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皆様如何お過ごしでしょうか。

Dream On!

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ダレモイナイ コウシンスルナラ イマノウチ(ペ∀゚)ヘ
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[141]SS『Forever Happiness』≫北へ。: 武蔵小金井 2002年10月09日 (水) 23時23分 Mail

 
 
 北の町、札幌。
 その片隅で、恋する少女のため息が漏れました。
 少しクセのある肩までの髪。淡いストライブの洋服に、お気に入りの白いエプロン。マンションの五階、リビング・キッチンの椅子に腰掛けているその姿。
 春野琴梨、十六歳。
 考えごとの真っ最中なのか、四脚の椅子がゆらゆらと揺れました。
 そしてまた、小さなため息。
「うーん、どうすればいいのかなぁ……」
 両肘をテーブルについて、丸みのある下顎を手で押さえて。
 可愛らしい……しかし当人としてはあくまで真剣な吐息が、汚れ一つないグリーンのテーブルクロスの上にこぼれます。
 琴梨ちゃん、いったい何を悩んでいるのでしょうか。その様子から、ただならぬ悩みだと察することができますが……とりあえず、今日の夕食の献立で悩んでいるわけではなさそうです。
 と、そこへ玄関のドアが開く音。ですが琴梨ちゃん、むつかしい顔のままそれに気付きません。あぁ、もしも泥棒だとしたら大変です。
「ただいま。おや琴梨、なにやってるんだい?」
 ホッ、とりあえずそんなことはありませんでした。琴梨ちゃんの母親である、陽子さんが帰宅です。
「えっ……あ!お母さん?びっくりした……いつ戻ったの?」
「なんだいこの子は。母さん戻ってきたのに、気付かなかったのかい?」
 目を白黒させて驚く琴梨ちゃんに、呆れ顔の陽子さん。機能的なショルダーバッグと重そうな書類の包みをソファの上に投げると、無造作に結った髪を一振り、キッチンの琴梨ちゃんの横……いつもの席に腰掛けます。
「あ、うん。ごめんなさい。でもお母さん、今日は早いんだね……あーっ!」
「おやおや、びっくりさせるねぇこの子は。今度はなんだい?」
 目を丸くする琴梨ちゃんに、陽子さんがまた呆れ顔です。
 琴梨ちゃんは、困り顔。
「あのね、夜のお買い物、まだしてないんだ……どうしよう。」
「ありゃ、そりゃ見事に手落ちだね。」
「ご、ごめんなさい、お母さん。今から行ってくるね。急いで戻ってくるから。」
 ガタンと立ち上がる琴梨ちゃんですが……陽子さん、首を振ってそれを止めます。
「なぁに、買い物なんて明日でいいさ。今日は久しぶりに外食と行こう。母さんごちそうするからさ。」
「えっ……?で、でも、お金がかかっちゃうよ。だったら冷蔵庫の中のもので、何か作るから。」
「たまにはいいさね。それに一家二人、経済的には何も問題ないってね。琴梨だって、たまにはよそで食べてみたいだろ?」
「えっ、あ……うん。でも……」
 まだためらっている愛娘の頭に、陽子さんはポンと手を。
「四の五の言わない。時には子供っぽくしてくれないと、母さん親として立つ瀬がないじゃないか。」
 母は強し、でしょうか。琴梨ちゃん、ポンポンと頭を揺らされて、くすぐったそうに笑います。
「も、もう……でも、うん。わかった。」
 親子二人、ニッコリと笑いあいます。
「さてと。それじゃ、出かけるにしてもどこに行こうかね。最近はやりの店なら、母さん何軒か知ってるけど……琴梨、何かリクエストはないかい?どこでもいいよ。少し高くたってね。」
 考えながらのお母さんの質問に、琴梨ちゃん、これまた少し考えて……思いついたように、ピッと指を。
「あ、それなら私、鮎ちゃんのお店がいい!」
「澤登かい?なるほど、そういえばずいぶんとご無沙汰してるね。いいよ、たまには二人でお寿司と洒落こもうか。」
「うん!じゃあ私、電話してくる!」
「あいよ。母さんは着替えてくるからね。」
 嬉しそうに電話に走る琴梨ちゃん。それを見送って……陽子さん、少しばかりいぶかしげなポーズ。
 ですが、まあいいかとその表情が緩みます。
 とりあえず、今夜の春野家はお出かけですね。


 大都市札幌の中心街にある、地下鉄大通駅。
 にぎやかな夜のススキノ。そこで過ごした楽しい食事の時間。
 足取りも軽く、構内に入っていく春野親子です。
 肌寒い北海道の初夏に似合いな、乳白色のサマーセーターの琴梨ちゃん。その傍らで、紺とグレーのベルテッドジャケットの陽子さん。
 時刻はもうすっかり夜。馴染みのお寿司屋さんでの会話が弾み、思わず長居してしまいました。琴梨ちゃんも陽子さんも、心身共に満足げな様子ですね。
 ホームで地下鉄を待ちながら、楽しそうな親子の会話が続きます。
 今の時期の札幌について。夏休み前でソワソワしている学校の話。そして、今さっきまでいた澤登の看板娘……鮎ちゃんの話。彼女が目指している夢について楽しそうに語る琴梨ちゃんに、特有の鋭いツッコミを入れながら話を返す陽子さん。
「……だから鮎ちゃん、この夏こそは!って燃えてるんだって。さっきも、部屋で練習してたみたい。頑張ってるよね。」
「そうなのかい。去年はおしかったからねぇ。」
「うん。でも、それはそれでよかったって言ってるよ。誰でもない、自分一人でがんばらないとダメなんだって、わかったからだって。だから鮎ちゃん、最近は何だか変わったっていうか……とっても強くなったの。なんていうかなぁ……同い年なのに、私よりずっと歳上みたい。」
「そうかい。じゃ、あとの問題はあんただけだね。」
「えっ……私?」
 きょとんとする琴梨ちゃんに、陽子さんは小さな含み笑い。やって来た電車に乗りこんで、出発します。
「ほら。出かける前、何やら考えこんでたみたいじゃないか。母さん思うに、あんたの悩みってのは……」
「わ、私、悩みなんてないもん。」
「おや、じゃあさっきは何をたそがれてたんだい。買い物も忘れて、母さんが帰ったことにも気付かないでさ。何か、よっぽど考えることがあったんじゃないかい?」
 晴天のようだった琴梨ちゃんの表情に、そこでふっと陰りが。
 陽子さん、肩をすくめて笑いました。
「母さんに言いたくないことならそれでもいいさ。でも察するところ、あんたの抱えてる問題ってのは……来月のお客人に関係があるんだろ?」
 来月のお客人。意味ありげなその語句を聞いた途端、琴梨ちゃんの目が見開かれました。まさに図星、その通りといった態度です。
「ふぅん、やっぱりそうかい。でもどうしてだい?あの子が来るなんて久しぶりじゃないか。前は確か年末だったから……琴梨、あんただって逢うのは半年ぶりだろ?」
 琴梨ちゃん、下を向いて……頬が赤い。
「う、うん……」
「だったら、嬉しいことじゃないかね。それともなんだい。お前、あの子とケンカでもしたのかい?」
 琴梨ちゃん、うつむきかげんで首を振りました。少し強く。
「そんなこと、するわけないもん。それに、半年も逢ってないんだから……ケンカなんて、できないよ。」
「なに言ってるんだい。手紙はさんざんやり取りしてたじゃないか。」
 琴梨ちゃん、ビックリした顔でお母さんを見上げます。
「えっ……!お母さん、知ってるの……?」
 陽子さん、口元がそれっぽく持ち上がります。
「あたしゃこれでも、一応あんたの母親だからね。いくら家事全般は任せっきり、時間不規則で家にもロクに戻らないダメ親って思われてても、その辺りはぬかりないさ。」
「つ、机の引き出しの奥の手紙とか……見たの?」
「ほう、そういうところに隠してるのかい。相変わらず古典的だねぇ、あんたは。でも安心しな、母さんそこまで悪趣味じゃないし、猜疑心強くないからさ。年頃の娘の部屋、無闇にあさったりはしないよ。」
「そ、それじゃ……どうして?」
 目を白黒、頬を紅潮させる琴梨ちゃん。陽子さんは、あくまで悠然と笑います。
「琴梨。お前、手紙を出す時、いつも二丁目の角のポスト使ってるだろ。」
「う、うん……そうだけど。」
「あそこの角の酒屋のおばさん、母さんと古いなじみじゃないか。立ち話すると、時折そういう話題が出るんだよ。そういえば最近、春野さんのとこの娘さん、よく可愛い手紙を出してるって。大事そうに胸元で抱えて……何かお願いするように、真っ赤になってポストに入れてるって、さ。」
 言いながら、腰をくねらせてお願いのポーズをしてみせる陽子さん。電車の中で、年甲斐も……って、い、いえ、何でもありません。
「お、お母さん……!」
「あら、違うのかい?でもその様子じゃ、当たらずとも遠からずみたいじゃないか。」
 琴梨ちゃん、もう真っ赤。手が少しパタパタッと……思ったことを言葉にできない感じです。
「まぁ、観念しな。あのおばさんも、小さい頃からお前のことを可愛がってくれたからね。その琴梨が恋する乙女になったらしいと聞いたら、もう関心持つなって方が無理じゃないか。」
「え、で、でも……」
「とにかく琴梨、来月にはあんたの大好きな『お兄ちゃん』が来てくれるんだ。何を悩んでるんだい?いつものように、笑って出迎えてやればいいんだよ。」
 お兄ちゃん。
 その言葉を聞いて、琴梨ちゃんの瞳が大きく揺れました。
 お兄ちゃん。今も家や友達……鮎ちゃんやクラスメイトなどに話す時は、そう呼んでいる人。
 でも、でも……
「違う、もん……」
 小さなつぶやき。それを聞き逃すことなく、陽子さんが首をかしげます。
「ん?何が違うんだい?」
「お兄ちゃんじゃ、ないんだもん……私、もう、あの人の妹じゃないもん……」
 しぼり出すように……小さな、小さな声が、琴梨ちゃんの唇から。
 陽子さんの顔から、笑みが消えます。
 電車が、静かに駅に到着。改札を抜けて、歩き出す二人。
 何かを堪えるように唇を結んでいる琴梨ちゃんと、その隣で黙した陽子さん。
 しばらくすると、ローズヒル平岸に到着です。
 階段を登り鍵を開け、我が家に帰宅する春野親子。
「ただいまっと。琴梨、コーヒーでも入れとくれ。母さん着替えてくるからね。」
 ニャオウと、ソファの上のエルちゃんがお返事。さっきまでの沈黙を忘れたかのようなお母さんの言葉に、琴梨ちゃんは、まだ頬を赤くしたままうなずきました。
 上着を脱いで、コーヒーメーカーを準備します。
 スイッチを入れてしばらくたつと、ゆっくりと落ち始める褐色の粒。
 次第にたまっていくそれを見つめて、琴梨ちゃんはずっと黙っていました。
 何を考えているのでしょう。お母さんに知られていたことがショックだったのでしょうか。いや、どうもそれだけではなさそうです。
 お兄ちゃん……いいえ、あの人との手紙のやりとり。
 東京に住むあの人。去年……十年ぶりに再会し、いっしょに過ごした夏の日。
 冬。再び訪れてくれた札幌の町で、函館の山で……そして、白い輝きに包まれた世界の中で。
 想いに気付き、それを確認した、二つの季節。
 それを経て、今……
「お兄、ちゃん……」
 つぶやき、そして……自然に口にできたそれが辛そうに、唇を噛む琴梨ちゃん。
 もう、お兄ちゃんじゃない。私は、もう妹じゃない。
 兄妹じゃない……恋人、なんだから。
 恋人……
「でも、それって……」
 コーヒーメーカーを止めて、準備しておいたカップにそれを注ぎます。
 ミルクと砂糖を自分のために入れて、ちょうど陽子さんが現れました。
 普段のラフな格好に戻った陽子さんは、微笑をたたえてキッチンへ。さも当り前のようにコーヒーを取り上げると、香りを楽しみつつブラックで一口。
 琴梨ちゃんも、自分のそれにちょっとだけ口をつけて……上目づかいに、お母さんを窺います。 
 それに気付いた陽子さん。ニヤリと笑って、カップを手にソファに腰掛けました。
「じゃ、琴梨。話してみな。」
「えっ……な、何を?」
「何を、じゃないだろ。さっきから、話を聞いて欲しそうにしてるじゃないか。だから、母さん聞こうじゃないかね。まずは、そうだね……あの子とあんたの関係といこうか。さっき言っただろ?兄妹じゃなけりゃ、なんだってんだい?」
 琴梨ちゃんの頬が、パアッと染まりました。
「そ、それは……」
「従兄妹です、ってのは却下だからね。この際だ、はっきりしな。なぁに、母さんだって根掘り葉掘り詰問するほど野暮じゃないよ。馬に蹴られるのはまっぴらだからね。さ、言ってみな。」
「えっ、う、うん……あのね、私と……あの人は……そのね、つき……」
 ごにょごにょと、濁ってしまう語尾。真っ赤になった琴梨ちゃん、曲げられる限界まで下を向いてモジモジと。
 心底面白そうにそれを眺めていた陽子さん、やがて、仕方ないかと肩をすくめました。
「はいはい、わかったよ。まあそんなことは一目瞭然というか、傍で見ていて気付かない方がおかしいさね。とにかくそれで、どうしてあんたは悩んでるんだい?あんたたち、好き同士なんだろ?それともまさか、母さんに言えないようなことをしてるんじゃないだろうね?」
 腕を組む陽子さんに、きょとんとした顔で目をまたたかせる琴梨ちゃん。母親顔の陽子さん、長い息を吐きます。
「ま、さすがにそんなことはありっこないか。じゃ琴梨、なに悩んでるんだい?もしかして、あの子が東京で浮気でもしたのかい?」
「えっ……!ち、違うよ!そんなこと……そんなこと、絶対ないもん。」
 思いもよらないイメージ。それを追い払うように、琴梨ちゃんが首を左右に振ります。陽子さんは、あくまで落ち着き払ってコーヒーを一口。
「なら、問題ないじゃないか。手紙だって、楽しくやりとりしてるんだろ?」
「う、うん……そう、だけど……」
「おまけに、晴れて来月には来てくれるんじゃないか。期待こそすれ、どうして思い悩むんだい?何か、まずいことでもあるのかい?デートの費用が足りないなら、母さん特別に援助してやるよ?」
「う、ううん……違うの。あのね、あの……どうしたらいいのか、わからなくって……」
「どうしたらって……何をだい?」
「うん。あのね、お兄ちゃんに……あ……!」
 お兄ちゃん。
 自分の口にした……してしまったその言葉に、琴梨ちゃんがハッと口を押さえます。
 そして、力なく落ちる肩。瞳が潤み……片眉を上げる陽子さんの前で、琴梨ちゃんが目尻を拭いました。
「琴梨……」
「私……ダメなんだ。まだ、まだね……あの人のこと、お兄ちゃんって呼んじゃうの。もう、兄妹じゃないのに……だから……」
「そんなことで悩んでたのかい?そんなもの、いきなり直せるようなことじゃないだろ?あの子だって、あんたがお兄ちゃんって呼んだからって、怒り出すもんかね。」
 琴梨ちゃん、首を振りました。陽子さんが驚くほど、強く。
「だって、だって……それだけじゃないんだもん。私、私、恐くなって……」
 そこで、何かが切れたように泣き出す琴梨ちゃん。
 驚く陽子さんですが……やがてゆっくりと立ち上がると、琴梨ちゃんの隣に移動します。
 優しい表情で、その肩に腕を。そのまま、自分似の柔らかい髪をゆっくりと撫でつけてあげました。
「恐いって、何がだい?あの子は優しい子じゃないか。恐くなんてないだろ?」
「だって、だって……もう、妹じゃないって、違うんだって、そう考えたら……」
 小さな手が、陽子さんのそれに触れました。
「あのね、お母さん……妹だったらね、わがまま言ったり、甘えたりしてもいいでしょ?ケンカしても……兄妹だったら、関係ないよね?」
 娘の横顔を、眉間をちょっぴり寄せて見つめる陽子さん。
「ほら、お母さんもそうでしょう?私とケンカしても、ずっといっしょじゃない。でもそれは、親子だからでしょ?ずっと、ずっといっしょだって決まってるからだよね。だから、安心できるけど……」
 琴梨ちゃん、そこでまた、眼差しを震わせます。
「でもさ、恋人同士って……そうじゃないよね。私が、あの人に嫌われるようなことをしたら。もしも、あの人とケンカしたら。それで、あの人が私のこと、嫌いになっちゃったら……そうしたら、それでもう……」
 震える小さな肩。小さな心に……ずっと、そんな不安が秘められていたのでしょうか。
「琴梨……」
「だから、恐いの。わからないの。妹だったら、もっと、ずっと楽なのに……お兄ちゃん、お兄ちゃんって、甘えてればいいんだもん。でも、これからは妹じゃいけないんだ、彼女なんだぞって思ったら……嫌われたら、それでおしまいだって考えたら、どうしたらいいのかわからなくなって。お手紙なら、何度でも書き直せるからいいよ。でも、逢ったときは違うもん。私、話だって下手だし……あの人の恋人になんて、なれるのかな。それで嫌われて、つまんない女の子だって思われちゃったら……そんなの……!」
 陽子さんの胸に、泣き崩れる琴梨ちゃん。
 その小さな身体を抱き締めて……陽子さん、目を閉じました。
 失ったもの。大切な人を、失うこと。忘却……決して、いや、永遠にそうできないであろう、辛い記憶。
 そして、まぶたが開きます。優しい顔から、いつも通りの笑顔へと。
「バカだね、琴梨。何を悩んでるのかと思ったら……あーあ。母さん、拍子抜けしちまったよ。」
 驚きに目を見開いて……泣き顔をあげる琴梨ちゃん。
 陽子さん、ふうっと、これ見よがしなため息を。
「いつも通りにしてりゃ、それでいいんだよ。妹とか彼女とか、気にすることなんてないさ。」
「でも……それじゃ、前と変わらないよ。あの人も、きっと……」
「あの人も、なんだい?」
「う、うん……不満、じゃないかな。恋人になったのに、私がいままで通りだったら……」
「琴梨、だったらどうしたいんだい?いや、そもそもどうするもんだと思ってるんだい、恋人同士ってのはさ?」
 驚く琴梨ちゃん。少し考えて……頬を染めます。
「や、やっぱり……デートしたり、き、キス……したり……」
「それから?」
「あ、あのね、公園で話してる人たちとか、ドラマのカップルみたいに……普通の話じゃなくて……」
「普通じゃない話って、どういう話だい?」
「それは……その……」
 どんどん答えに詰まって行く琴梨ちゃん。
 陽子さん、そこで……たまらないように、吹き出しました。驚く琴梨ちゃんの前で、あっはっはと大笑い。
「お、お母さん……?」
「……まったく、もう。いったい何を勘違いしてるんだい、この子は。」
「えっ……勘違い?」
「そうだよ。いいかい琴梨、恋人関係ってのはね、互いに好き同士ならそれでいいんだよ。付き合い方にいいも悪いもあるもんかい。お兄ちゃんと妹だろうが、姐さんと舎弟だろうが、先生と生徒だろうが、呼び方なんて関係ないさね。」
 勢い口調の母に、琴梨ちゃんは呆然。
「それに、なんだって?嫌われたらどうしようって?まったく、本当にものを知らないね、琴梨。いいかい、ケンカの一つや二つできないで、それで恋人だなんて名乗れるとでも思ってるのかい?母さんだって、父さんとどれだけケンカしたかしれない。それでもこうやって、あんたが生まれて来たんだよ?」
「ほ……本当?」
「ああ。あんたとなんて、もう二度と逢うもんかって怒鳴ったこともあるよ。あの人だって、頭から湯気出して怒って……人間同士なんだから、それも当り前さね。互いに気にいらないこともあるし、虫の居所が悪い時もあって当り前じゃないか。ずっとニコニコ、口論なんて一つもしたことない幸せカップルなんていたら、それこそ不気味、母さん神経疑っちまうよ。」
 琴梨ちゃん、ただただその勢いに圧倒されます。
 と、陽子さんがそこで表情を変えます。悪戯っぽい笑み。
「でもね、安心しな琴梨。母さんたちがそうだったみたいに、好き同士ってのはね、何かが違うんだよ。結局、すぐに仲直りして……モトサヤというか、よろしくなっちまうのさ。運命みたいなもんかね。そういう相手だと、何だかねぇ……とにかく、そうなっちまうんだよ。」
 わかったような、わからないような物言いですが。琴梨ちゃん、ようやく口を開きます。
「で、でも……お母さん。」
「なんだい?」
「私と、あの人がね、そういう、運命の関係じゃなかったら……違ったら、どうしよう。学校の友達にだって、ケンカして、お別れしちゃったカップルもいるんだよ。私とあの人も、そうなったら……そうしたら、私……」
 今度こそ本当に、呆れ顔になる陽子さん。深く深く、ため息をつきます。
 琴梨ちゃん、不安という色でできたような瞳で、お母さんを見つめました。
「まったく……琴梨。あんた、冬のことを忘れたのかい?」
「えっ……冬の、こと……?」
「そう。去年の大晦日の夜。あんた、遅くに突然出ていっただろ。母さんに何も言わないで……あの夜、どこで何をしてたんだい?」
 琴梨ちゃん、真っ赤になります。
 あの夜。午前零時過ぎに、二人で戻った春野家。何も言わず、熱いお風呂に入るように言って笑ったお母さん。
「あ、あの……あのね……」
 どもる琴梨ちゃん。すっかり母親然とした陽子さんが、そんな琴梨ちゃんの鼻先……唇に向けて、指を突きつけました。
「琴梨。ホワイト・イルミネーションの伝説、信じられないのかい?」
 琴梨ちゃん、反射的に口元を押さえます。
 想いが叶った日。二人の心が、重なった日。新たな年を祝う、人々の歓声の中で。
 そう、他でもない、あの人が教えてくれた逸話。
 夢のような、幻想的な……二人だけの幸福の誓い。
「永遠の、幸せ……」
「その通り。北海道は札幌市公認、あんたとあの子にゃ永遠の幸せが約束されてるんだ。生粋の道産子のあんたが、それを信じられないって言うのかい?」
「う……ううん。そんなこと……ないけど……」
「なら、伝説を信じて安心してな。いつものあんたらしくしてりゃ、それでいいんだよ。口が滑ったって、気にすることないさね。」
「う、うん……でも、お兄ちゃんって呼んだら……気を悪くしないかなぁ。」
 まだどこか、心配そうにつぶやく琴梨ちゃんです。
「まったく、この子は。考えてもみな、あの子がそういうタイプかね。それは他でもない、あんたが一番よく知ってるはずだろ?」
 上目づかいの娘。その額を、陽子さんはコツン。
「『お兄ちゃん』から『彼氏』になったからって、何もあの子が別人になるわけじゃないんだ。いままで通りのお前さんでいればいいよ。それこそよそよそしくしてたら、呆れられて嫌われちまいかねないからね。まぁ、どのみち琴梨、あんたそういう細かいことは苦手だろ?料理と違って、そっちの方面に関してはさっぱりというか、まるで鈍いからねぇ。うまくならないテニスみたいに。」
 琴梨ちゃん、まったく別の理由で赤くなります。
「あ、ひっどーい!テ、テニスは関係ないもん!それに、鈍いって……そ、そんなこと言うなら、お母さんになんて……もう、おいしいお料理作ってあげない!」
 陽子さん、不敵に笑いました。
「そうそう、その調子。安心しな。妹だろうがなかろうが、あの子はお前のことが好きさね。じゃなかったら、受験前の大事な夏、はるばる札幌まで来るもんか。そうだろ?」
「えっ……う、うん……」
「だからお前も、すっかり変えなきゃなんて思い悩むのはよすんだね。なぁに、つきあっていれば自然に変わるもんだよ。何しろパパだって私のこと、結婚当初はずっと『愛田さん』で通してたんだから。」
「ほ、本当?」
「嘘ついてどうするんだい。あんまり度々だから、母さんも、あぁ、あんたは結婚を悔いてるんだねぇ。私には春野の姓はいただけないってのかい……って嘆いてみせたらさ、もうあの人ったら大慌てで。こっちが照れちまうぐらい平謝りでね。」
「お父さんが……」
「そうさ。ようやく自然に陽子って呼んでくれるようになったのは、あんたが生まれた頃かねぇ。もっとも、それからは私よりもあんたばっかり可愛がって、もう琴梨、琴梨って口を開けば言い通し。取材に出た時なんて、一時間ごとに電話かけてくるぐらいだったよ。」
「そうなんだ……えへっ。」
 嬉しそうな顔になる琴梨ちゃん。その頭に、陽子さんが手を。
「だからまぁ、これもある意味あの人の遺伝なのかねぇ……おっと、とにかく話はこれでおしまい。母さん部屋で仕事があるからね。あんたも風呂入って早く寝な。明日はまた、朝練があるんだろ?」
「あ、うん。そうだね、早く寝なくちゃ。」
「じゃ、おやすみ琴梨。」
 軽く手をあげて、自分の部屋に去る陽子さん。手を振ってそれを見送って……
 琴梨ちゃん、元気良く伸びをしました。
「うんっ……頑張ろうっと。お兄ちゃんに……あ!」
 言ってしまって、口を押さえて……
 そして、クスクスと笑い出す琴梨ちゃんです。
「琴梨……どうしたんだい?」
 何事かと、陽子さんがリビングに顔を出しました。琴梨ちゃん、元気よく首を振ります。
「あ、ううん……何でもないの。それよりお母さん。お夜食、今日も作っておこうか?」
「ん、そうだね……寝る前に頼むよ。サンドイッチか何かがいいね。」
「うん、わかった。とびきりおいしいサンドイッチにするね。」
「そりゃ楽しみだね。じゃ、戸締りよろしく。」
 笑って自室に引っ込む陽子さん。琴梨ちゃんも笑って、台所から居間まで見回します。
 見慣れた部屋、自分の居場所。お母さんとお父さんと……みんなで過ごしてきた家。
 ここにもうすぐ、お兄ちゃんが戻って来ます。
「お兄ちゃん……ううん…………さん。」
 聞こえないほどの小声で口にして、そして頬を染めました。
 そうだよね。お兄ちゃんでも、名前でも……私が大好きな人だってことは、変わらないんだよね。
 コーヒーカップを片付けて、台所の電気を消します。
 恋人ってなんだろう。まだ、よくわからないけど……好きな気持ちで、そのままいればいいんだよね。今まで通りでいても、いいんだよね。
 今さっきまでの悩み、胸のつかえを……晴れやかな笑みを浮かべて、琴梨ちゃんは心の棚にしまいました。
 そうだよね。わからなかったら、あの人に聞いてみればいいんだ。二人で考えれば、きっとわかるよね。だって、私たち……
 また、頬が紅に染まります。
 照れたように横を見れば、そこの壁にはカレンダー。陽子さんのスケジュールがおびただしく書き足されたそこに、来月に向かって……大きく赤い、琴梨ちゃんの手による矢印が。
 もうすぐ、あの人が来る。逢いたい……早く、逢いたいな。
 琴梨ちゃん、高鳴る胸を押さえます。
 あの人が来たら、どこに行こうかな。去年みたいに、札幌の町も回りたいし、小樽にも行きたいな。あ、海でまた泳ぎたいな……そうだ、鮎ちゃんを誘って、水着を買いに行こうっと。それから、それから……
 恋する胸に、ふくらむ夢と期待。
 北の町に、また夏が来ます。 
 
 


[142]恋にダンシングなあとがき: 武蔵小金井 2002年10月09日 (水) 23時36分 Mail

 
 
 というわけで、私的大開催(笑)の「北へ。」フェア、第一弾として一筆。

 やはり、ファーストコンタクトな北っ娘さんである、琴梨ちゃんからにしました。余談ですが、CVの千葉紗子さんの最近の活躍はめざましいものがありますね。何だか、陰ながら喜んでいたり……と、それは置いておいて、コホン。
 とりあえず遠まわしに考えると、琴梨ちゃんがいなければ私が「北へ。」をプレイすることはなかっただろうという感慨深いキャラなのですが……って、ああ説明すると長くなってしまいそうなのでとりあえず、コホン(笑)。

 やはり北っ娘筆頭でゲームのイメージキャラといいますか、Nocchiさんの基本デザインというか……間延びした感じの語りとか、ターニャさんのそれとはまた違う、路傍の野菊(ぁ)のようなはかなさがいいですね……って、また語ろうとしてますね(笑)。

 とにかく、琴梨ちゃんに乾杯。

 とはいえ、やはりというか陽子さんって強烈ですね(ナニ)。私的に北へ。のベストキャラではないかと思ったりする時も多々ある陽子さんですが、その迫力……じゃない、魅力はまさにこの手のゲームにつきものの未亡人娘持ち若奥様ーずでも一二を争うものかと(赤面
 と、とにかく何というかそういう方向でした。

 あ、何だかまったくあとがきっぽくないですね。うーんと……えっと、話が前後する辺り(?)ですが、実は鮎ちゃん&雄大パパを含めた澤登での騒ぎがあって、途中まではカキカキっとしてました。カラオケ勝負とかはともかく、パパなしの琴梨ちゃんが川原父娘の関係を見てクラッ……というプロットをぼーっと考えていたら、気が付くとテレビの寿司勝負とか某下手人番組とか、わけのわからない方向になりかけて、これはギャグ……中ダルっぽくて排除の方向で……って、あぁつまらなくてよくわからない楽屋オチを。

 とりあえず、北へ。フェアでは鮎ちゃんでも是非一筆したいと思っていますので、期待せずに傍観していてくれるととっても嬉しいです。

 それではっ。
 お読み下さった方に、精一杯の感謝を。
 
 


[147]キ、ターーーーーーー!: しょうじ 2002年10月18日 (金) 22時17分

「北へ。」にだけに(笑)。

>「お兄ちゃんじゃ、ないんだもん……私、もう、あの人の妹じゃないもん……」

やっぱ↑でしょう。これこそがすべてを物語っていると言っても過言では無かろうかと。
見事に心の琴線を突かれてしまいました。やっぱ妹系キャラ(ただし非血縁)はこうじゃなくちゃ!ですよ。
なんで乃絵美は…………イヤナンデモナイデス。

>陽子さん

キャラがいい感じでアクティブな感じなので、「名バイプレイヤー」として使いやすいですよね。
僕も陽子さんは色々便利に使ってました。謎の宇宙生物と絡ませたりとか(笑)。


まあそれはさておき、琴梨ちゃんの魅力を最大限に引き出した功績に、これからは武蔵小金井さんのことを「妹マスター」と呼び奉ることに致します(爆)。


[150]ありがとうございます〜♪: 武蔵小金井 2002年10月20日 (日) 11時10分 Mail


>KITA−!
 あ、どうもですっ(笑)。
 本当に拝読ありがとうございました。何だか北フェアとか一人で盛り上がって勢い的な感じな文なもので。感想頂けてホントに嬉しいですっ。

>琴梨ちゃんの詞
 何というか、PMをプレイしてクラッと来て。お兄ちゃんと彼氏の境目で揺れる幼心(?)にもうグラグラ来ました(笑)。可愛いですよね、琴梨ちゃん(ぽっ)。

>乃絵美(さん/ちゃん?)
 …………ゴメンナサイ、ワカンナイデス。ドキドキ(汗)。
 ヤ、ヤッパリしょうじさんのラブリースイートハニーシスターデスカ?

>陽子さん
 北へ。第89番目のヒロインの呼び声も高い陽子さん、いい女性ですよね本当に。食事は恐いですけど、陽子さんが作ってくれたものなら僕は喜んで……

「ああ、あんたが来るのを待ってたんだよ。来月、下手人のスペシャルが放映決定してね……」

 ……ごほん(爆汗)。

>妹マスター
 そ、そんな。私なぞにそんなとんでもないですっ……ぽっ。

 本当に読んでいただきありがとうございました〜♪


[151]ご無沙汰してます〜。: ドラケン 2002年10月22日 (火) 00時16分

ども、ご無沙汰をしております。
いや、毎回お話は読んでるのですが、感想書くのが遅れたりなんだりとタイミングを逃してしまいまして。

いや、やはり武蔵小金井さんの書く女のこって可愛いですね〜。
琴梨ちゃん激可愛です♪
もし私が主人公ならいつまでも「お兄ちゃん」って呼んで欲しいです。いや、むしろそう呼べと(笑

ではでは、なるべく感想書きに来ますのでよろしくです♪


[159]……ぽっ。: 武蔵小金井 2002年10月22日 (火) 23時58分 Mail

 って、あ、ごめんなさい(赤面)。

 ご無沙汰なんてとんでもないです。こうして目を閉じると、あぁ、夏の逢瀬x#!&=:@ <文字化け風自主規制

>毎回お話は読んで〜
 ウワァァァアアン〜♪ <嬉し泣きっぽく
 ありがとうございます……とはいえ本当にタイミングとか気にせずにいつでも何でも気が向いたらっぽくでさらになんでもっ。<大混乱

>琴梨ちゃん激可愛です♪〜
 …………嬉しいです〜♪
 北へ。のみなさんは永遠に不滅です。いやホントに私の中では今でも新鮮でたとえフォトメモクリアして出てきたアドレスが消えていようと <自粛

 本当に、感想とか読み読みとかこの場はいつでもお気楽に使ったり見てやったりしてやって下さいっ。自分もいまだに適当ナイアガラっぽくのんびりしていますので。

 それでは〜♪



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