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ダレモイナイ コウシンスルナラ イマノウチ(ペ∀゚)ヘ
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[111]SS『拈華微笑』≫メモオフ2&すべF: 武蔵小金井 2002年08月20日 (火) 00時07分 Mail

 
 
 スコットランドの、暮れなずむ高地。
 ハイランドの名にふさわしく、緑の山々に沈む太陽は大きく美しかった。
 そんな黄昏の地に、二人がいた。
 白い洋服の、ふたり。
「ねぇ、つばめ。そろそろ日が暮れるよ?」
 便宜上、ミチルと呼ぶ……ことになった少女が、前を歩く相手に声をかけた。
 背後から見ると実に特徴的な髪の女性が、振り向きもせずに答える。
「それでいいのよ。だって、私……それを待っているんだから。」
 南つばめ。揺れるふたふさの髪が、その視線を隠していた。
 背後から少しだけ覗くことのできる口元が……ほんのわずか、緩む。
「えっ……?それ、どういうこと?」
 次第にぼやけはじめる、周囲の輪郭。
 道なき道の続く丘を越える途中で、ミチルは立ち止まった。
 怪訝な顔で、先をのんびりと進むつばめを呼びとめる。
「つばめ、待ってよ!理解できない……どういうこと?」
 少女の右手が、頬にかかる自分の黒髪を払う。
 足を止めた少女に気付いたのか、つばめもまた、歩みを止めてふりかえった。
「どうしたの?急がないと、時間がなくなっちゃうわよ。」
「時間って、なに?第一、どこに向かってるの?つばめが泊まってる町じゃないの?」
「質問ばかりね……ついてきたのは、ミチルの方だと思ったけど。」
「えっ……だって、つばめが『いいトコロに連れてってあげる』って、言うから……」
「それなら、黙ってついてくること。もうすぐだから。」
 諭すようなつばめの物言いに、ミチルはさらに不愉快そうに髪を散らせた。
「じゃあ、せめてどこに行くのか教えてよ。それならいいでしょ?」
「いいけど……」
「どこ?」
 興味津々で尋ねるミチル。まさに好奇心が具現したかのようなその表情に、つばめは指で先を示した。
「……あっち。」
 その口元が、ほんの少しだけ持ち上がっていた。


 とっぷりと暮れた空。
 どこかで野犬の吠える声がしそうな、スコットランドの奥地。
 夜の陰りに包まれた大地を、冷たい風がなぶっていた。
 そして、いまだに歩き続けている影か……二つ。
「つばめ!つばめったら……もう私、帰るよ!」
 怒りに満ちた、ミチルの声。
 どこまでも端正な……色白の美少女であるがゆえに、頬をふくらませる仕草もどこか可愛らしい。
 もっとも本人にしてみれば、とうに我慢の限界など通り過ぎていたのかもしれないが。
「……えっ?」
 またかと、振り返るつばめ。
「ねぇ、もうすぐなんだけど……」
「だから、どこに行くのかわからないよ!地図もないし……季節が夏だからって、ここはスコットランドで、日本じゃないんだよ?平均気温は13.9度!緯度だって+10度以上離れてるんだから!」
「ふぅん、そうなの。それは少し寒いわね……でも、こんな時間の風もいいものよ。ほら、谷を越える風が鳴ってる。北海を横断してきた風が、ここまで届いているのよ……そう思わない?」
 理と文。それが示唆に富んでいたかどうかはともかく、まぎれもなくその分野の才媛たる二人が見つめあった。
 と、そこへ……別の風が、ふっと吹きつける。
「あ……!」
 その風を受けて、晴れやかな……嬉しそうな表情になって、茂みの中に駆け出すつばめ。
 驚くのは、ミチルだった。
「ど、どうしたの?待ってよ……つばめ!」
 無邪気に緑の奥へと消えていくつばめ。それを見て、心細くなったのだろうか……ミチルもまた、帽子を押さえるとその後へ続いた。


 黒い緑。薮のような膝までの草木。
 そういう場所を通るに適した格好……では決してない二人が、そこを進んでいく。
 そして不意に、眼前が開けた。
 つばめの足が止まり、そして少し遅れて、ミチルがそこにたどりつく。
 その青い瞳が、驚いたように見開かれ……目の前を凝視した。
「これ……海……?」
 そこにあったのは……見渡す限りの、水面だった。
 夜が訪れ、月が照らす場所。
 起伏豊かな山々と小高い丘陵に囲まれた、そこに……一面の、輝く世界があった。
 あまりの光景に立ち尽くすミチルを……つばめが、楽しげに見やって首を振る。
「残念、不正解。海じゃないわ……ここは、湖。」
「みずうみ……海じゃないんだ?」
「うん。いつもは深い霧が張ってるらしいけど。結構、有名な湖なのよ。」
「湖……水の海だから、みずうみなの?」
「そういう説もあるかな。だとすれば、海っていうのもそれほど外れてないのかもしれないわね。」
「ふぅん……湖か……」
 ミチルは感心したように、じっと水面……いや、湖面を見つめた。
 月の光に照らされて、暗いながらも……発光しているような、そのみのも。
 静寂に包まれたそこは、どこまでも神秘的だった。
「奇麗だね……」
「そうでしょう?やっぱりスコットランドに来たら、ここには来ないと。」
「そうなんだ。私、ヒースの花畑にしか興味がなかったよ。でも、この湖も奇麗だね。」
「あら、ヒースだったらここの湖畔にも生えているわよ。どこにでもあるんだから……ヒースのお酒って、飲んだことある?」
「ヒースのお酒?ううん……知らない。おいしいの?」
「味は、ちょっと複雑かな。ヒースのお風呂もあるんだよ?」
「へぇ……そうなんだ。」
 つばめの話に、感心したようにミチルが唸った。ひけらかすでもなく自然に語るつばめの口調は、どこか教師というより……母親のそれに近かったが、それは二人にとってあまり意味のないことだったのかもしれない。
「でも、夜の湖って面白いね。水も冷たいし……」
 いつのまにか、ミチルは靴を脱いでいた。小さな岩場から素足をさらして、湖面を揺らしている。
「そうでしょう?でも、これからもっと面白くなるわよ。」
「えっ……?」
 振り向くミチルの前で、つばめは取り出した何かを掲げてみせた。
 いままでどこに持っていたのか、白いビニールの袋を。
「それ……なに?」
「もちろん、花火よ。」
 力強く言い放つ、つばめだった。


 スコットランドの湖畔。
 夏とはいえ、とても奇妙な光景がそこにあった。
 細長い湖のほとりで、輝く……小さなあかり。
 まるで……そう、線香のような、ほのかな輝きだった。
「あ……また落ちた。」
 長い髪の少女が手にした光が、フッと落ちて、消える。
「うん、また私の勝ちね。」
「ずるいよ。私、花火なんて初めてなんだから……第一、これっていいかげんだよ。理屈はわかるけど……同じのを使ってやらないと、競争にならないよ。」
 手にしたこよりの先端を、うらめしそうに見つめて……ミチルが文句を言った。
 つばめは、目の前で消えていく最後の輝きをじっと見つめて……ミチルに笑った。
「だから、先が大きいのを選ぶのがいけないのよ。線香花火ってね、奥が深いんだから。丸まって、弾けて……そこのタイミングが大切なの。」
「でも、小さいのはすぐに消えちゃうよ。それじゃ、勝ちじゃないんでしょう?」
「うん。もう一度火がつくようなのはダメ。だから、その兼ね合いが難しいんじゃない。」
「それなら、ちゃんと計算して作った方がいいよ。一番バランスのいい分量と紙の長さを計算して、それで花火を作ればいいじゃない。」
「面白いわね、それ。でも危ないわよ。子供の火遊びは。」
 言いながら、新しい線香花火を手にするつばめ。
 ろうそくの火から、それを灯す。
「あ、ずるいよ……待ってよ!」
「お先に失礼。早くしないと、なくなっちゃうよ?」
「も、もう!ずるいよ、つばめは歳上ぶって……」
 線香花火の束。どれだけあるのか、束になって地面に置かれたそれの中から、一本を取りあげるミチル。つばめを追いかけるように、火を灯そうとして……急ぎすぎたのか、ゆらゆらと揺れて火がつかない。
「ほら、焦らない焦らない。ゆっくりね。」
 あきらかに不機嫌な様子のミチルは、唇を結んで非難の視線だけを送り返した。
 やがて、何とか火がついて……
「わぁっ、大きいよ……今度の。」
 チチチチチ。ミチルの手元にまで弾ける、金色の輝き。
「本当、すごいね。」
「今度こそ……落ちないで、願いが叶うかな?」
 期待をこめた、ミチルの言葉。つばめがうなずく。
「うん、慎重にね。揺らさないで、ほら……」
「う、うん……」
 真剣な顔のミチル。ほっそりとした白い手に摘ままれた線香花火は、最初の輝きを終え、新たに弾けはじめていた。
 松葉のように、細く散る美しい光。
 そして、それをじっと見つめる……二人。
 ゆっくりと、次第に、金の輝きが弱まり……
 ザワッ。
 突然のさざめきが、二人のたたずむ湖畔に走った。
 風……それとは少し違う、確かな空気の動き。
「……えっ?」
「なに……?」
 二人が顔を向けた、その先は……湖だった。
 その、遥かなる湖面に。
 月の光の下に、
 ほのかに、白く……
 何かが、いた。

 波が揺れ、影がのびる。
 そして、近付いてくる。
 二人は、ただ……それを見つめていた。
 現れたそれが、眼前を横ぎり……ゆっくりと去って行くのを。
 そして、再び……
 風が、二人の世界に吹く。

 穏やかで、幻想的な、そんな風だった。
 この場にいる二人の存在こそ、そうであると主張するような。

 どちらからともなく、吐息が散った。
「……行っちゃったね。」
「そうね。もしかしたら、花火に誘われたのかもしれないわね。」
 顔を見合わせた二人。しばらくそのままで……そして、同時にプッと吹き出す。
 おかしそうに、楽しそうに。
 今、見たものは何だったのか。どこから来て、どこに行ったのか。
 本来ならば、そういう問いかけをぶつけあうのが当り前なのかもしれない。
 だが、笑いあう二人にとって……そんなことはもう、どうでもいいかのようだった。
「あっ、花火……消えちゃってる。」
「落ちたのかな?」
「わからない……できたのかな。」
 考え、見つめあう。
 そしてまた、互いにクスッと笑った。
 目で見て確認しなければ、信じられない?
 二人の目が、そう言っているようだった。 
「それじゃ、残念だけど……花火もおしまい。」
「うん、そうだね。霧も出てきたみたいだし……」
 先程までの晴れやかな夜がうってかわり、濃い霧がたちこめはじめていた。
 霧に包まれた、湖。
 二人は、片付けを済ませて立ち上がった。
「ねぇ、つばめ。面白いね……世界って。」
「そうでしょう?まだまだ、もっと面白いことがあるわよ。」
 ミチルとつばめ。二人が笑った。
 晴れ晴れとして、とても可愛らしい、そんな笑顔だった。



「……それって本当ですか、先生?」
「何よ、その疑わしそうな顔は。」
 ソファに腰掛けたつばめが、非難ありげな視線を巡らせる。
 小さなリビング。二人分のティーカップを並べていた青年が、複雑に表情を変化させた。
「いえ……でも、それで、その後どうしたんですか?地元の人とか学会とかに報告しなかったんですか?」
「しないわよ、そんなこと。どうして?」
「だって、大ニュースじゃないですか。謎の生命体との接近遭遇なんて……BBCとか、飛びつくんじゃないですか?」
「そうなの?でも……いいじゃない、別に。」
 興味なさそうなつばめの物言いに、青年は呆れたように肩をすくめた。
「まぁ、確かにネス湖の怪獣話なんて、古すぎるような気はするけど……」
「何か言った、健くん?」
 少し語尾が持ち上がる。青年は、慌てたように首を振って話題を切り替えた。
「そ、それより先生、その子とはそれからどうしたんですか?」
「どうもしないわよ。しばらく一緒に旅をして……会話らしい会話も少なかったけど。」
「日本での住所とかは?聞かなかったんですか?」
「うん、そうだけど……どうして?」
 青年は再び肩をすくめた。それを見て、つばめが眉をひそめる。
 こういった彼の態度を見慣れているからだろうか。しばらくして、つばめはつぶやいた。
「拈華微笑……そういうことよ。」
「……?何ですか、それ?」
「勉強不足。健くん、そんなことじゃ今年も……」
「あっ、と……お!そろそろ予備校行かなきゃ。」
 何かが始まると察したのか、青年が逃げるように隣の部屋に消える。
「ちょっと、健くん……」
「先生も、遅れないで下さいよ。それじゃ、お先に!」
 振られる片手、閉じるドア。それを見送って、つばめは静かに息を吐いた。
 そして、見つめる。
 テーブルの上に乗せられた、黄色いレモン。
 小さな赤紫の花が、そこに添えられていた。 
 
 


[112]白いあとがき: 武蔵小金井 2002年08月20日 (火) 00時18分 Mail

 
 …………脳涼。

 脳を冷まそうと思って、涼しい夏を思い……出したりして(笑)。
 それならば、クールビューティだろうと思って。先日の某所でのお話で「F」について、また少し考えてしまっている自分がいて。
 おまけに、白い少女フェアをここらで閉じておきたくて。

 それでという内容ではありませんが。その、前に記した「花と風の邂逅」という短編のおまけというか……パロとでもいうべき内容です。
 結果、Fのミチル編をプレイしてなおかつそちらをお読みになっていないと……という、はなはだ作者独り善がりな文になっています。ごめんなさい。
 うーむ、一期一会を描いてみたかった前作を、何だか自分自身で茶化していますね(汗)。
 でも気が付いてみれば、二人のお話をもう少し見てみたい自分がいたり。
 ならばと、何だか考えてみたり。
 まだまだだなと思ったり、それがどこか嬉しかったり。
 
 とりあえず、ミチルさんについては……ちょっと大それたことを真面目に考えていたりします。
 もう少し涼しくなったら……形にしてみたいな、とか。
 (イエ、イワユル需要トイウカ……ナニガドウナノハワカッテイルノデスガ、ソコハヤハリカンガエズニ(笑))

 えーっと、「白い少女フェア」は、一応これで終幕ということで。
 気付いてみればこれを含めて4本……多いか少ないかはともかくとして、私的に楽しかったです。トコ夏開催が響いたような気もしますし、かえって無理が祟ることがなくてよかったような気も(笑)。
 あくまでも脳内フェアでしたが、万が一にでも気にして下さっていた方がいらっしゃったとすれば、本当におつきあいありがとうございました。どれか一つでも、お気に召した作品はあったでしょうか。だとすれば、とても嬉しいです。

 それでは。お読みになった方がいらっしゃれば、本当に感謝を。



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