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Dream On!

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いわゆる残虐・成人指定系の描写が過度な物語の投稿は危険です。
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ダレモイナイ コウシンスルナラ イマノウチ(ペ∀゚)ヘ
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[100]SS『八月某日・某所にて(前編)』≫メモオフ2: 武蔵小金井 2002年08月07日 (水) 14時56分 Mail

 
 
「はおっ!」
 いつもの挨拶。それと共に彼女が待ち合わせに現れて、どれくらいたっただろう。
 僕たちは今、とんでもない場所にいた。
 そびえる天井。遥かに続く、机の大地。
「あーっ、もうチラシってうざーい!イナ、私がこっち片付けるからさ……椅子下ろして、荷物開けてくれる?」
 肩をすくめて、ととが僕に言った。曖昧に頷くと、サンクス、と片目を閉じる。
 悪い気はしなかった。たとえ彼女が……ととが、僕のことをどう思っていようとも。
 とと……飛世さんが僕を誘ったのは、二、三日ほど前のことだった。突然の電話に驚く僕に、週末は暇かと尋ねられて……暇だと答えた。その結果だった。
 もちろん、言うほど暇じゃなかった。講習もあるし、バイトもある。
 だけど、とと……彼女の声が聞けて嬉しかった。しかも、いっしょにどこかに行けるらしい。それだけで承知するのに十分だった。
 そう、あれだけの約束を交わしても……やっぱり僕は、彼女のことが気になっているんだ。
「よーし、設営終わりっと!ありがと、イナ。あーあ、やっぱり男手ってあると違うなぁ。」
 うーんと元気良く伸びをして、ととが僕に笑った。そんな仕草も、何だか新鮮だった。
「そうかな?役に立ってる?」
「もちろん!荷物運びとか、いつもは劇団の子とかといっしょにしてるんだけど……やっぱりさ、何だか私が頼られちゃうのよね。力ある方じゃないんだけど……だから、今日は珍しく誰かに頼れて、新鮮な感じ。」
 悪戯っぽい、ととの瞳。
 新鮮、か……それが僕以外の誰かでも、そう思ったのだろうか。それが知りたかったけど、やっぱり聞くことはできなかった。
「ははっ、でもさ……イナと二人でこんなとこに来てるなんて、ほわちゃんに知られたらオオゴトだよね。健ちゃんを変な世界に引きずりこまないで!とか言われちゃって。」
 なにげなく口にしてしまったのだろう、彼女の台詞。それが、僕の心にフッと影を過らせた。
 ほたる。僕の……恋人。
 急に、何か重たい気分になる。さっきまでの高揚感が、急激に冷めていく感覚。
 でもそれは、言ってしまったととにとっても同じらしかった。
「ゴメン……変なこと言っちゃったね。私が誘ったのに……」
「ううん。いいよ……友達、でしょ?臨時の手伝いに駆り出された……違う?」
「う、うん……そうだよね。本当にゴメン。」
 片手で拝むととは、まだどこか落ち着かない様子だった。僕がつとめて明るく笑うと、やっといつもの表情が戻る。
「まあ、でも……これからが本番だからね。そうだ、イナ。お手洗いとか、今のうちに行っといた方がいいよ。男子のって、すぐに女子に呑まれて使えなくなったりするから。あとでヒーヒー言って、悲惨な結果になるとそれこそオオゴトだからね!」
 これで、もう少し言葉に気を付けてくれると嬉しいんだけど。
「はいはい。それじゃ、巴さまの薦めにしたがって行ってきます。」
「らっしゃい。あ、イナ!よかったら、帰りに飲み物買って来て。目覚ましのコーヒー!」
 頷いて、割り当てられたブース……外向きに並んだ机の囲みの一つから離れる。
 開場前の騒がしさなのか、フロアは大勢の人がごったがえしていた。両手に荷物を抱えて汗だくになっている人、段ボールの山を前にして悲痛な表情を浮かべている人、机の前に突っ伏して、奇妙な笑い声をあげながら何かの作業に没頭している人。
 正直言って、あまり近付きたくない世界だった。ととに懇願されて付き合ったけど、確実に、場違いな自分を感じる。
 同人誌即売会。要するに、自分で作った本を売る人たちの集まりだった。老若男女、種々様々なジャンルが結集する、日本最大のコンベンション。
 ととは、所属する劇団の関係で参加しているらしかった。早朝、ここへ来る電車の中で売りものの本を見せてもらったけど、演劇の台本とか舞台劇についての考察とかが書かれた、何だか難しい本ばかりだった。
 そして今回、ととといっしょにその役回りを担当している女の子が、事情で来られなくなったらしい。そこで、僕に白羽の矢が立ったわけだった。
 もちろん、悪い気はしなかった。たとえ、最高の友達としてそう思われただけでも。


 開場のアナウンス。
 手洗いと買い物を済ませるのに思いのほか手まどった僕は、喝采と共に響いたそれに大あわてでブースに戻った。
「あ、イナ!こっちこっち!」
 手を振るととのおかげで、すぐに場所が見つかる。さっきまでとは別世界のように、周囲の机の全てがサークルで埋め尽くされていた。
 長いテーブルを仕切って、さらにその半分。そこが僕たちの場所だった。そこにパイプ椅子を二脚並べると、それだけでいっぱいになる。
「これ……ちょっと狭いね。」
 小声で隣のととに言うと、彼女も頷いて耳打ちしてくれた。
「でしょ。椅子、前後にわけちゃってもいいんだけど……なんだか寂しい気がするから。狭いの嫌い?」
 頬が触れ合うほどの距離で、ととがまた片目を閉じた。
 一瞬、ドキッとする。
「いや、いいよ……それより、お客さん来るといいね。」
 開場して間もないのに、遠くには人の波がうねっていた。何だか、地響きが聞こえそうだ。
「あはは、残念だけどそれはないよ。」
「えっ、どうして?」
 ととが、僕の買って来たコーヒーを飲みながら笑った。
「ジャンルが、ジャンルだから。イナ、カタログ見たでしょ?これだけ大きなイベントだと、人の世のさだめと言うか……人気の大小というのは常にあるわけ。その中でもマイナーな演劇関係の本なんて、それ専門の人しか買いに来ないわけよ。つまるところ我がバスケット特別販売部としては、何人かの常連のお客さんと挨拶して、おしまい、かな。」
 ととの説明は、僕の抱きはじめていたイメージを崩すのに十分だった。
「そ、それじゃ……あまり忙しくないってこと?」
「うん。あまりどころか、ゼンゼンかな。もちろん、知らない人も来るだろうけど……うーん、十人もいればいい方だと思うよ。」
 あっけらかんとしたととの表情に、僕はため息をついた。深く。
「ん?どしたの、イナ?」
「とと……僕を誘ったとき、バイトで接客に慣れてるあなたの力が必要なのよ!とか言わなかったっけ?」
 ととが、あ!というように表情をこわばらせる。
「私一人じゃ、忙しくてとてもダメだから……お願い!とか。」
「そ、そんなこと言ったかな。よく覚えてないわ。うーん……」
 考えこむふりをするとと。僕は呆れて、自分のジュースをあおった。
「まったく、これだからな……ととは。毎度、素直に騙される自分が可哀想に思えてくるよ。」
「ひっどーい、そこまで言う?それじゃまるで、私が嘘ばかりついてるみたいじゃない。」
 肩をすくめてみせる僕を、脇で小突くようにして反抗するとと。
 楽しかった。こうしていられるだけで幸せだった。ほたるに対する後ろめたい気持ちと正比例するように……いや、気が付くと、僕の嬉しさはそれを上回っていたのかもしれない。
 そんな風に、ふざけて色々と話を巡らせているうちに、時間がたって……
 ふと見ると、ずいぶんと人が増えはじめていた。僕たちのいるブースにも、何人か客が現れる。
「いらっしゃいませー!劇団バスケットの公演記録です!よかったら見てって下さい!」
 売り子をしているととは、何だかとても生き生きとしていた。はつらつな笑顔、よく透る特徴のある声で叫ぶから、みんなが振り返る。
「……あ、はい、ありがとうございます!イナ、私の財布からおつり出して!」
「う、うん。えっと……はい、こちらがおつりですね。ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております!」
 そこまで言って頭を下げると、お客だった女の子が面食らったような顔をして……遠ざかっていった。
 あ、しまった。思わず反射的に……
「あはは、イナ……いいよ、それ!またのご来店って……最高!」
 案の定、ととがお腹を押さえて笑い転げる。僕は恥ずかしくなった。
「ルサックで、店長に叩きこまれたからなぁ……」
「そうなんだ?うーん、お互い苦労してますなぁ。それじゃこの勢いで……見ていって下さーい!」
 ととがまた、大きな声で叫ぶ。つられて寄る人がいる。時折、買ってくれる人がいる。
 気が付くと、僕たちは販売に熱中していた。なんだろう。文化祭の模擬店に似ているというか……自分たちで物を売るのは、けっこう面白い。それなりに売れていることももちろんあるけど。
「ありがと、よかったら公演にも来てね!って、すごいな……朝並べた分が、もうなくなっちゃってる。新しいの出さないと……」
「売れてるのかな?」
「うんうん、もちろん!というか、ここ数年で売れた分を、もう既に上回っているかもしれない、かな?」
 椅子から器用に降りて、ととは荷物の鞄を開け始めた。僕と目が合うと、ありがと、というポーズで片目を閉じる。僕も不器用にそれを返した。
 何だか嬉しかった。思わず、声が出る。
「いらっしゃい!よかったら見ていって下さいっ!」
 声の大きさならととにも負けない自信があった。それ以外は完全に負けるけど。
 そして、流れる人たちを見回した僕の目に……
 呼び声に振り向く、一人の……いや、二人の女の子が見えた。
 連れ添って歩く姿。服装は違ったけど、どこかで見たようで……
「あー!やっぱり先輩だー!」 
 はしゃぐような声。メガネをかけなおして、タタッと走ってくる姿。
 見覚えがあった。いや、僕の目には、もう駆け寄る彼女は映っていなかった。
 その背後から、ゆっくりと歩いてくる……長いポニーテールの彼女しか。
「ホントに先輩だぁ!こんにちはー!」
 嬉しそうに、ニコニコと笑う下級生の少女。何て言ったっけ……舞方、さん?
 フリルのついた可愛らしい洋服を着ている。学校では地味な感じだったけど、今はとても明るく見えた。
 と、それを制して、もう一人の……彼女の鋭い眼光が、僕を見据えた。
「伊波くん……」
 寿々奈鷹乃さん。舞方さんと対照的に、ラフな白いシャツで……相変わらずの、厳しい表情だった。
「や、やぁ……」
 そこまで言って、次の言葉は出なかった。冷ややかな寿々奈さんの視線に、適当な挨拶の言葉すら見つからない。
「そちらの人は……白河さんじゃないのかしら。」
 僕の背後で、きょとんとした顔をしているとと。
 金縛りにあっているような僕の前で、寿々奈さんが呆れたように瞳を閉じた。
「彼女がこれを知ったら、どう思うかしらね……香菜、行くわよ。こんなところで油を売っている時間はないわ。」
 それだけ言うと、寿々奈さんはさっさと歩き出した。人の波の中に。
「す、寿々奈さん……待って!」
 僕は思わず立ち上がっていた。机……を飛び越えようとして、さすがに思いとどまる。
「イナ!ねぇ、今の……」
「ごめん、とと。ちょっと待ってて!」
 机の下の隙間をくぐって、外に出る。そのまま、面食らっているようなととを残して、寿々奈さんが去って行った方へと駆け出した。
 どうしてこんなに焦っているんだろう。やっぱり、ほたるのことを言われたからだろうか。
 それに違いなかったのに、それだけじゃない気がした。

 
 寿々奈さんを見つけられたのは、ひとえに彼女のスラリとした長身と……髪型のおかげだった。
 走るだけ走って、ひとごみをかきわけて……やっとのことで、あるブースの前に立ち止まっている寿々奈さんと舞方さんを見つけたとき、僕はもうへとへとになっていた。
 彼女たちは、手に紙袋を下げて……何やら話し込んでいるようだった。
「香菜……この本はやめた方がいいわ。」
「そうなんですか?可愛いですよぉ?」
「表紙だけだもの。中身は去年のラフ原稿のまま、表紙だけ新しくしているのよ。」
「ふわぁ、そうなんですかー?」
 ゆっくりと、呼吸を落ち着けて二人に近付く。さすがというか、すぐに寿々奈さんが僕に気付いた。
「誰……!あ、伊波くん……?」
「あー、こんにちは!」
 また、彼女を制して寿々奈さんが僕を睨む。
「どういう偶然かしら。まさか、ハエみたいに私たちを追いかけて来たんじゃないでしょうね。」
「そ……そうだよ。君たちを捜してたんだ。さっきのこと……説明したかったから。」
 皮肉っぽい言い方をこっちから肯定すると、寿々奈さんが意外そうな顔になった。
 そして、後ろの舞方さんに手を振る。
「香菜、少しだけ彼と話してくるわ……この列にいるのよ。絶対に他に行かないこと。いいわね?」
「はぁい。じゃあ、ここをぐるーって回ってきますね!」
 僕と寿々奈さんを交互に見て、嬉しそうに彼女は走って行った。それをため息をつくようにして見送って……寿々奈さんは僕に向き直った。
「外に出ましょう。こんなところに長居していると……息がつまりそう。気分が悪いわ。」
 僕の同意も得ずに、そのままフロアの出口に歩き出す。
 外は明るかった。そして、日差しがやっぱりきつかった。寿々奈さんはそれを苦にする様子もなく、芝生の中に場所を選ぶ。
「あなたも座ったら?立ったままだと、熱中症にかかりやすいわよ。」
「う、うん……」
 にべもなく横に腰掛ける。寿々奈さんは、それきり黙って景色を眺めていた。
「あ、あのさ……」
「何かしら?」
 話しかけられるのを待っていた……というより、それが気に触ったように即答してくる彼女。
「寿々奈さんも、こういうところ……来るんだ?」
「一応、私……書店の娘だから。」
「それは知ってるけど……寿々奈さんの店って、漫画とか置いてないって……」
 寿々奈さんが、チラッと僕を見た。
「言わなかったかしら……『主に専門書とかを扱ってる』って。」
 専門書。専門……?
「そ、それって……」
「冗談よ。あの子がどうしてもって言うから、付き合ってるだけ。それより伊波くん、わざわざ私の話をしに来たの?それなら、もう帰るわ。」
 立ち上がりかけた彼女に、あわてて首を振る。
「ち、違うよ……ごめん。その、さっきの……ブースでさ……」
「まさか、見本誌を手に取りもしなかったから、文句を言いに来たの?もしそうなら、天然記念物みたいな人ね。」
 皮肉にめげてはいられなかった。僕はまた首を振った。
「違う。ほたるのこと……説明したくて。僕は、友達の手伝いに呼ばれただけで……こんな場所、はじめてで……」
 寿々奈さんが僕をじっと見つめる。
「ふぅん……でも、誤解されても仕方ない状況だったじゃない。」
「それは認めるよ。でも、違うんだ。彼女とは、ただの友達で……」
 ズキン、と胸が痛んだ。嘘だとわかっていても、口にするのが辛かった。
 嘘……嘘なのかな、やっぱり。
「ほたるも、彼女を知ってる。二人は友達なんだ。だから……」
「もういいわ。」
 僕の言葉を遮って、寿々奈さんが……立ち上がった。
「今日のこと、言うつもりはないわ。白河さんとうまくいってないの、知ってるから。」
 僕は答えなかった。そんな僕をいちべつして……ふっと、彼女が笑った。そんな気がした。
「もう行くわ。あの子から目を離すわけにもいかないから。」
「そ、そうなんだ……寿々奈さんは、何か買ったの?」
「まさか。こんな場所に、私の読むような本があると思う?」
「う、うん……でも、これだけ広いんだから、ほら……鉱石やアクセサリーとかの本もあるかもしれないよ。」
 寿々奈さんの瞳が、また鋭くなった。
「どうしてそれを知っているの?話したことは……ないはずだけど。」
「そ、そうだね。あの……」
 僕はしどろもどろだった。自分でもどこか、うわついているのがわかる。
 そんな僕の前で、彼女が断固として言った。
「それじゃ、失礼するわ。」
 
 


[101]SS『八月某日・某所にて(後編)』≫メモオフ2: 武蔵小金井 2002年08月07日 (水) 14時58分 Mail



 気が付いてみれば、僕は寿々奈さんを追いかけて、ずいぶんと遠い場所まで来てしまっていた。
 とりあえず、ととのいるブースに戻ろうと思って……それでも、どうしてか気力が出なくて、僕はひとごみのできている場所はなるべく避けて、静かなブースの列を歩いていた。
 このあたりは売り子もほとんどが一人で、客もまばらだ。僕たちのいた場所もそれに近かったけど、ここはかなり極端だった。そういう場所があるって、ととが言ってたっけ。確か……
 その時、僕の視線がある場所に釘付けになった。
 装飾もない平のテーブル。無造作に積み重ねられた、単色の本。活字らしきものが並んでいるだけのそこは、今まで見て来た他のテーブルとは明らかに違った。そう、言いかえれば、なんだか……世界が違う感じだった。
 でも、僕を心底驚かせたのは……そのテーブルの向こうに座っている、一人の女性だった。
「つばめ……先生!?」
 僕の声に、膝に抱えた帳面のようなものを見つめていた彼女が、ゆっくりと顔をあげた。
 流れる前髪。いつもの洋服。間違いない、つばめ先生だ。
「あら……健くん。こんにちは……」
 驚いたことに……彼女はまったく動じる様子も見せなかった。いくらつばめ先生でも、場所が場所だけに……と思った僕が、甘かったのかもしれない。
「珍しいわね……あなたに、こういう趣味があったなんて……」
「ち、違いますよ。僕は、その、友人に誘われて……手伝いをしてるだけで……」
 寿々奈さんに説明したままを口にする。だけど、いつものように無表情にじっと見つめられて……僕はいつしか、言葉を失っていた。
「友人……もしかして、信くんかしら。彼ならありえると思うけど……まさか、翔太くんではない……わよね。」
 何か、確かめるようにそう言うと、つばめ先生は椅子に座ったまま首をかしげた。
 どうしてだろう。心臓が激しく鳴っているのを感じる。僕は両手を振った。
「ち、違いますよ。他の学校の……友達です。それより先生、こんなところで……何をしてるんですか?」
「なにって……見ての通り、即売会に参加しているのよ。」
「ど、どうして先生が……」
「健くん。質問があるなら……中に入ってきなさい。そこでは、他のサークルに迷惑がかかるわ……」
 通り過ぎる客……それすらまばらなここでは、とても迷惑などかかりそうもなかった。でも、確かに別の意味で僕は目立っていた。周囲の、やる気のなさそうな売り子の人たちが……手にした本やカタログから顔をあげて、僕をうさんくさそうに見ている。
「は、はい……」
 うながされるままぐるっと回って、列の開いた部分から中に入る。さっきのブースに来ると、つばめ先生が振り向いた。
「健くん、椅子は……そこに倒してあるの、使っていいわ。じかに床に座りたいのなら、それでもいいけれど……」
「い、いえ……お借りします。」
 僕はパイプ椅子を立てると、先生の斜め後ろに腰掛けた。と、その前で先生が……椅子をずらして、僕の方に向き直る。
「それじゃ……質問に入りましょうか。」
 蒸し暑い空気の中に、一瞬だけ……甘酸っぱい香りが流れた。
「健くんは……何のジャンルで参加したの?」
「じ、ジャンルって……だから、僕は参加なんてしていませんってば。友達の手伝いで……」
「そう……そうだったわね。なら、もし参加すると仮定して……どういった種類の本を作ってみたいのかしら。やっぱり、サッカーの本?」
 サッカー……ととから見せてもらったカタログに、そういったジャンルを探してみたけど……
「別に、サッカーは好きですけど……本を作るとなると……」
 サッカーの雑誌はよく読むけど、そういったものと、何か違う気がする。
「そう……それじゃ、ゲームの関係?健くんの部屋には、ゲーム機があったわよね……」
「ち、違います。それに、だいたい……そういう話じゃなくって!」
 少し驚いたように、つばめ先生が僕を見る。
「き、聞きたいことがあるのはこっちです!先生、こんなところで……何をしてるんですか?どうして、先生が……」
「同じ質問を繰り返すの……?私は、ここでサークル参加をしているのよ。さらに厳密に言えば……ノートを読んでいたの。」
「ノート?」
 僕が聞き返すと、先生は頷いて膝の上に乗せていた帳面を差し出した。
 割と大きめの白いそれは、スケッチブックのような、自由帳のような……ペンでタイトルが記された、一冊だった。
 ペラペラとめくってみると……何か、いかめしい字や……どこか、象徴画のような絵や、走り書きがしてあった。即席の漫画のようなカットもある。詩歌のようなものもあった。何だか、転校生に贈る寄せ書きみたいだ。
「それ、ブロックノートと言うのよ。そうだ……健くん、書いてみない?」
「え……ええっ?」
 驚く僕に、先生はどこからか取り出した一本のペンを渡した。
「私、いつも一人で参加しているから……書くことも少ないのよ。読むのは好きだけれど……」
「せ、先生。ここ……常連なんですか……?」
 極太のペンをもてあましている僕の問いに、先生はどこふく風、というようにかすかに頷いた。
「そうよ。高校の……文芸部時代からかな……」
「そ、そうだったんですか。あれ?でも、確か先生は……」
 言葉にできるはずもない、何かを思い出して……僕は口ごもった。いぶかしげに僕を見つめる先生から目をそらすと、机に並んでいる本が目に入る。
 ……つばめの鳥類失格。
「健くん……言わなかったかしら。私は、光ある世界を知らなかったって……」
 ゾクッという感覚が背筋に走る。僕は思わず立ち上がった。
 先生が、じっと僕を見つめている。違う、普段と違う……ううん、とてつもなく、畏怖めいた何かを感じた。
「先生……僕……」
「そうだ。健くん……よかったら、これ……一冊、いらない?」
 先生がさっきの本を差し出した。異様に分厚い本だった。どうやってこんな本を書くんだろう。
 そう思った僕の目に、走り書きしたような値段の表記が見えた。息が止まった。
「い、いいです……その……さよならっ!」
 恐かった。僕は……逃げ出すようにして、その場を離れていた。
 背中に、先生の視線を感じる気がして……そのブロックを出るまで、僕は振り向かなかった。


 つばめ先生と別れて、しばらくたった頃。
 まだ、さっきのことに呆然としていた僕の意識を取り戻させたのは、横合いからかけられた、誰かの声だった。
「あっ……健さん?」
 聞き覚えのある、明るい声。
 顔を向けると……見慣れない服を来た、女の子が座っていた。何だか派手目な服はともかく、よく知った顔。
「め……希ちゃん!?」
 僕に呼び返された希ちゃんは、声をかけたことを後悔するように手を口元にあてていた。でもすぐに、いつものように明るく笑って頭を下げる。
「やっぱり、健さんだ……こんにちはっ。」
 そこで、僕は気が付いた。希ちゃんの前には、可愛らしい花柄のテーブルクロスがかけられた机があって……色とりどりの本が、大小様々に並んでいる。小さなスタンドのようなものも作られていて、そこにはよくわからないキャラクターが、バッジのような形で売られていた。
 そう、彼女もまた……机の向こうにいた。
 ルサックじゃないけど、ファミレスの制服みたいな……少し派手で、何だかドキドキする衣装。
「こ、こんにちは……」
 つばめ先生とのことを思い出して、僕はどう言うべきか躊躇してしまった。
 その前で、希ちゃんが嬉々として笑う。
「こんな場所で健さんに逢えるなんて、驚きました。縁がある……とか言ったら、ちょっと変かな?」
「そ、そうだね……偶然だね。」
 偶然すぎる今日だった。僕は冷や汗をぬぐった。
「健さん、一人ですか?あっ……いらっしゃいませ!」
 希ちゃんと話している僕の横から、一人の女の子が現れた。
「えっとぉ、冬からの新刊は……」
「あ、はい。これと、これです。こちらは以前のものの再録ですが、買ってくれた方には豆本もつけてますよ。」
「あっ、それなら……全部下さい。」
「はい、ありがとうございます……xxxx円になります!」
 てきぱきと売り子をこなすその姿は、ルサックで見慣れている、はつらつとした希ちゃんのままだった。
「ありがとうございました!あ……いらっしゃいませ!」
 今のお客さんが去るのとほぼ同時に、また別の女の子たちが現れた。今度は三人組だった。 
 にぎやかな彼女たちを横目に、僕は自分が邪魔になっていると感じた。周囲を見回すと、随分と人通りの多い場所だった。しかも……僕以外のほとんどが、派手に着飾った女の子たちばかりだ。
「あ、あのさ……希ちゃん。それじゃ、僕……行くから。」
 にこやかに接客をしている希ちゃんが、僕の声に反応した。
「あっ、でも……」
「忙しそうだしね。また、今度のバイトでさ。それじゃ!」
 周囲の状況を察してくれたのか、希ちゃんは黙ってほほえむと、頷いてくれた。
 早足でその場を離れる。列から出て、人のいない……少し開いた壁際に背をついた。
 ふうっと、肺の底から押し出すように息を吐く。
 しかし、驚いたな。寿々奈さんや……先生もそうだったけど、まさか、希ちゃんまで……
「わ、わあっ……きゃっ!」
 と、僕の前で悲鳴があがった。
 目の前を脇目もふらずに行きかう女の子たち。その中から、押しのけられるようにしてつんのめった一人の女の子。
 派手というか、ビックリするような格好った。さっきから時折見かける、何か……そうだ、文化祭で見るような、アニメのキャラクターとかをモチーフにしたコスチューム。
 ばったりと僕の前に倒れた彼女が手にした紙袋から、本やグッズのようなものが……フロアに散らばる。
 何というか……その、見事な転倒だった。
「あー……ど、どうしよう……」
 目の前の惨状に、ペタンと座り込んで呆然とする女の子。急ぎ足の他の子たちは、そんな彼女の状況に見向きもせずに……いや、むしろ邪魔だとでも言いたげにツカツカと歩いていく。
 僕は、思わず駆け寄っていた。
「君、大丈夫?」
 本とかを、急いでかき集める。少女漫画のような表紙とか、何だかスゴイそれとかも目に入ったけど、気にしないようにした。
「あ、ありがとうございます……えっ!」
 髪にも手が入って、何というか派手なカチューシャのような……重そうな髪飾りを付けた彼女が、僕を見て息を呑んだ。
 そして、それは僕も同じだった。服装とは違って、ほとんどメーキャップをしていない彼女の素顔に……はっきりと、見覚えがあったからだ。
「め……希ちゃん!?」
 間違いない。さっきブースで逢ったばかりの、相摩さんだった。
「や、やっぱり……健さんですか?」
「そ、そうだよ……驚いたな。さっき……」
 僕の目の前で、真っ赤になる希ちゃん。無理もなかった。状況も状況だけど、今度の格好は、さっき着ていた制服とかそういうものとはまったく別の……その、見ているこっちが恥ずかしくなるような衣装だったからだ。
「ご、ごめんなさい……こんな格好で……恥ずかしいな……」
「い、いや……そのさ、可愛いと思うよ。似合ってるよ、希ちゃんに。」
「えっ、そ……そうですか……」
 僕の言葉は、むしろ逆効果のようで……希ちゃんは、さらに羞恥心をつのらせたようだった。フォローしなきゃと思って、落ちた本を集めながら笑う。
「でも、その……希ちゃん、着替えるの早いんたね?さっきブースにいた時は、別の格好だったし……」
「えっ、あ……!そ、そうでした……そうですよね。私、そのっ、こういうの得意なんです。早変わりみたいなの。」
 意外……とは思えなかった。むしろ、希ちゃんにふさわしい特技かもしれなくて、僕は納得した。
 とりあえず、落ちたものを集め終わると、僕たちは壁際に避難した。
「健さん。本当に、ありがとうございました……さっきは、もうどうしようって思って……」
「あはは、そうだね。でも、本とか、少し汚れちゃったみたいだけど……大丈夫なの?」
「あっ、はい。その……頼まれたりした本じゃないですし。何冊かまとめて買ってあるのもありますから……」
 拾い集めた量とかを考えると、少し疑問があったけど……僕はそのことについては何も聞かないことにした。薮から蛇、というのはたとえが酷いかもしれないけど。
「そのさ、コスプレ……っていうんだっけ。そういうの、よく知らないけど……作るの大変でしょう?」
「あっ、これは……その、あ、あの……部の人たちが作ってくれるんです。私、よく少年役の実験台にされちゃうんですよ。身体に減り張りがないからかな、とか思って。」
 笑う希ちゃんに、僕もやっと笑いが出た。
「部って……そうか、澄空の美術部だっけ。じゃあ、ここには部で出てるの?」
 そういったサークルもある……らしかった。ととの受け売りだけど。
「あ、その……イベントは、漫研で出てるんです。私、澄空高校の漫画研究会にも所属していて。かけもちなんです。」
「へぇ……じゃあ、希ちゃんも漫画とか描くんだ?」
「う……ううん。描くといっても、少しだけ……イラスト、とかぐらいです。あ、でも……スケッチブックとか頼まれることはありますよ。」
 スケッチブック……頼まれるって、どういう意味だろう。わからなかったけど、僕はとりあえず頷いていた。
「ふぅん……知らなかったな。でも、驚いたよ。希ちゃんも、参加してたんだ……」
「も……?健さん、あっ……健さんも、もしかして……参加してるんですか?」
 僕の心臓が大きく跳ね上がった。それと同時に、ととのことを思い出す。
 しまった。ととを一人で放り出して、もうかなり……いや、それどころじゃないぐらいの時間がたってるじゃないか。
「う、ううん!僕はたまたま……それより、ちょっと友達と待ちあわせしてて。そろそろ行かなきゃならないんだ……ゴメンね。」
「あっ、そんなことないです。ここ、人がいっぱいですから……待ちあわせ、遅れると大変ですよ。」
「うん、ありがとう。それじゃ、またルサックでね。」
「はい!それじゃさようなら、健さん!」
 丁寧にお辞儀をして……また、頭の飾りが落ちそうになる希ちゃん。
 笑って、僕も手をあげて、人の川の中に潜りこんだ。
 とと……怒ってるだろうな。
 予感というより、確信めいたそれだった。


 いつのまにか午後になって、僕たちのブースがあるフロアにもそこそこの人数が往来していた。
「えーっと、Fじゃなくて……25番の……」
 番号を忘れていたら、絶対に戻れなかったと思う。やっとのことで、それを見つけた。
 何だか、これだけ大がかりなイベントに自分の居場所のようなところがあると、ほっとすると言うか……不思議な気分だった。
 そして、ととがいた。誰か、中年の男性と話している。
「……この前の公演では、ホントどうもでした。森さんとか、すごく喜んでましたよ……あ。」
 横目で僕を見つけたととが、ジトっと僕を見た。思わず目をそらし、話が切り上がるのを待つ。
「ありがとうございました!」
 本を手にして、去っていく人。僕は、心中で大きく深呼吸をすると……机の前に進んだ。
 何だか、被告人の気分だった。
「こら。イナ……遅いよ!」
「ごめん。迷った……というのは嘘で、色々と見て回ってたら……こんな時間になっちゃった。本当、ごめんね。」
 頭を下げた僕に、ととは仕方なさそうにふうっと息をついた。
「まぁ……無理言って連れて来たのは私の方だし。イナは何しろ初めてのイベントだしね。特別に、許してあげますか。」
「ごめん!埋め合わせはするからさ……そ、そうだ。ここ終わったら、ルサックで夕食はどう?」
「うーん、そうだなぁ……よし、デザート付きで手を打とう。」
「付ける付ける。コーヒーのお替わりも、いくらでもサービスするよ。」
「サンクス……って、それは誰でも同じじゃない!」
 テーブルを差し向かいにして、僕たちは笑い合った。
 ととの笑顔。とても自然で、魅力的だった。
 そして、あることを確信する。僕は、やっぱり……
「健、ちゃん……?」
 そのとき、声がした。
 心臓が止まりそうになった。いや、瞬間的に止まっていたかもしれない。
 ととの顔が、僕を通り越して……ある方向で、凍りついたように凝固している。向きこそ違え、僕の顔も同じだろう。
 聞き覚えがある……そういうレベルの声じゃなかった。僕が……ううん、僕たち二人が、きっと……家族に匹敵するぐらい聞き慣れている、相手の声。
 首が……視線が、そっちへ向いていく。見たくないとかそういうことじゃなかった。そうしなければ身体が崩れてしまうように、僕はそっちを見た。
 一人のシルエット。長く奇麗な黒髪を、リボンで左右に流した少女。
「ほ……ほたる……」
「ほわちゃん……」
 僕と、とと。わかっているのに、確認する必要なんてないのに、その名を呼んでしまう。
 そう。今、一番……ここにいるはずのない、いてほしくない……相手。
「なに……してるの?」 
「ほ、ほたるこそ……どうして……ここに……」
 僕のかすれたような声に、ほたるは首を振った。
「私は……ピアノの二次予選だよ。二人とも、知ってるでしょ……」
 そう、そのはずだった。僕とととの視線が、重なって……瞬間、離れた。
「会場がね……この近くなんだよ。それで……帰りにね、お姉ちゃんが、ここに寄りたいって。そのね、あの、プロレ……ううん、友達のひとに頼まれた本が、あるんだって。だから、ほたるも……」
 静流さん。優しく微笑むまぶたの美女を、僕は今だけ……うらめしく思った。
「でもね、お姉ちゃん、何だかだーって走っていっちゃって……ほたる、つまんないから、少しだけお散歩してたの。でも、そしたら……健ちゃんが……ととちゃんと……」
 震える声。僕はほたるの顔を見ていられず、思わずととの方を見た。
「ち、違うのよ、ほわちゃん。あのね、これは私が、イナに無理矢理に頼んで……」
 ととの言い繕いに、ほたるは痛々しい顔でうつむいた。何かを必死に堪えているような、そんな顔だった。
「ほたる。そのさ、僕が……ととが、劇団で出るっていうから。人が足りなくて……僕もちょうど暇だったし、興味があったからさ、強引に参加して……」
「もういいよ!」
 ほたるの叫び。僕……ととも、それだけで身動き一つできなくなった。
「無理に頼んだとか……強引にとか……暇だったとか!そんな理由で、いっしょにサークル参加するの?大事なチケット渡すの?違うでしょ?二人で……そうなんでしょ?」
 ここがどこで、何をしているのか。
 そんなことはもう考えられなかった。ととも、同じだろうと思う。
 でも、何をしなきゃならないか……それだけは、理解できた。
 僕の正直な気持ち。今日、確信したこと。
 それを、告白しなきゃならないんだ。
「ほたる……僕は……」
「イ、イナ……ほわちゃん、あのね、私……」
 一歩踏み出した僕を止めるように、立ち上がったままブースから手を伸ばすとと。
 その瞬間だった。ほたるが、僕たちを……潤んだ瞳で見た。
「ほたるだけ、仲間はずれにするなんて……ひどいよ!」
 涙が散った。僕たちの、ある感覚と共に。
「ほたる……ほたるだってお手伝いできるよ!それは、ピアノで忙しいかもしれないけど……それだって、24時間ずっとじゃないもん!ちょっとだって……少しだけだって、ほたるも手伝えるのに!休みだって取れるのに!それなのに、ほたるにだけずっとヒミツにして……それじゃ、仲間はずれだよ!」
 泣いているほたる。
「ほたる、そんなにバカじゃないよ!トーンぐらい貼れるもん!同人誌作るのが、大変なことぐらい知ってるもん!健ちゃんもととちゃんも、何度もこっそり会って……ルサックで打ち合わせしてたことも、知ってるよ!?でも、ほたるは、こっちから言わなくても……きっと、きっと二人から話してくれるんだって……そう、思ってたのに!」
 僕とととの視線が重なった。ほたるの悲痛な……美しい声が、割れた硝子細工のように響く。
「健ちゃんも、ととちゃんも、誰よりも好きな、仲良しなのに……ほたるだけ、サークルの仲間はずれなんてやだよ……そんなのやだぁ……」 
 子供のように……ほたるは泣いていた。頬と手の指を抜けた涙が、黒いベストに弾ける。
「わかったよ……ごめんね、ほわちゃん……」
 口を聞いたのはととだった。机の下をいつのまにか抜けて、ほたるの前に歩み出る。
 泣きじゃくるほたるが、その顔を見つめた。何だか、ととの瞳も潤んでいる気がする。
「ずっと黙ってて、ゴメンね。気をつかわれるのって、際限なくなると……気分が悪くて当り前だよね。ごめん、ほわちゃん……」
「ととちゃん……」
 ほたるの肩を抱いて、ととが頷いた。二人の額が、軽く触れ合った。
「冬は、三人で参加しよ。ほわちゃんと、私と……イナとで。」
「うん……うん……ほたる、手伝うから……」
 感動的な光景……だったのだろうか。
 気が付くと、彼女たち二人が連れだって、僕を見つめていた。
「それじゃ、サークル主催は……イナってことで。」
「え……ええっ?」
 何のことか理解できていない僕を後目に、ととがほたると笑いあった。
「そうだ!本だけじゃなくてさ……ほわちゃんのピアノとか、CD作って売ろうか?」
「えっ……?ととちゃん、そんなことできるの?」
「できるできる!あ、どうせなら私たちのトークとかつけて、にぎやかなの作ろうか?」
「うんっ!わぁ……面白そうだねぇ!」
「歌もどうかな。ほわちゃん、カラオケ好きだもんね。」
「あ、それもいいな!ととちゃんとデュエットしようか?あっ、健ちゃんも入れて、三人で!」
 外れた弾丸。風鳴りのような一瞬。
 肩透かしのような気分に、呆れる自分がいて……
 いいんじゃないか。そう思って、安堵する自分がいた。
「じゃ……イナ。仕度金とか器材その他、そっち持ちでお願いね!」
 ととが、僕にピッと指を向けてウインクした。ほたるが、とまどったように……それでも期待するように、僕を見る。
 僕は頷いた。頷かないわけにはいかなかった。

 季節は夏。
 僕たちの物語は、まだ始まったばかりだった。
 
 


[102]暑すぎて、あとがき: 武蔵小金井 2002年08月07日 (水) 15時21分 Mail

 えーっと、ギャグです。
 いわゆる一つのコミケネタです。

 何というか、前回のがシスプリだったので(笑)、今回はクリア記念のメモオフ2ndで、思わず。
 しかし、何というか色々と……ゴメンナサイ的に。
 本当はもっと色々と題材とかがあったりなかったりしました。中旬のととちゃんのバースデーとも重なったりして……気が付いたらこんな謎の内容に(笑

 でも、とりあえず……誕生日も一足先に祝っちゃいます。飛世さん、おめでとうっ!

 そういえば、白い少女どころかメモオフ2フェア真っ盛りになっている最近の自分ですが(微汗)。まったくもって、計画性なしにただ好きなものを書いているのがバレバレですね……どうにも私的お祭りハッピーラッピー状態&熱暴走な昨今です(遠くて焦点の合わない目)。

 最後に……某イベントに向けてスパートな全国の皆さん……がんばって下さいねっ!

 読んでいただけた方には、本当に感謝を。

 PS.あっ、実は今作品が当掲示板の100ログ目だったりします。いつもありがとうございます〜っ♪



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