近未来の地球。
常夏の海。そこに浮かぶ、一つの小さな島。
ヤシの樹が並び、白い砂浜の横たわるそこは、まるで夢の楽園だった。
知る人ぞ知る、リゾート・アイランド。
そこにそびえる大富豪の邸宅で……
今、静かなる警報が鳴り響いた。
「何事かな。」
安楽椅子に腰掛け、新聞を手にして幸せそうに世界情勢をうかがっていた壮年の男性が顔を向ける。
警報の響く自らのテーブルまで歩むと、紳士はそこで何かのスイッチを入れた。
と、壁にかけてある彼の息子たちの絵……その中の一枚が、突如としてスライドする。
その先には、映像を映し出すスクリーンが。
「どうした、ジョン。」
「あ、パパ。大変だよ。どうやら極東海域で大きな事故が起こったらしいんだ。」
「なに?場所はどこだ。」
「うん。パパ、LeMUって知ってる?海洋テーマパークなんだけど。」
「あぁ、もちろん知っている。私も昔行ったことがあるからな。とても奇麗で、楽しい場所だ。」
「そうなんだ、うらやましいな。僕もこんなところで星ばかり見てないで、時にはそういうところに行ってみたいよ。」
「ジョン、それより事故の話だ。LeMUで発生したのか?」
「うん、どうもそうらしいんだ。でも……」
「そうらしい、とははっきりしないな。救援要請は出ていないのか?」
「うん、そうなんだよパパ。事故は確かに起こったらしいんだ。でも、まだ要請も出でないし、第一、緊急救難信号も出ていない。まるで、そういった報告を誰かがこっそり打ち消してるみたいなんだ。」
紳士の眉が吊り上がった。
「わかった。とにかくわかっている限りのデータをこちらに送ってくれ。」
「はいパパ。」
映像は消え、紳士は再びパネルを操作する。
「ブレインズ、すぐこちらに来てくれ。」
「了解しました。」
声だけが聞こえ、しばらくたってその人物が部屋に姿を現わした。
白衣に大きなメガネ、いかにも研究の虫の科学者といった風貌の若い男である。
「ブレインズ、海洋テーマパークのLeMUを知っているかね?」
単刀直入の紳士の問いに、科学者はこれも即答でうなずいた。
「はい、もちろん。最新の対深設計による究極の海洋テーマパークです。コンセプトもそうですが、何より構造が素晴らしい。あれだけのものを作るのは並み大抵の設計では無理ですよ。私もかねがね……」
「その話はあとで聞かせてくれ。とにかくブレインズ、LeMUで何か大きな事故が発生したらしい。五号がキャッチした通信記録のデータがそれだ。分析してみてくれないか。」
「わかりました。ふむふむ……」
打ち出されるテープを眺めていく科学者。
やがて、その顔が青ざめたように持ち上がった。眉が吊り上がる。
「大変です、トレーシーさん。こりゃ一大事だ。すぐに対応しなきゃ。」
「どういうことかね、ブレインズ。わかるように言ってくれたまえ。」
「はい。あくまでも推測ですが、おそらくLeMU内の気圧変化によって、大規模な浸水事故が発生したようです。現在LeMUと地上のつながりは絶たれ、隔壁はすべて閉鎖中です。」
「なに?それで中にいた人たちは無事なのか?」
科学者の吊り上がっていた眉が降ります。
「あ、それは大丈夫そうですよ。これによると、ほぼ全員が脱出したと記録されていますから。」
「それなら安心だが……」
と、そこへ突然、先程のスクリーンにまた映像が。
「大変だよ、パパ!」
「どうしたジョン。何かあったのか?」
「うん、今LeMUのスポンサー企業の秘匿通信を傍受したんだけど……」
「またお前はそういうことをしているのか。いくら宇宙勤務で暇だとはいえ……」
「あ、ごめんよパパ。でも、それが大変な内容なんだ。実はLeMU内に、まだ逃げ遅れた人が残っているって……」
ぐいっと紳士の眉が吊り上がります。
「なに?本当かそれは。」
「うんパパ。でも、それがどうしてかわからないんだけど、その人たちのことを隠しておくってことになったらしいよ。報道管制もひかれてる。救助もしないみたいなんだ。」
「何と言うことを。ううむ……」
考え込む紳士。と、再びパンチテープを見つめていた科学者が。
「大変です、トレーシーさん!このデータによれば、LeMUの隔壁は水圧によってじきに圧壊します!そうなったら、LeMU全体が崩壊し、未曾有の大惨事に……」
「大変だパパ、それじゃ逃げ遅れた人たちは助からないよ!」
くわっ。まるで電灯のように目が輝くパパ……紳士。
「わかった、出動だ。」
「でも、救難依頼が……」
「構わん。そこに、助けを求める人々がいる。それを隠匿しようとする政府その他の機関が存在するからこそ、我々のような超法規的な独立救助隊が必要なのだ。国際救助隊は、ただ今よりLeMU事故の遭難者救出に出動する!」
パチンと、スイッチを入れるパパ。
途端、壁にかけてあった残りの息子たちの顔がスライド。その下から、ブルーのスーツを着用した彼らの顔が現われる。
「ブレインズ、君はLeMUの設計段階からさかのぼって、事故の原因調査にあたってくれ。」
「わかりました。」
「ジョン、お前は情報の収集だ。何者かが隠匿しようとしているデータを逃すな。」
「はいパパ。」
スイッチを操作。壁の写真の瞳がピカピカと点滅します。
「どうかしたのパパ?」
「うむ。海洋テーマパークのLeMUで大事故が発生し、逃げ遅れた人が中に取り残されている。国際救助隊、ただちに出動だ!」
「了解、パパ。」
「こりゃ大事件だ、急がないと。」
「やった!久しぶりに僕の四号の活躍だ!」
「ミンミンとのデートどころじゃないな、トホホ。」
彼の自慢の息子たちが、それぞれ部屋に現れ……壁のリフトに飛び込んでいく。
揺れ動く島。リゾートの外観が、見る見る変貌する。
割れるプールから発進するロケット。凄まじい速度で天に消える。
ヤシの樹が倒れ、そこに滑走路が。巨大な輸送樹が現われ、轟音と共に飛び立っていく。
ここは南海の孤島。
島一つをさる大富豪が購入し、自らのリゾートとした夢の楽園。
そこには彼と五人の息子、そして身の回りの世話をするわずかな人々しか暮らしていない。
世捨て人のようなその生活を、ある者は怠惰と笑い、またある者は金の浪費だとあざけった。
だが……真実は誰も知らない。
彼らこそが、国際救助隊「サンバーダード」であることを!
「……とゆーお話なんでしたぁー。ねぇねぇ、どうだったかなぁ?おもちょろかった?」
「うーん……ちょっちインパクトが弱いかも。」
「サンバーダードネタじゃね。すこーし古すぎるでござるよ。」
「えぇー、そうっかなぁ……」
「私は、つまらなくもなかったけど。でもココ、よくそんな話知ってるわね。マニア?」
「あー、つぐみんありがとう!よかったねぇ、ピピ!」
「ワンワン!」
「大変面白いお話でした。それで、ココちゃん。続きはどうなるのですか?」
「うーんとねー、ピューっといちごーが飛んで来てぇー、『これは大変だ、すぐにでもあの人たちをたすけださないと!』って言うの!」
「それからどうなるんだ?」
「次はにごーさんが来て、よんごーコンテナを海にどっぼーん!」
「へぇ。」
「するとー、その中からばびーんってよんごーが出てきて、めったに活躍できないごーどんさんが、もういさましくずばばばーんって海にもぐるの!」
「わぁ……」
「でもねぇ、そこで必ずまた事故が起こるんだ。それでサンバーダードのみなさんと、ココたちもそろって大ピンチ!あわわ、予定よりもあっかいが迫ってます!きゃー水だ、たすけてぇ!」
「そ、それで?」
「でもでも、そこですっごーいアイディアがぴぴゅーんってひらめくの!それでね、どりょくとこんじょーで、ココたちは無事に助かるの!ありがっとー、こくさいきゅーじょたい!たったらら〜、とぅるるっとーたったらたったった〜♪たったらた〜、とぅるるっと……」
ここはLeMU。閉じ込められた七人。
並んだ飲食物。ささやかな、最後のパーティ。
それでも、彼彼女らの瞳の明るさは消えません。
希望を信じて。
光を求めて。
LeMU崩壊まで、あと……