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ダレモイナイ コウシンスルナラ イマノウチ(ペ∀゚)ヘ
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[58]SS『Azure Distance』≫北へ。: 武蔵小金井 2002年06月10日 (月) 19時36分 Mail



 黒髪が揺れて、振り向く少女。
 その顔に、少しだけ不安そうな色が宿っています。
「なぁ……本当によかったのか?」
 左京葉野香、十八歳。
 その視線を受けて、もう一人の少女が微笑しました。
 どこまでも白い肌。星の光のように淡い金髪。
「ハイ。それとも……ハヤカ、サッカーはキライでしたか?」
 ターニャ・リピンスキー、十七歳。
 涼しげな夕暮れに、白い洋服が似合っています。
「いや、嫌いとかそういうつもりじゃないけどさ……ほら、チケットってすごく貴重なんだろ。それを、あたしなんかが貰っちまって……ターニャ、本当によかったのか?」
 思わず繰り返してしまう、問いかけでした。
 ターニャさん、微笑がハッキリとしたそれに変わります。
「ハイ。エンゼルのマスターが、商店会のフクビキで手にいれたのを、いただいてしまって……マスター、どうしても今日はヒマがないから、わたしに……」
 ターニャが一番、いっしょに行きたい人と行くといいよ。
 その言葉を思い出して、ほんのりと頬を染めるターニャさんです。
「そ、そりゃあたしだって……嬉しいけどさ。」
 葉野香さんは、妙にうわついたトーンの声。もしかして、照れているのでしょうか。
 ターニャさん、ニッコリと笑います。
「ハヤカ、ありがとう。ひさしぶりのサッポロで……いいキュウジツになりそうです。」
「そうか……そうだよな。じゃあ、行こうか。」
 楽しそうなターニャさん。まんざらでもないという顔をしながら、どこか嬉しそうな葉野香さん。
 大通り公園を、歩き出す二人でした。  


「すごい人だな……やっぱり。」
「そ、そうですね……」
 雑踏を抜けた先にある、人の海。まもなく試合が始まるからでしょうか。スタジアムの周囲は、黒雲たちこめ嵐が巻き起こる荒海のような様相を帯びていました。
「ここを抜けるのか……気が滅入るな。」
 こめかみの辺りを押さえる葉野香さん。その隣で、ターニャさんが少し不安そうに周囲を見回します。
「ハヤカ。チケットは、もう売りきれなのですか?」
「えっ?」
 ターニャさんが指し示した方向に、即席のプラカードや何やらを手にした人たちが。
 口々に、入場券を求める叫びを放っています。
「当日は売ってないんじゃないか?というかさ、確かこういうのは全部前売りじゃないのか?」
「でも、むこうで買っているヒトがいるみたいです。」
 別の方向を示すターニャさん。そちらには、怪しげな中年のおじさんと取り引きを交わしているアベックが。
「あ、あれはダフ屋だよ。」
「ダフヤ……?」
「あぁ。ほら、持ってないけど、チケット欲しがってる人がいるだろ?そういう人に、自分が持ってるチケットを、何倍も高く売りつけるんだ。」
「そうなんですか……ヤッパリ、高価なものなんですね。」
 手にした小さなハンドバック。その中に入っているチケットのことを考えたのでしょうか、わずかに意気消沈したようなターニャさんです。
 と、それを見て葉野香さんは笑います。
「ターニャ、気にするなよ。マスターがターニャに、ってくれたんだろ?ターニャが楽しんで観戦すれば、マスターも喜ぶって。ほら、行こう。」
「あ……ハ、ハイ。」
 思わず、でしょうか。ほっそりとしたターニャさんの手を取り、混雑の中に踏み込む葉野香さん。
 ターニャさん、驚きつつもそれに続きます。
 二人に襲いかかるは、すさまじい人の波。
「誰か、チケット売って下さい!」
「ちょっと、携帯ゼンゼンつながらないよ!」
「彼女、可愛いね……ぶぎゃっ!」
「チケットあるよ?いくら持ってる?」
「ほら、飲み物買って来て!」
 長身に漆黒の髪の葉野香さんと、金髪でほっそりとしたターニャさん。
 普段の街中では目立ってしかたのない美少女二人ですが、今日ばかりはそれほど注視を浴びることもありませんでした。
 とにかく、無事にゲートを抜けた二人です。


 歓声が包み込んだスタジアム。
 その熱気は、尋常なものではありませんでした。
 それもそのはず……
「がんばれ日本!」
「勝ってくれーっ!」
「勝ち点3ゲットだー!」
 何しろ開催国にして母国、我らが日本の試合なのです。
 ゲートの一つから観客席に出た二人は、その気迫に圧倒されていました。
「す、すごいな……でも、ちょっとうるさすぎないか?」
 大音響に顔をしかめる葉野香さん。かたわらのターニャさんの顔も少し赤い。
「ハイ。ホントウに、ニギヤカですね……おどろきました。」
「あぁ。でもまあ、無事に入れてよかったよ。さてと、席は……どこだっけな。」
「えっと……あ、すこし上みたいです。」
 とりあえず座席番号を確認。しばらくして、それを見定める二人です。
 座席について、とりあえず安堵の息を。
「何だか、ここに来るまでで疲れちまったな。ターニャ、身体は平気?顔、赤いよ?」
 うなずくターニャさんですが、やはり少しだけ疲れているみたいです。
「ヘイキです。座っていれば、オチツクと思いますから……」
「そうか。無理するなよ。まだ時間あるみたいだから、よかったら寝てれば……って、ハハ、これじゃ無理か。」
 葉野香さん、苦笑。ターニャさんも笑顔。
 とりあえず、試合開始を待つ二人です。


 観客席もブルーのユニフォーム一色に染まり、いよいよ期待がたかまっていきます。
 雰囲気というものでしょうか。葉野香さんも、楽しみになってきたようにフィールドを見守ります。
 その横顔を嬉しそうに見るターニャさんですが……
「イズヴィニーチェ……」(すみません)
 背後からの声に、振り返る二人。
「えっ?」
「アッ……?」
 そこに、二十歳中ほどの年頃でしょうか、男女二人が。染めているのではない、自然な金と茶の髪に、澄んだ濃緑の瞳。外国人のようです。
 何かとても心配そうな顔の二人は、ターニャさんに何事か。
 どこか神秘的な、速い調子の発音。ロシア語です。
 葉野香さんは驚きつつ、当り前かと納得しました。そう、日本対ロシアの一戦なのですから。
 その前で、流暢に……聞き慣れない言葉を返すターニャさん。
 身振りを入れながら会話する三人に、葉野香さんは黙して待ちます。
 そして、ターニャさんが。
「その、ハヤカ……」
「どうした?何かあったの?困ってるみたいだけど。」
「ハイ。このヒトたちのコドモが、マイゴになってしまって。ワタシに、見なかったかと……葉野香、ちいさな……四歳ぐらいの金髪の男の子なんですが、見かけませんでしたか?」
「えっ……あ、ううん。見てないな。」
「そうですか……」
 二人に言葉を返すターニャさん。二人、残念そうにうなずくと、頭を下げて周囲をキョロキョロ、歩き出します。
 再び席につきながら、それを心配そうに見送るターニャさんに、葉野香さんも。
「警備員とかにしらせたのか?迷子の放送とか……」
「ハイ、それはもうシラセテあるそうです。でもやはり心配なので、ロシアの人を探して、見なかったか尋ねているみたいです。」
 心配そうなターニャさんに、葉野香さんは何事か思案。
 と、響き渡る大歓声。
 いよいよです。双方の選手が、フィールドにあらわれました。
 それを横目に、葉野香さんが口元を緩ませます。そして、ガタン。
「ターニャ、行こう。」
「えっ?」
 立ち上がり、手をさしのべる葉野香さん。
 ターニャさん、何のことかわからない様子で、とまどいを隠せません。
「迷子のこと、心配だろ?あたしたちも係員のところに行ってみてさ、何か力になれないか聞いてみよう。指定席だから、外してても大丈夫そうだしな。」
「えっ……あ……ハイ!」
 花が咲いたような笑みをこぼれさせて、うなずくターニャさん。
 二人、席を立って歩き出します。

 キックオフ。
 ボールが、大きく蹴り出されました。
 歓声と、歌声と、罵声と……悲鳴。
 情熱が見えない生きものになったような、スタジアムの興奮です。
 熱闘、一進一退。
 双方無得点のまま、ハーフタイムに。

「ふう、ようやく戻ってこれたな。」
「ハイ……スミマセンでした、ハヤカ。」
「何言ってるんだよ。そんなことより、よかったよな、あの子。」
「ハイ。ホントウによかった……」
「ロシアの子供同士で、集まって遊んでたなんてな。ハハ、みんな可愛かったけどさ。」
「エエ。ゴリョウシンも、あんなによろこんで……」
「だよな。何だかあそこまで感激されると、こっちが照れちまうけどさ。」
 幸せな笑顔。それを思い出して、うなずきあう二人です。
 手にした飲み物のカップを軽く触れ合わせ、そして一息。
「さてと。試合は同点みたいだな。」
「ハイ。これから後半ですね。」
「ああ……なぁ、ターニャ。ロシア語でさ、がんばれって……どう言うんだ?」
「えっ?ガンバレは……えっと、『ダヴァーイ』で、いいと思います。」
「そうか。よーし……」
 葉野香さん、腰を持ち上げて大きく息を。目を瞬かせるターニャさんの前で、
「ダヴァーイ、ロシア!ダヴァーイ!」
 よく透る、芯の強い叫び。
 周囲の人々……ブルーの服の日本人サポーターたちが、驚いたようにこちらを見ました。
 もっとも、一番驚いているのは隣のターニャさんです。
「ハ、ハヤカ……」
 その前で、もう一度叫び。
 どこか敵意が含まれたような辺りの視線にも、屈しません。
 黒髪を散らして、毅然と肘を曲げる葉野香さんです。
「ハヤカ……?」
「あ、いや、さ。日本の応援はこんなにいるのに、ロシアは少ないだろ。さっきの子のこともあるしさ。今日はあたし、ターニャと一緒にロシアチームを応援するよ。」
「えっ……」
「いいだろ?何だかさ、そうしたくなっちまった。さっき、ロシアの人にたくさん会っただろ。みんな、この日本で、ターニャみたいにがんばってるんだなって思ってさ……応援したいじゃないか。」
 驚いた顔のターニャさん。
 やがて……嬉しそうに、瞳を潤ませてうなずきました。
 ホイッスルが響き、後半が始まります。
 そして……大歓声が、響き渡りました。


「残念だったな……」
「いいえ、そんなことありません。応援してくれて、アリガトウ……」
 興奮さめやらぬスタジアム。
 そこを離れ、寄り添うようにして歩く二人です。
「ちっ、いいシュートだったのにな。惜しかったよ。もう少しで、同点になったのに。」
「いえ、ホントにいいシアイでした。ロシアのヒトたちもがんばりましたけど、ニホンの選手、とても動きがよかった。ジツリョク、だと思います。」
「そうかな……」
「ハイ。とても楽しかった。おめでとう、ハヤカ。」
「えっ……」
 葉野香さん、思わずターニャさんを。
「ロシアは今まで、タクサン勝ってます……ニホンはまだ、勝ったことがないって聞きました。だから、初めてのショウリ、おめでとう……」
「そうだな……ん、ありがと。ハハ、何だかミーハーなまわりの連中に張り合っちまったからな。すっかりロシアのサポーター気分だったよ。」
「フフ、もういいですよ。でも、お互いこれからは、タイトウです。」
「そうだね。でも、ターニャも一生懸命応援してたよな。体、大丈夫か?疲れてない?」
「えぇ、スコシだけ疲れましたけど……でも、とても楽しかった。ナンドモ行けないでしょうけど、また、ハヤカと見に行きたいです。」
 コクリとうなずく緑の瞳。葉野香さん、照れたように頭をかきます。
「さて、と。とりあえずロシアは負けちまったけど、日本は勝ったわけだし……」
「ハイ。約束通り、サンネン会で、ゴチソウしてもらえますね……ハヤカに。」
 クスッと、悪戯っぽい笑みを覗かせるターニャさん。
「ちぇっ。日本が負けたら、ターニャがおごってくれるはずだったのにな。あたしなんて、店でラーメン出せるぐらいだぜ。それでいい、ターニャ?」
 うなずくターニャさん。そこで、ふと思い出したような顔になり……立ち止まって、ハンドバッグを開けました。
 出てくるのは、小さな紙の袋。
「ん?どうした?」
「ハヤカ、これ……忘れるといけないから。ニホンのみなさんが勝ったから、キネンに……」
 手のひらに乗る、小さな模様入りの紙袋。葉野香さん、それを受け取ります。
「あ、ありがと……何だろ。開けてもいい?」
 了承するターニャさんに、ガサガサと開ける葉野香さんです。
 中から出て来たのは……
「あっ……これ……」
 細い銀色のチェーン。それに引き出されて、あらわになったもの。
 夜の札幌。ビル街のイルミネーションを受けて、ブルーにきらめきます。
「ガラスの……サッカーボール?」
「はい。工藝館で、あたらしくうりにだされたものです。ちょっぴりだけ、ニンキがあるんですよ……」
 透き通った多面体の青い硝子が、光を受けてプリズムのように輝きます。
 葉野香さん、じっとそれを見つめた後、気付いたように視線をあげます。
「もしかして、これ……ターニャが作ったのか?」
 コクリ、うなずくターニャさん。
「ホントは、逢ったときにわたそうとおもっていたんです。でも、その細工は……夜のジカンのほうが、キレイに見えるから……」
「そうか……そうだね。キラキラしててさ、とっても奇麗だよ……でもさ、いいの?本当に貰っても。高そうだしさ、ほら、あたし、チケットだって貰っちまったし……」
 ゆっくりと首を振るターニャさん。頬は、やっぱりほんのりと。
「ハヤカは、あんなにニホンのヒトがタクサンの場所で、祖国の……ロシアの応援をしてくれました。ワタシ、とてもうれしかった。マイゴのコドモのこともそうです。それにくらべたら、ワタシは、カタチのあるモノしか、いつもハヤカに渡せなくて……」
「バ、バカだな。あんなこと何でもないよ。それより、サンキュ。すごく気に入ったよ、これ。いいな、絶対売れるだろうな。」
「アリガトウ……うれしいです。」
 恥ずかしそうな、それでもやはり嬉しそうな、ターニャさん。
 銀のチェーンをクルクルと指に巻きつけて、葉野香さん、夜空を見上げて大きく伸びをしました。
「よーし!ターニャ、それじゃ、店でお祝いだな。」
「えっ……あっ、ニホンのチームが勝ったから、ですね。」
「いや、違うよ。ターニャの新作の記念と、大ヒットを祝ってさ。パーッと騒ごうぜ。」
「エッ……ハヤカ、もう……」
 悪戯っ子のような表情の葉野香さんに、ターニャさんは真っ赤。
 笑顔に戻った葉野香さん、艶やかな髪をひるがえして歩き出します。

 札幌ススキノの夜。
 きらめく硝子の輝きが、青い軌跡となって消えて行きました。



[59]ゴールですよ〜♪(あとがき): 武蔵小金井 2002年06月10日 (月) 19時45分 Mail

 ううむ、日本の勝利とロシアの健闘を祝って一筆……

 というか、由子さんとか踊り出してそうですよね。もうペイントして両手で小旗を振って(笑)。
 ですか、イキオイあげてみれば、葉野香さんとターニャさんという……
 何だか基本中の基本な気がするお二人で綴ってしまいました。
 とりあえず、読んでいただいた方には深くお礼を申し上げます。

 あっ、一つだけ。
 試合会場は札幌スタジアムじゃなくて、ヨコハマですよ!
 というツッコミは……どうか生暖かい目でお見逃し下さい(笑)。

 おめでとう日本。素直に、ただただ嬉しいです。
 それでは。


[60]SS『Azure Distance,too』≫北へ。: 武蔵小金井 2002年06月14日 (金) 22時37分 Mail

 
 涼やかなる小樽の夕暮れ。
 流れる運河、遥かなる大陸へ臨む海。
 歴史ある硝子工房、小樽運河工藝館。
 そこに隣接する、社員寮の一室です。
 
「ロシア、残念だったな……」
「いいえ……」
「ごめんな。あたし、テレビの方に気を取られちまって。ターニャ、聞きにくかっただろ?」
「そんなこと……ありません。でも、はい……ちょっと、ザンネンでした。」
「だよな。引き分けでもよかったのに。ベルギーの連中、さんざんシュートしてさ……あ、ごめん。」
「いいんです。でも、やっぱり勝ちたかった……ニホンとロシアで、いっしょに……」
「そうだよな。今日はそろってお祝いだって思ってたのに……って、ゴメン。あーあ、同点になった時には、やったぜ!って思ったんだけどな。」
「ハイ。でも、ロシアの選手、みんなあきらめませんでした。最後まで、ゆうかんにたたかって……おわるスンゼンまで、がんばって、得点したんです。わたし……ロシアのチームを、誇りにおもいます。」
「あ、あぁ。そうだよな、ロシアも頑張ったよ……ちっ。こんなことならこの前の試合、日本が負けてりゃよかったんだ。」
「そんな……ハヤカ、そんなことないです。」
「よく考えたら、日本が勝てなかったのもベルギーだけじゃないか。何だよ、ロシアにまで勝ちやがって……!」
「そんな、ハヤカ……」
「ん、あ、あぁ。ごめんな。せっかく、ターニャが招待してくれたのにさ。でも、残念だったよな。仲良く決勝トーナメント進出だって、準備してたのに……」
「はい……そうですね。でも、せっかくですから、ハヤカ……わたしの料理、食べていってくれますか?」
「あ、あぁ……って、チャイム?誰か来た?」
「ハーイ、日本代表大勝利おめでとうー!ってことで、お邪魔しまーす!」
「お、お前……ど、どうして!?」
「どうしてもこうしても、この桜町由子サマが、こんなめでたい日に黙っていられますか!緊急非番につきはるばる小樽までお祝いに参上!って、北海軒の葉野香ちゃんこそ、どうしてここに?」
「だから、それはこっちの台詞だろ!そっちこそ、どうしていきなりターニャの部屋に……!」
「あ……カヲル先生……?」
「こんにちは、ターニャさん。フフ、ごめんなさいね、いきなり。」
「薫さん……ターニャの主治医の?」
「そうです。でも先生、どうして……」
「いえ、この前の検査の時に、サッカーの試合を見に行くって話をしていたでしょう?ターニャさん、見かけによらず興奮しやすいたちだから……ロシア戦のこともあって、少し心配になってね。近くに寄ったついでに、顔を見に来たのよ。」
「ハーイ!めざとくそれを見つけて、加わった自分でーす!」
「フフ、そうなのよ。桜町さん、日本が勝ったからって、バイクで走りまわってて……」
「そうでーす!勝った勝った、日本H組トップの無敵無敗で堂々の決勝トーナメント大進出!おめでとうううっ!」
「う、うるさい!でかい声でわめくなよ!ここ、ターニャの部屋なんだぞ!」
「それもそうね。社員寮だから、少しトーンを落とした方がいいわよ、桜町さん。」
「へーい!でも嬉しいことは間違いないんで、今日は精一杯祝わせて下さいな!ってことで皆さん、お手を伯爵ーっ!って、それは拝借ですってば!」
「ダメだ、こいつ。薫先生、ターニャは大丈夫だから、こいつ連れて病院戻りなよ。緊急入院させた方がいいって。」
「にゃにおー!やるかー、ゴールゴールゴール・キックっ!」
「ぐあっ!」
「あっ……でも、せっかく来ていただいたんですから、よかったら、御一緒に……」
「なになに?もしかして、パーティの真っ最中だったとか?あ、ケーキとかお料理とか、準備してたんだ!ラッキー!」
「こ、この……何がラッキーだよ!第一……」
「うふふ、でもお邪魔じゃないかしら。ターニャさん……?」
「いいえ……とても嬉しいです。お客様なんて、めったにないから……どうぞ。せまいですけど……」
「ナンノナンノのヨーコさん!私の官舎に比べたらゼンゼン広いってば!いいなぁ、ガラス細工もいっぱいあって……うわ、これなんてキレイだね!」
「勝手に触るなよ!お前、片っ端から割っちまいそうだからな。」
「そんな……ありがとうございます。どうぞ、よかったら見ていって下さい。お料理、すぐに暖めますから。」
「ふふ、それじゃお言葉に甘えて。お邪魔するわね。」
「はーい、ゴショーバンに預っちゃいまーす!」
「ターニャ、あたしも手伝おうか?」
「あ、いえ。キッチンは小さいですから。」
「そう?」
「でも……それじゃハヤカ、お客様がふえたので……そのぶんのお皿、ならべてくれませんか?」
「う、うん。わかった。」
「ヒュー!相変わらずお熱いですなぁ、お二人とも。ウイウイしいというか……」
「な……こ、この野郎!いつもいつも、そんなことばかり言いやがって……」
「おーっ、やるかこのぉ!この時価二千万は下らないジャパンブルーのガラス皿をオソレヌのなら、かかってこい!」
「あ、危ないだろ!回すなよ!ターニャの宝物なんだぞ!」
「まぁ……見事なお皿ね。そういえば、知っている?昔、ガラス職人はみんな孤島の古城に閉じ込められて、一般社会と隔離されて働かされていたのよ。他国にガラス作りの技術が渡るのを防ぐためにね。」
「はい、とてもカナシイお話です。でも、ガラス細工にはそれだけの美しさが……人を惑わすほどの魅力があったんですね……ずっとムカシから。」
「あ、ターニャ、鍋はあたしが持つよ。ほら、そっちも遊んでないで、どけったら。」
「うわー!おいしそうなシチュー!」
「バカ、これはボルシチだよ。ターニャの得意料理なんだからな。」
「あははは、そんなことわかってるって。うーん、いい匂いだね。」
「そうね、ロシアの家庭料理……ボルシチに、ピロシキ……か。」
「うふふ、ザイリョウとか、ちょっぴり手がぬいてあるんですよ。お口にあえばいいんですけど……」
「ターニャの作るものなら、何でもうまいって。じゃあ、座ろうぜ。」
「あ、そりゃお口の方をあわせますってよくあるネタですか?くーっ、もうこの水いらず黒髪娘はー!」
「な、なんだよ!ワケわかんないこと言うなよな!」
「フフ、とりあえず席につきましょう。お料理、どれもおいしそうね。」
「はいはーい。じゃあ、いよいよ乾杯ということで……取り出しましたるは、ジャジャーン!」
「に、日本酒……?バカ、あたしもターニャも未成年だよ!」
「えーっ?そんな、ススキノの娘がカタイこと言わないでよぉ。せっかく、めでたい日なんだからさ。」
「そうですよ。いいじゃないですか、ハヤカ。少しなら……オツキアイします。」
「た、ターニャ……!?でもさ、身体のこととか……」
「はいセンセー!そこんトコ、いわゆるどうなんですか?」
「そうね。少量なら、お酒はむしろ体にいいのよ。フフ、もちろん飲み過ぎはいけないけれど。」
「オーシ、ってことで、先生も了承っ!ほら、そっちはコップコップ!並べる!」
「め、命令すんな!ったく、不良自衛官め……ターニャ、このグラスでいい?」
「あっ、ハイ。ありがとう、ハヤカ。」
「さてさて、では……シュポーンと一気に!」
「うわっ……匂いがキツイな。それ、大丈夫かよ?度数は?」
「ハハーン、さてはお嬢さん、こう見えて実は下戸ですな?いけませんよ、料理屋のアトトリ娘がそんなことじゃ。」
「バ、バカにすんな!あたしはこれでも酒なんて、ガキの頃からいっくらでも……」
「まぁ、たくましいわね。」
「ホントですか、ハヤカ?」
「ち、違う。飲んでるって意味じゃなくてさ。ほら、スープの隠し味とか、料理で使うだろ?」
「ほほぉ。それで好奇心からチビチビやってるうちに、もうすっかり味をしめてしまったと。」
「フフ、常習性には気をつけてね。若い頃は、色々あるでしょうけど……」
「な……!」
「実は先生。今じゃ、悲しいことがあると店の屋根に登って、清酒片手にもう愚痴吐きまくりで。お月さんよ、あたしの悩みを聞いてくんな……って。どうしたらいいでしょう。」
「あらあら。悩みとかは、人に相談した方がいいわよ。左京さんは、一人で抱え込むタイプに見えるから……ウフフ。」
「だ、だから、おい、そこっ!二人で勝手に、人がアル中だとか決めつけるなよな!」
「ハヤカ、そうなのですか?」
「違うって。こ、こいつらの話すこと、まにうけるなよな。あたしは別に……」
「ナヤミゴト、ありますか?わたし、頼りにならないかもしれませんけど……」
「み、みろ、ターニャが誤解しちまっただろ!」
「ウフフ、若いって素敵ね。あぁ、何だか高校時代を思い出すわ……」
「おおっ、学園一の秀才にしてマドンナだったという麗しの女子高生の秘められた過去ですか?」
「フフ、そうね……秀才とかマドンナとかは別にしても、秘めたものは色々とあったかしら。」
「お、おい……もう酔ってないか、薫さん?」
「アハハハ!それじゃあ皆さん、そろそろ乾杯といっきましょう!」
「あら、それもそうね。おいしそうなお料理、冷めてしまうといけないし。」
「あ、あぁ……ターニャ、いい?」
「はい……いただきましょう。」
「じゃ、日本代表の大勝利を祝って!あ、ロシアは負けちゃったんだよね。残念でしたー!」
「だ、だから!ターニャの前で、そういうこと言うなよな!」
「いいんです。ホントウのことですから……でも、ありがとうございます。」
「アハハ、ゴメンゴメン。じゃ、ターニャちゃんの祖国には残念でしたの、日本につきましては万歳御礼の、なかよくカンパーイ!」
「何だよそれ。と、とにかく……乾杯。」
「フフ、乾杯ね。」
「ありがとうございます……トゥスト……!」(乾杯)

 かくして、テーブルを囲んだ四人の祝宴が始まります。
 笑って、話して、茶化して、喧嘩して……
 残念だったこと、嬉しかったこと。
 きっかけはそれぞれでも、楽しければいいですよね。
 
「それじゃっ、おっじゃまー!あははっ、今日は楽しかったよ!」
「すっかり御馳走になって……ありがとう、ターニャさん。」
「そんな……お礼をいうのはこっちです。それに、あんなにニギヤカで、笑ったのはひさしぶりです。とてもたのしかった……」
「おや、そういえばさっきから無口なヤツ、発見!どうしました、はーやかちゃん?」
「ちっ、うるさいな。何でもないよ……」
「ははぁ。さてはキミ、せっかくの二人っきりのトキメク時間を私らに邪魔されて、それでムクれてるんですか?」
「こ……この!いいかげんにしろよ……」
「ごめんなさいね、左京さん。私たち、こんな時間まで……もっと早くにおいとましようと思っていたのだけれど。」
「い、いいよ。ターニャだって、楽しかったって言ってるんだから。あたしだって……そのさ、まんざらでもなかったし……さ。」
「ほほお、めずらしく正直でよろしい。よし、由子さんがWAFのスタンプを押してあげよう。」
「や、やめろってば!この……!」
「うわーん!薫センセ、助けて!」
「桜町さん……はい、こっち。ふふ、このままじゃ、いつまでたってもおさまらないわね。私たち、先に駅まで行ってるわ。左京さん、札幌行きの最終、遅れないようにしなさいよ。」
「えっ……あ、あぁ。」
「ん、じゃあねー、ターニャちゃん!葉野香ちゃんも!」
「それじゃ、ターニャさん。失礼するわ。」
「はい……さようなら。」
「…………ふぅ。」
「行っちゃいましたね……ハヤカ?」
「あ、あのさ……悪かったよな、今日。」
「えっ……?」
「そのさ、なんだか……あたし、てんで浮かれちまってて。たぶん、あいつのせいだけじゃないんだ。日本が勝ったこともそうだけど、ターニャが……その、最近、前より明るい気がしてさ。」
「わたしが……?」
「あぁ。サッカーが好きだとか、ゼンゼン知らなかったよ。でも、ロシアは負けちまって……ごめん。本当は、慰めなくちゃならなかったんだよな。それなのに、日本が……あたしたちが勝った勝ったってバカみたいに浮かれてるの、ターニャも一緒になって喜んでくれて……」
「ハヤカ……チガイますよ。」
「……ターニャ?」
「うふふ。わたし、サッカーは特に……ユウコさんのように、特別にダイスキなわけじゃありません。でも、一生懸命な祖国のヒトたちは、いつも応援したくて……だから、ロシアのチームが負けて、ザンネンだけど……みんな、きっとせいいっぱい戦って、満足しているとおもうんです。」
「ターニャ……」
「それに……最近、わたしが明るくなったなら……それはきっと、ハヤカのせいです。」
「あたし……の?」
「ハイ。わたし、ハヤカと出会って……父ののこした言葉のイミが、わかった気がするんです。アクトロイ・スワヨー・セルツェ……ココロを開きなさい。わたし、サッポロではじめて逢ったハヤカと、どうしてか……うちとけて、話ができました。」
「そう……だったっけ、な。」
「そうです。でもそれは、ハヤカが、わたしにココロを開いてくれたおかげ……それで、気がついたんです。父の言葉のイミは、きっとそういうことだったんだって。ロシア人とか、ニホン人とか、そういうことでなく……わたしたちは、ヒトとヒト、ココロとココロでむきあっているんだって。ずっと、ヒトは冷たいって思っていた、わたし……それは、わたし自身のココロが冷たく、閉ざされていたからだって。」
「ターニャ……」
「でも、それを開けるのは、やっぱりタイヘンです。でも、ちょっとでもそうしようと思ったから、わたしはタクサン……新しい、ヒトたちとも出会えて。だから、わたしがずっと探してきたコタエも、きっと目にみえない、ココロの中にあると思うんです。それが、このペンダントといっしょに、父がのこしてくれた言葉のイミ……だから……あっ……!」
「泣くなよ……ターニャ。」
「ゴメンナサイ……せっかく、楽しいパーティのあとなのに……」
「いいよ。それより、ありがと……」
「ハヤカ……?」
「あ……うん。今、聞いてたらさ、あたしもさ、その……ターニャと同じだって、思ってさ。」
「おなじ……?」
「うん。あたしも……そうだったからさ。何もかもに嫌気がさして、世の中なんて見たくないって思って……でもさ、ターニャに逢って、あたしなんかよりずっと苦労して、それでも逃げ出すことなんて考えないで、頑張ってるのを見てたらさ。ハハ、グチってた自分がバカらしくなって。だから……って、アハハ。何だかヘンだよな。あたしらしくないよな、こんな言い方……あっ、いけない。汽車の時間がなくなっちまう。」
「ハヤカ……」
「とにかくさ、ターニャ。今日はありがと。飛び入りとか色々あって、騒いじまったけど……とにかく楽しかったよ。ロシアとか日本とか、そういうの関係なくて。」
「わたしも……ハヤカといっしょで、たのしかったです。」
「うん。また、電話するよ。手紙もさ、よかったらくれよな。それじゃおやすみ、ターニャ!」

 彼女が駆け出す夜の闇。
 見送って、そして部屋に戻る少女。
 目の前には暗い夜道。静寂に包まれた部屋。
 それでも、二人の心は晴れやかでした。
 
 


[61]あとがき、とぅ: 武蔵小金井 2002年06月14日 (金) 22時41分 Mail

 おまけというか、ただそのままというか。
 気が付くとというか、何も考えていないというか。

 やったー!日本代表また勝ったー!

 ……ということで(笑)。
 初勝利の時もそうですが、嬉しくてただ一筆とすると、内容がまったく関係なくなってしまいますね。やっぱり。
 ですが、色々と気にすることなく、とりあえず勢いまでに投稿を。
 後日、赤面して修正が入るかもしれませんし……入らないかもしれません(笑)。
 とにかくひたすらめでたい今日ですので、自分も何かしたかったと……それだけ、です。

 おめでとう!やったね!凄いぞ日本、決勝トーナメント進出だ!

 ……ロシア、残念でした(涙)。

 それでは〜♪


[63]SS『Azure Distance,too late』≫北へ。: 武蔵小金井 2002年06月19日 (水) 03時06分 Mail

 
 
 札幌ススキノ、雨の十八時。
 ラーメン横丁の一店、その名は北海軒。
 ガラリ。店内から開けられる扉です。
 黒髪が散って、眼帯の少女が店を出ようとしました。
 その背後から、あわてたような男の声。
「お、おい!待てよ、葉野香!」
「なんだよ。」
 振り向くのは、左京葉野香さん。声をかけた相手……カウンターの向こうにいる実の兄、左京達也くんを睨みつけます。
 葉野香さん称するにバカ兄貴である達也くん、妹の態度に不満ありげな。
「お前、最近ちょくちょくそうして出やがって……うちは人手が足りないんだからな!いつ戻ってくるんだ!」
「うるさいな!いつ戻ろうとあたしの勝手だろ。第一、人手が足りないってなんだよ。客なんて……」
 そこで、気付いたように店の中に半歩戻り、ピシャリと扉を閉める葉野香さんです。
「フン、客なんてゼンゼン来やしないだろ!ったく、いつもは最低のクソ野郎なクセに、こういう時だけ真面目な店主ぶりやがって……」
「なんだと!兄に向かってその言いぐさはなんだ!だ、だいたいお前、最近何かにつけて外に出やがって……誰かに逢ってるんだろ?まさか、オトコでもできたんじゃないだろうな!」
「うるせえ!そんなんじゃねぇよ、バカ!」
「バカとはなんだ!用事がなけりゃ、店を手伝え!うちはバイト代なんて出せないんだからな!清美の奴が戻ってないんだから、お前がいないと……」
「いないとなんだよ!誰のせいで人手が足りないんだよ!バイト代も払えないんだよ!清美さんが実家に帰っちまったのも、あれもこれも何もかも、全部誰のせいだと思ってるんだよ!この、道北一の大バカ最低野郎!」
「こ、この……もう一度言ってみろ!」
「あぁ、何度だって言ってやるよ!てめぇなんざ……」
 左京兄妹の常といいますか、今日もまたささいなことからヒートアップしていく喧嘩です。
 口論の果て、達也くんはどんぶりと包丁、葉野香さんはメニューと灰皿を手に。
 言葉はここまで、睨みあい……というかいわゆるガンの飛ばしあい。そして、激突……
 する、その寸前でした。
 にぎやかな話し声が、扉の外で。通り過ぎるのではなく、北海軒……葉野香さんの背後の扉に。
 ガラス越しに映る、数人のシルエット。一触即発の二人、それに気付きます。
「客……!?」
 ガラリ。現れたのは……
「こんばんわっ!」
「お邪魔します!」
「わぁ、狭いラーメン屋さんだね!」
「こらこら。ちわー、邪魔するよ。」
「こんにちは、葉野香さん……あれ?」
 入って来たのは、大小老若(失礼)様々な五人の女性たち。
 身構えていた左京兄妹、驚きつつ……さすがというか、両手の得物を隠します。
 とりあえず、葉野香さんが。
「らっしゃい……って、あんたら……!な、何か用か?」
 メガネの三つ編み少女、里中梢さん。  
 おかっぱの元気娘、愛田めぐみちゃん。
 ショートの下の大きな瞳、川原鮎ちゃん。
 クセのある柔らかな短髪、春野琴梨ちゃん。
 そしてその母、春野陽子さん。
 入店した五人にとまどう葉野香さんに、最年長の陽子さんが。
「なに言ってるんだい。ここは北海軒だろ?ラーメン屋に来るのに、ラーメン食べる以外の目的があるってのかい?」
「もう、お母さん!いきなりおしかけて、ごめんなさい、葉野香さん。私たち、今日は残念会で……御飯を食べに来たんです。」
「そうそう。キター!って感じだよね。」
「残念会……?」
 葉野香さんの問いに、店内の机に突っ伏す鮎ちゃんです。
「あーん!我らが青いヒーロー、日本代表の負けちゃった残念会だよぉ!」
「そうだよね、ホント残念だったよね。あんなにがんばったのに……」
「だよねぇ。もう何だか、いまだに信じられないよ。あーっ!あんなに応援したのにー!トルコめ!」
「ほらほら、鮎ちゃんもまずは座って落ち着きな。てわけでさ、適当にお邪魔するよ。座るのはここでいいかい?」
 とりあえず、陽子さんが皆を店内に。テーブルの一つで椅子を引きますが、葉野香さんはとまどったよう。 
「あ、あぁ……」
「こら、葉野香!お客様にその態度はなんだ!らっしゃい、みなさん!適当に座ってやって下さい!注文決まったら、そいつによろしく。」
 達也くん、なんだかニヤニヤと。葉野香さん、ムッとしたようにそっちを見て……言葉はさすがにこらえたようです。
「あいよ。さてと、それじゃ、日本代表残念無念よくやったってことで、好きなもん頼みな。せいぜい、パーッと派手にやろうじゃないか。」
「さっすが、おばさん話せるぅ!」
「ホ、ホントにいいんですか?」
「いいよ、めぐみちゃん。お母さん、サッカー特番でボーナス出たんだよね?」
「特番?あ、この前のウチュウヂンサッカー?」
「なに、それ……?」
「うーん、何にしようかな。ね、これなんて読むの?」
 ガヤガヤとにぎやかに、メニューを見せあって騒ぐ五人です。
 葉野香さん、まだどこか困惑しつつも、とりあえずエプロンをつけて、お冷やを五人に。
 メニューもとりあえず決まり、注文。まずは、ジュースが五人分。
「陽子おばさん、おばさんはビールで乾杯じゃないの?」
「あぁ、そうさねぇ。やっぱりそうしようかね?」
「ダメだよ鮎ちゃん。お母さん、酔っぱらったら大変なんだから。」
「ナニナニ?するとすると、お母さんは酒乱ギミ?」
「あっ、それ、お父さんに聞いたことあるよ!陽子おばさん、若い頃は……アイタタタ!」
「はい、叔母的検閲。その話題は、残念だけどそこまで。」
「め、めぐみちゃん!お母さん、ひどいよぉ!」
 にぎやかなテーブルの五人。こちらには、厨帽頭に料理に精を出す兄。
 葉野香さん、両方をチラチラと窺いつつ、どこか身の置き場がない感じです。
 それをニヤリと見やって、口の端を持ちあげるのは達也の兄さん。
「おい、葉野香。サボってないで、皿とドンブリ出せ!」
 目をむく葉野香さんですが、楽しそうな五人がそこでは言い返すわけにも。
 とりあえず、黙って棚から器を並べます。鍋をふるい、かきまぜていた達也くん、その様子にニンマリと。
「ほら、どんどんできるからな。さめないうちに運ぶんだぞ。やっぱりラーメンってのはな、のびたらまずいからなァ。」
 自慢げに、とびきり偉そうに語る兄を、眼帯に隠れていない片目をギラリ……凄い目つきで睨みつける葉野香さん。優越感に浸っている達也兄、スープを入れたり、ラーメンをあげたり、なんだかめずらしく手際もいい感じです。
「よし、味噌バターラーメン、ネギラーメンにチャーシュー二倍、回鍋肉(ホイコーロー)セットに天津飯、おまけに激辛辣醤麺(ラージャンメン)、あがりっと!」
 厳しい目つきで出た料理を見定める葉野香さんですが、まさにこういう時に限ってというか……見た目は悪くありません。いえ、むしろおいしそうです。
「どうした?さめちまうだろ、葉野香。さっさと持ってけよ。」
 ニヤニヤ。優越感ここに極まれりの兄貴です。
 葉野香さん、ブルッと肩を震わせ、息を吐いて……それでもやはり、さすがは料理屋に生まれた娘。
「ハイ……お待ちどうさま!」
 あくまでも落ちつき払って、五人のテーブルに料理を運びます。
「うわあ、おいしそう!」
「いい匂いだね!」
「ねぇねぇ、これってどれが激辛ラーメン?」
「あ、天津飯ってめぐみちゃんだっけ?」
「ふぅ、じゃあいただこうかね。日本チームは残念だったけど、よくやったよ。じゃ……」
「いただきまーす!」
 それぞれの箸がつけられます。葉野香さん、まずいの声を……後ろめたいと思いつつも、どこかで期待してしまったり。
 ですが、こういう日にかぎって、
「あ、おいしい!」
「ほんと、このスープいいな!」
「おや、いいコシがついてるね。」
「タマゴも柔らかくておいしいよ!」
「わぁ、それいいな……鮎ちゃん、一口食べてもいい?」
 と、声があがったり。天中殺とはこういう日のことでしょうか。
「おうっ、ありがとさんっ!」
 追い討ちのように、兄が叫びます。振り向かなくても、自分に向けられたその表情がわかってしまう葉野香さんでした。
 敗北感のような……焦燥のような、思いがつのります。
 そして。
「あたし、ちょっと出てくる!」
「おい、待て!どこ……」
「買い出しだよ!肉とか、少し足りないだろ!これから……」
 一息。楽しそうに食事をする五人の客を見て、そして兄を見て。
「……これから、かきいれ時だからな!」
 そう言い捨て……いや、言い放って、北海軒を飛び出す葉野香さん。
 ちきしょう……!
 にぎやかなススキノ、小走りの少女。声には出ませんが、心の叫びが。
 負けた。ハッキリ言えば、そういう感覚でしょうか。
 何が、何に負けたのか。そこまで考え切ることなく、片方のこぶしをギュッと握る葉野香さんです。
 いいよ、認めてやる。でも、終わったわけじゃないからな。またすぐに……
 そう、明日が来ます。望んでも、望まなくても。
「さて、と……」
 にぎわう夜のススキノ。行きつけの、まだ開いている商店へと向かう葉野香さんです。
 負けてもいいなんて思わない。そんなこと、望んでない。
 だけど、望まなくても負けることはある。
 葉野香さんは、大きく夜空を仰ぎました。
 でも、負けたからって終わりたくない。そんなのは、まっぴらだ。
「そうさ……」
 勝てばいい。また、次に。
 負けたって、勝てばいい。その機会は、チャンスは、必ず来る。
 そう、明日また、日が昇るように。
「……あきらめなけりゃ、いいんだから。」
 自信ありげに隻眼を細めて、北の街を駆け出す葉野香さんでした。
 
 


[64]あとがき、とれ〜: 武蔵小金井 2002年06月19日 (水) 03時10分 Mail

 残念でした、日本代表。

 というわけで、私的W杯葉野香さんシリーズもこれでラストに(笑)。
 即興というか、まさにただただノリだけで記してますが、まあそういうのも実は好きだったりします。とはいえ人に見せるものか?と問われるとまた考えてしまうのですが、とりあえず(汗)。

 いや、でも楽しかったです。面白かったです、日本代表。
 ありがとうございました、本当にお疲れさま。
 



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