で決まりとは洒落過ぎですね。今夜もう一回見直します。

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[1448]考えられるのは投稿者:ノスタル爺
投稿日:2010年03月02日 (火) 12時07分
内容からして、黒人ヒーローが活躍するブラックスプロイテイション西部劇のようですね。
劇場公開されたものは憶えているので、消去法でたどると、おそらく『荒野の襲撃・人質救出作戦』(劇場未公開)のような気がします。劇場公開されたフレッド・ウィリアムソン主演の『ブラック・サンダー』の続編で、テレビ東京で放映されています。この手の映画は、よく題名変更がされるので、“四人”が題名についたかもしれません。

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[1449]ノスタル爺さま投稿者:ランディ
投稿日:2010年03月02日 (火) 14時05分
初めましてランディと申します。予てより大兄のご見識、博学ぶりを尊敬致しております。そういうジャンルがあるのは知ってましたが「ブラックスプロイテイション」と表現されるのですね。勉強になりました。「ブラック・サンダー」は「西部劇大全集」によると「自由人として生きるためガンマンになる」とありますから、その続編となるとそっちの可能性大ですね。これを機会に今後宜しくお願い致します。

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[1450]見直し完了投稿者:ランディ
投稿日:2010年03月02日 (火) 20時19分
急いで帰宅して見ました。「トマホーク峡谷の待ち伏せ」は銀行強盗して埋めた金をゴーストタウンへ捜しに行く4人に、インディアンが襲いかかるストーリーです。「ナバホインディアンの女に手を出した男が弓で射られる」「4人」「火薬樽」「槍」までは合格でしたが、やはり条件の黒人が抜けてました。見事に外しましたね。しかし「蟷螂の斧」様のおかげで在庫の作品を見直しできました。まずまずのBウェスタンです。

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[1451]「荒野の襲撃・人質救出作戦」投稿者:クゥープ
投稿日:2010年03月02日 (火) 21時51分
「荒野の襲撃」児玉数夫さんの著書「娯楽映画の世界 西部劇」の309〜312ページに亘って紹介されていますが、黒人2人ずれはあっているのですが、白人の方は途中で出会った両親をなくした少年マルセレナそしてもう一人はこれまた途中でエレーナと言う女性です。 南部連邦復活たくらむ一味との戦いで最後の戦いも主人公が金出だきこんだ、山賊(メキシコ人)と一緒に南部連合復活をたくらむ一味トノ戦いで、そのボスを倒すのだが、そのボスの最後の一弾主人公チャーリーを狙って放つが、エレーナがかばって倒れる。
そして主人公と少年はエレーナの墓があるこの地にとどまる。
このような粗筋が紹介されていますので、どうもこの作品では無さそうです。
私も主人公が黒人と言う設定を除けば、ランディさん推測の「トマホーク峡谷の待ち伏せ」が一番合致しているとおもわれます。
因みにこの「トマホーク峡谷の待ち伏せ』昭和61年(月は失念)
にテレビ愛知で放映されたのを家内の妹に録画して貰った物です。
この頃テレビ愛知では週2〜3本西部劇を放映していました。昭和60年〜62年までテレビ愛知で放映された西部劇はほぼ100パーセント録画していると思います。
「荒野の襲撃』は昭和56年4月5日放映と児玉氏は紹介その後何回か再放送されてはいると思いますが、テレビ愛知での『西部劇』の放映はテレビ東京で放映されてから、約1月以内には放映されていたと記憶しています。
「トマホーク峡谷の待ち伏せ」後希望なら差し上げますけど。
ハンドネームの横の図柄クリックしてもらうと、私へのメールが打てると思いますけど。

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[1452]念の為に投稿者:クゥープ
投稿日:2010年03月02日 (火) 22時22分
先ほどレス書き込みいたしました。クゥープです。
念の為「トマホーク峡谷の待ち伏せ」のTV放映時の副題(TV放映時には良く副題を付けて放映されるので)に4人の付く副題がつけられていないかと思いTV放映録画したVHSテープを再生してみましたが、日本公開当時の放題の「トマホーク峡谷の待ち伏せ』だけでした。
因みに私クゥープは鹿児島そして盟友ランディも九州にて「西部劇」の復興をたくらんでいる、不届き者この地九州の『西部劇』ファンの方ランディ・そしてクゥープにご一報下さい。

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[1453]皆様ありがとうございます。投稿者:蟷螂の斧
投稿日:2010年03月03日 (水) 03時33分
>ママデュークさん、ランディさん、ノスタル爺さん、クゥープさん
いろいろと、ありがとうございました。
あれこれ検索しましたが、どうも「トマホーク峡谷の待ち伏せ」のような気がします。検索して出てきたストーリー、画像。僕が初めて見たのは1970年代前半だったような気がします。某サイトに「『アパッチ大平原、4匹のならず者』という副題がついていたため」と書いてあります。「4匹」を「4人」と思い込んでいあtのかも知れません。当時僕は小学生でしたし。
それと、僕はその映画を1970年代前半と1986年に見た時、白人2人と黒人2人と思っていましたが、実は白人4人だったのかも知れません。うろ覚えなので・・・・・すみません!
また、クゥープさんがおっしゃるように、1986年に放映してくれたテレビ局はテレビ愛知だったような気がします。

「荒野の襲撃・人質救出作戦」は1973年製作。1970年代前半は、映画館で上映されたものをその年や翌年にテレビで放映される事はなかったと思います。また、「荒野の襲撃・人質救出作戦」で検索してポスターを見ると違うような気がします。
やっぱり、「トマホーク峡谷の待ち伏せ」ではないでしょうか?

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[1729]蟷螂の斧様投稿者:タムタム
投稿日:2011年06月29日 (水) 17時06分
「火薬が入った樽を持ってインディアンの集団の中に飛び込む。」という内容からして、「トマホーク峡谷の待ち伏せ」に間違いありません。
この作品は、最後にインディアンと戦うシーンは、有名な西部劇「ゴーストタウンの決闘」のコピーではないかと言われました。

本当は、火薬の樽をインディアンの集団に向かって転がし、仲間の女性が火のついた矢を放ち、全滅させるという作戦だったのですが、途中で、その矢を援護のために打ってしまうのです。
そのため、樽を転がし、人間もろとも吹っ飛んでしまうというラストでした。

[1725] 訃報 投稿者: ジェロニモ 

投稿日:2011年06月13日 (月) 23時25分

 テレビ西部劇「ガンスモーク」のマット・ディロン保安官が当たり役だったジェームズ・アーネスが、今月3日(金)に亡くなったとのことです(享年88)。

 ご冥福をお祈りします。

[1715]素敵なwebにたどり着きました(^<^) 投稿者:WILD BELL

投稿日:2011年05月10日 (火) 19時51分

60代の西部劇ファンのオヤジです。私の親父がファンで子供の頃から映画を見て、TVも見て 何時か本場西部に行きたと思っていました。やっと念願叶い最近2回に渡り訪米(各2週間)モニュメントバレーなどラスベガス周辺、最新はシェーンのグランドチトン、アリゾナのツーソンの牧場で五日間サボテンの中を駆け巡り、セドナにも寄って、そう色々な思い出の詰まった冥土の土産が出来ました。英会話を続けて良かったと思っています。

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[1716]西部劇のロケ地投稿者:ママデューク
投稿日:2011年05月10日 (火) 21時41分
ワイルド・ベルさん はじめまして。

ジョン・フォードの西部劇が好きなママデュークと申します。最近の西部劇ロケ地を訪問されたとの事、うらやましい限りです。モニュメントバレーなんか最近、大きなホテルが出来たそうで、西部も変わり行くようですね。是非、最近の訪問記お聞かせください。

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[1724]投稿者:ランディ
投稿日:2011年06月08日 (水) 22時51分
ワイルド・ベルさん始めまして。ご存知かも知れませんが、ここの親戚筋のウェスタン・ユニオンに我々の大先輩、原川順男氏の著書「アリゾナ、ユタ 西部劇の大地を行く」が紹介されてます。現況と映画のシーンの比較があり、ご旅行の思い出を再確認できるではと思います。ご参考まで。http://members.jcom.home.ne.jp/mich/western/wesbook2.html

[1722]5月26日は 投稿者:ママデューク

投稿日:2011年05月26日 (木) 21時46分

ジョン・ウェインの誕生日。生きていたら104歳ですね。、もう亡くなってから早いもので32年になります。

ジョン・フォードとの付き合いも、フィルムの無い「マザー・マクリー」(1928)より。顔の見える「血涙の志士」「最敬礼」「最後の一人」から、スターの地位を確保した「駅馬車」(1939)の出演。これは72年も前の事でした。

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[1723]生誕104周年!(←中途半端)投稿者:矢端想
投稿日:2011年05月28日 (土) 13時39分
おやまあ賑やかなページになっちゃって・・・(汗)

ハッピバースディ、デューク!・・・って、あっもう一昨日の話か。今日はオーディー・マーフィーの命日でした。そして昨日がワイルド・ビルのお誕生日だったのですね。

浜の隠居さんとワフーさんの「今日は何の日」、素晴らしい資料です・・・。

[1701]ベン・ジョンソンのサイト紹介 投稿者:J.W.

投稿日:2011年04月27日 (水) 17時38分

ベン・ジョンソンの熱烈なファンが作ったサイトです。ワイオミングも当然取り上げられております。ベン・ジョンソンを探す時、大いに役立ちますよ。

http://benjohnsonscreencaps.shutterfly.com/

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[1702]嬉しいサイトです。投稿者:ママデューク
投稿日:2011年04月27日 (水) 21時55分
J.W.さま

いつもありがとうございます。ベン・ジョンソンの楽しいサイトをご紹介頂きありがとうございます。ゆっくりと時間を掛けて楽しみたいと思います。

私のような駅馬車に乗り損ねた世代の者は、リバイバルの「黄色いリボン」や「幌馬車」「シェーン」と同時に「シャイアン」を見ているので、若き日のベンと中年のベンを同時に見ており、これは少々違和感でもありましたですよ。「ワイルドバンチ」なんかホント不良中年の役でしたからね。タイリー軍曹とはエライ違いだった。

ベン自身は嫌いだったらしいけど、「ラスト・ショー」でオスカー獲ってから、より幅の広い役柄が色々来るようになりましたね。

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[1703]投稿者:J.W.
投稿日:2011年04月28日 (木) 10時02分
ママデューク様、お役に立てれば幸い。かえって探す楽しみを奪ってしまわないかと心配でした。

私も団塊世代でして、「黄色いリボン」「幌馬車」と「シェーン」を同時に見ました。それで「シェーン」の悪役(?)のベンには非常な違和感を抱いた思い出があります。
後年、ジョン・ウェインとの共演が続いたので嬉しかったですね。

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[1704]何の、何の。投稿者:ママデューク
投稿日:2011年04月28日 (木) 18時12分
J.W.さま、ベンの端役時代の詳細が明らかになり、ホント見ていて楽しかったです。私はモンスター・ファンでもありますので「ターザン砂漠へ行く」、こんなものに出ていたとは。このサイトを教えて頂かなかったらどこに出ているのか絶対判らなかったでしょう。

私、昔からこの映画は絶対見てみたい映画の中の1本なのですヨ。

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[1712] 衣装代のかからない映画 投稿者: ジェロニモ 
投稿日:2011年05月09日 (月) 21時37分
 ハリー・ケリー・Jrが親友ベン・ジョンソンの思い出を語っているYouTubeのURLを、アイコンに書いておきます。ベン・ジョンソンは下戸だったようで、ハイボール一杯出されただけでも、飲まないでいるうちに生ぬるくなってしまう、という具合だったようですね。

 1943年、ローン・パインでの撮影で、ジョニー・ワイズミューラーのスタントマンをやったとき、ワイズミューラーに「ベン、一杯やろう」と誘われてバーに入ったはいいけれど、バーを出たら腰が立たなくなって、ホテルは道路の反対側なのに、そこまで歩くことができず、四つんばいで這っていったそうです。「ローン・パインの大通りを這って横断したのは俺様だけだ」と威張ったものの、それ以来、酒は止めたとのことです。

 この動画には、ベン・ジョンソンがふんどし一丁で裸馬を駆る場面もあります。「カウボーイだろうとインディアンだろうと、ふんどし一丁で乗馬はしないだろう」といわれても本当にふんどし一丁なんだから仕方がない。

[1710]ハリー・ケリー・Jr発見! 投稿者:ママデューク

投稿日:2011年05月07日 (土) 21時00分

こちらのBBSでも「リオ・ブラボー」に於けるハリー・ケリーの出演は喧しいのですが、本日とうとうそのハリー・ケリー・Jrの「リオ・ブラボー」に於ける出演場面を発見したので、ここにご報告いたしておきます。

さて其の場面とは、映画の最初の方、チャンスとデュードが夜の町をパトロールします。そうですロバに驚きデュードに一緒の歩こうかと冷やかされるシーンですね。その後、彼らはカルロスのアラモホテルの前に出ます。そしたらカルロスが待っていて、チャンスに言います。

パット親方が貴方達の事を心配して味方を募っているが、これは危ないセニョール・チャンス、注意してくれといった意のことを言いますね。それを聞き、チャンスはホテルの中に入り親方のいるテーブルに向います。このときのチャンスの歩く「背景」にご注目!。五人の男たちが丸テーブルでカードをしておりますが、その画面に向って二人目がドーブ・ケリーその人です。ほんの一瞬ですからお見逃しなきように。ホークスの伝記の談話のように、カウボーイ・スタイルで紫色のステットソンを被っていました。あとは濃い色のシャツに茶のベストでした。なにか私は「バック・トゥー・ザ・フューチャー」を思い浮かべました。

皆さん、是非ご確認をお願いいたします。こんな事もソフトとハードの発達の恩恵、ホントいい時代ですね。




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