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ダレモイナイ コウシンスルナラ イマノウチ(ペ∀゚)ヘ
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[47]まえがき: 武蔵小金井 2002年05月12日 (日) 01時49分 Mail

 この作品は、

 KIDさん制作のミステリィADV、「すべてがFになる」における「ミチル編」と、
 同社制作の恋愛ADV、「メモリーズオフ・セカンド」における「つばめ編」の、

 二つの結末を存じていることが前提になっています。

 もちろんその前置きがなくとも、読まれることに何の束縛もありません。
 ただ、両方のゲームをプレイし、二人の物語を見つめて、
 そしてこの文を記した者として、
 自分の拙い文よりも、何倍も何十倍も素晴らしいそれらのプレイを体験なさったほうが、
 あらゆる意味で素晴らしいことだと思い、このまえがきを記しました。

 難しいことを書いているように思われるでしょうが、
 はっきり言えば、これからの文は……ネタバレもはなはだしいということです(笑)。
 そして、私ごときの駄文でバレてしまうのはもったいなさすぎる、と。

 これだけ書いて、どれだけの方がこの文をお読みになる(なれる)かはわかりませんが、
 私的に、これを記したことにとても満足しています。


 それでは、よろしければまたあとでお会いしましょう。







[48]短編『花と風の邂逅(少女)』≫すべF&メモオフ2: 武蔵小金井 2002年05月12日 (日) 01時52分 Mail



 生まれた時から、私は自由な世界を知らなかった。

 白い部屋の中で、私は生きてきた。
 壁に囲まれた世界。そこにいたのは、私のお母さんだけだった。
 私と、私のお母さんだけの世界。
 私は、そこに生きていた。
 外という言葉は、ずっと知らなかった。
 この黄色いドアの向こうに、もっと広い世界がある。
 はじめのうちは、それがよく理解できなかった。
 だって、見たことがなかったから。
 でも、本の中にそれがあった。
 私は、夢中になってそれを読んだ。
 海、空、山。
 草原と、花畑。
 赤紫の花がいっぱいあって、どこまでも続いているところ。

 絵を描くのが好きだった。
 思ったように絵を描く。そこに行ったような気分になる。
 お母さんは、ほんの時々だけど、それを誉めてくれた。
 でも、勉強もしなければならなかった。
 たくさんの文字と数字。でも、苦にはならなかった。
 だって、何が苦しくて、何が苦しくないかを知らなかったから。

 お母さんは、私に色々なことを教えてくれた。
 子供は、十五年しか生きられない。
 それが、物心ついた私が、初めて教わった知識。
 でも、教えてくれないこともあった。
 それが、嘘だったということ。
 だから、私にとって、それはほんとうのことだった。
 十五年がたったら、私は死ぬんだ。
 でも、それから逃れる方法が一つだけあった。

 お母さんが教えてくれた、大人になる方法。
 大人になったら、好きな場所に行ける。
 図鑑や額縁の中だけだと思っていた、見たことのない世界に行けるんだ。
 私は嬉しかった。
 自由。

 十五年の月日が流れた。
 私の、十四の誕生日。
 私のお母さんは、私の目の前で死んでしまった。
 私がころした。ナイフで。
 おめでとうと言われた。何も感じなかった。
 でも、私は、やっぱり嬉しかったのかもしれない。
 冷たくなっていくお母さんの体を抱いたまま、私は思っていた。
 これで大人になれる。
 あと少し、もう少しで。
 私はやるべきことを始めた。
 全部、お母さんが準備してくれた通りにすればいい。
 お母さんの言いつけを守って、従えばいい。
 そうすれば、大人になれるんだ。

 黄色いドアが開くのを、初めて見た。
 お母さんの指示通りに、次は父をころした。
 父という存在が、そこにいる。それをころさなければ、大人になれない。
 だからころした。何も感じなかった。
 私が見たのは、感じたのは、星空に顔を向けた時だった。
 奇跡。
 嬉しかった。とっても。
 こんなに奇麗な世界がある。
 私の頭上に、目の前にある。
 お母さんの言いつけをちゃんと守った。
 だから、これで大人になれる。
 あとは、ここから好きな場所に行くだけ。
 そうだ。
 私は大人になったんだ。
 これからは、ひとりで生きていくんだから。
 でも、それはどういうこと?

 わからなかった。
 どうすればいいのかと思った。
 時間はあった。身近によく知っている世界があった。
 ほんの遊びのつもりだった。
 だけど。
 そこで、私は彼に出会った。

 ひとりで生きていくことの矛盾。
 それを、彼は私に告げた。
 初めて、人からつきつけられた疑問だった。
 人が教えてくれるのは、答えだけじゃない。
 初めて、私はそのことを知った。
 だから、わからなくなった。
 わからないことは、お母さんが教えてくれる。
 私に答えを教えてくれるのは、いつもお母さんだった。
 だから、さがした。
 でも、もうお母さんはどこにもいなかった。
 私がころしたんだから。
 お母さんは、もういない。いなくなったんだ。
 私を残して。
 私……わたし。わたしは誰?
 自分?
 自分は存在しているのだろうか。
 そう考えている、わたしは誰?

 私には名前がなかった。
 あったのは、決められた道標だけ。
 それを教えてくれたあのひとは、私の目の前で死んだあのひとは、誰だったのだろう。
 私のお母さん?
 今はもう、それもわからない。

 何が正しくて、何が不正解なのか。
 何が正解で、何が不正確なのか。
 何が正確で、何が正しくないのか。

 すべてがわからなくなった。
 この手の人形と、私の、どこに違いがあるの?
 私は人形。
 人形の私。

 これから、どうすればいい?
 苦しさに、私は喘いだ。
 でも、もうまわりに知っている人はいない。
 私を知っている人は、この世に一人もいない。
 自由?孤独?
 何もかも、わからない。
 でも、誰も私を知らないから、聞くこともできない。
 いや、一人だけいた。
 私を知っているひと。私に他人を教えてくれたひと。
 だから、彼を探した。必死に。

 そして、私は彼ともう一度出会った。
 海。
 私が見て、渡って、作った海で。
 楽しかった。面白かった。
 そういう気持ちを、理解できたと思う。
 私は全てを話した。何もかも。
 そして、求めた。わからないものを。 
 彼は言ってくれた。ひとりだと思っていた私に。

 それが決めるということ。
 それが生きていくこと。
 それが、大人になるということ。

 だから、私は歩いてみることにした。
 自分が何なのか。
 これからどうするのか。
 自分で決めるために。
 生きていくために。
 それが、彼が教えてくれたことだった。

 そして、私はひとりの女性と出会った。
 
 


[49]短編『花と風の邂逅(彼女)』≫すべF&メモオフ2: 武蔵小金井 2002年05月12日 (日) 01時55分 Mail

 
 
 生まれた時から、私は自由な世界を知らなかった。

 私は誰?
 問いかけたことのある問い。
 問い続けて、呼び続けて、叫び続けたことのある問い。
 私はつばめ。歩くことのできない鳥。
 空を飛ぶことしかできない鳥。
 でも、私は檻の中にいた。
 生まれた時から入れられていた鳥篭。
 広大で閉鎖された、父と私の屋敷。
 空がない場所。
 私の世界はそこだけだった。

 過酷な父の教育。
 閉ざされた鍵の中で、来る日も来る日も、私は色々なことを学んだ。
 でも、私は不幸だとは思わなかった。
 不幸というのがどういう状態なのか、知らなかったから。
 何をもって幸せというのか、知ることができなかったから。
 それでも、恵まれていたのかもしれない。
 だけど。
 あの日、全てが闇に沈んだ。

 十五年の歳月。
 そして、めぐってきた、私の誕生日。
 その日、私の父が死んだ。
 正確には、父と思っていた存在がいなくなった。
 あの夜。全てが砕け散った、嗜虐の時間。
 その日まで、父と思っていた人間。
 ぞっとする、おぞましい感覚。
 耐えきれない、背徳の思い。

 朝。
 鏡を見て、私は呆然とした。
 あなたは誰?
 自分自身が、どこにもいない。
 この鏡に映っているのは誰?
 母?私?
 私……わたし?
 わたしは誰?
 母の写真。額縁の向こうの美しい女性。
 それを見るたびに、私の心は血を流した。
 憎いから?謝りたいから?
 違う。

 でも、まだ私は知らなかった。
 本当の世界。
 青く広い、空があること。
 自由。

 風に出会った日。
 あの日の出会いが、私を変えた。
 たった一人の少年が、私の身も心も羽ばたかせてくれた。
 風の吹く世界がある。
 こんなにも身近に、すべてがある。
 私の夢が、こんな近くに。

 もう一度飛びたい。
 あんな風に、風を感じたい。
 そう思った。心のそこから願った。
 花火を見つめて。星に祈って。
 でも、無駄だった。ダメだった。
 そこにいるのは、あの男にもてあそばれる私。
 篭の中で、男の腕の中で、私は悶えた。
 翼はないんだ。
 一生、このままなのだ。
 人形の私。
 私は人形。

 もう、絶対に逃げられない。
 もう、二度とそれを見られない。
 もう、全てが変わることはない。

 それから、何が起こったのかおぼえていない。
 甘酸っぱい香りが、なつかしいそれが、私を覚醒させた。
 気がつくと、私は外に出ていた。
 手にした果実に誘われるように、私は歩いた。
 そして、たどりついた場所。

 驚くほどに冷静な自分がいた。
 考えた通りに、思ったままにことが運ぶ。
 自分の資格。あの男の名字が利用できることはわかっていた。
 今思えば、それで見つかってしまったんだと思う。
 でも、しかたなかった。
 私は見つけたんだから。
 ここにいなければならないんだから。
 ここに。ただひとつの、思い出の場所に。
 彼がいた場所。
 彼がおとずれる場所。
 そして……私は風に出会った。

 再会ではなかった。
 でも、私はもう一度、そのひとに出会った。
 風を見せてくれたひと。翼をくれたひと。
 でも、彼と私の世界はあまりに違っていた。
 求めても、すべてを告白しても、せつなの時を共有しても……
 私は、まだこわかった。

 私はふしだらな女。
 そんな資格なんてない。ここにはいられない。
 だから、すべてをこわしたいと思った。
 許してくれるはずがない。
 やりなおせるはずがない。
 飛べるはずなんて、ない。
 こわかった。たまらなくこわかった。
 だから、こわした。私のよりどころを。その場所を。
 でも、間違っていた。
 炎の中に、成長したあの日の少年を見た時だった。

 私は罪深い女。
 限りない罪を重ねて、まだこうして生きている。
 でも。
 彼は許してくれた。私を受け入れてくれた。
 だから、私は彼の前を去った。
 もう一度、飛ぶために。
 もう一度、生きるために。
 そのためなら、どんな辛いことにも耐えられる。
 私が払わなければならないもの。
 贖罪。

 私は許された。
 心神喪失であった、ということらしかった。
 誰かの手が加わったのかもしれない。
 でも、もうどうでもよかった。
 スキャンダラスな話題も、世間の噂も。
 あの男がどうなったか。そんなことなど、どうでもよかった。
 人の影響を受けていることが、生きていること。
 私は生きて来たんだ。
 そして、これからも……生きていく。
 そのために。彼のために。
 そう、もうすぐ……その日が来る。
 追憶。追懐。
 どちらでもない、新しい空に。

 まもなく訪れるその日を前に、私は旅立った。
 新しい自分に出会うために。
 彼にふさわしい私を知るために。

 そして、私はひとりの少女と出会った。  
 
 


[50]短編『花と風の邂逅(二人)』≫すべF&メモオフ2: 武蔵小金井 2002年05月12日 (日) 02時07分 Mail

 

 イギリス。スコットランドの高地。
 赤紫色に染まった、世界があった。
 人家もまばらな原野。
 野生の花が咲き乱れる、丘陵の大地。
 決して豊かな土地ではない。優しく慈しみあふれる大地ではない。
 強い風が吹き続ける、厳しくも美しい世界だった。

 ある、夏の日の午後。
 一本の道の通うそこに、小さな影が現れた。
 遥か道の先より、一人。
 その道の果てより、また一人。
 それぞれの道をたどって。ゆっくりと歩んで。
 白い帽子。ワンピースだろうか、季節にふわさしい白い衣。
 二人とも、女性のようだった。
 一人は、まだうら若い少女。白い肌に、腰までもある艶やかな黒髪が美しい。
 そしてまた一人は、後ろ髪を短く、伸ばした左右の長い髪を風になびかせた、ほっそりとした妙齢の女性。 
 二人が、赤紫に彩られた道を歩いていく。
 ゆっくりと。
 向かいから歩いてくる、互いに気付くことなく。
 そして……
 花の咲き乱れる丘の上で、二人は出会った。

 白い衣服に身を包んだ二人が、互いに視線を交わした。
「こんにちは。」
 どちらからともなく、静かな調子でかかる声。
 しばらくのあいだ、二人は見つめあった。
 ばつの悪さも、きまりの悪さもなかった。
 ただ自然に、二人は対峙していた。
 足下の花と同じように。
 自分自身が、生きていると気付いているように。

「ねぇ、あなたはだれ?」
 沈黙を破ったのは、少女だった。
 頬にかかるような豊かな黒髪が、風に揺れる。
 どこか無表情な面立ちで、相手を……彼女を、じっと見つめた。
 そして、その瞳を見つめ返す、瞳。
「私は、南つばめ。東西南北の『南』に、ひらがなの『つばめ』……」
 左右のかかりめだけ伸ばした黒髪が、風に揺れた。
「それで、あなたのお名前は……?」
 自然な、母国語の会話。
 異国の地にあって、二人とも、何も意識していないかのようだった。
「私には、名前がないの。」
「そう、なんだ……いいな。」
 ゆっくりとした返事。少女が、少し眉をひそめた。
「えっ……?どうして、名前がないのは……いいの?」
「だって、好きな名前を、自分でつけられるもの。」
「そんなの、本当の名前じゃないよ。」
「どうして?」
「だって……名前って、親から与えられるものだって、聞いたよ。」
「それはあくまで概念的な、一般論よ。」
「そういうものを、常識って言うんじゃないの?」
 言いきるような、冷たい口調だった。
 そういったことを理屈でなく、理論で理解しているような。
「あら、常識なんて、本人の経験や認識の違いで色々と変わるものよ。」
 あくまでゆっくりと語る、歳上の彼女。
「自分の親から名前をもらわない人だって、たくさんいるわ。」
「でも、結局は他人からもらうものでしょう?」
「一般的には、そうね。」
「なら、やっぱり自分でつけるのは変じゃないかな。」
「そうかしら?私はそうは思わない……素敵なことだと思うけど。」
「素敵なこと?」
 風に目線を泳がせて、彼女はうなずいた。
「うん。名前はね……枷よ。自分の自由にならない、最初の自分のもの……」
「自由にならない、自分のもの……?」
「うん。自分でつけたのでない呼称をもって、他人から呼ばれる。気がついた時には、自分以外の全ての人が自分をそう呼ぶ。あなたは、そういう名前だって。それは、本人に対する枷みたいなものよ。」
 遠く、起伏の激しい丘陵を見つめて、彼女は続けた。
「だから本当は、名前は本人が自分で決めるまで、ずっと決めないでおいた方がいいのかもしれない。そうすることで、その人は……本当に自由に、自分自身を決定できる。自分の名前を、自分自身で決めること……それは、人が自立する上で、とてもいい……素敵なことなのかもしれない。」
 少女は黙っていた。
 理解しているのかどうなのか、その瞳が相手をまっすぐに見つめていた。
「でもね、概念的にはそう思わない人の方が多いの。みんな多かれ少なかれ、他人から束縛されたいと思ってる。なぜならそれが、自分以外の他人を、社会を感じるための……もっとも簡単な方法だから。」
「束縛……されたいの?どうして?」
「うん。あのね、名前という枷は、自分ではどうにもならないでしょう?いやな名前だって、そう呼ばれてしまうんだから。でもそれが、自分以外の他人がいる、そう感じられる大事な要素になっているのも確かなこと。他人がいる。だから、自分は今、生きていると思う。生きていたいから、誰かに呼んでもらいたいのね、名前で。」
 教え諭すような、どこか自分に聞かせるような。
「だから逆に、人を呼ぶ時には、どうしても名前を欲しがるのかもしれない。自分でない、他人を強く感じるために。あだ名だって、総称だってそうよ。日本人とか、女性とか……何かのカテゴリーとしてつけた呼称で、相手から呼んで、あるいは呼ぶことで……自分というものがある、他人が存在しているって、気付きたいの。枷をはめられて、束縛されることで、それ以外の世界を知るのね。自分の存在を感じるために。逆もまたしかり、よ。他人を束縛することで、私たちは、みずからの存在を再確認しているのかもしれない。」
 風に流れる声が途切れる。黙っていた少女が、口を開いた。
「他人を通じて、自分を見る……か。人は、相互依存の生き物だから……そういうこと?」
「そうね。正確には、大部分の人が相互依存を好む、かな。」
 また、何かを考え始めたような少女が……つっと、顔をあげた。
「あっ……」
「どうしたの?」
「思い出したの。私の名前を呼んでくれた人が……いたよ。」
「そう。ね……どんな名前?」
「ミチル。漢字はないの。ただ、ミチル。」
 自分に言い聞かせるように、口にする。
「そう。なんだ……名前、ちゃんとあるじゃない。」
「うん……そうだね。名前……あるんだ。」
「その人にとっての、あなたの名前ね。でも、あなたがそれを気に入ったのなら、あなたの名前にすればいいわ。」
「そうだね……うん、そうしようかな……」
 足下に、赤紫の花。
 帽子を少しかぶり直して、少女は遥かな原野を眺めた。
 そして、また振り向く。
「ねぇ、つばめはどうしてここにいるの?」
「うん……あのね。ここは……風が止まらない場所だって聞いたから。」
「風……?」
「うん。ほんの偶然だったんだけどね。ヨーロッパをまわっている時に、ここの丘と荒れ野に吹く、止むことのない風の話を聞いて……」
「そうなんだ。ヨーロッパって、どこに行ったの?」
「オランダ、とか。色々よ。メリッサの花畑……とてもよかったわ。あと、アルプスを越えて……」
「アルプスなら、マッターホルンもよかったよ。すごく高くて……電車でずーっとのぼるの。」
「イタリアは?バジルの白い花、香りがとっても強くてね。楽しかった……」
「フィンランドは行った?オーロラ、見てきたよ。」
「ノルウェーならね。氷壁に触ったの。とっても冷たかった。」
「フランスのブドウ畑。ワインって、初めて飲んだけど……ちょっと苦かったよ。」
「ドイツの黒い森。迷いそうで、少しだけ怖かったな。」
 まるで、自慢比べの如く場所を挙げる二人。
 意地を張り合う子供のように、それでもどこか楽しそうに。
 やがて、息が切れたように……深呼吸に似た吐息が。
「つばめって、若いのに……すごいんだね。」 
「あら?あなたの方がずっと若いじゃない。」
 じっと見合う。そして、クスッと笑った。
 どちらからともなく、自然に。

 赤紫の丘。
 道から外れた茂みの中、少しだけ開けているそこに、二人は腰掛けていた。
 それぞれのペースのまま、互いの言葉を重ねて。
「ねぇ。つばめの両親は、どんな人だった?」
「両方とも、いない……かな。血縁上の父は、生きているけど。」
「あ、やっぱり。」
「え……?」
「私もそうだよ。両方ともいないんだ。血縁上の母は、生きているけど。」
「そう。その人のこと、あなたは嫌い?」
「どっちかな。私には、理解できない。」
「私も、同じね……」
 また、笑いあう。
 と、少女が立ち上がった。膝にかかった草を、パッと払って。
 笑顔がこぼれた。生まれたての子供のように、無邪気に。
「あのね。ずっと、夢だったの。ここに来ることが。ずっと、ずっと……絵を描いたり、図鑑を読んだりして、夢見ていたの。それがね、今……叶ったんだよ。」
 大地に腰掛けたまま、それを見つめて……彼女もまた、口元をほころばせた。
「私も、そうかもしれないな。風が、永遠に止まらない場所……地に降りていても、風が感じられる場所。いつも、ずっと、全身で風を感じられる場所に……いたかった。」 
 流れる風。揺れている花。
 瞳を閉じる。二人で。
 陰りかけていた空が、また再び光を宿していく。
 そして……目を開けた少女が、楽しそうにクルリと回った。
「ヒースの花……奇麗だね。」
「ヒース……ねぇ、ヒースの花言葉、知ってる?」
「花言葉?」
「うん。花言葉、知らないの?」
「うん……知らない。どういう言葉?花は話せないよ?」
「そうね。だから、昔の人は……花を見て、その花が語っている言葉を、それぞれ考えたの。それが、花言葉。人に花を渡す時とか、その花の花言葉を托して、相手に届けたりするのよ。」
「ふぅん……ヒースにもあるの?」
「もちろん。」
「どんな花言葉?」
 興味をそそられたように、少女は尋ねた。
「ヒースの花言葉は……『孤独』。」
 風が吹いた。 
 少女の長い黒髪が舞い散り、彼女の表情を隠す。
 二人の足下でなびく、大地に根を張った野生の花。
「こんなにたくさんあるのに、それでも、やっぱり孤独なのかな……」
 風に消えた言葉は、どちらが口にしたのか。
 少女が、今度は悪戯っぽく笑って……帽子を、かぶり直した。 
「つばめって、いろんなことに詳しいんだね。『がっこう』の、『せんせい』みたい。」
 初めて口にするような響きだった。
「一応、教員の免許も持ってるから。母国では、資格があるのよ。」
「そうなんだ。すごいね。」
「あなただって持てるわよ。試験に受かればいいだけ。」
「ふぅん。つばめの授業、受けてみたいな。」
「たぶん、意味のないものだと思うけど。」
「意味があるかないか、受ける人が決めるんだよ。私はつばめの授業を受けたいから、意味があるの。」
「そうね。」
 また、一陣の風が、二人の世界に流れた。
「風……強くなってきたね。」
「うん。とっても……気持ちいい。」
「そうかな……?」
「うん。気持ちいいよ……とっても。あなたは、そう思わない?」
「そうなんだ……うん、気持ちいいね。」
 風が吹きすさぶ小高い丘。
 したたかなそれに向かって、二人は笑いあった。
「ねぇ……私も、あなたに一つだけ聞きたいんだけど。」
「なぁに?」
「あなたには、大切なひとがいる?」
 何かを信じている、そんな……彼女の瞳。
 それを見返す少女の瞳も、また……強く、何かを宿していた。
「うん。きっと……そうなんだと思うな。」
「そう。私にも、大切なひとがいるの……」
「どんな人?」
「待っててくれている、ひと。風になってくれる、ひと。」
「ふぅん。私はね……答えを教えてくれる、ひと。」
 遥かなる場所。
 必ず、そこにいてくれる相手。
 二人にとって、それが……
 それこそが、すべてだったのかもしれない。 
「ねぇ、つばめ。『孤独』と『孤立』の違い、わかる?」
「語意としての定義なら説明できます。でも、それじゃ意味がないでしょう。」
「どうして?」
「あながその答えを求めている相手は、私じゃないから。」
「……うん。それもそうだね。」
 微笑する少女。理知的な大人のようで、無垢な子供のようにも見える……そんな、魅力的な唇だった。
「私、行かなきゃならないところがあるんだ。」
 キュッと、帽子のつばをそらすようにして。 
「ずっと迷ってたんだけど……やっぱり、決めたよ。そこに、行くことにする。」
「そう。それが、あなたが自分で選んだ道なら……そうするのがいいのよ、きっと。」
「うん。ねぇ、つばめはこれから、どうするの?」
「私……?」
 とまどったように、自分の帽子に触れる彼女。
 じっと、答えを待つように見上げる少女。
 彼女は、ふうっと大きく息を吐くと……どこか悪戯っぽい、笑みを返した。
「私は、これから……逢いに行くの、かな……」
「さっきの人?」
「うん。大切な人と、もう一度……約束したから。風を……くれるひと。もう一度、私に翼をくれるひと。だから……」
「そうなんだ……いいな。」
「あなたにも、風をくれる人がいるでしょう?」
「うん……いる。名前をつけてくれたひとだよ。だから、答えを聞きに行くんだ。」
 楽しそうに両手を広げた。待ち遠しくて、たまらないように。
「ねぇ、つばめ。あの時ね、風が吹いたの。そんなの、絶対に吹くはずのない場所なのに……風が、吹いたんだよ。私、はっきり感じたの。頬に、風が触れたんだよ。」
「うん。とっても、奇麗な風だったんでしょうね……」
 睫毛の下の、潤んだ瞳。
 吹きつけてくる風のせいだったのか、それとも。
「強い風……本当に、奇麗な風ね……」
「うん。私にも、そう見えるよ。とっても奇麗……」
 止まることなく吹きつける風。揺れはしても、倒れはしない強い花。
 かすかに震えていたのは、声。
 嬉しさか、悲しみか。
 そして……
 二人はまた、笑いあった。
「それじゃ、私は行くよ。つばめ。」
「うん。さようなら。」
「ミチルでいいよ。名前、それに決めたから。」
「うん……ミチル、またね。」
「つばめも、ね。ばいばい。」
 二人は別れた。それぞれの道に。
 赤紫の丘を下って、それぞれの道に。
 かすかに聞こえる、歌声。
 風に乗って、流れていく。
 
 ねんねんころりよ、おころりよ……
 てるてるぼうず、てるぼうず……

 長い道が、なだらかな丘陵を覆うヒースの花畑に、

 ずっと、ずっと続いていた。
 
 


[51]あとがき++: 武蔵小金井 2002年05月12日 (日) 02時10分 Mail

 こんにちは。武蔵小金井です。

 読んでいただいて、本当にありがとうございます。

 今回の文に関しては、本当に自分の想いのままに綴りました。
 お二人に関する設定や解釈も、すべてがそうです。
 ですから、それにつきましてはどうか……
 貴方の胸の中の、微笑に留めておいて下さい。

 前書きにも記した通り、本編でのお二人の物語が、すべてだと思います。
 これは、それにあてられた浮かれ者の、「どうしても形にしてみたくなった」一文です。
 あくまでも、どこまでも私的に。
 それで、私はとても満足しています。

 拝読された方につきましては、本当にありがとうございました。
 それでは、失礼します。


補記:
 同日、少しばかり校正を入れました。
 「x性」を「彼x」にしたことが主要な部分です。
 どのみち三人称適用として正しいとは言えませんが(笑)、イメージには適っていたもので。それではまた。

追補:半年以上たって、誤植を一つ訂正しました(泣)。
 いや、その、色々と準備の一環として(ナニ)。



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