「見さらせー!これが、伊波健の生き様じゃー!」
ドッパアァァァアアン!
飛び散る水しぶき。
我ながら無謀だと思った。
無茶すぎる。
でも、どこかで気持ち良さも感じる。
そうだ。サッカーでマークの隙をついて、シュートする時にも似た感覚。
失敗したらどうしよう。そう思いながら、ディフェンダーの隙間にボールを蹴り込む。
全力で。
そう、これが僕のできる……彼女への、精一杯なんだ。
ブクブクブクブク。
「そ、そんな……伊波くん……!」
ブクブクブク。
「ダ、ダメ……誰か……」
ブクブク……
「イ、イヤ……イヤだよ……ママ……!」
ブク、ブクッ、ゴブッ……
…………。
……。
ひゅるるる〜。
暗転【鷹乃編】
あれ……
僕は、いったい……?
何が起こったんだ……
どうなったんだっけ……?
あ、そうか。
僕は、プールで寿々奈さんを待って……ずっと待って……
それで、彼女が来たんだ。
そして、彼女と話して……
そうか、説得しようとして……言葉じゃ伝わらない、何かを……
それを、伝えたくて……
どうしても……何がなんでも、伝えたくて……
プールに飛び込んで……
そうか、意識を失ってたんだな。
それで、今、起きて……
あれ?ヘンな感覚だ。
僕、どうしてるんだろう……あれ?
あそこにいるのは……ほたる?
ほたるが……泣いてる?
「ゴメンね……ゴメンね、健ちゃん……」
黒い服を着て、涙ぐむ……ほたる。
どうしたんだろう。僕と別れたのに、僕のことで泣いてるなんて……
あれ?ほたるだけじゃない。みんな……
「健……スマン。俺がもっと……」
翔太、なに……泣いてるんだよ。だって、翔太は……
「イナケン……俺はな、俺は、お前のことが……クッ……」
そ、そんな。信くんまで。そんな、泣き笑いみたいな顔で。拳を握られても。
ち、ちょっと、みんな……
あれ?声が出ない。あれれ?
ほ、ほたる、僕はちゃんとここに……
「ごめんね……ごめんね、健ちゃん。ほたるが……ほたるが、あんなにヒドイことを言ったから。みんな、みんな……ほたるのせいだよね。健ちゃん……」
じっと何かを見つめて……そして、顔を覆って、悲しみをいっぱいにして泣き出すほたる。
ほたるが見ていたもの。
それを見て……僕は、唖然とした。
大きな箱。花がたくさん飾られている。
その中に……ぼ、ぼ……僕!?
僕が……僕、僕が……!
「健ちゃん、健ちゃん……!」
不意に、箱に駆け寄って……ほたるがむせび泣いた。その場にいる人たちが、それに呼応するようにすすり泣く。
そ、そんな、僕……!
まさか、ぼ、僕は……
僕は、あの時に……プールで……えええええ?
「あなたのせいじゃないわ……」
そこに、低い声。
僕が……そして、僕の眠る箱……棺に寄り添うほたるが振り向くと、そこに……
「寿々奈さん……」
涙目のほたるの前に立つ、喪服の寿々奈さん。
寿々奈さんの瞳も、潤んで……
「あなたのせいじゃない。私の……私のせい。みんな私のせいなの……私のせいで、彼は飛び込んで……私は、助けられなかった……やっぱり、水に入れなかった……彼がドxエもんになるのを……黙って見てるしか……」
寿々奈さんの肩が震えていた。
その前で、ほたるが首を振る。激しく。
「違うよ!寿々奈さんじゃない……ほたるが、ほたるが悪いの。ほたるが、あんな思わせぶりなことばっかりして、健ちゃんの気持ちを確かめようとして……別れるフリまでして、それで、健ちゃんがとっても混乱して……だから……だからなの……!」
嗚咽するほたる……え……?
え、ええっ?別れるフリ……フリって?ほたる、ねぇ……
「ううん。私の方が悪いわ。私は、白河さんの気持ちを知っていて、それで……それなのに、伊波くんと親しくして……それが、伊波くんを……」
「違う、違うよ……!鷹乃ちゃんは悪くないよ。ほたるが、ほたるが悪いんだよ……」
互いに涙をためた瞳……それを重ねて、じっと見つめあう二人。
……あれ?
「白河さん……」
「鷹乃ちゃん……」
じーっと、まだまだ見つめあっている二人。
あ、あれ……あれれ?
ち、ちょっと……待って!
二人が、寄り添うようにして……
う、うわ……
「うわぁぁああああああー!」
ガバッと跳ね起きると……
ベッドの上だった。
白づくめの部屋。柵付きのベッドと、棚。タイル敷きの床。
病院……?
自分の手を見た。白い袖から……ちゃんと出ている。足もある。
「生きてる……?」
声が出た。ヘンな響きだったけど。
よかった。僕……
「生きてるんだ……!」
夢だったんだ。よかった。
そうか、僕、あの時にプールに飛び込んで……
それで、気を失っちゃったんだ。病院に運ばれて……
ベッドに倒れた。大きく伸びをする。
よかった……生きてる。
ついさっき見た夢……それを忘れるように首を振った。
よかった。凄くドキドキしたけど、夢で。
と、枕元に小さな人形がぶらさげてあった。
ホーキを手にした、可愛い人形だった。見覚えがあるような気もする。
ふっと手をのばして触れてみると……名前が書いてあった。
ほたる。子供っぽい字で、そう書いてある。
そうか。ほたるが心配して見舞いに来て……ほたるのやつ。
何だか、なつかしかった。ほたると別れたのが、まるで何ヶ月も前のような気がする。
あんな風に別れても、何かあったらすぐ飛んで来てくれるんだな。
みんなだってそうだ。僕のお葬式で、あんなに悲しそうにしてくれて……
そうだよ、みんな……僕のことを……
『自分がいなくなった時に、泣いてくれる人間がどれだけいるか。
それが、その人の人生の価値である。』
そんな話を、思い出した。
僕は、最近の自分がどれだけ一人よがりだったかに気付き、深く反省した。
もっと大切にしなきゃ。まわりの人たちを。一人じゃ生きていけないから。
一人……そうだ、寿々奈さんは。
寿々奈さんは、どうしただろう。
驚いただろうな……いきなり、目の前であんなことされて。
寿々奈さんを試すようなことして。実際、無茶苦茶だ。
あ、それでも助かってるってことは……寿々奈さんが助けてくれたんだな。
そうか……よかった。本当によかった……
僕は、寿々奈さんが来たら謝ろうと思った。ほたるにも、お礼を言わないと。
それで……よく話し合って。僕の気持ちを整理して……
それから……
「健ちゃん……?」
病室のカーテンが揺れて、そこに……特徴的な髪の毛が見えた。
「ほたる……!」
ほたるだ。僕はニッコリ笑った。
しかしまぁ、ほたるは相当に驚いた顔をしていた。無理もないか。
久しぶりに見るほたる……何だか、とても新鮮だった。はじめて逢った時のように。
「け、健……ちゃん……さん?」
「うん。そうだよ……ごめんね、ほたる。驚いたでしょ?でも……来てくれて、嬉しかった。」
素直に言葉が出た。何だか、ほたるに対する気持ちがあふれてくる。
好きなんだ、そう思った。
ほたるに恋したことはないかもしれない。
でも……ほたるのこと、好きなんだ。
ほたるは、ぼーっとした顔で……ゆっくり、首を振った。
「ううん……だって、日課で……来てるから。でも、本当に……起きたんだ……?」
声が震えている。驚きすぎ……えっ?
「日課って……ほたる?まさか、僕……」
今日じゃないのか、入院したの。
あっ、もしかして、寿々奈さんみたいに、しばらく意識不明で……
「ほたる……ほたるじゃないよ。」
「……?」
ほたるが、僕をじっと見つめて……言った。
「私は、蛍子だもん。友達は、みんなほたるって呼ぶけど……」
「え……?」
意味がわからなかった。ほたる……名?
と、そこへ。
「よっ、ほたる!今日もご苦労さまだな。」
入ってくる女の子。元気な……ざっくばらんな感じの、黒の制服。あれ……違う?
ほたると似て、それで違う二股の髪。
片目に眼帯をしてる。でも、その顔は……忘れるわけがなかった。
「寿々奈さん……!」
僕の声に、驚いたようにこっちを見て……そして、覆われてない片目が丸くなる。
「お、おい……!ほ、ほたる、こいつ……」
「う、うん。あのね、今、ほたるが来たら……起きてたの。健ちゃん、さん……」
二人、見合って、それで……僕を見る。
妙な目付きで。
それに……今、ほたる?健ちゃん……『さん』?
「ね、ねぇ。話が読めないんだけど。ほたると……そっちは、鷹乃さんだよね?僕、助けられて……」
「鷹乃……!?ち、違う。あたしは……」
「えっ……?」
「あ、あたしは、鷹乃じゃない。鷹美だよ。鷹乃は、あたしのオフクロで……」
「私も、蛍子だよ。ほたるは、私のママの名前だもん。」
二人の女の子が、同時に僕に告げた。
ほた……ほたるこ?鷹……たかみ?
それに、な、何だって?おふく…………ま、ママ!?
「ち、ちょっと……そ、それじゃ、君たちは……」
二人が、何かコソコソと話し合っている。混乱する僕の前で。
そして、ほたる……に似た女の子が、一歩進み出た。
寿々奈さん……に似た女の子に、押し出されるように。
「ねぇ、健ちゃん、さん……?」
さん。健ちゃん……さん。
「な、何かな……ほたる……こ、ちゃん。」
僕はドキドキした。
「あのね、健ちゃんさんが起きたら……必ず、最初にこう言ってやりなさいって……ママが。」
「う、うん……」
ママ……ほたる?い、今は何年なんだ?
僕の……僕の顔は?鏡はないのかな?
心臓が爆発しそうになってきた僕の前で、ほたる……に似た女の子が、モジモジとして……
そして、僕をじっと見つめた。
「だから、言うね。えーっと、コホン……」
「ほたる、さっさとしろよ。練習したろ?ほら、コクっちゃえ!」
緊張しているようなほたる……に似た子を、後ろからそそのかす、寿々奈……さんに似た子。
でも、えっ……コク……?
「う、うん……えーっと、健ちゃん……」
ほたる……に似た少女が、笑った。
どこか不自然で、それでいて……可愛らしい笑いだった。
僕も笑った。いや、微笑んだのかもしれない。何だか、懐かしくて……
「セキニン……取ってね?」
白い病棟に、紅の夕日が沈み始めていた。