衛が右のコーナーにボールを置いた。
両手で包み込むように位置を調整した後、ゆっくりと二歩三歩と後ろへと下がる。
右手を挙げる、と同時に笛が短くピッ……と吹かれた。
助走を付けた衛の右足がボールを振り抜き、蹴られたボールが白黒のパターンを目まぐるしく入れ替えながらファー側へと弧を描いていく。
「可憐ちゃん!」
衛が叫んだ。
そのボールの落下点に可憐が走り込む。と同時に守備側の春歌と白雪が、シュートコースを塞ぐべくカバーに入った。
可憐がちらりと二人を見た。
「咲耶ちゃん!」
前方のコースがふさがれているのを見て、可憐がヘディングでボールを後ろに流す。
そこへ詰めてきた咲耶が、ワンバウンドしたボールを豪快に右足で蹴り込んだ。
僕はそれをクリアしようと必死に飛んだがわずかに届かず、ボールはゴールネットを揺らした。
「ピピーーーーーッ!」
審判担当の花穂が笛を高らかに鳴らした。
「やったぁ!」
「やったね咲耶ちゃん!」
可憐と咲耶が抱き合って喜ぶ。僕はその光景を見ながら、腰に手を当て苦笑した。
「やれやれ、入れられちゃったか。」
「はいでは本日の練習はこれで終了です、後は各自クールダウンして上がって下さい。」
コーチ兼任のじいやさんがみんなに声を掛ける。
「はぁい皆さん、姫特製のハチミツのレモン漬けですの♪」
白雪がみんなにそれを配る。
僕もそれをもらい、口の中に放りこんだ。独特の酸味と甘みが口の中に拡がり、疲れを癒してくれる。
「兄やさま、ちょっと……」
そこにじいやさんがやってきた。
「はい、なんですか?」
「今後の予定についてお話ししたいことが。」
僕は選手兼監督兼オーナーという肩書きを持っている。つまり選手としてだけでなく、経営者としての仕事もあるのだ。
「じゃあみんな、明後日の試合に備えて明日は練習は休みにするから。」
「うそ?」
「やったぁ!なにするなにする?」
妹たちの嬉しそうな声を背中に受けながら、僕とじいやさんはクラブハウスへと向かった。
「これが今月の収支報告です。」
じいやさんが差し出した報告書に目を通す。
「今月は赤字か……」
「はい、なにぶんリーグ戦も始まっていませんから……」
鞠絵がため息をつく。
クラブの最大の収入源は、やはり観戦料によるものが大きい。現在それがない以上、赤字になるのはやむを得なかった。
「はやいとこ開幕してもらわないとなぁ……亞里亞の家にいつまでも世話になるわけにも行かないし。」
現在のクラブは、亞里亞の家の財力に頼りっきりだった。スタジアムの建設、クラブハウスの管理運営、各種設備に練習場、などなど。
幸い亞里亞の家の財力はとてつもないものだったので、この程度の負担は痛くもかゆくもない程度らしいのだが、それでも自力で運営できないというのは不味い状況だった。
「しかし兄上……オーナー、開幕戦のチケットは完売御礼ですし、付属の施設もリーグ戦が始まれば売り上げも今よりかなり上がりますから心配することはないと思いますが。」
「まあね。」
そう、スタジアム完成と同時に開店した、白雪監修の創作料理レストランは開幕前から連日好評だし、グッズショップはファン(大きなお友達中心)に、好調な売れ行きだった。
「それと兄やさま、こちらを。」
じいやさんがもう一冊の報告書を差し出した。そこには「センチFCについての報告」と書かれてある。
「やっと届いたか。」
それを手に取る。これがあれば相手に合わせて戦術やシステムが工夫することができるはずだ。
「センチFCは4−3−3を採用しているようですね。」
「主人公は?」
僕は尋ねた。このリーグのルールとして、必ずゲームの主人公がフィールドプレイヤーとして参加しなければならないというのがある。
その主人公がどのポジションなのか、それは戦略を立てる上で重要なことだった。
「3トップの真ん中で、くさび型の下がり目の位置です。」
「ということは点取り屋兼司令塔……というわけか。ずいぶん欲張りなポジショニングだなぁ。」
3人のFWのうちの一人が下がり目の位置にいて司令塔を兼ねる、つまり4−3−3といいながら実際には極めて4−4−2に近いシステムということになる。
「センチFCは、ヒロイン同士の連携がいまいちですから、主人公のカリスマ的な統率力でまとめあげるという戦術を採っているのではないでしょうか?」
鞠絵が言った。
「なるほど……それなら合点がいくな。戦術はどうだった?」
じいやさんの部下のメイド軍団が、センチFCの練習を偵察に行っていたはずだ。それも分かればとれる作戦のバリエーションも増える。
「4バックのサイドからの上がり、それとDFからFWへのロングボール中心の攻めだったようです。」
「サイド攻撃とダイレクトプレーか……」
フィジカルを活かしたサイドからのセンタリングと、連携の弱さをカバーするためのDFからFWへのダイレクトパス。
長所を生かし、短所をカバーすることの出来る見事な戦術だった。
「こいつは苦戦しそうだな……」
「しかし兄やさま、わたしたちには彼らにはない『連携の強さ』があります。それを活かして戦えば……」
僕は頷いた。
「そうだな。前線でしっかりプレスをかけてロングボールを蹴らせない、ショートパスをしっかり繋いでグラウンダーで抜く……それをしっかり出来れば勝機もある……」
「はい、私たちは兄妹です。お互いの絆の強さは誰にも負けませんよ。」
鞠絵がにっこり微笑みながら言う。
「よし!やるぞ!」
決意も新たに、シスプリFCは開幕戦に向かって走り出したのであった。