今日は、大きなお祭りがあります。
今まさに始まろうとするそこに、ひと組の幸せそうなカップルがやってきました。
「うわぁ、すっごいにぎわいだねっ!」
「そ、そうだね……」
「わぁわぁ、いっぱい出店があるよっ!ねぇ健ちゃん、どこから回ろうか?」
「うーん、けっこう同じような店が多いみたいだけど……ほ、ほたる?」
「健ちゃん、こっちこっちー!ほら、タコ焼き屋さんがあるよ!」
「い、いきなりタコ焼き?ほたる、食べるのはあとで……」
「わぁーい、八個入りで特価400円だって!お買得だねぇ?」
「い、いや、普段と同じじゃないか……って、ほたる、買ったの?」
「うんっ。もぐもぐ……わぁ、おいしいよ?健ちゃんにも一個あげるね、はい!」
「あ、ありがと……っ、あつつっ!」
「あははーっ!健ちゃん、ソースがべったりついてるよぉ!おっかしぃーんだ!」
「ほ、ほたるのせいじゃないか……はい、罰としてタコ焼き没収、と。もぐ……」
「あぁぁああー!ほ、ほたるのタコ焼きさんが……大切に残しておいた、最後のタコさんが……」
「な、泣かないでよ。かわりに、何が買ってあげるからさ。ほら……何がいい?」
「う、うんっ。あのね、えっと……あ、あっちに売店があるよ!」
「ほ、ほたる!いきなり走ったら危ないから……」
「早く早く!健ちゃん、ほらほらっ、お面がいっぱいだよ!」
「そうだね。何だか、お祭りって感じがするね。」
「ウルxラマンや仮面ラxダーさん、兄弟いーっぱい増えたんだねぇ……婿入りさんもいるのかなぁ?」
「そ、それはちょっと……それよりほたる、まさかお面が欲しいの?」
「うーん……あ、ほたるね、あれがいい!」
「あれって……げ。」
「あーっ、今、『げ』って言った?」
「い、言ってない。言ってないけど……」
「ううん、確かに聞いたもん。あぁ、健ちゃんはほたるがあんなに大事にしていた最後のタコ焼きさんを御無体に食しておきながら……どんなに、ほたるが傷ついたかわかってないんだね……」
「そ、そんな、おおげさな。でもさ、あれはちょっと……第一、きっとあれ売り物じゃ……」
「ううっ、ほたるが少ないお小遣いをやりくりして、やっと手に入れたタコ焼きさん……おいしく食べてね。うん、もちろんだよぉ。ひとーつ、ふたーつ……あれ、一つ足りないよぉ……」
「ほ、ほたる!そんな声色で、やめなって……みんな見てるよ?」
「何度数えても、一つだけ足りないんだぁ……ほたるのタコ焼き……」
「わ、わかったから!買う!買うから!何でも買ってあげる!すみません、これ下さい!」
「わーい!健ちゃん、ありがとう!」
「はい、これ……でもさ、ほたる。こんなに大きいの、邪魔じゃない?」
「あっ、そんなこと大丈夫だよぉ。ほら、ちゃんとダッコちゃんができるんだもん。こんにちはっ、ドラたん!」
「ド、ドラたん……?」
「うん!ほら、ほたるの背中にピッタリくっついて……仲良し親子さんみたいでしょ?ね、ドラたん。そうだね、ほたるちゃん!ぼくドラxもんですゥ!」
「わ、わかった。わかったから……やめてよ、ほたる。」
「あー、健ちゃん妬いてるんだぁ!でもねでもね、大丈夫だよぉ!ドラちゃんのことは小さい頃から大好きだけど、やっぱりほたるは健ちゃんのことが……ね、ドラたん。はい、ぼくドラxもんですゥ!キャハハハハ!」
「はぁ……わ、わかったよ。それじゃあ、どこに行こうか……」
「うんうんっ。やっぱりここは、祭りの華、踊り見物だよぉ!どこでやってるのかなぁ?」
「うーん……みんな集まってるから、あっちじゃないかな?太鼓の音がするし。」
「おー!太鼓のオトがする方向に、ほたるがオトもしちゃいますっ!キャハハハ!」
「はぁ……」
「はおっ、そこのおふたりさん!今日は楽しんでる?」
「あー、ととちゃんだ!ととちゃんもお祭りなんだぁ?」
「もちろんよ!見て、この格好。」
「はっぴにたすきがけでハチマキ……勇ましいね。」
「ありがと。ホントは私も、ほわちゃんみたいに可愛い浴衣が着たかったんだけど。」
「えへへ。でも、ほたるもととちゃんみたいなカッコ、してみたいなぁ。それでね、やぐらの上で太鼓をドンドンーって叩くの。下にぃ、下にぃーって。」
「ほたる、それは大名行列……」
「まぁまぁ。ところで彼氏、さっきからフラフラしてどうしたの?見てられなくって、思わず心配になっちゃったじゃない。」
「とと……って、飛世さん、気付いてたの?このひとごみで?」
「あのねぇ。背中にそんな大きなビニールの人形背負った彼女連れて、注目されない方がおかしいわよ。」
「あー、やっぱりそうなんだぁ!じゃあじゃあ、ほたると健ちゃんってば、お祭りのお客さんたちに大注目のカップルだね?よかったねぇ、健ちゃん!」
「ど、どこが……それよりさ、どこか休むところないかな?少し座りたいんだけど。」
「ほぉほぉ、祭りも始まったばかりだってのに、もうお疲れのようで。ま、お察しするけど……いいよ、こっち来て!」
「ととちゃんは、お祭りで何かやってるの?」
「そうだよ。町内代表で、踊りの拍子役に選ばれたんだ……はい、ここ。」
「サンキュ。ほたるも座れば?」
「うんっ。あー、健ちゃん、あそこにラムネさんがあるよ!ほたる、買ってくるね!」
「あ……うん。はい、これお金。」
「えっ……いいの?」
「うん。さっき約束したしさ。他にも欲しいものあったら、何でも買って来ていいよ。」
「ホント?わーい、嬉しいなっ!じゃ、行ってきまーす!」
「……って、まったく。いくら祭りとはいえ、どうにも見せつけてくれるわねー。」
「とと……劇団の方はいいの?」
「うん、今日は特別。ほわちゃんと同じかな。それよりもさ、うまくやってるみたいじゃない。ほわちゃんと。」
「そう……かな。」
「うんうん。ほわちゃん、昨日も私に電話くれて……今日出かけること、すっごく楽しみにしてるみたいだったから。何だか、私もちょっとあてられちゃった。」
「あてられ、たんだ……」
「あー、イナったら。またヘンな顔してる。せっかくのお祭りなんだから、ほわちゃんのことしっかりリードしてあげなきゃダメだよ。わかってる?」
「そ、そうだけど……ととは?よかったら、僕たちといっしょに……」
「あ……ダメダメ!そういうのがよくないったら。それに第一、私はあとでお拍子入れて、踊らなきゃならないんだからね。」
「そうなんだ。でもさ……」
「でも、はなし。イナ、そういう台詞は気を付けた方がいいよ。ほわちゃんにならいいけど……他の女の子には、絶対ダメ。女の子にしかわからないけど、誘惑されてるみたいなんだからね。」
「そう……なのかな。意識したことないけど……」
「イナは、そこが問題なのよね。でも……あ、ほわちゃんが帰って来たよ。」
「たっだいまぁぁあ!健ちゃん、ととちゃん!」
「うわっ!ほ、ほたる……えっ?」
「まったく……お祭りの夜に彼女を放り出して、なに別の女の子と呑気に話してるんだか。」
「す、寿々奈さん?」
「そうなんだぁ!あのね、健ちゃん。ほたるが買い物してたらね、男の子たちに声かけられちゃって……」
「声かけられた、ねぇ。たちの悪いナンパよ。夏になると、ああいうのがボウフラみたいにわき出してくるのよね。まったく、迷惑この上ないわ。」
「寿々奈さんが……助けてくれたの?」
「別に。ただ、近くにドラxもんが動いてるのが見えただけよ……」
「あ、はじめまして。ほわちゃん……白河さんの中学からの友達で、飛世です。」
「よ、よろしく。ふぅん、そうなんだ……私は、白河さんのクラスメイトで……寿々奈鷹乃。」
「あー、それでね……はい、これっ!」
「う、うわっ!」
「ほ、ほわちゃん、これ……みんな買って来たの?」
「うんっ!焼きそばでしょ、お好み焼きでしょ、焼きもろこしさんでしょ、焼き鳥さんに、串焼きくんに、お団子さんだっていっぱいあるよ!あ、もちろんほたるはラムネさんのことも忘れなかったのだ。」
「す、すごいね……というより、どうやって持って来たのって感じだけど……」
「えへへっ!健ちゃんがサービスしてくれるからって、鷹乃ちゃんにも選んでもらったの!」
「まぁ……これぐらいあればいいんじゃないかしら。ところで白河さん、本当に私もいっしょでいいの?迷惑じゃない?」
「いいよぉ!それより、早く食べよ!冷めちゃうから……はい、ととちゃん健ちゃん、ラムネさんだよ!鷹乃ちゃん、開けてくれる?」
「いいわよ……はい。飛世さん、これ……」
「あ、ありがと……あれ?イナ……伊波くん、顔がこわばってるわよ。」
「ほ、ほたる……あのさ、お釣は……?」
「ツリ?あー、ヨーヨー釣りもやりたいねぇ!食べたら行こうね、健ちゃん!」
「ご愁傷さま……それよりほわちゃん、いくら四人でもこの量はちょっと……って、あれ?」
「ごちそうさま。おいしかったわ……それじゃ、私は行くわね。」
「うんっ!鷹乃ちゃん、またあとでねー!」
「ね、ねぇ、イナ……確か今、ここに山盛りになっていたパックの束が……」
「それは……気にしない方がいいよ、とと。」
「だ、だって……って、あ!笛が鳴ってる!もう時間だ!」
「あー、そうなんだ?」
「うん、じゃあ行ってくるね。よかったらあとで来てよ!それじゃ、ごゆっくり!」
「うんっ!ととちゃん、まったねー!」
「ふぅ……台風というか、一難去ってというか……」
「ん?どうしたの、健ちゃん。それよりさ、お腹もいっぱいになったし……お祭りめぐり再開だね!行こう!」
「う、うん。行こうか……本当に、ずいぶん人も増えて来たね。」
「そうだねっ。あっ、あんず飴だー!健ちゃん、買ってきてもいい?」
「い、いいけど……ほたる、お腹いっぱいじゃないの?」
「えっへん、甘いものは特別なのだ!わ、一本120円だって!安いねー?お得だねー?」
「そ、そうなのかな……って、ほたる、また買いすぎたり……」
「はい、健ちゃん。二つ買ったから、一本ずつ食べよ?」
「あ……うん。」
「わぁ、水飴が甘くっておいしーい!」
「あ、ほたる。浴衣の裾に……ついちゃったよ。」
「え?ホント?取って取って!」
「はい……これでいいかな。」
「ありがと、健ちゃん。よかっよねぇ、ドラたん。なでなで。」
「お、思い出させないでよ、ほたる……」
「うぅーん、どっちに行こうかな……あ、健ちゃん、あそこにすっごい人だかりができてる!行ってみよっ!」
「わ、ちょっと待って、ほたる……って、あれ?め、希ちゃん?」
「いらっしゃいませー!あ……け、健さん!」
「驚いた……どうしたの、露店でバイト?あれ……それ、ルサックの制服?」
「えっと、その……はい。実は、店長さんに頼まれて……ルサックのテイクアウトメニューの模擬店を出すことになって……」
「そ、そんな話があったんだ。全然知らなかったよ。これ、メニュー……って、こ、これが?」
「はい……それが、その、店長さんと、プロジェクトリーダーの稲穂さんが……何だか、色々と準備して……」
「そ、そうなんだ。それで、他の人は?」
「はい。さっきまで、稲穂さんがいてくれたんですけど……少し用事があるって、出ていってしまって……」
「そ、そうなんだ。大変そうだね……手伝おうか?」
「えっ?で、でも……いいんですか?」
「うん。ちょっといっしょに来た人とはぐれちゃったから……このひとごみを捜しまわるより、ここで手伝ってた方が見つけやすい気がするからさ。」
「そうですか……なら、ぜひお願いします。」
「うん……あ、いらっしゃいませ!」
「ファミリーレストラン・ルサックのテイクアウトメニューを、格安で実験販売しております!どうか、一度ご賞味下さい!」
「実験販売……ねぇ。まぁ確かに、そのような料理ではあるみたいだけど。」
「つ、つばめ先生!」
「えっ……あ、あの?」
「飛び魚のカンカン仕上げ。極寒冷凍カキゴオリ。おまけにこれは、例のゆばむ……」
「せ、先生?どうしたんですか……?」
「どうしたって……お祭りに来ているんだけれど。」
「浴衣……持っていたんですか。」
「そうよ。買ったの……何故かは秘密よ。」
「あ、あの……健さんのお知り合いの方ですか?」
「う、うん。学校の夏期講習の先生で……南つばめさん。」
「そうなんですか。私、相摩希です。健さん……伊波さんには、バイト先でお世話になっています。」
「丁寧に、ありがとう……よかったら、これ、はい……」
「レ、レモン?ありがとうございます……」
「気にしないで。たくさんあるから……射的の景品でもらったの。それじゃ、健くん。ごきげんよう……」
「せ、先生!あの、ちょっと待って……」
「健さん。その、ここは大丈夫ですから……どうか、行って下さい。」
「そ、そう?」
「はい。稲穂さんも戻ってくると思いますし、私は大丈夫です。」
「うん……ごめんね、希ちゃん。じゃ……」
「気を付けて下さいね!」
「……って、飛び出したのはいいものの……先生も、ほたるも……」
「あら、健くんじゃない?」
「こ、今度は静流さん!」
「なーに?ハトが豆鉄砲くらっちゃったような顔して。今度はって……あ、ほたるのことね?」
「ほたる、見ませんでしたか?」
「ううん、見てないけど。今日はいっしょなんでしょ?あ、まさかはぐれたの?」
「す、すみません……」
「ダメね、彼氏なんだから。しっかり……と言いながら、実は私も小夜美とはぐれちゃったのよね。すごい混雑で、携帯もつながらないし……何か、目印でもあればいいんだけど。」
「あ!そういえば静流さん、背中に……というか、ひとごみの間にドラxもんを見ませんでしたか?ぬっと、上半身を突き出した感じで。」
「ドラxもん?えっと……あ、そういえば、さっき遠目に見たような気がするわ。」
「それ、ほたるなんです!どこにいましたか?」
「うーんと……確か、向こうかしら。案内するわ。」
「いいんですか?」
「どうにも見つからないしね。それより、ほたるのことの方が心配よ。いろんな意味でね。」
「そう……ですよね。確かに。」
「こっちだけど……あ!健くん、あれ……」
「えっ……わ、な、何だ?救急車が止まってる……」
「健くん、あの……ねぇ、あの、人だかりのできてる、真ん中にあるの……」
「え、ええ。青い……何か、塊みたいな……ペシャンコになって……!ま、まさか……」
「ほ、ほたるが?嘘よ……ち、ちょっと……ちょっとどいて!ほたるっ!どきなさいっ!」
「うわ……!し、静流さん……あ、危ない!」
「ほたるっ!この……どきなさいよっ!」
「す、すごい……あ、救急隊員までふっとんで……」
「あー、健ちゃんだ!よかったぁ……」
「あ、あれ?ほたる?」
「もうっ!ほたるってば、ずーっと健ちゃんのこと探してたんだよぉ!」
「ほ、ほたる……ドラxもんは……?」
「えっ?あっ、あのね、お手洗いに行くから、ドラたんはあっちの角っこでお休みさせてたの。ドラたん……あ、あれ?健ちゃん、あそこで……」
「み、見ちゃダメだ。行こう、ほたる。」
「えっ?あれ、あの……暴れてるひと……何だか……」
「ほら、行こうほたる。お祭りはこれからだからね……どこに行きたい?」
「うーん、えっとねぇ……ほたる、やっぱり踊りを見に行きたいな!」
「よし、ならあっちだ。ごめんね、静流さん……」
「ん?何か言った、健ちゃん?」
「ううん。よし、行こう、ほたる!」
「うんっ!うわーい、嬉しいなっ!」
こうして、にぎやかなる祭りの夜はふけていきました。
喧騒の中の、特別な空気。嬉しそうに、楽しそうに……笑っている人も、何だか怒っている人も、みんなが同じお祭り仲間です。
そう、きっと明日もいい天気。