ある晴れた休日。
歓声がこだまするそこに、彼女たちは集まっていました。
年の頃はさまざま。ですが……
みなさん一様に、同じ服を……ユニフォームをまとっています。
「ねぇ!あの人はどうしたの?琴梨!」
「えっ……あ、うん。それがね、まだ来てないって……お兄ちゃん。」
「えー!監督がいなきゃ、試合にならないよー!」
「あら、それなら大丈夫よ。ルールでは、選手が九人いれば試合が始められるわ。代表者が必要なら、私たちの誰かが代理として監督を兼任すればいいし。」
「なになに?どうしたの?秘密の作戦会議なら、この四番の由子さんを加えてくれなきゃ!」
「ちっ、大リーガー気取りな奴はこれだからな。ホントに野球できるのか?」
「あー、まだ四番の座に未練があるの?いいじゃない、栄えあるピッチャーなんだから。」
「な、なんだよ。それもこれもみんな、ジャンケンで適当に……」
「あっ、そんなことより……試合始まるみたいだよ!」
「あれ……大変!ターニャさんまだ眠ってるみたい!」
「あっ、あたしが起こしてくるよ。それより春野、お前のおばさんは?」
「えっ……あっ……あれ?あー!お母さん、むこうの監督さんに挨拶してるー!」
「あれあれ?するってことは陽子おばさんがカントクさんなのかな?じゃあさじゃあさ、ゆきちゃんはヘッドコーチ?」
「なにいってるの!みんな行くわよ、ほら!」
ベンチから……グラウンドに飛び出す北の彼女たち。
白いユニフォームが、大小奇麗に九人並びます。
相手チームと、見合って並んで……はい、お辞儀。
「プレイボール!」
審判さんのコールで、試合開始です。
ダイヤモンドに散っていく、北の彼女たち。
一番セカンド、愛田めぐみ。
「わ、わああっ!ご、ごめんなさい!」
「あーあ、めぐみちゃんまたキャッチャーに謝ってるよ。気配り、ホント忘れないんだね。」
「そんなのいいから、打ってくれないかな……」
二番ショート、春野琴梨。
「ほら琴梨ちゃん、あの人のこと考えてる場合じゃないぞ!」
「あ。う、うん……頑張ってくるね。」
「よーし!大里高校テニス部の意地を見せなさいよー!」
三番キャッチャー、川原鮎。
「もう?あーあ、仕方ない。じゃ、川原流のバッティングでも見せますか!」
「いよっ、今日のお立ち台決定!」
「思いぃ〜こんだらぁ〜♪あ……タ、タイミングが合わない!」
四番サード、桜町由子。
「よし、そろそろこの0点行進にピリオドでも打ったげないとね。」
「フフ……そうね。あなたたち二人が頑張っても、私たちが続けないから。」
「まっかせて!一発ホームランで、ドーンと決めてくるからさ!」
五番ピッチャー、左京葉野香。
「ちっ。あたしがいくら抑えても……点が取れなきゃダメなんだぜ?」
「ハヤカ、ガンバッテください……」
「お、おう。ターニャは無理しなくて、ゆっくり休んでていいからな。」
六番レフト、椎名薫。
「奇麗なカーブね……ストライクゾーンぎりぎりだし。フフ、投げ方も打ち方もわかるっていうのは、ある意味、酷よね。」
「先生!ブツブツ言ってないで、バット振って下さい!」
「わかってはいるけど……あれ?あの握りはフォークかしら?」
七番センター、春野陽子。
「あら?またあたしの打席かい?どうにも、回ってくるのが早いねぇ。」
「春野のおばさん!がんばってー!」
「こんなことなら、局内の野球チームに入っておくんだったかねぇ。」
八番ライト、ターニャ・リピンスキー。
「誰だよ!ターニャに素振りさせた奴は!」
「だ、だって……ターニャさんが自分で、打ち方を教えて欲しいって……」
「ハヤカ……ランボウはよして。ダイジョウブ……ワタシ、がんばってきますね……」
九番ファースト、里中梢。
「九番てさ、ピッチャーが普通だよね?ゆきちゃんとしてはさ、小さな巨人とか言われてみたいんだけど。」
「あら、なつかしいねぇ。あんた、投げる方もできるのかい?」
「えー?うーん……腕が疲れるから絶対やだー!」
紆余曲折な展開に彼女たちの声が飛びかい、試合は続きます。
お互い、ヒットは出ますがエラーも出ます。
甲乙つけがたく同点のまま、試合は遂に最終回。
「ねぇ……1点取られちゃったよ。このままじゃ負けちゃうんだよ!」
「うん、鮎ちゃんの言う通りだよ。負けたらさ、お兄ちゃんきっとがっかりするよ……」
「なんだよ、あんな奴!監督引き受けたくせに、ちっとも来ないじゃないかよ!」
「まぁまぁ。飛行機が遅れたか何かだろう?あの子にゃ試合終わって、残念会で逢えるって。」
「おばさん!それ、祝勝会の間違い!まだ終わってないんだから!」
「ワタシ……マケタクないです。ダッテ、マダ……」
「ねぇ、ターニャさんもやる気出してるし……がんばろうよ!」
「じゃあさじゃあさ、ここはパターン通り、円陣組んでオー!だね!」
「そうね。ひとつ、やってみましょうか。」
グルリとベンチ前で輪になる、道北の彼女たち。
色々とありましたが、やっぱり最後は笑顔で仲良く。
「よし、じゃあ行ってくるね!」
「がんばれ琴梨!必殺バックハンドの、テニス打法だ!」
ポイーン。
「あ、ボテボテ……って……!」
「えっ……エラーだ!やったぁ琴梨、ナーイス!」
「ほら鮎ちゃん、次はアンタだよ。」
「川原さん。勝ったら、パーティでカラオケ歌い放題よ、きっと。」
「え?ホント?よーし、スラッガー川原って呼んでね!」
キュイーン。
「あ、打った……ホントに打ったよ!」
「言ってみるものね……フフ。」
「よーし!こいつで一、二塁だ!おい自衛官、死んでも打ってこいよ!」
「了解しました!不肖この桜町、死力を尽くして!」
ガキーン!
「やったぁ!って……あ、あれ?」
「だ、打球が……失速して……あらら。凡フライ……」
「あ、あぁ!琴梨ちゃんってば、ベース回っちゃってる!」
「あははー、ごめんね皆さん。風の影響というか、何というか……ハハ!」
「ううん、由子さんじゃなくて……私が悪いよ。本当にごめん……」
「ほら、泣くんじゃないよ、琴梨。まだ終わってないだろ?」
「そうよ。野球はツーアウトから。そうよね、里中さん?」
「うんうん!アニメとか漫画とかでもね、それから絶対逆転するのがお約束なんだよ!」
「ちっ。勝手なこと言いやがって……」
「あの、ハヤカ……」
「ん?あぁ、元気出せよ。あたしがさ、必ず打って……え?」
「おぉー!」
「あの……オマジナイです……がんばって……」
「は、葉野香さん、顔が真っ赤……あ、足もフラフラしてるよ?大丈夫かなぁ?」
「アハハ!純情だね。って、あぁ!もうツーストライク!」
「まずいよぉ、ぼーっとして……って、あれ?あそこに……走ってくるの……」
「あっ、お、お兄ちゃんだ……!お兄ちゃーん!こっちこっちー!」
琴梨ちゃんの……そして、みんなの叫び。
打席の葉野香さん、その声に、思わず……顔を向けます。
同時に、マウンドから投げられるラストボール。
「あ、アイツ、今頃……っ!あ……!」
ピッチャーのモーションに気付く葉野香さん。
向き直った時には、迫っている白球。そしてこれもまた、思わず……振られる、バット持つ腕。
運命の女神が、ほほえんだのでしょうか。
カキーン!
「あ……打った!え……あ、あれ……?」
快音と共に飛んだ白いボールは、外野の先の低いフェンスを越えて……
まばらな見物人の中へと落下。大きくバウンド。
呆然とそれを見送って……ガックリと肩を落とす敵チーム。そして。
「ほ、ホームランだよ!逆転サヨナラホームランだ!」
「やったぁ!すごいすごい!」
手を叩いて、大はしゃぎしながらホームベースに戻ってくる鮎ちゃん。
放心していたような葉野香さんが、やっと走り出しました。
三つのベースを踏んで、ホームベースへ。そして、みんなの……
ベンチから飛び出して待ちうける、チームメイトたちにもみくちゃにされます。
しばらくの間、そうやって喜びをわかちあい……そして、アンパイアにせかされて整列。
「9対8で、札幌イルミネーションの勝利とします!」
一礼、ありがとうございました。
振り向くみんなの前に、彼が待っています。
今日は、素敵な休日になりました。