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皆様如何お過ごしでしょうか。

Dream On!

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例:”短編『先生、起きたら家族が19人増えたんですけど』≫ベイビー・プリンセス”
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ダレモイナイ コウシンスルナラ イマノウチ(ペ∀゚)ヘ
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[128]SS『Long distance love(前編)』≫北へ。: 武蔵小金井 2002年09月27日 (金) 19時23分 Mail

 
 
 颯爽とバイクから降りた彼女が、グッと親指を見せる。
「到着!よし、元気よくいこうっ!」
 軽く伸びをして、公園の空気を吸い込む由子さん。僕といえば、ずれかけていたヘルメットをやっとのことで外し終わって……案の定、それを見ていた由子さんに笑われてしまった。
「あらら、もうへばったの?若いのに、だらしないぞ!」
「そ、そんなこと言ったって……由子さん、目茶苦茶に飛ばすからさ。ついていくのがやっとで……」
「えーっ?そうかなぁ、こんなの普通だよ?むしろ、キミのためにペース落としてたぐらいだけど。」
 ヘルメットを置いて、僕はため息をついた。やっぱり、広大な北海道を走り慣れてる由子さんと、交差点と渋滞ばかりのアスファルト・ジャングルを走っている僕とでは、大きなギャップがある。
 そんなことを考えている間に、由子さんは鼻歌混じりで着ていたジャケットを正し、目的の場所に歩き出していた。
 僕もキーを外し、あわててその後に続く。

 航空記念博物館。
 僕の家からそれほど遠くない場所にある、大きな公園と一体になった場所だった。
 それほど遠くないと言っても、二つ三つ街を越えた先だ。バイクで、片道一時間はかかる。
 次のデートで、ここに行きたいと言い出したのは由子さんだった。一応地元……というには東京は広すぎると思うけど……である僕がよく知らない場所だったけど、由子さんがどうしてもと希望したのだ。
 もちろん同意した。反対する理由もなかったし、それよりも久しぶりに由子さんがこっちに来れることが嬉しかった。由子さん用のバイクも無事に友達から借りられて、晴れてその日を迎えられた……と、いうわけだった。

 博物館の入り口周辺に、人は少なかった。休日なのに、めずらしい……と思えるほど、僕はこの場所に詳しくないけど。もしかしたら、意外にマイナーなのかもしれない。
「ここ、日本で最初に飛行機が飛んだ場所なんだよ。だから、前から一度来てみたかったんだ。じゃ、入ろう?」
 ガラス張りの壁面。その向こうに見える、実物大のたくさんの飛行機。それらを含む、目の前の大きな建物を見上げて……由子さんは目を輝かせていた。
 自動ドアをくぐって、僕らが中に入る。とても高い天井が印象的だった。
「ね、今日はおごっちゃうからさ。」
「い、いいよ。大丈夫だから。」
「遠慮しないの、学生さん。ここはドーンと、働くお姉さんに任せなさい。」
 僕を制して……というより意向を完全に無視して、由子さんがチケット売り場を占領した。
 とても口には出せないけれど、由子さんのこういう所は、時々胸にグサッと来る。今さら歳下がどうだとか言うつもりはないけれど、やっぱり男としてどこか情けない気がするのは間違いない。
 そんなことを考えている僕に、由子さんが振り向いて笑った。
「ねぇねぇ!ここさ、映画も上映してるんだって。入場券とセットだと安いだから、いっしょに買っちゃお?」
「う、うん。」
 それじゃ映画代は僕が……と言う暇もなく、由子さんは嬉々として二人分のチケットを購入してしまった。頭を下げる受け付けの女の人にどうもと笑って、展示場に入っていく。
「ほらっ、キミ!早く早く!」
 うなずいて続こうとして……受け付けの女の人が、僕たちを面白そうに見ていることに気が付いた。
 実際、僕と由子さんはどう思われているんだろう。そう考えるとさらに恥ずかしくなって、僕は小走りで由子さんの後に続いた。

 博物館はそこまで大きな施設じゃなかったけど、ちゃちな作りでもなかった。
 でも正直なところ、近頃はこういう場所を訪れた記憶がない。もちろん、子供の頃に何度か来たことはある。館内で走り回っている子供たちのように、学校の行事とかでだ。だけど由子さんとつきあうようになってからは、ほとんどがアウトドア主体のにぎやかな場所ばかりだったから、僕にとっては妙に新鮮だった。
 ワイヤーやパイプで固定され、そこかしこに浮いている色々な飛行機。学校の体育館よりも遥かに広いスペースに、実物大の……というより、本物であるそれらが、所狭しと並んでいる。
「へぇ……」
 正直、その光景は十分な迫力があった。
 由子さんは……あれ、どこに行ったのかな。まさか心配する必要もないだろうと、僕は目の前のヘリコプターを眺めた。輸送用のヘリコプターらしく、胴体に大きく開いた部分がある。そこに向かってスロープが続いていた。
 中も見れるのかな。近くに他の客もいなかったから、僕は物見遊山の気分でスロープを昇って、機内を覗いた。どうやら本当に入れるらしい。暗い内部の向こう側にも、昇降用のスロープがあった。
 考えてみれば、ヘリコプターの中に入るなんて生まれて初めてだった。戦争物の映画によく出てくるような内装で、左右に長い腰掛けがあり、おまけに暗くて天井が低い。前方には操縦席があって……
「ばあっ!」
「うわあっ!」
 心臓が止まるかと思った。操縦席近くの暗がりが動いたかと思うと……いきなり、誰かが僕の目の前に飛び出して来たのだ。
「あはははっ、ビックリした?」
 もちろん由子さんだった。そんなことをするのは彼女以外にいるわけがないとわかっていながら、それでも僕は飛び上がるぐらいに驚いていた。危うく、天井に頭をぶつけそうになったぐらいだ。
「お、お……脅かさないでよ!」
「あははっ!だってキミ、操縦席から手を振ったのに、ゼンゼン気付かないんだもん。」
「そ、そうなんだ。わからなかったよ……」
 天井にすりそうな姿勢で頭をかくと、由子さんがきびすを返して、ササッと操縦席に上がった。
「ね、面白いよ?キミもおいでよ!ほら、はいはい!」
「ち、ちょっと待ってよ。」
 ヘリコプターの操縦席はここよりも一段上にあって、昇るのは大変だった。後ろもそうだけど、ここはさらに狭い。レバーやスイッチやらに体のそこかしこが当たって、体をおさめると身動き一つできなくなる。
「座った?」
「う、うん。」
「よろしい!それじゃ桜町操縦によるH-19輸送ヘリ、緊急発進します!Take off!Instruction over!」
 由子さんがスイッチを二つ三つ入れ、レバーを操作する。ヘリコプターが動くはずもなかったけど……あまりに本物っぽいその動作に、僕は思わず身構えてしまった。
 もちろん、その後は思いっきり愉快な彼女の笑い声だけが響いた。


「あ、見て見て!このエンジン、でっかいね!」
「そ……そうだね。」
 ヘリコプターや飛行機をさんざん見回った……というより試乗し続けた僕たちは、次に部品などの置いてある展示場に回ってきていた。全体的に見て、一番人気がなさそうなスポットだったけど、由子さんのテンションはまったく落ちなかった。
「ねぇねぇ。こんな大きなエンジンでさ、バイクを動かしたらどうなるかな?」
「こ、これって……ジェットエンジンだよ?そんなことしたら……」
「あ、ここに書いてある!最高時速は960kmだって!バイクでそんなに出たら、スゴイね?」
「凄いけど……きっと、車体が持たないんじゃないかな。」
 いや、それよりも乗ってる人間が耐えられないか。
「時速900キロオーバーのバイクなんて、仮面ラxダーみたいだよね?あ、でもさ、それなら北海道から東京まであっという間についちゃうよ?そしたらさ、キミと毎週逢えるのにね?」
 あはははっと笑う。本当に、楽しそうな由子さんだった。
 そして、さりげないそんな一言が……僕の中の何かを、軽くつついた。
「あ、大きなプロペラ!ね、回るよ?ほれほれ!」
 柵の中に展示された、大きなプロペラ。それを回すボタンを押して、由子さんが手を叩いてはしゃぐ。
 そう、いつも由子さんは笑っていた。
 でも、滅多に見られない笑顔だった。

 遠距離恋愛。
 北海道と、東京。
 あの夏……そして年越しを経て、僕たちがつきあうようになってから、もう二年がたつ。
 去年の春、僕は何とか大学に合格し、同時に家を出て一人暮らしを始めていた。大学近くの小さなアパートで、家賃もそこそこ。バイトもいくつかかけもちしているから、仕送りと合わせれば生活には不自由していない。
 でも、やっぱり北海道は遠かった。大学だから、高校生の頃と違って日取りは自由になったけれど、それよりもやっぱり絶対的に資金が足りなかった。どんなに頑張っても、一ヶ月に一度……もしくは二度が精一杯だった。もちろん、宿泊施設の問題もある。陽子おばさんはいつも快く了承してくれるけど、春野の家にそんなにたびたび迷惑はかけられないし。
 そしてもちろん、由子さんは自衛隊勤務という立場上、気軽に北海道から離れられなかった。もちろんああいう組織だから、有給休暇などはしっかりしている。でも、それでもやっぱり由子さんが今日のように北海道からやって来るのは年に数回程度で、それが限界だった。
 結局、僕らはこうして月に一度程度のデートに甘んじるしかなかった。
 電話や手紙はよくやり取りしているけど、やっぱり直接逢えるのとは違う。
 月に一度の、由子さんの笑顔。

「……こらこら!どうしたの?」
 ふと我に返ると、そこに由子さんの怪訝そうな顔があった。
 周りでは、ビデオ展示をしていた。宇宙開発や飛行機の仕組み……そういったことについて、色々な映像が流れている。
「あ、ううん。何でもないよ……ごめん。」
 笑ってごまかすと、由子さんはそれ以上問い正す様子もなく、僕にクルリと背を向けた。
 そして、キョロキョロとしながら先に歩く。
「ね、二階にはシミュレーターとかもあるって!行ってみよ!」
 エレベータに向かう由子さん。その後に続きながら、僕はまだ考えていた。
 続いている関係。逢えない状態。
 僕たちの間は、このままでいいのだろうか。
 でも、どうすればいいんだろう。
 婦人自衛官の由子さんと、大学生の僕。
 北海道と、東京。
 考えると、とても遠い距離だった。
 
 


[129]SS『Long distance love(後編)』≫北へ。: 武蔵小金井 2002年09月27日 (金) 19時26分 Mail

 
 
 日はすっかり暮れていた。
 閉館ギリギリまで博物館を見て、それから夕飯を食べに出る。
 借りていたバイクを返して、僕たちが電車でやって来たのは、大きな街の百貨店にあるレストランだった。
 この場所自体に、二人で来るのは初めてだったけど……僕と由子さんにとって、ある意味でとてもなじみの店。
「あはははっ!ねぇねぇ、ホントに楽しかったね!」
 由子さんは上機嫌だった。もちろん、今日を通してずっと同じ……いつものテンションだった。
 だけど実際、僕は少しばかり疲れていた。博物館ではしゃいで、バイクに乗って……
 でも本当は、もっと別のことを考えていたからかもしれない。
「あれ、食欲ないね?もしかして……」
 不思議そうに僕を見て、由子さんが首をかしげた。あ、まずい。顔に出たかな。
「……さては、辛すぎて食べられないの?」
 肩の力が抜ける。首を振って、いい香りのするスープをすくった。
 辛いけど、おいしかった。
「そりゃ、虚空とは言わないけど……悶絶ぐらいは大丈夫だよね。」
「平気だよ。由子さんとさんざん食べたから。それより由子さんは、また虚空?」
「うん、虚空二十倍。本当は世紀末……あ、アクエリアスが食べたかったけど。今日はもうダメだって言われちゃったから。」
 虚空二十倍。かつてスプーン一杯の『虚空』で昏倒しかけた僕にとって、その二十倍の辛さなど、まったく想像もできなかった。いや、むしろその上の辛さがこの世に存在するということの方が想像できない。それはむしろ、辛いとか甘いとかいう形容の出来ない、何か別の味なのではないのだろうか。
「でもさ、東京でマジスパのカレーが食べられるとは思わなかったな。何だか新鮮な感じだよね?」
「うん。北海道物産展を開いてて、仮設出店してるんだって。友達に聞いたんだけど……最近、かなり人気があるみたいだから。」
「だよねー!札幌のお店もさ、近頃はすっごく混んでて……並ばなきゃダメなことが多いの。人気あるのは嬉しいけど、なじみとしては複雑な感じかな。あははは。」
 カレーを平然と食べながら、由子さんは話を続けた。
「そういえば、話は戻るけど。あれあれ、あのシミュレーターは面白かったよね!ほら、ジャンボのやつ。二人で並んでさ、本物使ってるから、シートも計器もリアルで……」
 僕はうなずいた。まるでゲームセンターの人気ゲームのように、人が並んでいたジャンボジェットの副座型シミュレーター。
 由子さんはそれをいたく気に入って、おかげで僕たちは三度も並びなおしたのだ。
「由子さんたら、着陸に成功するまで絶対に止めない!とか言い出すから。」
「あ、何よ何よ。キミだって悔しがってたじゃない。『機長、やめて下さい!』とかノリノリで叫んでさ。山に突っ込んで『あなたは0点です』ってコメントされた時は、私よりムキになってたよ?」
「そうだけど……あ、それよりほら、シミュレーターより、その後の方がとんでもなかったよ。由子さんたら、突然飛行機の前で解説始めるんだもん。」
「あれは、お年寄りの御一行さんが、ボードが読めなくて難儀していたみたいだからさ。やっぱりそういう時は、私が適任じゃない?」
「そう?コンパニオンのお姉さんが、遠目で呆れてたよ?由子さん、思いきり力入って説明するから。」
「いいじゃない、おじいさんおばあさん、みーんな喜んでたし。さあ、皆様ご覧下さい。こちらの飛行機は自衛隊がまだ保安隊と呼ばれていた時代のもので……」
 またもや広報モードに入った由子さんに、僕は呆れてカレーをすくった。そんな僕の仕草を見て、由子さんがケラケラと笑う。
「そうそう、最後の映画も面白かったね。いろんな鳥がたくさん見れたし。ああいう、鳥の目の視点から見た町とかって、何だかダイナミックでよかったなぁ。」
「あれ、全編CGなしで撮ってるって解説してたよね。撮影、けっこう大変だったんじゃないかな。」
「だよねぇ。あーあ、ホント今日は最高だったなぁ。つきあってくれて、アリガトね。」
 カレーをいつのまにかたいらげて、由子さんは満足そうに伸びをした。
 僕も、残りのそれをすくって口にする。
「そんなことないよ。僕も面白かったし……それよりさ、由子さんってあんなに飛行機が好きだったんだね。知らなかった。」
「あ、意外だった?」
「そんなことないけど。趣味はバイクとカメラだ、とか思ってたからさ。やっぱり、航空自衛隊だから?」
 僕にそう言われて、由子さんが面白そうな顔になった。少し考えて、そして話し始める。
「実はね、昔はそうでもなかったの。自衛官になる、ちょっと前まではね。飛行機のことなんて、ゼンゼン知らなかった。機械扱うのは得意で、メカは色々いじってたけどね。」
 そこで、由子さんの口調がふっと変わった。
「ほら、私ってこーんな小さい頃から自衛隊に入るんだって、決めてたわけじゃない?雪道でエンコしてた私たち一家を助けてくれた、自衛隊のあの人みたいになりたいって。」
 あの人……か。
 香月修児。由子さんの想い人……だった人。
 会ったことは一度もないけど、僕にとっては色々な意味で決して忘れられない名前だった。
「でもさ、小学校とかはそんな気分でもいいけど、中学とか高校とかに入るとやっぱ、ホントにそんなことできるの?とか思うこともあるわけ。ほら、何ていうか……反抗期というか、迷う年頃じゃない、十代って。」
「う、うん……」
 僕はとりあえずうなずいた。由子さんが続ける。
「とにかくさ、自衛隊に入る、あの人みたいになる!って一心不乱に思って来たのはいいけれど、いざそうなると、今度は自衛隊ってなに?どうやって入るの?ホントに女の子でも大丈夫なの?私で勤まるの?とか、それっぽい不安がよぎるわけね。花も恥じらう年頃の乙女として、やっぱり悩んじゃうわけですよ。」
 男勝りで、男子生徒を蹴散らして勇猛果敢な学生生活を送っている由子さんのイメージとは、何か違う感じだった……けど、もちろんそんなことを言おうものなら何をされるかわからないから、黙っていたけど。
 そんな邪推をする僕の前で、由子さんは何だかなつかしそうな顔になった。
「ねぇ、テレビとかでやってる、鳥人間コンテストって知ってる?ほら、手作りの人力飛行機とかが集まって、どれだけ飛べるか競いあうやつ。」
 いきなりの話題変更だったけど、僕はうなずいた。
「北海道にもそういうのがあってね。けっこう昔からあって、道内じゃ割と有名なんだ。それでね、ある日さ、その番組の裏舞台紹介みたいなことをテレビで放送しててね。私、それを見てたんだけど……その内容がね、偶然にも航空自衛隊千歳基地の、特別参加チームの紹介だったの。ドキュメンタリータッチで、一機の人力飛行機を作るのに、どれだけの人の苦労と歳月がかかったのかって。」
 どうしてだか、ふっと……由子さんを、普段よりも歳上に感じる。
「私さ、それ見て泣いちゃったの。すっごい感動したのね。ほら、航空自衛隊なんて、まさに空を飛ぶことが仕事な人たちじゃない?そんな人たちが、少ない余暇時間を使って、大真面目に人力航空機を設計して……議論して、試作して、トレーニングして……テストして、大失敗とかして。何ヶ月もの苦労が、一夜にしてゴミの山になったりしても、決して弱音は吐かないで。それで、また若い人たちを仲間に加えて、新たな人力飛行機を考えて……遂に、空を飛ぶの。それでね、みんながそれを見て、大泣きしてるのよ。大の男、堅物のオヤジ自衛官が、もう抱きあって号泣して。」
 笑いながらも、由子さんはどこか誇らしげだった。
「おっかしいよね。だってさ、パイロットとかもいるんだよ?マッハで飛ぶ戦闘機とか、大型ヘリコプターとかを毎日扱ってる人たちがさ、何百メートルも飛ばない人力の飛行機作って、おいおい男泣き。考えてみれば、それってすごく滑稽な気がしない?」
 口調とはうらはらに、由子さんの目元がほんの少しだけ潤んでいた。カレーのせいじゃ……ないと思う。
「でもさ、私は乙女心に、何だかそのことに感動しちゃって。あぁ、この人たちはみんな、空を飛ぶことが大好きなんだなって。一つのことに、こんなに一生懸命になれるのって、スゴイなぁ、うらやましいな……って。だからさ、私も自衛官になって、この人たちと一緒に仕事ができたら、きっと楽しい……ううん、私もこんなふうに喜んでみたいなって。そう思ったんだ。」
 由子さんの瞳が輝いていた。前に、千歳の基地で働いている由子さんを見た時を思い出す。
「それが、私が飛行機を好きになった理由。同時に、自衛官になる決意を再認識した日かな。もちろん、あの人のこともあったし……それが最大の理由だけど。」
 由子さんが、ドリンクを傾けた。お酒じゃないはずだったけど、頬がほんのり染まっている気がする。
「ほら、今日の博物館にも、初期型の飛行機がたくさんあったでしょ?日本で作られた、いろんな形の飛行機。」
「う、うん。あんなのでよく飛べるなって、驚いたよね。」
「そうそう。ライト兄弟もビックリみたいな、トンデモ設計のが多かったじゃない?でもさ、あれってみんな、同じ目的のために作られてるんだよね。ただ、空を飛ぶため。それってさ、コンテストに参加する人力飛行機も同じなんだよ。形はメチャクチャなのばっかりだけど、みんな目的は同じ……空を飛ぶため、飛びたいから作ってる。」
「つまり、空を飛ぶ方法はたくさんあるってこと……なのかな。」
 考えた台詞じゃなかった。なんとなく、僕はそう口にしていた。
 そんな僕に、由子さんがパッと目を見開いた。
 人差し指を僕に突きつけて……バーンと、銃を撃つポーズ。
「そうそう!くー、やっぱりキミはいいコト言うね。そうなのよ。大空は一つだけど、そこに舞い上がる方法はたくさんあるんだ。ジェットでかっ飛ぶのも、ロケットでつき抜けるのも、ペダル漕いでエンヤコーラって飛ぶのだって……ほら、タコで忍者みたいに飛んだって、何でもいいわけじゃない?大事なのは方法や手段じゃない、人と違っても、ヘンでもいい。空を飛びたいっていう、その夢が大切なんだ……って。」
「それって、何だかロマンだよね。」
 言葉が考えもなしに出てくる。僕たちのいつもの談笑だった。
「そう、ロマンロマン!男も女もない、人類のロマンだよね。ほら、今日の映画でもさ、鳥の翼を両腕につけてジャンプしてる人とかいたじゃない?みんな笑ってたけど、きっとあれって、本人はすっごく真面目に考えて、そうしてたんだと思うんだ。これだけ大きな羽根を両腕につけて羽ばたけば、鳥のように飛べるに違いない!って。見ている私たちからすればバカみたいだけど、当時の人から見たら、きっと全然おかしい話じゃなかったんだよ。」
「やってることは違うけど、考え方とかは変わってない……みんな、飛びたいからそうしてたってことなんだろうね。」
「そうそう。鳥人間に参加する人たちもそうだよ。自分たちの作った飛行機が、パーッて飛ぶのが楽しみなの。そのためだったら、いっくらでも頑張れるんだよね。だから、私も応援したくなるんだ。夜勤明けのくせに、お弁当まで作ったりしてさ。」
 応援……お弁当?首をかしげた僕に、由子さんが頭をかいた。
「あ、言ってなかったっけ。千歳基地じゃね、今もその鳥人間大会に参加してるの。スペシャルゲストだけどね。営内で、有志を募ってね。私たちWAFのメンバーも、陰ながら応援してるんだ。お弁当作っていったりして。」
「ふぅん、そうなんだ……今年も?」
「もちろん!あ、今度ビデオ貸したげるね。今年のなんて傑作だったんだから!新設計の飛行機で、それがまたとんでもなくスピードが出て!距離はいまいちだったんだけど……あ、しかも今年はね、香月さんが応援団長だったの!私、思わず会計のみんなと盛り上がっちゃった。あははは!」
 また彼の名前が出てきて、僕は思わず黙ってしまった。
 コロコロと笑っていた由子さんが、そんな僕に気付く。
「あれ、どうしたの?あ、もしかして……もう、バカ!」
 由子さんの頬が赤くなる。意味ありげな顔で、僕をじっと見つめた。
 何だか、僕は焦ってしまった。
「あの人のこと、気にしてるんだ?やーね、もうとっくにふっきってるってば!だって香月さん、もう二児のパパなんだよ?赤ちゃん、両方とも可愛くてさ……写真見せてもらったら、何だか私も欲しくなっちゃって。」
 欲しい?
 口に出したわけじゃないのに、それが伝わったみたいに由子さんが笑った。悪戯っぽい笑みだった。
「あのね……赤ちゃんが、欲しいなって。」
 ゆっくりと、ささやくように。
 一拍置いて、僕は吹き出した。
「あー、なに考えてんの、キミは!」
「な、何も。だって……」
「嘘つけ!こーら、早く白状しなさい!」
 僕に指を突きつけて、由子さんが笑い声を響かせる。周囲のお客さんたちの視線が集まり、僕がさらに汗をかく。
 どもりながらの応対。さらにいじめられながら、僕は……どこかで、はっきりと確信していた。
 ずっと……以前から、気が付いていたこと。自分の中で、認めたくなかったこと。
 僕ら二人の、距離。

 北海道と、東京。そういうことじゃない。
 僕と由子さんとの間には、もっと別の、はっきりとした距離がある。
 それは、物差しで計れるような距離じゃなかった。
 由子さんは大人だ。自衛官という自分の職種に誇りを持っている。それはこれからも変わらないだろうし……変わって欲しくない。
 それに比べて、僕はただの大学生だ。別にいい所の学生でもないし、将来のことなんてまだゼンゼン考えてない。
 そんな僕と、由子さんを比べたら……北海道と沖縄、いや、地球と月よりも遠い気がする。
 遠い距離。僕ら二人の間の……距離。
 この距離は縮まるのだろうか。
 いや、縮めたい。縮めなければならない。
 それが、僕に必要なことだった。
 でも……どうすればいいんだろう。   


 夜の空港。千歳行きの最終便はまもなくだった。
 どうしてか、無口になる。いつもは別れるまでずっと話し続けているのに。
 もっとも、原因は僕の方にあった。
 そして、それを由子さんが気付かないはずもなかった。
「ね、何だかさっきから静かだけど……どうかしたの?」
 人も少ない、がらんとした夜のロビー。わずかな時間をつぶすために、僕たちはソファの一つに並んで腰掛けていた。
「あ、もしかして……今日、あんまり面白くなかった?飛行機とか、キミが興味ないのに私が無理に連れてっちゃったから……」
 難しい顔をする由子さんに、僕はつとめて明るく首を振った。
「まさか。そんなことないよ。けっこう面白かったし。それに、由子さんと二人で……」
「あー、それはもしや、『君と一緒ならどこでも最高の舞台だよ、マイハニー?』とかいう少女マンガもビックリの甘ーい台詞のつもりですか、キミ?」
 勝手に決めつけて、僕の頭を小突く由子さん。何だか、無理をしてふざけているような気がして……僕は、胸が苦しくなった。
 由子さんに気を遣わせている。
 いつも明るくて、ノリノリな由子さん。
 でも、それが本当の彼女だろうか。
 自問するでもなく、僕は知っていた。
 自衛隊をバカにされて、怒った由子さん。
 大失恋をして、ススキノで泣いていた由子さん。
 積丹の海で、もう一度恋愛が始めたいと言った由子さん。
 函館の山で、僕のことを好きだと言ってくれた由子さん。
 自衛隊という男所帯の中で、歯をくいしばって懸命に頑張っている由子さん。
 逢いたい時に逢えない。そんな寂しさを、おくびにも出さないけど……
 きっと、きっと由子さんだって……

 僕は顔を上げた。由子さんが笑っていた。
 目の前の、彼女の笑顔。
 だけど、それは遠い笑顔だった。
 彼女の名前を呼ぶ。
「ど、どうしたの?」
 改まったような口調の僕に、由子さんがきょとんとした顔になる。
 僕は息を吸った。明瞭な言葉は浮かんでこなかった。答えは出ていなかった。
 でも、言わなきゃならない。そう思った。
 この笑顔が、好きだから。
 僕は、由子さんが好きだから。
「由子さん。あのさ、あと三年……三年だけ、待ってて欲しいんだ。」
 彼女の反応を待たずに続けた。
「僕はまだ、将来の道も決まってない、ただの学生だけど……大学を卒業するまでに、必ず何かを見つけるよ。由子さんに負けない、ううん……少しでも近付ける、何かを。」
 勝手な言い草だった。根拠も自信もない、出まかせの約束なのかもしれなかった。
 でも、聞いて欲しかった。
「まだわからないし、見つかってもいない。見つけても、届くかどうかもわからない。でも……きっと何かがあると思う。だから、それまで待ってて欲しいんだ。由子さんさえ……よければだけど。必ず、由子さんに近付くから。追い越せるぐらい、近くに行きたいから。」
 ふっと、さっきの話を思い出した。
 空を飛ぶ夢。そのために考えた、あれだけたくさんの方法。
 今の僕も、同じかもしれない。方法はまだ見つからないけど、重要なのは、そう願うことなんだ。
 由子さんに、近付きたい。僕らの距離を縮めたい。
 由子さんは、黙っていた。その顔から、笑いが消えていた。黒い瞳が、僕のことを……じっと、見つめていた。
 心臓が鳴った。気が急いて、何を言ってしまったのかと思う。
 そして、彼女は……口を尖らせて、ポツリとつぶやいた。
「やだ。」
 背筋が凍った。足が震えたかもしれない。
 その前で、由子さんが続けた。低い声で。
「そんなこと、してられると思う?」
 怒った顔で、僕を睨みつける。腕を組んで。
「誰が、言われて黙って待ってるのよ。私はね、絶対……」
 喉が鳴る。息を吸った彼女が、睨まれて怯む僕に向けて……
「……じっと待っていられるような女じゃないんだから!」
 叫び。噛みつくような表情。鼻息も荒く、由子さんが続けた。
 目を、潤ませて。
「待てない!三年なんて、絶対やーだ!キミが何か見つけたいなら、私も一緒に探す!つきあってるんだから、それぐらいいいでしょ?イヤだって言っても、そうするからね!?」
 心臓が、また跳ねた。
「ゆ、由子さん……」
「だいたいキミ、私との約束忘れてない?」
「や、約束?」
「そーう!ほら、南極に連れてってくれるって言ったじゃない。あれって、三年も後なの?そんなのやだー!」
 駄々っ子のように手を振って、すねる由子さん。僕は焦った。だって、あれは……
「な、南極って……あれって、連れてくとか、そういう……ゆ、由子さん!?」
「それを何よ、三年待ってろとか、いきなり大真面目に言ってくれちゃって……私が、そんなに待てるわけないじゃない!我慢できないよ!キミのこと、襲っちゃうからね!」
「お、襲っちゃうって……わ!」
 いきなりだった。タックルするように、由子さんが飛び込んで来た。僕の胸に。
 思わず受け止めて……そして、頬を膨らませた彼女が僕を見る。
「ね、一緒に探そうよ。二人で、一緒にさ。私だって、近付けるから。キミが来るの、待ってるだけじゃないから。そんなの、イヤだしさ。それに、それに……」
 目の前に、彼女がいる。
 こんなに近くに、彼女がいた。
 何か言おうとして……適当な言葉が見つからなかった。
 由子さんも同じらしかった。僕と同じに、言葉を見つけられない。
 僕らは見合った。互いのそれに気付いて、それで……笑う。
 そうだ。言葉なんて必要なかった。
 抱き合って……そして、唇を重ねる。
 そう。
 見つからないなら、探せばいい。
 二人で、一緒に探せばいいんだ。

 ここにいる。腕の中に。 
 僕の大好きな、彼女がいる。

 


[130]会式一号機なあとがき: 武蔵小金井 2002年09月27日 (金) 19時36分 Mail

 
 
 いえ、本当につれづれなるままにというか。
 秋だなぁ、とか思って……って、あまり関係ないような気もしますね(笑)。

 先日、そういう場所を覗く機会があって。
 走り回る子供たちに翻弄されながら、ふっと思って。
 気が付いたら、こうなったという(笑)。

 あ、なんだか脈絡なく行きそうなので、今回は短めに。
 お読みになった方には、本当に御礼申し上げます。
 
 とりあえず、それでは。
 
 


[133]それに賭ける漢の夢。: しょうじ 2002年09月28日 (土) 22時30分 Mail Home

ライト兄弟が世界最初の動力飛行に成功してから、また100年しか経ってないんですよね。
それからわずかのうちに、人は音速を超え、そしてついには地球の引力さえ越えていった。

しかしそれでもその根底に流れる情熱は、初めて人が空を飛んだときといささかも変わることはない……

読んでいてそう思いました。

思いさえあれば、きっと由子さんと共に歩むことは可能ですよ主人公くん(笑)。

PS
「鳥人間コンテスト」は毎回見てます。
初期の頃に比べると、回数を重ねるごとに空力的にどんどん洗練されていくのが分かりますね。
「ただ空を飛びたい」
そう願う人の純粋な夢の結晶が翼となって羽ばたくのを見ると、毎回毎回胸が熱くなります。


[135]私の彼は〜パイロット〜♪(違: 武蔵小金井 2002年09月30日 (月) 09時03分 Mail

 こんにちは、しょうじさん。
 御感想、本当にありがとうございます♪

 何だか(最近はどうもそうなのですが(汗))構成も適当にただ詞を並べてしまったような感じがして……「北へ。」っぽい会話シーンとか実験してみたり、読み直して少し反省したりとか……あ、楽屋オチな話ですね(笑

 北のヒロインさんたちで「空を飛ぶ夢」とかのスポーティでアクティブなドリーム(ナニ)を考えると、やっぱり由子さんかなぁ、とか思って(笑)。いや、めぐみちゃんでもいいとは思ったのですが、めぐタンの場合は部屋食事付き永久就職の道がそのままなので……って、あ、脱線(笑)。

 鳥人間は僕も大好きです。昔、一度だけ見に行ったことがあって……常連のチームが舞う姿より、あえなく落下してしまう奇怪な設計の飛行機がやっぱり(笑)。とはいえその手のはテレビだとダイジェストで1カットなことが多くで残念ですが(笑)。

 本当にお読み下さり感想まで頂けて、ありがとうございました〜♪



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