バルルルルルルル!
海岸添いに響き渡る、750ccの爆音。
溶けるように熱いアスファルトの上を、疾走していく一台のバイク。
事故も違反も気にしていないような、鋭利で華麗な走り。
そして、それが……止まった。
バイクから降り立ったのは、すらりとした長身の姿。
その体躯の凹凸が、その人物がまぎれもなき女性だと示している。
ゆっくりと、どこか面倒くさそうに持ち上がった指が、ヘルメットを外し……
舞い散るショートの髪。そのうなじには、あれだけの走りを終えたというのに一雫の汗も浮かんでいない。
そして、見上げる鋭い眼光。
学校……高校だろうか。
その門には、『浜咲学園』と書かれていた。
第一話 参上!
そこは、放課後の校舎裏。
かすかに、悲鳴にも似た少女の声が……
「だ、ダメです。先輩……そんなこと……」
「いいじゃない。お願いだから……それとも香菜、私の言うことが聞けないの?」
「そ、そんなことないですぅ。でも、やっぱり私、それは……」
「何よ。私たち、もう子供じゃないんだし……いいじゃない。ほら、こんなになってる……可愛い……」
「せ、先輩……ダメ……」
ドキドキドキ。何だか危険な香りのするそこへ、突如として鋭い叫びが。
「待ちな!そこまでだよ、寿々奈鷹乃!」
「キャッ!」
「な……だ、誰!?」
振り向く二人。そそり立つ体育倉庫の上……日輪を背に、何者かの姿が。
「フン!このアタシの声を、忘れたのかい?」
「ど、どこかで聞いたような気もするけど……そんな所じゃ、まぶしくて見えないわよ!さっさと降りて来て!」
「ちっ……しかたないね。タッ!」
しなやかな身のこなしから、大地に降り立ちます。
「わ、すごい跳躍力……」
「香菜、黙って。それよりあなた、どこかで見たことが……って、も、もしかして、あなた……カ、カナタ?黒須カナタ?」
「フン、ようやく思い出してくれたみたいね。このあたし……終生のライバルにして同窓生、黒須カナタのことを!」
不敵っぽい魅惑の微笑。はすに構えるカナタさんに、鷹乃さんは唖然と。
「あ、あなた……噂じゃ、行方不明とか……それに第一、そんな言葉づかいだったかしら……」
「フッ、過ぎ去ったと書いて過去と読むのよ!今の私は、その過去を捨てた女!それに、寿々奈鷹乃!今裁かれるべきは、アンタよ!」
突きつける指に、たじろぐ鷹乃さん。二股ポニーが揺れます。
「えっ?わ、私が?」
「せ、先輩……」
「そうよ!卒業してなお、可愛い後輩を悪の道どころか禁断の道に引きずり込もうとするふらちな悪党、寿々奈鷹乃!」
「な、なななな何よそれ!カナタ、何を……」
「お黙り!世間一般の男子がそれを許しても……!」
カナタさん、ツナギの胸元を掴み、一閃。
ひるがえしたその姿は、何と女子高生のそれに。
「が、学生……服?」
「あー、それもうちの制服ですよぉ、先輩!」
「浜咲学園元2年B組、黒須カナタ……またの名をスxバン刑事!」
吹き飛ぶ世界。停止する時間。
その中で、カナタさんが片腕を突き出します。そこにはヨーヨーが。
そして、隠された印がカチッとあらわに。
「それって……み、水戸の黄門さま……?」
「ち、違うわよ!これはサxラの大紋よ!サxラのダイモン!」
「……あのぉ、それって……偉いんですか?」
カナタさんの額に汗が。口元がわなわなと震えます。
「お、お黙り!とにかく、寿々奈鷹乃!不純同性交遊現行犯として、学園の規律を乱したあんたを処断するわ!」
「ち、ちょっと待って……あなた、ね、カナタ、どうしてそんな……」
「フン、かつては浜咲学園の女王と呼ばれたあたしが、何の因果か今じゃマxポの手先。笑ってくんねえ。寿司食いねェ……って、ふざけてんじゃないわよ!」
「ふ、ふざけてるのはあなたでしょ!第一カナタ、あなた確か……」
「そうよ。忘れもしない、あれは高2の夏だった。浜咲学園サマー・クイーン・コンテストの決勝であんたを破り、念願の彼氏もできて、一躍夢のスターダムにのしあがったあたし……でも!」
キッと睨む瞳。涙が散ります。
「ちょうど免許を取ったばかりで、新しいバイクを転がしてて!新車が嬉しくって、スピード上げまくって!気が付いたら急カーブで!ミスして!滑って!あたしはね、谷底にまっさかさまになったのよ!」
「そ、そうだったの……よく、無事だったわね。」
「無事なわけないでしょ!百メートルはあったんだから!ローン残してバイクは大破、あたしは頭を強く打って昏睡状態……医者はもう絶望だって!」
「ち、ちょっと待って。あなた確か、いきなり学校に来なくなって、行方不明になったはずじゃ……」
「そうよ!医者もさじを投げ、家族にも見離されたあたしに……闇の組織が目をつけたの!」
「や、闇の……組織……?」
「そうよ。暗闇司令っていう、グラサンの親父がボスよ!日本の健全な教育を護る秘密機関!」
「ふ、ふぅん……そうなんだ。それで、そんな風になっちゃったのね……?」
「なっ、何よ、その目は!あ、まさか鷹乃、アンタ疑ってるのね?あたしがそういう場所から逃げ出して来たとか、そう思ってるんでしょ?」
「そ、そんなことないわ。久しぶりじゃない、カナタ。無事で嬉しいわ。でも、やっぱり口調とか違う気がするけど……」
「だから、あたしは記憶喪失なのよ!昔のこと、ほとんどマトモにおぼえてないの!」
「私のことだけは、おぼえてるの?」
「そ、そうよ!あたしと二人、下級生の羨望を集める浜咲学園のライバル……じゃなくて!とにかくあたしは、女子高生秘密特命刑事としてアンタを断罪するわ!覚悟しなさい!」
「だ、だからそれってどういう意味よ!断罪とか……ふ、不純同性なんたらとか!」
「そおですよー!先輩はですねぇ、そういう……」
「香菜、あなたは黙ってて!こんがらがるじゃない……とにかく!」
「フン、言い逃れするつもり?現行犯なのよ?さっきの妖しい会話、あたしだけじゃなくて皆さんがちゃーんと聞いたのよ?」
「み、皆さんって何よ!とにかく違うんだから!これ、見なさい!」
鷹乃さん、取り出したのは一冊の本。横文字タイトルのそれを、カナタさんへ。
「あら?何かと思ったら、ファッション雑誌じゃない……ふぅん、可愛いワンピースね。薄地で……あ、背中開いてる。うっわー……ダイタンなんだぁ、最近って……」
「ほ、頬染めて夢中にならないでよ!キャラがますますおかしいわよ!」
「うっさいわねー。だから、記憶喪失って設定なのよ。って、わー……ね、このビキニちょっと凄くない?ヒラヒラついてるし、下着みたい。あ、けっこう安いんだ……」
「そ、そう思う?あのね、だからさっき私、それを香菜に……」
「そうなんです。先輩、恥ずかしいから、私に買いに行って来てくれないかって……」
「……は?何を?」
「だからぁ、あなたが目を食いいるようにして見つめてるその水着!TB-344のホワイト!香菜が、今度大きなデパートに行くっていうから……」
「で、でもぉ、先輩のサイズとか、もしあわなかったら、困るし……でもでも、やっぱり先輩がそういう女の子っぽいカワイイ水着きてくれたら、私も嬉しいかもしれないしぃ……」
「だから香菜、そういうことじゃなくって、私はあくまで、その……って、カナタ?どうしたの?」
黙していたカナタさん、何やらブルブルと肩が震えています。
「そ、そ、そういう……」
「ち、ちょっと。目つきがヘンよ?呼吸もハァハァって、カナタ……もしかして、そういう趣味?」
「そっ、そんなわけないわよ!アンタといっしょにしないで!」
激情と共に放たれるヨーヨー。妙に甲高い効果音と共に、鷹乃さんの横の庭木が砕け散ります。
「キャーッ!た、鷹乃先輩……!」
「な、なにすんのよ、いきなり!そんなヨーヨー振り回して、当たったら危ないじゃない!」
「やっかましい!そんなどこにでもあるありきたりの楽屋落ちみたいなので、世間の皆さんが……違う!組織とか司令とかが納得すると思ってんの!?ふざけんじゃないわよ、鷹乃っ!」
「だ、だから、何よそれ!第一、その雑誌返してよ!お店の売り物なのよ!」
「うるさーい!あたしの晴れの初舞台をおじゃんにして……てめぇら、許せねぇ!」
カナタさんの叫びと共に、うなるヨーヨー。悲鳴をあげる舞方さん。飛びずさる鷹乃さん。
丁丁発止の立ちまわり。校舎裏で繰り広げられる、激しいアクションシーン。
それを遥かに見下ろして、景色がゆっくりと変わっていきます。
走るシカ電。涼しげな服の少年少女。
そう、季節はもうすぐ……夏。
想い出にかわる君 〜 Memories Off 〜
某K社さんより、今秋発売予定!
……本文とゲームとはゼッタイに何の関係もないデス。