助走をつけて、柵をえいって飛び越えて。
いつもの公園に、到着したよ。時間は……やったぁ、記録更新!
「おはようっ!」
誰もいなかったけど、いつもみたいに挨拶して。公園の砂場のまわりにいたスズメが、一斉に飛んでいったよ。
わぁ……キレイだな。でも、もしかするとみんなで朝ゴハンだったのかな?だとしたら、悪いことしちゃったかもしれないね。
頭をかいて、いつものベンチに座って……タオルを外して、汗をふいたんだ。
ねぇ、あにい。暑い季節になったけど、朝早いうちはまだまだ涼しいから、ジョギングとかすると、とっても気持ちがいいんだよ!
今日もね、夏用のシャツと短パンを出して……去年と同じのだったから、ちょっぴりきつかったけど。でも、ママがキレイに洗濯してくれてたから、スーッていいにおいがして。
それで、朝のランニング。ペースは変わらなかったのに、この前より五分も早かったよ!
あーあ、ホントはあにぃと走れたらサイコーだけど……でも、それってゼイタクなお願いだよね。
あ、お願いっていったら……そうだよ。
ねぇ、あにぃ。今日は七夕だって知ってる?
あのね、エヘヘ……実はボクも、ちゃんとおぼえてなかったんだけどさ。
昨日、花穂ちゃんが教えてくれてね。それで、学校が終わってから花穂ちゃんの家に遊びに行って……二人で、ササの葉の飾りを作ったんだ。
花穂ちゃんのお母さんが用意してくれた長くて大きな竹があってね。花穂ちゃんが作った飾りを、ボクがいろんな所につけて。輪っかみたいにしたのとか、ヒラヒラしたのとか。ハサミと色紙を使っていっぱい作って、ササを庭に飾ったんだ。
それから、二人でいろんなお願いごとを考えて、黄色いのとか、緑とかの短冊に書いて……そういえば花穂ちゃん、真っ赤になって何度も書き直してるのがあったけど、何をお願いしてたのかなぁ。
あ、ボクはね……サッカーが、うまくなれますようにって。やっぱり球技は苦手だけど、練習してるからきっとうまくなれるよね。あとは……花穂ちゃんや他のみんなと仲良く元気でいられますようにって。あっ、あとね、夏にビーチで使える、新しいボディボードが欲しいな……って小さく書いたりしたけど、へへ、欲張りだったかなぁ。
あっ、花穂ちゃんはね、やっぱり……転んだりしないようになりたいです、って書いてたよ。ボク、覗くつもりはなかったんだけど……花穂ちゃんが、大きな声で読みあげてたから、わかっちゃったんだ。あと、お兄ちゃまに見捨てられないように……って、いつもみたいにお願いしてたみたいだけど。あにぃがそんなことするわけ、ゼッタイないのにね。あはは。
よーし、汗もあがったし……そろそろ、ランニングも後半かなっ。
ところがね、ボクがタオルをしまおうとしたら……ズボンのポケットから、ポロって落ちたものがあって。
あれっ?何かなって思って、拾ったら……
それがね、しわくちゃになりかけた……赤い短冊だったんだ。
昨日、たくさん書いて、失敗したのとかがあったからさ。それが、偶然引っかかっちゃったのかな?って思って。でも、何か書いてあるみたいだから、ボク……もしかして、花穂ちゃんのだったりしたらどうしようかって、とりあえず開けてみたんだけど……
「あ……!」
あのね、花穂ちゃんのじゃなくて……それ、ボクの書いた、短冊だったんだ。
【あにぃと、もっといっしょにあそべますように……まもる】って。
あ、あれ?でもボク、昨日こんなの書いてないよ……って、思って。それで、紙がしわしわになってるし、そのさ、あのね……その短冊の、「まもる」って書いてある名前が、ひらがなだったんだ。すっごく、へたくそで。
それでボク、気が付いちゃったんだけど……
これ、きっと去年……ううん、きっともっとずっと昔に、ボクが書いた……短冊なんだ、って。
それがわかったら、何だか……もっと、ずーっとちびすけだった頃を、思い出して。
あにぃと二人で、いろんな所に探検に行って……エヘヘ、ホントはあにぃのあとを、ボクがトコトコついていっただけだよね。あの頃はボク、ゼンゼン聞きわけがないがきんちょだったから、あにぃやママをずいぶん困らせたっけ。
それでさ、その時に……あにぃといっしょに、ぶたさんの蚊取り線香を焚いてる時だったよね。ボク、七夕のお話を……ママから、はじめて聞かされて。ふぅーんって思って、ただ、その時はさ、欲しいものを短冊に書いたら、誕生日みたいにプレゼントになるんだ!って思って。エヘヘ、ボク、欲しいオモチャとかお菓子とか、そんなのばっかり書いたんだよね。早く今年のクリスマスになりますようにとか、勝手なことお願いしてさ。
それでね、これってきっと、その頃……ボクが書いて、ポイって放ってた短冊なんだ。
それが、偶然タンスの中にまぎれこんでて……ママが洗濯する時にいっしょになったんだね。
でもさ、あにぃ。それがわかって、はじめは笑ってたんだけど……へたっぴいな字の短冊の願いごとを見てたらね、ボク、何だか……
そのさ、ちょっぴりだけど……悲しくなっちゃった。
だってさ、この頃のボクは、まだ、今みたいに……あにぃと、はなればなれになるなんて、ゼッタイに思ってなくて。だからさ、売ってるオモチャとかばっかり欲しがってさ。
こんなお願いなんて、どうでもいいやって……それで、きっと飾らなかったんだね。
でも……でもさ、あにぃ。あのね……今は、今はね、ゼンゼン違うよ。
ボク、何よりも……どんな高いオモチャでも、最新式のスポーツ用具でも……そうだよ、一流選手のサインなんかより、ずっと、ずっと……
あにぃと、いっしょに……もっと、いっしょにいたいもん。
「あ……あれ……?」
あ……どうしたんだろ。ボク……あっ、ち、違うからね。あにぃ。
そうだよ。ランニングして……タオルでエイエイって適当にふいたから、汗が、まだちょっぴり残ってて。それがさ……
ボク、あわててまたタオルを出して、ゴシゴシって顔をふいて……
それで、顔をあげたら。
あのね、あにぃ。そこに、キレイな青空があって。朝の公園で、向こうのブランコの間から……おひさまが大きくなってて。
今日はとってもいい天気になるよって、教えてくれてるみたいだったんだ。
「あっ、ボク……もう戻らなきゃ。」
ママが心配するかもしれないし。それでボク、走り出そうとしたんだけど。
手の中の短冊に気が付いて、どうしようかなって思って。
家には笹がないし。花穂ちゃんの家に行って、ぶらさげるのも……なんだかさ、ちょっぴりヘンな気がして。
それで……あ!
「そうだ!」
あにぃ、あのね、いつも来るこの公園にはね、大きな樫の木があるんだ。
ずいぶん古い木で……目立つから、ボクも走る時は目標にしてるんだけど。
アイディアがひらめいてさ、それに登ることにしたんだ。
ボク、木登りは得意だし、この木は登り慣れてるから、すぐにてっぺんまであがって……
そこの、はっぱに隠れてる枝の一本に……誰も見えないところに、赤い短冊を……結んで、つけたんだ。
ね、あにぃ。ここなら誰にも迷惑かけないし、いいよね。
えへへ、ササの葉とかじゃないから、ちゃんとかなわないかもしれないけど……
でもさ、捨てちゃうなんて……ゼッタイできないし。そうだよ……昔のボクは、そうだったかもしれないけど。
今のボクにとっては、とっても大事なことだもんね。
もちろん、わがままだってわかってるけど……それにさ、すっごくへたっぴぃな字だけど。
でも……だけどね、ボク……これがかなったらいいなって、思ったんだ。
あにぃと、もっと……
「あ!」
そこで、気が付いんだけど。ボクの登った木の枝には、スズメさんがイッパイ!
みんな、ボクのこと見てて……あぁ、ゴメンね。それに、ボクの短冊も見られちゃった。何だか恥ずかしいよ、あにぃ。
「ね、みんな……このことさ、黙っててくれるよね?」
ボクが頼んだら、スズメさんたち、みんなでチュンチュンって鳴いて……
ボク……もっと恥ずかしくなっちゃった。
あにぃ、ほんの時々でいいからさ……今度、いっしょに走ろうよ!
昔のボクより、ちょっぴり大人に……ううん。ボクが大きくなったこと、教えたいからさ。
だから、ね!きっと……約束だよ!