北の街、小樽。
多くの愛すべき街並みを有する北海道の中でも、指折りの歴史と文化を誇る港町。
流れる運河と並び立つ倉庫。そして、きらめく硝子の輝き。
そんなロマンティックな街の片隅で……今日もまた、小さな出会いが生まれようとしていました。
「まったく……何をしているのかしら、私は……」
少女のつぶやきが、運河を流れる午後の風に運ばれていきます。
スラリとした長身。後頭部で結ばれた、長く美しい二又の黒の髪。通りすがる人々が、思わず振り向くほどの見事さです。
でも、それだけではありません。均整ある面立ち、しなやかで張りのある四肢の美しさ……比べると地味な洋服にも関わらず、それらが少女の容姿をことさら際立たせていました。
光り輝く……それとは少し違う、そう、月の光を浴びてきらめく硝子細工のような、鋭利な輝きを放つ美少女。
寿々奈鷹乃、十九歳。
自嘲するような笑みが、その口元に浮かびます。
「何をしている、か……」
ずっと、聞かされ続けた言葉。それから離れたいと思った言葉。
でも、実際に距離を置いてみても……それがまだ、心を重くしています。
寿々奈さん、首を振って……鋭い瞳で、辺りを見渡しました。
「わかっているわよ……そんなこと。下らないことだって、理解できる……でも……」
意識しないまま、胸元の……銀の鎖に触れる手。
そこからこぼれ落ちた小さなきらめきを、ギュッと握り締めました。
悠久の歳月を、ゆっくりと流れて来た運河。その雄大な景色に、彼女の瞳がかすかに震えます。
身を翻して、寿々奈さんは……運河通りから、路地へと歩み去りました。
後ろ髪をひかれる……そんな形容のままに、少女の横顔……せつなげなそれが、消えて行きます。
人影の少ない路地を歩んでも、心の思いは消えませんでした。
いや、むしろ静かであればこそ、重く心にのしかかって来ます。
どうしてそうしなければならないのか。
そうまでする価値があるのか。
自分を曲げてまで、到達する意味があるのか。
プライド?誇り?信念?
それを犠牲にして得たものに、意味があるのか。
「そこまでして……私は……進みたいなんて……」
思わない……?
本当にそうなのか。それが……まだ、わからない。
思えば、当初は自分でも冗談めかしていたそれでした。でも今となってみれば、そのことがもっとも重要なものになっています。
たった一つの決断で、手に入るもの。そう、簡単なこと。
「でも……」
それをしてしまったら、自分はどうなるのか。もしも、それをして……結果に、後悔してしまったら。
すべてが終わってしまうかもしれない。自分の今までの、何もかもが。
それが……
「怖い……」
身震いし、そして、そんな自分に……寿々奈さんの瞳が険しくなります。
嫌悪感。自分の中の何か、わからない何かが……許せない。
寿々奈さんの拳が握られました。自然と、足取りが早まります。
にぎやかな小樽の通りを彼方に、今また小さな裏路地を曲がって……
そこで、かすかな悲鳴が寿々奈さんの耳に届きました。
紛れもない女性の叫び。そして、下卑た男たちの声。
鋭さを増した寿々奈さんの視線が見据える先に……一人の少女がいました。
青い目をした、美しい少女が。
「だからさぁ、おじちゃんたちといいトコロに行こうって!」
「パツキンの姉ちゃん、おじさん金持ちだよ?お小遣いあげるよー!」
にぎやかな表通りに比して、バーの並ぶその場所は人通りもありません。
午後の下り、まだ日も高いと言うのに……泥酔している二人の男が、一人の少女を囲んでいます。
目立たない単色の衣服に、大きな紙袋。それでもなお、その少女は異彩を放っていました。
白い肌。ほっそりとした腕と指先。そして、青い瞳と……何よりも見事な輝きを放つ、黄金色の髪。
クセのある髪を、無造作に縛っただけの髪型も……その少女の美しさを隠すまでにはいたっていません。
「ね、どこの店で働いてるの?おじさん、チップ、メニーマッチだよ?」
「や、やめて……ヤメテクダサイ……!」
酒臭い息を吐いて、自分に迫って来る二人の男に……少女は、悲痛な表情で首を振ります。
抗う、たおやかな腕。きめこまかな肌が上気し、必死の姿勢で男たちを払いのけようとします。
そんな彼女の様子に、むしろ調子に乗ったのでしょうか。男たちが……さらに下卑た声を上げて迫ります。
「は、放して……アッ!」
身を揺すった少女の手から、紙袋が落ちて……路上に転がりました。
中からこぼれ落ちる、包装を施されたたくさんの小箱。かすかな、何か涼やかな音が……その場に響きました。
顔色を変える少女に……気にする様子もなく、さらに迫っていく二人。
と、その時。
「ちょっと……待ちなさい!」
鋭い叫びが、男たちを一喝しました。
振り返るそこには、腕を組む長い黒髪の美少女。
毅然とした物腰は、言葉以上の迫力をもってその場を威圧します。
「な、なんだぁ?」
「誰だぁ、お前は。おぢさんたちはぁ、このギャルと楽しく……ひっ!」
有無を言わせぬ、怒りに満ちた眼光が……二人をねめつけます。
「まったく……どこにでもいるのね、最低な男って。人がせっかく観光を楽しんでいるっていうのに、いい気分がだいなしだわ。」
聞く者を心胆寒からしめる冷ややかな声が、現われた少女……寿々奈さんの唇から発せられました。
「な、なんだと……」
「真っ昼間から酔っぱらっているあんたたちは、さながら夏のカメムシね。ところかまわず卵を生みつけたがる……おまけに臭い。さっさとこの場から消えて。目ざわりだわ。」
冷徹な瞳が、男たちを真っ向から射抜きます。
思わず、後ずさる二人。
「な、何を言ってやがるんだぁ、こいつは……」
「そうだぞぉ、おじさんたちはなぁ……」
「フン。その子に絡む様子なんて、さながら餌を見つけたアブラムシかしら。大人だからって、何でも許されると思ってるの?何か文句があるのなら、私が聞くわ。さあ、何なりと言ってみなさい!」
断固たる口調。混沌としていたその場の空気が、凍りつきます。
さらに、その雰囲気に感化されたように……数少ない通行人の視線が、その場に集まり出しました。
「おい、何だかマズそうだぜ……い、行こう。」
「なっ、なんだってんだ……おじさんはな……!」
去り行く、千鳥足の二人組。
それでもなお、奮然として男たちの背を睨みつけている、寿々奈さんです。
「まったく……あっ……」
そこで、残された人物……胸に手をあてて、呼吸を整えている少女に駆け寄りました。
「あなた……大丈夫?あの男たちに何かされなかった?あ、それより……言葉はわかるの……かしら……?」
どう見ても日本人ではない相手に、戸惑う寿々奈さん。
と、金色の髪の少女が、顔をあげて……怯えていた表情を払うようにして、うなずきました。
「ハイ……わかります。アリガトウ……わたし、気を付けて歩いていたのですけど……あの人たち、酔っていたみたいで……」
「ううん、あなたは悪くないわ。それより……怪我はない?」
「ハイ。ダイジョウブです……あっ!それより、荷物が……」
落ちた紙袋と、中から転がった小箱たち。
散らばってしまったそれを、急いで集める二人です。
「汚れてしまっているわね……まったく、あの男たちときたら……」
「いえ。わたしの不注意もありました……重くて、暑かったので……チカミチをしようと思ったのが、いけなかったんです。」
自責の思いにかられているような少女に、苦笑いのような表情で最後の箱を差し出す寿々奈さん。
「はい。でも、これなんかは包装が破れてしまっているけど……中で音もするわ。」
「えっ……」
途端に、心配そうになる色白の美少女。
「貸してみて……くれますか?」
うなずく寿々奈さんから受け取った箱を、じっと見て……少し振ってみます。
カラカラと、軽い音が。それを聞いて、さらに心配そうな顔になり……少女は包装を解きはじめました。
丁寧にそれを解いて……中に入っていた小さな化粧箱を、白い指が開きます。
銀のチェーンが鳴って、持ち上がる光。
夏の日差しの中で……それが、まばゆい光を放ちます。
「あっ……」
それは、細工物のペンダントでした。曲線を描く、半透明の硝子細工。
少女は、それをじっと見て……次に日にかざすと、四方から見定めていきます。
青い瞳には、今までの彼女には見られなかった……何か、別の様相が宿っていました。
その真剣な様子に、声をあげかけた寿々奈さんも黙して待ちます。
「よかった……」
安堵の声と共に、少女が胸を撫で下ろしました。
「壊れていなかった?」
「ハイ。固定するピンが外れていただけで……ダイジョウブみたいです……」
「そう。よかったわね。それは……ペンダントかしら?」
「えっ……はい。そうです。あの、よかったら……見てくれますか……?」
はにかむように、差し出されるペンダント。寿々奈さん、うなずいて受け取りました。
鎖を掲げ、先程の少女のように、光にかざすようにして見つめます。
その一瞬、寿々奈さんの大人びた横顔が……無垢な少女のようにほころびました。
「この形は……スズランなのかしら……?」
つぶやきに、少女がうなずきます。
「でも、スズランは赤くないわ……」
「えっ……」
思わず、声を失う少女。ですが、その前で……寿々奈さんの口元が、かすかに緩みます。
ペンダントを見つめる瞳が、紅の硝子の輝きを受けてきらめきました。
「……でも、とても奇麗。薄緑色の茎と葉、真っ赤な花……たおやかだけれど、決して折れないような強さ……ひたむきさを感じるわ。心の……ううん、情熱の赤い色、かしら……白いスズランに秘められた、本当の色……魂みたいなものをあらわしているよう……」
そこで、ハッと気付いたように顔を上げる寿々奈さん。
目の前に、驚いた顔でこちらを見つめている金髪の少女。
寿々奈さん、思わず頬を染めます。
「ご、ごめんなさい、見せてもらっただけなのに……どうもありがとう。」
硝子細工を受け取って……少女がほほえみました。
「いいえ。お礼を言うのはこちらの方です……このペンダント、キレイだって誉めてくれて……アリガトウ……」
「そ、そんなこと……でも、ありがとうって……」
「わたし、硝子職人なんです……このペンダントは、わたしが作ったものです。だから……あなたのカンソウが聞けて、わたし……嬉しいんです。アリガトウ……」
自分とそれほど歳の変わらないような……いえ、むしろ歳下にすら見える相手の言葉に、驚く寿々奈さん。
「そ、そうなんだ……」
「あなたは……こういったアクセサリー、お好きなのですか?」
まだ驚きを隠せないでいる寿々奈さん、曖昧にうなずきました。
「え、ええ、わりと……後輩、いえ……友達と、ファンシーショップに行った時なんかは、よく見ているわ。でも、私が欲しくなるようなものは、大抵値段が高いから……あまり買わないけど。」
「まぁ……でも、そうですね。こういったものは、ネダン、高くなってしまうんです……ごめんなさい。」
「そ、そんな。謝らないで……それこそ、あなたのせいじゃないわ。」
面食らったような寿々奈さんに、笑顔に戻る少女です。
「ごめんなさい。あ……また、謝ってしまいましたね。フフ……」
そこで、ふっと思いついたように表情を変えました。
「そういえば、まだ名前、言っていませんでした……ごめんなさい。わたしは、ターニャ・リピンスキーといいます……ターニャと呼んで下さい。」
「私は……寿々奈鷹乃。」
「スズナ……?」
「鷹乃でいいわ。その……ターニャさん?」
寿々奈さんの発音に、ターニャさん……微笑して首を振ります。
「ターニャでいいです。でも、スズナというのは……ニッポンの、植物の名前ですね。」
「え……?そ、そうだけど……」
「スズナ……キレイな名前です。確か……春のナナクサですか?」
「そうね……すずなはカブのこと。でも、それは野菜よ。」
「野菜でも、美しいものは美しいです……ニッポンには、美しい名前がたくさんありますね。」
その単語に、何か大きな意味があるように、大きくうなずくターニャさん。
「あ、ありがとう……自分の名前を、そういう風に考えたことはなかったわ。」
「モノにかぎらず、言葉や、歌や、音楽や……ニッポンの漢字も、わたしは好きです。ベンキョウが足りなくて、まだタクサンは書けませんけど……そういった、この国の美しいものたちにふれることは、とてもいい経験になるんです。」
相手と……そして自分に言い聞かせるような、ゆっくりとしたターニャさんの言葉。
それを聞いた寿々奈さん、照れたように……小さく、肩を持ちあげてみせました。
「なんだか、くすぐったいぐらいだけど……日本人として、嬉しいわ。でも、あなた……急いでいたのではないの?」
「あっ……そうでした。これを、持っていかないと……」
「でも、重そうね。よかったら私、手伝いましょうか?」
「えっ……いいのですか?スズナは……ヨウジ、ないのですか?」
それを聞いて、笑って首を振る寿々奈さんです。
「ううん。私、今日は一日オフだから。あらかた観光も終わってしまったし……あなたさえよかったら、手伝わせて。」
「あ……はい。アリガトウ……」
ターニャさんの手から、紙袋を受け取る寿々奈さんです。
「どこに行けばいいの?さすがに、地元じゃないから……」
「はい、アンナイします……すぐ、向こうです。」
うなずきあい、歩き出す二人。
小樽の街に、ゆっくりと消えて行きました。
夕暮れ。
小樽の街並みと、遥かなる異国へとつながる港。
それを見下ろせる、展望台と一体になった公園。
紅に染まったそこに、二人がいました。
交わされる、軽やかな会話。
「……スズナは、キセキが好きなのですね。イシのクラ、行きましたか?」
「もちろん。とても楽しかった……前から小樽に憧れていたけど、一番行きたいのがそのお店だったの。時間を忘れて、見入ってしまって……まわりのお客さんに、おかしな顔をされたわ。」
「まあ、うふふ……」
「でも、硝子工房も素敵だった……北一硝子、大正硝子館、それに……さっき見せてもらった、あなたの運河工藝館……どれも、とても美しい輝きに満ちていて……職人さんの熱意が、伝わってくるようだったわ。ああいった場所で仕事ができることって、とてもうらやましい。」
「アリガトウ……嬉しいです。」
「もっとも、おかげでけっこうお金も使ってしまったような気がするわ。特別に気に入ったものだけ買ったのだけど……来月は倹約しなきゃ。」
言いながら、ポケットの中から小さな袋をいくつか取り出してみせる寿々奈さん。
青、緑、橙……中に収められた貴石や硝子細工を、確かめるように。
「あ……スズナ、それは……?」
ふと取り出した、それらの戦利品の中に……銀の鎖のついたペンダントを見つけるターニャさん。
「あ、これは……買ったものじゃないの。前から持っているものだから……」
「キレイですね……見せて、もらえますか?」
「えっ……ええ……」
どこか、ためらうようにして……それでもうなずき、ターニャさんの手にそれを渡します。
銀の鎖のついた、紫に輝くペンダント。
夕焼けの光を受けて、それが……とても美しく輝きました。
「アメジスト……」
「ええ、そう……でも、たいしたものじゃないから……」
「いいえ……これは、とても良いものです……カットされた面も、テイネイで……紫の色あいと、クッセツする光の輝きが、とても見事にチョウワしています……」
一つ一つ、確かめるように語るターニャさん。
「スズナ。これはどこで作られたものか、わかりますか……?」
「あ……ううん。わからないわ。ずっと、小さかった頃に……もらったものだから。」
「そうですか……でもきっと、腕の良い宝石職人の手で、とてもテイネイに仕上げられたものだと思います。一面一面の磨きかたも、素晴らしいものですから……」
差し出されるペンダントを、受け取る寿々奈さん。
「そ、そうなんだ……」
「はい。それに、ニッポンでは、紫はとても高貴な色です。スズナの美しさに、とても栄える色だと、わたしは思います……」
「そ、そんな……私が……」
「いいえ。スズナは、見ず知らずの土地で、わたしを助けてくれました……とても、心のキレイなひとです。そのアメジストも、きっと……スズナの心を映し出して、それだけキレイに輝いているのではないでしょうか。」
口にするのもためらってしまうような、賛辞の台詞。
それを真顔で口にされて、思わず頬を真っ赤に染める寿々奈さんです。
向き直った先の、海に沈む夕焼けのように……赤い、彼女の横顔。
「あ、ありがとう……でも……」
ふっと、その横顔に、小さな何かが横切ります。
「でも、これは……私にとって、枷でもあるの……」
「カセ……?」
「そう。私には、父も母もいない……幼い頃に、二人ともいなくなってしまったの。育ててくれた叔父夫婦が、今の私にとって親代わり。だけど、このペンダント……これは、父が……本当の両親が残してくれた、たった一つの品物。でも、それは同時に、ずっと忘れたいと思っている、私を捨てたあの人たちの思い出……」
遠い記憶。夕焼けに照らされた寿々奈さんの瞳が、朱に輝いていました。
「だから、これは枷なの。お前は捨てられた子なんだ……いつも、私にそう言い聞かせる、ね。フフ、そんな物を肌身離さず持ち続けているのも、変な話だけど。」
告白。今まで誰にも、決して口にするはずもなかった、心の思い。
「あっ、ごめんなさい。あなたには関係ないことだし……わけのわからないこと、言ってしまったわね。忘れて。」
苦笑いする寿々奈さんに、ターニャさんが、ゆっくりと首を振りました。
「イイエ……でも、スズナ。そのペンダントは、あなたにとってカセであるのかもしれないですけど……キズナでもあるのではないですか?」
「えっ……」
驚いて、見返す寿々奈さん。
夕日の中で、ターニャさんはほほえんでいました。
「あなたのご両親が、どんな方々だったのか、わたしは知りません……でも、きっと……心のどこがで、スズナのことを大切に思っていたはずです。自分のコドモなのですから……だから、そのアメジストの光は、あなたのリョウシンが、あなたを愛してくれていた証……キズナ、そうなのではありませんか?だから、スズナもそれを、タイセツにしている……」
「か、勝手なことを言わないで……私のこと、何も知らないのに。あんな人たちのこと、私は……!」
思わず、語尾を荒げる寿々奈さん。ターニャさんが、うつむきました。
「ゴメンナサイ。よけいなコト、言いました……」
「あ……そんな、私の方こそ……」
恥じらうターニャさんに、悔いるように唇を噛む寿々奈さん。
手にした紫水晶を、じっと見つめて……そして、瞳を閉じました。
様々な記憶、今までの日々が……彼女の心を過ります。
「でも……ううん、そうね。きっと、あなたが正しいわ。私がこれを捨てられないのは、両親への思いを断ち切れないから……過去がどうあれ、親は親だもの。私にとって、かけがえのない両親……そういうことね。」
「スズナ……」
「ありがとう。不思議だけど……逢ったばかりのあなたに、そう言われて……はじめて、納得できた気がする。叔父夫婦には感謝しているし、愛しているけど……本当の両親のこと、忘れることはできないのね……」
心からの笑み。そして、二人に流れる夕凪の風。
北の夏を伝える風は、冷ややかなようでいて……どこか、暖かいそれでした。
「綺麗な夕焼け……」
寿々奈さんが、長い髪を散らして街を見下ろします。
「ホントウに、そうですね……」
ターニャさんもまた……金色の髪をかきあげて、美しい夕日を見つめました。
「そうだ……ね、よかったら夕食、いっしょにどう?時間があったらでいいけど……」
「エッ……?」
「せっかくだし……いいお店、ないかしら。話も聞いてもらったし……私が、御馳走するわ。」
「はい……嬉しいです。」
快く承諾するターニャさんに、寿々奈さんも嬉しそうにうなずきました。
丘の公園から、長い影のシルエットが消えて行きます。