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[665] ありがち恋物語〜たかしとひろしの場合〜
ひたたれ - 2004年08月06日 (金) 15時26分

「落ち着いて、たかし。ねっ、熱でちょい今おかしいんだよ」
 ひろしは笑いながら、俺のでこをぺしぺしと叩いた。
 俺は笑えない。だってマジだもの。
 っていうか、ベッドに押し倒してキスまでしたってのに笑っていられるひろしの方がおかしい。
 「…ひろし、俺、本気なんだけど…」
 ずずいと顔を近づける。
 もう一度、キスの感触を…。
 「たかし!」
 俺の口をひろしの手が覆う。
 少し…震えてる…?
 俺はその手をつかむと優しくなめてやった。
 大きく肩を揺らすひろし。
 「かわいい…」
 「たかし…ちょっまっ…」
 待てるかい。
 ひろしは必死で押し返そうとしているらしいがそんな抵抗は俺にとっては無いにも等しい。
 もともとかなりの体格差があるのだ。
 俺が特にでかいとかいうわけではない。 ひろしが小さいのだ。
 身長150センチ。がり…ってわけではないんだが、全体的に細く弱々しい。
 大きな目が泣きそうに潤んでいる。
 あ〜わかんないかな。そこがかわいくってたまらないんだって。
 「…んっ…ん〜っ!!」
 俺は深く深くひろしの口内を探る。
 ひろしが苦しそうに俺の胸を叩くが、もう止まらない。
 「やっ…ん〜っ・・・」
 やっと…積年の願いが叶う…うっ。
 「いだ〜〜〜っ!!」
 …舌を…かまれた。
 俺が思わず身を離したすきにひろしはベッドから急ぎ降りる。
 あ〜あ。ぼろぼろ泣いちゃって…。
 俺も泣きたいぞ。舌はすっげぇ痛いし。
 「お前なぁ〜女みたいな撃退法すんなよな〜」
 ひろしはかあっと顔を赤くした。
 「だっ…だって、たかしが…ふっ……ひっく…う」
 更に涙をこぼす。
 …さすがに罪悪感。 
が、なぐさめようと近寄るとびくっと身を竦ませ、かばんを持ち上げると…
 「ごっ…ごめん!僕、帰るっ!」
とか言ってぱたぱたと部屋から出ていってしまった。
 俺は追いかけようとしたが…うまく身体に力が入らずカーペット上にしゃがみこんでしまった。
 …確かに熱はあるらしいな。
 遠くで、玄関が閉められる音が聞こえた。 …あ〜あ。やっちまった。
 俺はごろりと寝そべると深くため息をついた。

 翌日…、案の定、俺はひろしはに避けられまくった。
 会う…というか近くにいられたのは、授業中くらいだ。俺とひろしはなんの奇跡が起こったか知らないが隣同士の席なのである。
 ちらっと横を見るとひろしは熱心にノートをとっていた。
 そのいつもと変わらない態度になんだかむかついて、更にじ〜っと見つめる。
 顔を、黒板、ノートと上下させる度に艶やかな黒髪が揺れる。
 やがて視線に気づいたのだろうか、次第に行動がぎくしゃくしてきた。
 …おもしろい。俺を意識してるのがバレバレ。
 顔を上気させ、もう写し終わったろうにノートに何かを書き続けている。
 心底、かわいい。
 「田中、田中!」
 …ん?
 「はぁい、何ですか?」
 はげ先生が怖い顔で俺を見ている。
 「…お前、手が全然動いてないように見えるが…」
 「頭だけでなく、目にも老化が進んできたようですね」
 俺はにっこりと言ってやった。
 せっかくのひろし観察タイムを邪魔されて少し、腹が立っていたのだ。
 はげ先生の目がつりあがる。
 あはははは…超こえ〜。
 「ったく、貴様は受験生だってのに少しもやる気が感じられん!こんなことでいいと思ってるのかぁっ!」
 思ってるさ。
 今は俺はひろしのことで頭が一杯なのさ。仕方ないだろうが。
 「すいません。以後、気をつけますので。授業を続けてく下さい」
 そんな内心とは裏腹にぺこりと頭を下げ、シャーペンを握る。 
 「…うっうむ」
 はげ先生はそれ以上俺に追求しなかった。
 素直に頭を下げたのが効いたらしい。
 「…であるからして、光源氏はー…」
 光源氏ぃ。そうか古典の授業か。
 今の今まで気づかなかったのかよと自分につっこみを入れ、机を探る。
 教科書すら出してなかったのだ。
 あ、あったあった。
 『新しい古典』
 なんだそれ。

 昼休み、いつもなら、ひろしと食うんだけど、誘う前に去られてしまった。
 「今日は珍しく、はげ先生に逆らったねぇ」 
「いつもなら軽くかわしてんじゃん。どったのよ」
 …というわけで、悪友達2人と屋上で飯なわけだが…。
 …俺、そんにおかしかったのか。
 「やー、受験生だしな。うっぷんがたまってんだよ」
 適当に答えておく。
 「またまた〜、お前が言っても説得力ないから」
 「そうだよ〜。…僕らに隠し事するわけ?」
 みつるの目がきらりと光る。
 …するどい。
 「俺らが昨日、見舞いに行こうかっつたら、なんか断りやがってぇ」
 「今日はいつでも一緒のひろちゃんになんだか避けられてるっぽいしぃ」
 けんとみつるはぱんと同じタイミングで手を打った。
 そして同じ台詞を吐く。
 「「ひろちゃんにナニしたのかなぁ〜っ?」」
 …むかつく…が、
 「…その通りさ」
 ナニ…までいかなかったがな。
 きゃっほうと騒ぐ2人。
 「っうか、キスだけで逃げられた」
 半ばやけくそ気分で言う。
 「ああ〜ひろちゃん、デリケートそうだかんね」
 そう言いながらみつるが心配そうに俺に這い寄る。
 「でもさ〜たかし、こ〜んなにかっこいいのにもったいな〜い」
「どこの娼婦だ、お前は。おせじ言っても何も出さないぞ」
 「あはっ」
 にかっと笑う。
 「こ〜ら、こっち来い。みつる」
 ぐいっとみつるを起こし、座らせるけん。
 …親子みたい。
 「あ〜、つまり、お前を心配して来てくれたひろちゃんにだるいとか薬とか言ってベッドまで来てもらって、そのまま一気に押し倒して、キス。その先までいこうとしたが激しい抵抗にあって逃げられたと」
 「激しい抵抗ってぇ?ひろちゃん弱そうだしぃ、たかしは柔道部主将だし」
 「はっはっはっ、大方、舌でもかまれたんでしょ」
 …するどいどころの騒ぎじゃねぇ。どこで見てやがったこいつら。
 「んもう。だめじゃん。すごい泣いたでしょ、ひろちゃん」
 「今すぐ謝ってこいよ。今なら溝は埋められるぜ」
 …こいつら。そろいもそろって。
 「…俺は溝を埋めたくねぇんだよ」
 きょとんとするみつる。
 さっしがよかったのはけんだ。
 「はは〜っ。そうだよな、今まで我慢してきたのに、これ以上は無理…か」
 余裕たっぷりに言われるとむかつく。
 「なぁに〜?僕わかんないよ〜」
 「つまりだな。たかしはもう、ひろちゃんとは友達のままじゃいられないってのさ」
 「あっ、そっかぁ」
 納得のいったみつるは哀れむように俺を見た。
 「もう、何年?5年…になるのかな?…ひとめぼれだったもんねぇ」
 しみじみと言う。
 「そうさ。いつもクールなお前がひろちゃんの自己紹介が終わった後いやに取り乱してたもんなぁ」
 そう、俺たちが中学2年生の時にひろしはこっちに越してきたのだ。
 今以上に細く、弱々しいひろしを見た時俺は心に決めたのだ。
 こいつは俺が守ってやらねば…と。
 …ってそれはいい。
 「お前らなぁ〜俺を馬鹿にしてねぇか」
 「「してないともさ〜」」
 いや、その言い方からしてしてるから。
 にこにこにこにこ笑ってやがる。
 むかあっ。
 「だあって、ひろちゃんがこんなにへこんでるのめずらし…んっ!」
 みつるを黙らせるが如く、ぐいと腕を引き、俺はみつるにキスをした。
 「いやん♪」
 みつるはさして動揺もせずに、身をくねらした。
 みつるもひろし程ではないが華奢で顔がかわいい。
 さして嫌悪感はない。
 そして、挑発するようにけんを見た。けんはみつるの事となると過剰に反応してくれるのだ。
 が、俺の予想に反してけんは頭をかかえ、
「やべぇ」とか呟きながら、出入り口の方をくいくいと指さしていた。
 俺はそっちを向き、硬直した。
 ひろしがぽかんと立っていた。
 俺と目が合うと慌てて、そこから走り去る。
 …………やべぇ。
 反射的に俺はそれを追った。
 ひろしにはすぐに追いついた。
 ひろしは見た目通りというか、運動全般がからっきしだめなのだ。
 「ひっ…ひろし」
 …しかし、追いついたのはいいが、果たしてなんと言えばよいのやら。
 弁解…俺とひろしは(まだ)ただの友達なのにしたらおかしい気がする。
 謝罪…これもおかしい。
 …ん、っていうかこいつなんで逃げたんだよ。
 きーんこーんかーんこーん…
 チャイム…。
 「はっ…離して。僕、教室戻んなきゃ」
 「…俺も戻らないとな。一緒に手でもつないではいるか。こう…からませてさ」
 少しいじわるを言ってみた。
 すると、なぜだかひろしはムキになって騒ぎだした。
 「っ…嫌だ!離して!離してよっ!」
 ば〜か。せっかく捕らえたのに誰が離すんだよ。
 俺はそこらへんの教室にひろしを放り入れると後ろ手で戸を閉めた。
 薬品臭い…実験室か。当分、人は来ないな。
 「っ…ひっく、うぇ…」
 ひろしは座り込み、身を小さくして泣いていた。
 手で顔を覆い、身を震わせている。  
 「ひろし、こっち見ろ」
 そう言ってもただただ泣くばかりで…いや、かわいいんだけどさ。
 どうしたもんだか。
 「…ひっく、みっ」
 しばらくの沈黙の後、ひろしのかぼそい声がした。
 意外に思い、俺は、ひろしの側にしゃがみ込み、耳を近づけた。
 ひろしはわずかに身体をひいたがまた、話しはじめた。
 「みつるさんと…キッキスしてた…」
 「………うん」
 これに関しては何も言えない。真実だし。ひろしに見られちゃってるし。
 「僕のこと…からかって…たの?…う」
 ひろしは体育座りをし、顔を伏せてしまった。
 また、泣き声が聞こえてきた。
 おいおいおいおい、なんだそれは。
 「俺は、本気だって言っただろ。お前こそ、俺のことからかってんのかよ」
 あ、やば。なんか高圧的な言い方に…。
 やはりというかなんというか、ひろしはびくっと身体を震わすと、さっきまでより激しく泣き出した。
 ああもう。
 「だいたい、俺がお前からかってんだと思ったなら、お前だって喜べばいいだろ。これで、また元通り、友達だねとでも言えば、俺はたぶんそれに従ったろうよ」
 言い方がきつくないか。これ。くそう。頭ががんがんしてきやがった。
 「俺は、お前が、好きだ、って言ってるだろう」
 なげやりに言う。
 と、その言葉にはじかれたようにひろしが顔を上げた。
 「……僕のこと…好き…なの?」
 「だから、昨日もそう………………」
 言ってない。
 そういえば、言ってない。いきなり押し倒しちゃったし。
 ……え。まさか、だからあんなに拒否したのか。はは、まさか。
 「僕、何も言ってくれないし、…うっ、ひっく、たったかしは僕のこと嫌いになっちゃったのかなって…」
 うわあ。みつるとけんが俺を馬鹿にする声が聞こえる。
 嫌いかぁ。そっか、いやがらせと思われてたのかよ。
 「…でっでもみつるさんにも同じことしてたし、僕、混乱しちゃって…ふぇ」
 ひろしは気が抜けたようだった。
 涙を拭うのも忘れてほけっとこっちを見ている。
 そして、にっこりと微笑んだ。
 「嫌われたんじゃなくてよかったぁ」
 ああ、もう。ノックアウトだよ。くそう。そんな顔見せるなよ。なんてかわいいんだ。
 俺はきゅうとひろしを抱きしめた。
 「…たかし?」
 「それはあれか。オッケーってことか」
 「…オッケー?」
 耳元でひろしの声がくすぐったい。
 冷たい身体が気持ちいい。
 「つまり、キスとかナニとかしていいってことか」
 「…………わっ、ちょっ、待って。僕、そこまで考えてなかった…えっと」
 考えさせてたまるか。
 ここで断られたら、俺もう、立ち上がれないじゃん。
 「俺のこと…昨日から考えてくれてたんだろ。屋上にだって俺に会いにきたんだろ。なぁ」
 「ひゃあっ!」
 耳に噛みつくとおもしろいくらいの反応を示した。 
 もう、本当に愛おしい。
 「ひろし…」
 俺はひろしと唇を重ねた。
 「たかっ…んっ」
 やめてなんて言わせない。
 昨日より激しいキス。
 「あはっ…んっ」
 ひろし…………
 次の瞬間、世界は逆転した。
 「っうわぁ!!たかっ、たかし!」
 
 「……………あほ」
 「…………ば〜か」
 放課後、保健室にて、けんとみつるが見舞いに来てくれた。
 しかし、この言いようはどうだ。
 「あはははは、39度の熱があったんだってぇ?どおりで愉快な行動ばかりとってくれると思ったよ〜。あほだねぇ」
 「まあ、そういうなよ、みつる。たかしだって必死だったってことさ」
 ふたりは期待と好奇心に満ちた目で俺を見た。
 「で、どうだったの〜?」
 みつるがにやにやしながら聞いてくる。 悪いが、期待に添えてやれんぞ。
 「正直、よく分からない」
 「なにそれぇ?ぶ〜ぶ〜」
 「まぁまぁ、彼は熱があったんだよ?だからか知らないけど、きついこと言っちゃってさ。しかも好きって言ってないことが発覚して、結構まぬけだよね。ひろちゃんの久々の笑顔に欲情してさ、がっつりキスまでしたのに最後は倒れて。これじゃあ、分からなくて仕方がないよ」
 …今度こそ本気で見てたなこいつら。…いや、その通りすぎて言い訳もできやしねえ。
 …もしやキスの恨みか。
 「あ〜ひろちゃんだぁ」
 みつるが小声で言ったその言葉に俺はがばりと起きあがる。
 けんがそっと俺に耳打ちする。
 「じゃあ、俺たち隣のベッドで見てるから」
 保健室のベッドはひとつひとつカーテンで区切られているのでまず、ばれないだろう。
 …じゃねぇ。
 「ったく…帰れよなぁ」
 「…………ごめん」
 どうして、こんなタイミングで現れてくれるのか。いや、うっかり声に出した俺が悪いのか。
 俺のベッドの側に、ひろしが気まずそうに立っていた。
 「いや、違う。今のはちょっと……ゆ…夢の中の…住人に」
 意味分からない。
 隣でみつる達が笑う気配がした。
 「…熱、あるもんね」
 ひろしは納得してくれたようだ。…なんか、俺のイメージが一部崩壊した気がしないこともないが。
 「で、返事でも持ってきてくれたのかな」
 ひろしが顔を真っ赤にする。
 「うっ…うん。その…怒らないでね?」 いや、場合によっては何するかわからないが。
 それ言っちゃうと話が前に進まないので、俺は頷いた。
 「僕、その…まだ、なっ…ナニっていうか、そういうのどうしたらいいかわからないし、怖いんだ」
 そんなの俺が手とり、足とり、腰とり、教えてあげるのに。
 と思っても、やはり黙って頷く。
 「でっでもね、その…………」
 「うん」
 結局、どっちなのか。
 俺が内心やきもきしていると、ふらっとひろしの身体が動いた。
 俺の…顔へ………これは…………………………キス。
 「……へ」
 一瞬だが間違いない。
 忘れようもない、あのひろしのやわらかい唇の感触が。
 思わず、俺は、間抜けな声を出してしまった。
 「僕も、たかしのこと、好きだから」
 「……へ」
 「…わあっ、たかし、僕のこともう嫌いになってたかな?もしかして」
 俺の間抜け面をなんと勘違いしたか。
 ひろしはすごい慌てて、泣きそうになりながら、ここを走り去ろうとした。
 その手首をおれはがっしりつかんだ。
 「俺のこと…好きなんだ」
 「…す………き」
 こちらを振り向かない。
 恥ずかしいのだろう。握った手首が小刻みに震えている。
 「……俺が嫌いって言っても」
 ひろしが涙をこぼしながら俺に目を向けた。
 …その瞬間を待っていたんだ。
 「…ふっ!んっ」
 キス。
 気持ちが通じてから初めてのキス。
 「…僕のこと、嫌いじゃない?」
 「何回、言わせるんだよ。大好きだって」
 「えへへ…僕も、」
 その時のひろしのはにかんだような笑顔ったら。
 すっげぇ、かわいいったらねぇや。
 「「おっめでとう〜!!」」
 はっはっはっ。ちいっとも気を利かせないね、お前らは。
 「えっ、あっ、みつるさんにけんさん!えっ、わっ」
 思いっきりうろたえているひろし。
 まぁ、無理もない。
 「あっ!見て…たんですか?あ…恥ずかし…」
 「きゃあい!かっわいい!」
 「本当になぁ、たかしには勿体ないったら」
 お前らは俺の親か。
 「いいでしょ」
 俺は、ひろしを抱きしめ、奴らにブイサインしてやった。
 
    
   



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