某市内の喫茶店、その店先に巨大なバイクが進入してきた。
ドゥドゥドゥドゥ……
腹に響く低温を響かせ、そこから革ジャンに身を包んだ一人の男が降り立った。
身の丈は190cmを越そうかという黒人の大男だった。
エンジンを止め、サングラスの奥から周りをちらりと一瞥すると、男は店内へと入っていった。
一方、店内には一人の少女がいた。
短めのスカートにベスト、眼鏡を掛けた青い髪の少女が文庫本を片手にゆっくりとページに目線を落としている。
時折ページをめくる乾いた音だけが彼女の周りに充満していた。
と、静かだった少女の周りが不意にざわめく。
少女が顔を上げると、そこには先ほど店内に入ってきた黒人の男の姿があった。
男はサングラスを掛けたまま、大股で彼女の席の方に向かって歩いて来る。
ざわっ……
一瞬店内に異様な空気が流れた。
「遅かったですね。」
少女が当たり前のような顔をして男に言った。
「ちょいと渋滞しててな……ったく日本ってぇのはどうにも狭くていけねぇ。」
「座って下さい。」
少女はにこりと微笑むと、彼女の向かいの席を指し示した。そこに男がどかりと腰を下ろす。
「まったくあなた、もうちょっと目立たないカッコで来られなかったんですか?」
「お前だって大差ないだろうが……なんだシエルその格好は。」
男が大げさに肩をすくめてみせた。
「これは潜入のための格好ですよ……日本の学校には『制服』というものがあるんです。」
「やれやれ……」
男がサングラスを外す。陽光が彼の瞳を射し、一瞬その瞳が金色に輝いた。
「……で、なんの用だ?埋葬機関のエージェント直々の呼び出しとなればただ事じゃないんだろ?」
一瞬の間、ふたりの間の空気が緊張する。と、シエルがにこりと微笑んだ。
「まあ緊張なさらずに……とりあえず今は敵対してるわけじゃないんですから。」
シエルが両手の手のひらを上に向けて、武器を持っていないことをアピールした。
「これを見て下さいます?」
シエルが制服の胸元のポケットから、一枚の写真を取りだして机の上に置いた。
「こいつぁ……誰だ?……アーミー……いや違う……日本の学生……か?」
男がぽつりと漏らした。
「ご名答、私と同じ学校に通う男子学生です。」
男はその写真をつまみ上げると、いぶかしげに目を細めた。
それもそのはず、その写真に写っている眼鏡を掛けた男は、どう見ても埋葬機関のエージェントが追いかけるほどの男には見えなかったからだ。
「その人を鍛えて欲しいんですよ。彼の名は『遠野志貴』。」
「鍛えるだと?」
男は眉をひそめた。
少なくとも自分は死徒とヴァンパイアを狩って幾年にもなる手練れだ。敵と自分の力量を図る術は心得ている。
しかしその写真からは、特有の『気配』も何も感じられなかった。
もちろん死徒どもを狩るには、その肉体的な強靱さだけで計れるものではない、しかし彼の記憶を探っても知っているハンターたちの中に『遠野志貴』という名はなかった。
「こいつはなにもんだ?」
わずかに恫喝するような声を男はあげた、しかしシエルはそれをさらりと受け流す。
「ロアも、ネロ・カオスも倒し、真祖の姫君も殺されかけたと言ったら?」
ひゅう♪と男が口笛を吹いた。
「そりゃあ相当な能力者だな。」
「ええ、彼は『魔眼』の能力者、しかも『死』を見ることが出来ます……生物も無生物も……ね。」
死が見えるだけの能力者なら、彼も何人か知っていた。しかしその死を積極的に操作できる能力者なぞ、長いハンター生活の中でも見かけたことはない。
「それだけの能力を持ってるんなら、わざわざオレに鍛えてくれって言って来るほどのことじゃネェだろうよ。」
「じゃああなたが今まで生き残ってこれたのは、特殊能力だけのおかげですか?」
シエルの言葉に、男は首を横に振った。
能力は確かにヴァンパイヤどもと渡り合うには必須の武器だ。しかしそれに頼り切っていては自ずと天井も低くなる。
敵の喉笛をかっ切り、その上で自分も生き残るには、自分の肉体の持つ力を最大限まで鍛えあげなければならない。
「なるほど……このボウズは戦闘に関しては素人ってわけか……」
「そうです。」
それなら合点がいく。ハンターとして生きるには、牙は出来るだけ早い段階で研いでおく必要があるからだ。
「彼は遅かれ早かれ、敵に狙われることになります。既に燐月製薬、アンブレラ社、ライプリヒ製薬が動き出しています。今のところは押さえてますが、わずかなほころびでも彼らはそこを突いてくるでしょう。」
「自存自衛のためには仕方がない……か。」
その言葉に、シエルは首を横に振った。
「彼の守りたいものは自身ではなく……妹さんと使用人たちですよ。」
シエルがふ……と寂しそうな笑みを漏らした。
「守るべきもののために戦う……か。」
男はすっと立ち上がった。
「シエル、そいつはオレが引き受ける。坊主にはどうやったら会えるんだ?」
その言葉にシエルがにこりと微笑んだ。
「ここを訪ねて下さい……そこへ行ってあなたの名を出せば通してくれるはずです。」
男がゆっくりと門の前に立つ。
インターホンを押すと、眼前のモニターにメイド服を着込んだ赤い髪の女が映った。
「どちら様ですか?」
「オレか?……オレは……」
「俺の名はブレイド……デイウォーカーブレイドだ。」