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[613] 空に浮かんだプールの底で -1-
苺野 七月 - 2004年07月12日 (月) 10時53分

 空に浮かんだプールの底で
              苺野 七月


 僕は苦悩している。
 僕は変だ。
 何故、みんなと違うんだろう。
 ずっと前からそう思ってたけど、最近本当にそうなんじゃないかって強く思うようになってきていた。

 僕、柴原 透(しばはら とおる)は塾の帰り道、そんなことを考えながら、ぶらぶらと歩いている。
「僕の体、変なのかな?」
 三月に入ってからずっとこればっかり考えている。お陰で、折角塾へ行っても頭の中には英単語の一つも入り込まなかった。
 
 僕の悩みは、「女の人の裸を見ても他の男子達みたいに体が反応しない、何も感じない」って事だ。
 さっきも帰り道にあるコンビニの雑誌コーナーでそういう写真の載っている雑誌を見てみたけどやっぱり何も感じなかった。
「何でなんだろう?ひょっとして僕は男じゃないのかも」
 そう考えてはみたものの、僕の体にはちゃんとオチンチンと呼ばれるものが付いている。
「本当に、女の人が嫌いとか怖いとか、そんなこと少しも思わないのに何でなんだろう?」
 僕はこのままずっと子供の男の体のままで一生を終わるのかな、なんて、悲しくなるような事を考えながら自宅に向かってゆっくり歩いていた。

 暫くして、春には珍しい夕立のような激しく暖かい雨が僕や地面に落ちてきた。
 自宅まではまだ十分以上ある。なので、ひとまずこの先にある公園で雨宿りしようと、バッグを頭の上に乗せ雨の中をひたすら走った。
 本当に僕はみじめだな、と感じた。そして春の雨がこのかわいそうな男の子の流す涙を洗い流してくれているような感じがした。

 公園の砂場にあるコンクリートで出来た大きな山の下部にあるトンネルに潜り込み、僕は雨をしのいでいた。
「寒いな」
 体育座りをして膝を抱えて、僕はこの雨が止むのをじっと待ち続けた。
「でも、このまま雨が止まない方が楽かも。ずっとここで小さくなってれば、男の出来損ないだっていうのが誰にもバレないし。何も考えなくていいし」
 僕は、そんな事を考えながら雨の音の子守歌を聞きながらいつの間にか眠ってしまった。


 暫くして、僕はまだ降り続けている雨の落ちるぱらぱらという音で気が付いた。そして、ぼおっとしている頭で、外の様子を見ようとトンネルから頭を少し出して当たりを見回した。
 誰かの話し声がして、そちらの方へ頭を向けると、滑り台の下で誰かが雨宿りしているのが解った。
 すらっとした長身でどこだか解らない高校の制服を着ている優しそうな顔つきの男の人だった。
「この人は普通に女の人を好きになれるんだろうな」
 見ず知らずの男子高校生に羨ましさを感じながら、僕は益々惨めになる。そして更に僕はこの男子高校生に目が釘付けになっていく。
 男子高校生は、誰かと一緒に雨宿りしているらしく、ずっと楽しそうに何か話している。その会話の内容が雨音でかき消されているのが僕はちょっと悔しかった。
 この人の視線の先、その手の触れるもの、そして何を楽しそうに話しているのかが無性に気になって仕方がなかった。
 僕は、この雨の中飼い主に捨てられた子犬のように、物欲しそうな顔をしてこの男子高校生のことをじっと見つめていたんだと思う。僕は「お座り」のポーズのまま動けないでじっとしていた。
 滑り台の下で雨宿りするカップルと、トンネルの中にいる僕の間を雨は降り続け、お互いの世界を孤立させているかのようだった。 
 今まで会話をしていたカップルが話を止めたらしく、それまでよく動いていた男子高校生の唇の動きが止まった。喋るのを止めた彼は、自分の右手をパートナーの頬に持っていき優しく撫でている。やがてその動きも止まり二人の唇が静かに重なっていくのを僕は目をギンギンに輝かせて見つめていた。
「うわー、誰かがキスしてるのって初めて見た」
 二人のキスは長く、それを見つめる僕は次第に恥ずかしさを覚えてきた。
「あれ?相手の人、もしかして……」
 男子高校生のキスの相手に何か変な感じがした。
「何で僕の学校の男子の制服着てるの?まさか、あれ男?」
 何で男同士でこんなことしてるんだろう?僕は何が何だか解らなかった。キスの相手は本当に男?それとも……。僕が悩み混乱していると、男子高校生が跪いて相手のズボンのファスナーを下ろし何かごそごそとやっている。そして、この僕と背格好の変わらない男子中学生の真っ直ぐに起立した形の良い**を取り出し愛おしくキスし始めた。
「何?何やってるのこの人?」
 何故、男が男に。しかもあんな所にキスしているの?僕は益々混乱する。頭の中が混乱する一方で、僕の体に「変化への目覚め」が始まっていた。
 自分の**にキスされ、舐められて、本当に幸せそうな顔をしている男子中学生を見ているうちに、彼に羨ましさを感じ始めていた。僕もこうされたい。そう思った瞬間、僕の体の一部分に血液が集中していくのが解った。
 僕は自分の体中の血液が集中している部分にズボンの上からそっと手を当ててみた。
「固い」
 今まで、女の人の裸の写真を何度見ても変化しなかった僕の**が固く大きくなっている、そんな気がした。
 僕は自分のズボンのファスナーを開け、本当にそうなっているのか確かめることにした。
 自分の右手を恐る恐る下着の中に入れてみると、そこには嘘のように固く大きく、そして熱くなった自分の**があった。
「嘘、何これ?」
 そう思って自分の**を掴むと、更に電気ショックのような快感が体を貫いていった。
「ああっ!」
 僕は今まで理解できなかった、学校の男子達が「気持ちいい」って言っていたのが、今、正に実感できた。
「あいつもこんな感じで気持ちいいのかな?」
 例の男子中学生は、**を男子高校生に深々と銜えられている。そしてそうすると更に気持ちがいいのか自分の腰を前後に揺すって**を出し入れしているみたいだった。僕も彼の腰の前後する動きに合わせて、**を掴んだ自分の右手を動かしてみた。
「ああ……、何これ?気持ち良すぎる……」
 2・3回手を動かして、僕は自分の体の中の爆弾のようなものが爆発するような、そんな気分になってきた。
「賢、俺もうダメ。早く入れて!」
 静かに雨の降り続く公園の敷地に、嘘のような、少年の言葉が響き渡った。
 僕は動かしていた右手を休めて、この二人が次に何をするのか様子を伺うことにした。 すると、賢と呼ばれた男子高校生は立ち上がって相手の少年に優しく口付けた。そして少年のズボンを下着ごと膝まで下ろし、少年の体を滑り台の支柱の方へ向かせ、その右手を少年の形良く割れた臀部の隙間に潜り込ませ指を動かしているようだった。
 少年がまた快楽の顔つきになる。それに連れて僕の**もまたヒクヒクと動き出す。「入れってってどういう事なんだろう?」
 そう考えながらも僕の右手は、手の中で暴れている僕の**を弄んでいる。僕もあの賢という人に色々弄られたい。そう思った次の瞬間、僕の視線に不思議な光景が飛び込んできた。
 賢が自分のズボンのファスナーを下ろし、自らもまた肥大した**を取り出した。そして、賢はその大きな肉の塊のような**を少年の股間に押し付けた。
「えっ、何?何してるの?」
 僕が不思議に思うと賢の**が見る見る少年の股間に吸い込まれていく。
「あそこって、もしかしてお尻の穴?嘘、あんなの入るわけ?痛くないの?」
 僕はこの二人に手品でも見せられている気分になってきた。でも、自分のお尻の穴にあんなデカいものを入れられているのに、入れられている少年は視線も虚ろで口も締まりが無く、本当に陶酔の世界へと引きずり込まれているみたいだ。
 やがて賢の**の全てが少年の体に潜り込むと、賢は右手で少年の**を掴み手を前後させ、更にそれに合わせて自分の腰も前後させた。そして僕も二人の動くリズムに合わせて右手を動かす。
 僕にまた快楽の大きな波が押し寄せる。だけど、僕はこの波をどう扱って良いのか解らない。波に逆らうべきなのか、それともこのまま波に流されて良いのだろうか?僕が悩みながらその手を動かしていると、再び少年が叫んだ。
「賢、賢、もっと強く!俺もうイクから」
 その叫びに賢の手と腰の動きが激しくなる。僕もその激しい波に身を委ねて手の動きを強める。目を閉じると意識も遠のいていき、その遠くなる意識の先に、僕は強い光の球のようなものを見た気がした。そして、その光に自分の意識が吸い込まれた瞬間、僕の体から白く熱い何かの塊のような液体が飛び出していった。僕は自分の手の中で小さくなっていく自分自身を握りしめたまま、暫く気を失ってしまうのだった。


 ワンワンワン

 遠くで吠える犬の鳴き声で僕は我に返った。僕の体は、未だに快楽で痺れているような感じがしている。そしてその痺れた視線で、あの二人がいた滑り台の方を見てみたが、そこにはもう誰もいなかった。賢という優しげな顔の高校生も、彼に縋る少年も、その少年の叫びも何もかもが跡形もなく消えていた。
「夢だったのかな」
 僕はトンネルの中に横たわる自分の体を起こそうとしたその瞬間、自分の股間に痛みが走った。
「え、何?これ?」
 自分の手が**を握りしめたまま、何かノリみたいなものでガチガチに固まっている。
「痛い、完全にくっついちゃってる」
 僕は手に張り付いた**を先の方から少しずつはがしていった。まるで悪い子の悪戯のお仕置きみたいだ。恥ずかしさと情けなさで顔が赤くなった。
「でも、これって悪いことなのかな」
 僕の頭の中で、さっきの少年の快楽に満ちた笑みがちらつく。
「あいつは天使みたいに笑ってたのに」
 そして賢さんも幸せそうだった。僕は自分の手からはがれた**を下着の中にしまい、乱れた服を整え、トンネルから外の世界へと出た。

 もうすっかり夕方になり、雨上がりの雲の隙間からは赤い太陽の光が差し込んでくる。僕は側にあった水飲み場で汚れた自分の手を洗った。
 公園の中は何事も無かったように静かで、雨に洗われてその中も綺麗な空気で満たされてる。この空間の中で、僕のこの手だけが、ついさっきの正に夢のような快楽の時を覚えているみたいだ。そして、トンネルの脇と滑り台の下に残された二つの白い液状が僕とあの少年の存在を認めてくれている、そんな気がしてならなかった。
「またあの二人に会えるのかな」
 そう思いながら、僕はこの名残惜しい公園を後にして自分の家へと急いだ。

 
 家へ帰ると、何時もと変わらない日常が僕を出迎えてくれた。
 優しい母さん。暖かい夕食。そして居心地の良い僕の部屋。
 僕も何時もと変わりなく夕食を食べ、風呂へ入った。何も変わらない筈なのに、僕の体の一部だけが違っていた。白い糊が固まったみたいになっている僕の**は、僕の体が大人への道を踏み出したよと教えてくれている。
 僕は石鹸を泡立て、ちょっと偉そうにしている僕の**を丁寧に優しく洗い始めた。 すると、またさっき公園で感じた快感が僕の体の中を貫き始めた。昨日まではどんなに弄ってもピクリとも動きもしなかった僕の**が見る見るうちに大きくなっていく。
 そして、目を閉じると瞼の裏にあの二人の姿があった。賢さんとあの少年が、僕の**を代わる代わる口に含み快楽を与えてくれた。
 賢さんの舌が僕の**の隅々をなぞる。少年の小さめの口が僕の小振りな**を深々とくわえ込む。彼等の手が僕の体中を触っている。
 いけない想像が後から後から沸いて出てきた。
「ああっ、もっと、もっと僕を弄って!」
 そして僕は何度も何度も彼等によって白い液状を放出させられる。
「……こんな気持ちのいいこと、あの二人は何時もやってるんだ」
 やがて僕の心の中に、羨ましさと妬ましさが同時にうまれる。でも、すぐにその感情は彼等への恋しい気持ちへと変わっていった。
「あの二人に会いたい」
 僕の心はあの二人への思いで一杯になり、入浴もそこそこに済ませ自分の部屋のベッドへ潜り込み布団を頭まで被って少しだけ涙ぐんだ。
 そして、その夜は一晩中、僕の心に住み着いた彼等と快楽の行為を唯ひたすら繰り返した。


 そして再び罰は当たった。
 次の日から、僕は原因不明の高熱に襲われて、残りの春休みをベッドの中で過ごすことになった。
 両親は僕が勉強ばっかりしているから知恵熱が出たと騒いでいた。なので春休みは勉強禁止で部屋でずっと寝ているようにと言われた。
 僕も起きているとあの二人のことが気になって、一度熱のある体を引きずって夜の公園を彼等を捜しに出たりしてみた。
 勿論、公園には二人の姿は無くあの時の白い液状の跡も無くなっていたが、夜の闇に静まり返った公園の常夜灯が仄かに光り、夢の時はまだまだ終わっていないんじゃないかって僕には思えてならなかった。そして楽しげに舞う満開の桜の花びらが、「また二人に会えますよ」と僕を励ましてくれている、そんな気もしてならなかった。


 四月に入り、始業式の日が近づくにつれ僕の悶々とした熱も落ち着いてきて生活も普段通りに戻りつつあった。熱が退いたことで僕の勉強も両親から許可が下り、僕は再び英単語の参考書を開き机に向かっていた。
 春休みのうちに今度の中学三年の分の英単語を覚えてしまおうと思っていたのに、あのことがあったせいでまだ一つも覚えていなかった。
「ふぅ……、これ今から全部覚えるの大変だな」
 そう思いながら参考書のページをペラペラとめくってみるけれど、頭の中で考えることはやっぱりあの二人の事だった。
「あの制服、やっぱり家の学校だよな……。でも、あんなヤツ見たことないけどな。下の学年なのかな?背は僕と同じ位だったから先輩ってことは無いよな」
 新学期が始まれば、あの少年が何者か解るかもしれない。今まで学校にどんな生徒がいるかなんて一度も気になったことなんて無かったけど、今は違う。早く新学期になってあの少年を捜したい。一日でも、一分、一秒でも早くあの少年に会いたかった。
「だけど、あいつに会ったら僕はあいつに何て言うんだろう?」
 好きだって言うのかな、と思った瞬間、僕は赤面し同時にズボンの中が固く大きくなった。僕はズボンのファスナーを下ろし、その中の僕の正直な**を引きずり出し、またあの二人の事を思いながら、ゆっくりと優しく手を動かした。
 これから僕達に快楽に満ちた至福の時が訪れるようにと。

 待ちに待った新学期がやって来た。
 僕は、無邪気な新入生のように毎日学校へ朝早く登校した。そして下駄箱の側に立って毎朝あの少年の存在を確認していた。
 始めの二・三日は自分の見落としだろうと昼休みに学校中を歩き回り少年の姿を探し回った。
 だけどもう既に一週間。少年の姿は学校の何処にも見あたらなかった。学校の帰りに例の公園にも寄ってみたが、やはりその姿は無かった。
「もう卒業しちゃった人だったのか」
 僕は次第にそう思うようになり、恋しい気持ちも諦めに傾き始めていた。

 今朝もやはり少年の姿を確認できなかった。僕は、教室の一番後の自分の席に伏せて窓の外をぼんやりと眺めていた。僕と窓の間にある、何故か新学期になってから一週間まだ一度も登校してきていない生徒の、人の気配を感じられない空っぽの机が僕の心の中の空しさを更に強調していた。

「あー、出席を取る」
 始業時間になって担任が教室に入ってきた。生徒達がバタバタと慌ただしく各自の席に着く。僕以外の生徒は皆、毎日が楽しそうで表情も明るかった。
「柴原、顔色悪いけど大丈夫か?気分悪くなったらすぐ言うんだぞ」
「あ、はい。大丈夫ですから」
 担任は僕が春休みの間、ずっと高熱を出して寝込んでいたのを知っているので、僕が暗く思い詰めているのを、未だに体調が戻って無いからだと思っていた。本当は違うのに。でも、違う理由でとも言える訳無く、僕もそれに合わせていた。丁度良い都合のいい理由、ってヤツなのかもしれない。
「えーと、休みは柴原の隣の山根だけだな」
 担任がそう呟いた瞬間、教室の前扉が大きな音と共に開けられた。
「オハヨー!みんな!」
 教室中の視線が一斉に前扉へと向けられた。
「あれ?俺、このクラスで良いんだよな?」
「こら、山根!遅刻のヤツは後から静かーに申し訳なさそうに入って来るもんだぞ!」
 担任が苦笑する。
「何だよ、また担任山内かよ」
 クラスメイト達が一斉に笑い出した。僕は、自分の隣の席のヤツを今まで何か病気か不登校で来れないヤツだとばかり思っていたので、ただ唖然とこの生徒を見つめるだけだった。
「えっと、俺の席何処?」
「お前は一番後だ。たまにしか来ないヤツは特等席だぞ」
「やったー。俺の一番好きな一番後の窓際!」
 山根がルンルンしながら嬉しそうに自分の席へとやって来る。
 僕は段々とはっきりする彼の顔に、胸騒ぎがした。まさか、あの時の……。
「俺、山根。たまにしか学校来ないけど、ヨロシクな!」
 そう言って僕に微笑む少年。あの時の……、あの公園にいた少年。僕が会いたくて会いたくて止まなかった彼……。
 そう確信すると僕の頭の中にあの時の情事が走馬燈のように流れて、僕の体内の血液の流れが何故か一斉に顔へ集中した。次の瞬間、僕の顔に何かなま暖かいモノの流れを感じた。
「柴原君、鼻血!」
 誰かが叫んだ。僕が鼻に手をやると血がだらだらと流れ出していた。僕は焦ってハンカチで鼻を押さえた。
「お前、大丈夫かよ!」
「う、うん……」
 流石にあの公園での出来事を思い出したからとは言えなかった。
「柴原、早く保健室行って来い。山根、悪いが一緒に付いていってやってくれるか?」
「え、いいよ!ラッキー、授業担任公認でおサボリー!」
 再び教室中が笑いに満ちあふれる。

[614] 空に浮かんだプールの底で -2-
苺野 七月 - 2004年07月12日 (月) 11時02分

 その和やかな雰囲気の教室を後にして、僕と山根は保健室へと歩いている。
 人気のない静かな教室が、僕の気まずさを更にアップさせている。
「困ったな」
 僕は気まずくて、山根から視線をわざと逸らして俯きながら歩いていた。
「お前、下向いてるとどんどん出てくるぞ。ちゃんと上向いて歩けよ」
「う、うん……」
「ちゃんと歩けるか?」
 僕は山根に肩を抱かれてよろよろと歩いた。
 山根の手が、体が、僕に密着している。会いたくて触れたくて止まなかった愛しいこの体が。僕の体内の血液の量がどんどんと増えていく。そして、僕の鼻血は止まるどころかその勢いを増している。
「お前、本当に大丈夫か?ハンカチ血だらけになってきたぞ。もう少しで保健室に着くから我慢しろよ」
 山根の優しい言葉が、僕の邪な心に痛く突き刺さった。

「せんせーい!病人でーす!」
 保健室に着くと山根が明るく発声した。
「おーい、大量の鼻血だよー。……何だよ、誰も居ないじゃないか」
「もしかして、今日身体検査じゃなかったっけ?」
「あ、そうなんだ。俺、学校の予定全然知らないから気付かなかったよ。じゃ、取りあえず、お前はベッドで寝てろよ。後は俺が何とかするから」
「……う、うん」
 何とかって言われても……、と思いながらもそれ以外にどうすることも出来ず、僕は山根の言葉に従ってベッドに入り横たわった。
「あ、枕は外して頭低くしてるんだぞ!」
 薬品棚の方でごそごそと何かやっている山根が叫んだ。僕は、てきぱきと動く彼を黙って見つめていた。
 僕の目の前で明るく振る舞う彼は、本当にあの時の、公園で悩ましく愛を嘆願する少年と同一人物なんだろうか?僕は暫し考えた。だけど、彼の外観もその声もあの時の少年そのものなのだ。ひょっとして双子だったりして。……そう思うと何故だかホッとして気持ちが楽になった。そんなことある訳も無いのに。
「えっと、まず鼻に脱脂綿詰めて……。ほら、ハンカチどかして」
「う、うん」
 僕が血だらけのハンカチを鼻から退かすと、山根が僕の鼻に脱脂綿を詰め込んだ。
「これで良しと」
 山根がお湯で絞ったタオルで、僕の血だらけの顔を拭いてくれた。
「あ、そんなことまで……。自分で……」
「いいから、いいから。俺にやらせて」
 そう言うと山根は何か楽しげに僕の顔を拭き始めた。
「俺ね、こういう何か誰かに奉仕するのって好きなんだ。何かをやってあげて、相手が喜んでくれると俺も凄く嬉しいんだ。だから将来看護師になれたらなって」
 僕の視線のすぐ先でにっこりと微笑む山根のその顔は、やはりあの時の少年のものに間違いなかった。
 僕はその愛しい顔に触れたくて、自分の手を彼の頬へと伸ばした。保健室には僕と彼の二人だけ。何とも言えないこのシチュエーションで、僕はもの凄いコトを考えていたのだと思う。だけど、僕の手がその頬に正に触れようとしたその時、
「あら、誰か来てるの?」
 保健室の先生が丁度いいタイミングで部屋に戻ってきた。
「あ、先生、コイツ鼻血」
「あらまあ、本当?」
 慌てて先生がベッドの方へとやって来た。僕が顔を真っ赤にして、今、自分がしようとしていた事を反省していると、先生は勘違いして僕のおでこに手を当てた。
「顔が真っ赤ね。どれどれ熱は?」
 先生のちょっと冷たい手が僕の煩悩を冷ましてくれた。
「特に熱はないわねえ。鼻血はどう?」
「あ、もう大分止まってきました」
「あらあら、ハンカチが真っ赤ね。洗ってあげるから貸してご覧なさい」
 先生はニコニコしながら僕の鼻血で真っ赤になったハンカチを流しで洗ってくれた。
「先生、ノートにちゃんと書いといたよ」
「まあ、いつもここに来てるだけあって手慣れてるわね」
「へへー」
 山根はニコニコ笑っている。ここによく来てたんだ。だったら僕が山根を同じ学年だって気が付かなくても当然かも。でもなんで保健室にずっといたんだろう?何か複雑な事情でもあるのかな?
 明るい性格で、他の生徒達にも信頼されているっぽい山根が何故保健室にずっといなくてはいけなかったのか。僕は不思議でならなかった。


 僕の鼻血も無事に止まり、僕達は教室へ戻ることにした。
 二人でまた静かな廊下を歩いている。僕はさっきの自分の行動が非常に気まずくて、このまま走って教室まで帰りたい気分だった。
「あの、山根君」
「何?改まって」
「その……」
 やっぱり恥ずかしくて言い出せない。
「何?また鼻血?」
「ち、違うんだ。……その、保健室に一緒に来てくれてありがとう」
 これも言わなきゃいけないんだけど、それよりもっと言わないといけないことが……。
「そんなことか。全然良いよ。俺、授業に出るの気が重いんだ。たまにしか学校来ないから、授業いつも解らなくてさ。だから助かったよ。お礼を言いたいのは俺の方だって」
「そんな、お礼だなんて」
「まだ授業時間半分位残ってるよな?」
「うん、多分」
「じゃあさ、このままこの時間フケちゃおうぜ!」
「え?良いの、そんなことして!」
「しーっ、声がデカいって。俺いいとこ知ってんだ。そこ行こうぜ」
 山根に手を引っ張られて僕は学校の奥の方へと連れ出された。山根に握られた僕の手がドキドキと脈打って僕は少し困ってしまった。

「こっちって……」
「そう、プールだよ」
 山根に誘い出された僕がたどり着いたところは、学校の屋外プールだった。
「水の入る前しか使えないのが難点なんだけどな」
 山根が水の無いプールの中へ飛び降りた。
「早く降りて来いよ」
「う、うん……」
 僕がはしごを伝ってぎこちなくプールへ入って行くと、山根は既に水の無いプールの底の真ん中でごろんと転がっていた。
「お前もこっち来て寝てみろよ」
 山根が僕に手招きする。僕も彼の真似をして彼の隣で仰向けに転がってみた。
 するとどうだろう。プールの内側の水色と良く晴れた空の水色が同化して、まるで空の中にでもいるかのような不思議な感じがしてきた。
「何か良いだろう、ここ。ここにいるとさ、自分も空に浮かんでいるみたいでさ、嫌なこと忘れられるんだよね」
「……山根君でも嫌なことってあるの?」
「あるよ、沢山。お前さ、その山根君ってのやめない?俺そう呼ばれるの何かさ窮屈なんだよな。侑、侑って呼んでよ」
「うん。じゃあ、僕のことも透って呼んでくれる?」
「勿論。透、じゃあ、早速さっきの続きしようか?」
「え?さっきの続きって……」
「何言ってんだよ、透がさっき保健室で俺にしようとしてたことに決まってるだろ!」
「……侑、もしかして僕のこと解って?」
「知ってるよ。春休みの少し前の雨の日、公園で……」
 いきなり侑が僕に被さってきた。
「御免、僕覗く気は無かったんだ!」
「謝ること無いよ。俺達透があそこにいるの解ってやってたんだから」
「解ってたって……」
「最初は透がどんな反応するかちょっとからかい半分でキスとかしてたんだけど、透があまりにも欲しそうな目で見るから、つい本気で最後までやっちゃったんだよね」
「……じゃあ、僕が何してたかも見てたの?」
「ああ、見てた。透が気持ちよさそうに果ててるの見てさ、今度会ったら色々やってやろうって思ってさ。あの後、何回か公園に行ったけどお前いなくて……」
 侑が寂しそうな顔で僕を見ている。
「御免。あの後、実は熱出してずっと家で寝てたんだ」
「そうだったんだ。俺が嫌でわざと公園へ近寄らないんじゃないかって思ってた」
「そんなこと無い!僕もずっと、ずっと侑に会いたくて!」
 僕は侑を思いっきり抱きしめた。抱きしめた侑は思ったより華奢で、もっと強く抱きしめたら脆く壊れてしまいそうだった。
 密着する二人の股間が、やけに熱く固くお互いの心情を正直に表している。

「僕、あの時初めてだったんだ」
 僕は自分自信について侑に正直に告白することにした。
「今まで、女の人の裸の写真とか見ても全然おっきくならなかったんだ。だけど、あの時二人のすること見てて……初めて、本当に初めて僕の体が反応したんだ。おっきくならない自分のをずっと変だと思ってて……。だから凄く嬉しくて、二人が愛おしくて、僕もあんなふうにってずっと思ってた」
 僕に優しくキスをする侑の手が、僕の固くなった股間へと伸びる。ズボンの上からその形に沿って優しく撫でられて僕の**は益々その勢いを増していく。
「透は変じゃないよ。俺もそうなんだけど、男でも男しか感じない人もいるんだって。賢がそう言ってた。気にすること無いって」
「賢さんってこの前公園にいた人?侑の彼なの?」
 僕の疑問にも感心ないのか侑は僕のズボンのファスナーを下ろしてその中へ手を突っ込んだ。
「透は俺と同じだ……」
 僕の肥大した**をズボンから引っ張り出し、侑はそれを本当に愛おしそうに眺めている。
「侑……」
「賢がね、いつも言ってたんだ。俺は何時か必ず同じ体質のヤツに巡り会えるからって」
 侑の指先が僕の**の最も敏感に膨らんだ部分をやわやわと弄ぶ。
「ああっ、侑!そんなことしたら、出ちゃう……」
「いいよ、透。何度でも出して。俺が何度でも透をいい気持ちにさせるから」
 侑がそう言い終わる前に、僕の**の先からは**の塊が勢いよく放出されていた。
「沢山出るんだね」
「侑に触られてるからだよ……。自分でやってもこんなに出たことない……」
 僕は恥ずかしさも忘れ、何時しか侑にされるがままになっていた。
「透、もう一回。今度は俺のも触って」
「うん」
 今度は僕が侑の上になって、侑に口付ける。僕はあの時公園で賢さんが侑にしていたように、侑の唇から頬に、そして首筋に口付けをしていった。
「透、ここにもキスして」
 侑が自分のズボンのファスナーを下ろした。
「解った」
 僕は侑の下着の中から、固く大きくなった愛しい侑の**を取り出した。そして、まるで母猫が愛しい子猫を舐めてあげるかのように、優しく丁寧にそれを舐めた。
「透、イイよ……。もっともっと一杯舐めて。もっとグチャグチャにして!」
「侑!」
 僕は無我夢中で侑の**を頬張った。僕の口一杯に侑の**が入り込む。
 上目遣いでちらっと侑の顔を見ると、あの公園での情事の時と同じ顔をしていた。僕は侑が僕の行為に感じているのだと思うと嬉しくて、更に激しく侑の**を愛撫した。
「透、お願い入ってきて」
 侑の目が潤んでいる。相当感じているんだと僕は思った。
「えっ……、入るって、何処?」
「そっか、透、初めてだよな。俺がリードするから、透はその通りにやってくれれば良いから」
 そう言うと侑は自分のズボンを膝まで下ろして四つんばいになった。
「俺のお尻の穴見えるだろ?そこに透のヤツ入れてくれればいいから」
「入れるって……、ここ、入るの?」
「俺のは何時も使ってるから大丈夫だって。入るから、早く透の入れて」
「うん……」
 僕は侑のお尻の穴をまじまじと見ながら自分のズボンを膝まで下ろし、侑に近づいた。そして自分の固く大きくなった**を握ってその先を侑の入口に当ててみた。
「あっ、そこっ!」
 侑がびくっと反応した。
「そこだから、早く入れて!」
「ここでいいの?」
 僕は自分の**をゆっくりと侑の体の中に挿入していった。侑の中は熱くて少しキツくて、とても居心地が良かった。
「イイっ、イイよ透。凄くイイから」
「侑、僕も凄く気持ちいい」
 ああ、そう言えばあの時、賢さんの**もこんな風に侑の体の中に入っていってたな。そして、腰を動かして入れたり出したりしてたみたい。
 僕は目を閉じて、あの時の賢さんの動きを思い浮かべ、自分もそのとおりに動いてみた。
「そう、透、動いて、俺の中を突いて」
「気持ちよすぎるよ、侑。……僕、もうイっちゃいそう!」
「俺も、俺もイクから、俺のを握って、透!」 僕は夢中で腰を前後させ、更に右手で侑のグチャグチャに濡れている**を掴んで手を動かした。
 
 僕等二人分の白い飛行機雲が、四月の良く晴れた青い空を横切って行った。
 これが僕がずっとずっと求めていたモノ。僕の隣で気持ちよさそうに果てている侑の手を握って、僕は青い空に浮かぶプールの底でこれ以上ない喜びに浸っている。
 今までずっと悩んでいたことが嘘のようにこの青い空に吸い込まれていった。何でこんなことで落ち込んで、苦しんでいたんだろう?そう思うと僕の目から涙が一筋流れた。 これからは、侑とずっと一緒に生きていけばいいんだ。侑と二人で……。
 
 でも、侑には賢さんがいる。侑の手を握る僕の手に少しだけ力が入った。
「ねえ、侑?侑は……賢さんとは……」
「恋人以上の関係」
「えっ!それじゃ、僕とこんなことしちゃ……」
「怒らないよ、賢は。むしろ喜んでくれると思う。俺に自分の心を許せる相手が見つかったから」
 侑が僕の顔のすぐ側でニッコリ微笑んで、自分の手を握る僕の手にそっと空いた方の手を乗っけた。
「でも、恋人以上って……」
「ああ。兄貴とか父親って感じ」
「家族みたいってこと?」
「そう。俺が賢に初めて会ったのは俺が一歳になる前、保育園でなんだ。俺ん家、母子家庭でさ……」
「そうだったんだ……」
 僕はいけないことを聞いてしまったと、もの凄く後悔した。だけど、侑は話を止めなかった。
「俺が産まれたばっかの時、親父が借金作って女と逃げて……。母さんがその借金を返さなくちゃいけなくなって、昼も夜も殆ど寝ないで働いてるんだ、今でも。昼間は俺は保育園に預けられたけど、夜は同じ団地の賢の家に預けられてて賢がずっと俺の面倒みてくれてるんだ」
「じゃあ本当に家族同然なんだ」
「そういうこと。それに賢にはちゃんと彼女いるから、俺にちゃんと相手が見つかって喜んでるって。いくら大事な俺の為とはいえ、俺の欲望に今までずっと応えてくれていたんだから」
「でも、何で侑は男とこういう事……」
「するようになったかって?」
「……うん。女の子が苦手って感じしないのに」
「まあ、話位は普通に出来るよな。……でもな、その先のこと考えちゃうとダメなんだ。俺にもあの親父の血が流れている、親父が母さんを不幸にしたみたいに俺もきっと好きになる女のことを不幸にするんじゃないかって。一度そう考えちゃったら、もう勃たなくなった」
「そうだったんだ」
「でも、賢には違った。夜、俺が一人で寝るのは不用心だからって今も泊まりに来てくれてて……。中学生になったばっかの何か寒かった日に、賢の寝てる布団に潜り込んだら体が反応しちゃって。賢も最初は驚いてたけど、だけど、賢は俺を受け止めてくれたんだ。俺の不幸を知ってたから」
「侑!これからは僕が侑を、侑を守るから!ずっと側にいるから!」
 僕は侑を抱きしめた。全身全霊の力と感情を込めて。侑も僕の背中にしがみついてくれて僕の気持ちに強く、強く、応えてくれた。もう、絶対に離さないから。

 青い空に浮かんだ小さな世界の中で抱き合う二人の耳に授業終了の鐘の音が響いてきた。
「ちぇっ!もう一回って思ったのに」
「侑」
 僕達は軽く口付けを交わしてくすっと笑った。
「また昼休み来ようぜ」
「うん」
 僕達は閉ざされた青い世界から抜け出て、現実の世界の学校の教室という所へと帰っていった。

「だけど、侑は何で学校あんまり来なかったの?」
「うーん、実は来たくなかったんじゃなくて来る時間が無かったんだ」
「来る時間?」
「俺さ、中学入ったころから家で内職やってるんだ」
「内職って、封筒はりとか、花作ったりとかっていう?」
「あははは!お前、可笑しすぎ!」
 休み時間で生徒の活気で溢れる校内の廊下で、侑が僕の背中をバンバン叩く。
「何だよ、違うの?」
「違うこと無いけどさ。今は内職でも色々有るんだよ」
「そ、そうなんだ」
 僕は思わず赤面した。
「Webデザイナーってのやってんだ」
「何?それ?」
「店とか企業とかで、自分でインターネットのホームページ作れない所に変わってそれを作る仕事なんだ。賢がそれやってて、俺も後でずっとそれ見てて何となく覚えてさ。これが結構イイ金になるんだ。俺も小遣い位欲しいし、母さんにも生活費とか渡せるし一挙両得ってヤツ。学校も俺ん家が借金で困ってんの知ってるから、休んでもあんま言ってこなかったしな」
「へー、侑って凄いんだな」
「何てな。実はそんなに仕事も有るわけでもないから家で賢に借りたパソコンで遊んでる方が多かったりするんだけどなあ。賢が俺ん家で仕事するからってネットに繋げてくれたからネット見放題!」
「何だよ、侑!感心した僕がバカみたいじゃないかー」
「へへっ!でも、これからは透がいるから学校にも来ようかな。給食も食べられるしな」「そうしなよ。じゃないと、僕……」
「寂しい?」
「うん……」
「素直でヨロシイ!」 
 そう言うと侑は僕の頬に軽く口付けた。それを見た一年女子(らしい)がぎょっとした顔でバタバタと走り去って行った。
「侑!」
「別にいいじゃん。これからずっとこうなんだし!」
「もう!」
 本当に、これからの学校生活が楽しくなりそうで僕は本当に嬉しかった。

[615] 空に浮かんだプールの底で -3-
苺野 七月 - 2004年07月12日 (月) 11時06分

 それからの学校生活は本当に楽しくて充実した毎日だった。毎日休むことなく登校する侑が、嬉しくて愛おしくてたまらなかった。
 相変わらず放課後、僕は塾通いだったけど日中はずっと侑と一緒で(昼休みはお楽しみだし)、放課後は僕は塾、侑は内職とちゃんと規則正しい(?)生活を送っていた。
 それに塾の帰りに侑に差し入れを持って会いに行くのも楽しみでしょうがなかった。塾の帰りに親から貰ってた「休憩時間に飲むジュース代」で、侑の家の側のコンビニで侑の好きそうなお菓子とか買って持って行った。
 でも、僕は侑の家には入らないで(入っちゃったらヤること全部ヤるだろうし、賢さんもたまに居るような気がするし)、玄関先でお休みのキスをして帰った。それだけで本当に十分だった。お互いの気持ちは分かり合ってたし、次の日になればまた学校で会えるから。
 
 それでも、僕が何も気にしていないって言ったら嘘になる。侑の家に行く度に、賢さんの事が気になって仕方なかった。
 侑は賢さんの事を家族みたいって言ってるけど、賢さんの方は本当はどうなんだろう?彼女がいるって言うけど、本当は侑の方が……って。だって、あの時の賢さんの侑を見ていた目は、本当に侑のことを愛おしく大切な人を見守ってる目だった。まるで賢さんの視線の先の世界の全てが侑なんだって感じに。

「今日も賢さんいそうだな……」
 僕は今日も侑に差し入れするものを買う為にいつものコンビニへ入っていった。
「いつも1コしか買ってかないけど、やっぱり2コ買った方がいいのかな」
 賢さんの分もやっぱり買った方がいいのか、侑の好きなプリンの棚の前で僕は大きな溜息をついた。
「そこのプリン取りたいんだけど、ちょっといいかな?」
 僕がずっとプリンの前で立ち止まっていたので他のお客さんの迷惑になってたみたいだ。
「あ、す、すみません!」
 僕は、はっと我に返って少し横にずれた。
「あ、あなたは……」
 賢さんだった。賢さんは侑の好きなプリンを買って帰るんだなって、僕は少し寂しくなった。
「……君、ひょっとして透君?」
 賢さんがにこやかに微笑んだ。
「今日も侑に差し入れ?」
「あ、はい」
「侑ね、毎日楽しみにしてるんだよ。夜、君が会いに来てくれるの」
 やっぱりいつも賢さん家の中にいたんだと知って僕は思いっきり赤面した。
「何時も君が来る頃になると、時計見たり玄関の様子を見に行ったり、もう留守番の子犬が愛しいご主人の帰りを待ちわびてるみたいでね。本当にカワイイんだよ」
 賢さんがクスクス笑い出す。
「……そうなんだ。侑、楽しみにしててくれたんだ」
「今日も待ってるよ。早く行ってやろう」
「はい!」
 僕は今日はプリンはやめて侑が前に何だか騒いでいたようなアニメのおまけの付いたお菓子を買ってコンビニを後にした。

 
 賢さんと並んで夜の静かな団地の中の道を歩いている。ちらっと横目で見たら、賢さんは本当にイイ男だった。派手すぎないきりっとした目元が、賢さんの誠実そうな雰囲気を強調している。本当に父親みたいに頼れそうな人なんだなって僕は思った。

「あの、賢さん……」
「何?」
 僕は如何にも誠実そうな賢さんに、いてもたってもいられなくなり、不実な自分の気持ちのモヤモヤをハッキリさせることにした。
「賢さんは侑のこと、どう思ってるんですか?」
「どうって?」
「侑は賢さんのこと家族みたいって言ってたけど、賢さんは……その……侑のこと」
「好きだよ。大切に思ってる」
 やっぱり、賢さん侑のこと好きなんだ。
「だけど、俺は欲張りなんだ」
「えっ?」
 賢さんの意外な言葉に僕は驚く。
「侑、俺に彼女がいるって言ってなかった?」
「言ってました」
「……そう、二人とも本当に大切な人なんだ。二人とも平等に愛している。だけど、俺は間違ってたんだ」
「間違いって……」
「彼女も侑と同じに保育園の頃から一緒で、もちろん彼女も侑のことを知っている。俺と侑の関係も。そしてこの二人を俺はこの手で守ってやろうってずっと思ってきたんだ。だけど、実際大人になるにつれて、それは俺の思い上がりだって解ってきて。俺の手はそんなに大きくはないんだって。この右手と左手に一人ずつ載せて、それだけで俺は二人を守ってやれるって思い上がってたんだ」
 賢さんの瞳に涙がうっすらと浮かんでいるようだった。街灯に照らされて賢さんの目元が鈍く光った。
「侑も少し前から、自分が俺の重荷になってるんじゃないかって思ってたみたいで、俺に遠慮するようになってきたんだ。自分が身を引いて俺と彼女が幸せにって……。だけど、俺は二人を本当に平等に愛してたからどちらも手放せなくて、あの日も侑にお前も幸せにするからって言ってたんだ。君に会ったあの雨の公園で」
「……賢さんも、僕に気付いていたの?」
「ああ。俺達を愛おしそうに見ていたことも。あの時、侑も君もお互いに気になっていたみたいだったから、わざと色々とやったんだ。これから俺が侑にすることに最後まで目を背けないで見ていることが出来るコだったら、侑を俺の手から放して本当に幸せにしてくれるかもって」
「やります!僕、侑を、侑を守ります!」
「頼もしいな」
 賢さんの右手がぼくの頭をくしゃっと撫でた。賢さんが少し笑ってくれた。その笑顔を見たら、僕も凄く気が楽になって僕もにっこり微笑んでいた。

「あれ、賢さん大学受験ですか?」
 僕は賢さんが脇に抱えていた大学案内に気付いた。
「ああ、これ?一応な。俺ん家もそんなに余裕ないから国立受かったら行こうと思って」
「どこ受けるんですか?」
「受かったら何処でも良いんだけど、学部が医学部だからな……。はっきり言ってムリだろ」
「……だから、侑、看護師になりたいって……」
 やっぱり侑は賢さんから離れたくないのかな……。
「それは違うよ」
「でも、侑がそう言ってたから……」
「俺の彼女、看護師になるのが夢でさ。母親が看護師だから自分もなりたいって。それで俺が冗談半分でお前が看護師なら俺は医者になるって言ったことがあって……って、まだ小学一・二年の時だぜ。それがどんなに大変なことか解ってなかったって。だから今こうして苦労してるんだ。兎に角受けるだけ受けてダメだったら諦めてくれるだろうってさ」
 賢さんがばつ悪そうに頭を掻き出した。
「で、彼女が小さい時からそればっかり侑にも言ってたから、侑も彼女に洗脳されたんじゃないか?」
「そうなんだ。でも、侑、僕が鼻血出した時すごく手際良く僕の介抱してくれて。本当に侑なら看護師なれるんじゃないかって思ったんです」
 僕は保健室での侑の優しい手を思い出していた。
「じゃあ、君こそ侑の為に医者になったらいいよ」
「えっ、ぼ、僕が医者ですか?」
「君ならきっとなれるよ。侑を思う優しい君の気持ちがあれば」
 賢さんの優しい顔が僕に間近に迫ってくる。何故?そう思った瞬間、賢さんの唇が僕の唇に優しく重なった。それは本当に触れるか触れないかの、唇の皮膚から熱が伝わってくるだけって感じの微妙な口付けだった。
「御免、君があまりにも素直でカワイイから……。でも、本気でやると侑が暴れそうだからこれだけ」
 賢さんが、赤面して硬直する僕に微笑んだ。
「さ、侑が待ってる。急ごう」
 賢さんが少し早足になった。僕もハッとしてその後をぎこちなく早足でついていった。

「遅ーい!」
 透が自分の家の前の廊下で腕を組んでプリプリ怒って待っていた。
「御免、授業がちょっと延びちゃって……」
「あっ、賢も一緒か?」
「ああ、そこのコンビニで会ってね」
 賢さんは何事も無かったような顔でそそくさと侑の家の中へ入っていった。
「……透、賢に何かされただろ?正直に言え!」
「え、さ、されてないよ……」
「ホントだな?」
 侑が疑いの目で僕をじっと見て、その右手をズボンの中へ入れてきた。
「や、止めろよ」
 侑の手が僕の**の状態を確かめる。
「ああっ、や……めて……」
「……うん。されてないみたいだな」
 僕が平常を保っているのをその手で確認すると、侑はホッとしたような顔になった。そして僕達は廊下で濃厚なお休みのキスをする。
「ん……、透、いつもより積極的?」
 僕が今夜はしつこく侑の舌に自分の舌を絡ませるので不思議に思ったみたいだ。
「そんなことないよ。侑に会いたかっただけ」
「……やっぱり透、変!」
 僕の体をばっと離すと、侑は玄関のドアを開けてその中に叫んだ。
「賢!やっぱり透に何かしたんだろう!」
「あー、ちょっとね。透君がイイコだからちょっとだけ味見した」
「バカヤロウ!」
 侑は、もの凄い音で玄関のドアを叩き付ける。
「侑、近所迷惑だよ……」
 侑は、おろおろする僕にもう一度濃厚なお休みのキスをする。
「嫌なんだ……。透が俺以外のヤツとなんて……」
「賢さんはそんなつもりじゃないって……」
 僕の肩にしがみつく侑の頭を優しく撫でた。何時も強気の侑が僕の腕の中で震えているみたいだった。
「解ってる、解ってるけど……」
「僕は絶対に侑を一人にしないから。寂しくさせないから……。だって、侑はこの世でたった一人の僕を理解してくれる大事な人だから……」
「透!」
 侑の僕にしがみつくその手に力が入る。
「今日はキスだけじゃダメだ……。我慢できない……」
 そう言って侑は僕を玄関の中へ連れ込んだ。

「ダメだよ、侑。賢さんが……」
 家の奥からシャワーの音が響いている。賢さんがシャワーを浴びているみたいだ。
「大丈夫、賢のシャワー長いから」
 そう言いながら侑は僕のズボンと自分のズボンをそれぞれ下着ごと膝まで下げた。露わになった二人の股間には、既に**してその先の小さな穴からは愛しい液が垂れて光っている。これじゃ、僕も平常心で家路につくことはまず出来ない。
「もう、すぐにデキそうだね……。透、俺、透に入って良い?」
「えっ?」
 今まで侑の中に入れる一方だったので、僕はその一言に思いっきり緊張した。
「入れたいんだ、透の中に……。透が俺以外の誰かのモノにならないように」
「侑、そんなこと絶対に無いから」
「絶対だよ、透」
 僕に熱く口付ける侑の右手が僕の後の部分を探り出した。
「ああっ!」
 僕の秘密の入口は侑の指で弄ばれ、くすぐったいような、でももっと弄って欲しいようなむずむずとした快感が体中に走った。
「力抜いて」
 侑の指が解された入口から侵入する。
「ああ……っ……」
 侑の指が僕の恥ずかしい部分で動いているのが解る。ゆっくりと、僕の体がビックリしないように、優しく……。
「透、気持ちいいだろ?僕も何時も気持ちいいんだよ」
 僕は、侑とセックスする時は何時も侑の後の穴を長々と弄っていた。侑はそうされるのが好きだったし、僕も自分の**を入れるとすぐにイってしまうので侑が満足してくれるようにと自分なりに気を遣ってそうしていた。
 でも、実際自分がされてみると、男の体って本当に不思議だと、入れても入れられても気持ちいいモノなんだと妙に納得してしまった。
「大分ほぐれてきたね。そろそろ良いね」
 快感で痺れている僕の耳元で侑が囁いた。
「じゃあ、後向いて……」
 侑は僕に入れていた指をそっと抜くと、僕の体を下駄箱の方へ向けて立たせた。
「透、少し腰出して」
 侑が僕の腰をちょっとだけ引っ張った。僕がお尻を少し尽きだした格好になると、僕の後の穴に侑の固く熱いモノが押し当てられた。
「ああっ、侑!」
「ゆっくり入れるから、緊張しないで深呼吸して楽にして」
 僕は侑に言われた通りに大きく息を吸って、大きく吐いた。その息を吐いた瞬間、侑の**がずずっと僕の中に入り込んできた。
「そう、力抜いて」
 ぐちゅぐちゅと音を立てて、侑が僕の中にどんどん入ってくる……。侑のそれは固く熱く僕の体の奥深く入り込んで、本当に僕と一つになっていくみたいだ。こんな快感がこの世にあるなんて……。強い快感で薄れていく僕の意識の中に、何時も二人で眺めている青い空が広がった。
 何処までも続く青い空の中で、僕達は一つの雲になっていく。その雲は、どんどん大きくなり空に広がっていく。
「透、痛くない?」
 侑の手が僕の**を掴んで刺激を与える。
「う、うん」
「俺、透の中、気持ちよすぎてすぐイキそう……」
 侑の全てが僕の中にすっかり入り込むと、侑はその腰を前後に動かし始めた。それと同時に僕の快感も増し、頭の中の空に浮かぶ雲もはち切れんばかりの大きさになっていく。
 侑の**が僕の中でリズミカルに動き出すと、その先が僕の中の快楽のツボのようなある一点を集中して突きだした。
「な、何、これ!」
「気持ちいいだろ、ここ?これって男にしかない前立腺ってヤツなんだって。男だけが感じられる秘密のツボって……、ああっ、そんなに絞めると俺も……」
 侑の熱い**が僕の中に放たれ前立腺への刺激を最大にすると、僕もまた僕の**をぎゅっと掴んだ侑の手の中に沢山の白い液を吐き出していた。

僕達は行為の後始末もすることなく、狭い玄関で唯お互いに抱き合って立っていた。
 僕は静かに目を閉じてまだ体の中にはっきりと残っている快楽の余韻を味わっている。目を閉じてこうして侑を抱きしめていると、まるで二人で抱き合ったまま空を飛んでいるような、何かフワフワとした感じが体の中を通り過ぎていく。それがとても心地よかった。

「お、何だ無事に済んだのか?」
 賢さんの声で僕達は現実に引きずり戻される。
「け、賢さん……、ひょっとして僕達が……」
「こんな狭くて壁の薄い建物の中であんなデカい声で悶えてたら誰だって解るだろうに」
 賢さんが僕達の乱れた服装と玄関に飛び散った白い液状を見てニヤニヤする。
「賢、何時までジロジロ見てんだよ!」
「ちゃんと出来ないんだったら、俺が手伝ってやろうかって思ってたんだけど、要らぬお節介だったみたいだな」
「ちゃんと出来るんだよ!あっち行け!」
「はいはい。そこ、ちゃんと拭いておけよ。お前の母さん帰ってきたらビックリするぞ」
 賢さんがさっきのコンビニで買い物した袋に手を入れ何かごそごそ探している。
「これは、今日のお祝いだ」
 賢さんが侑と僕に何か投げてきた。
「お赤飯のおにぎり?」
「賢!」
「開通祝い。透君も早く帰らないと家で心配してるよ、きっと」
「あ、ホントだ」
 僕はお赤飯のおにぎりを握りしめ、思いっきり赤面しながら急いで自分の服装の乱れを直した。
「透、ここは俺が拭いておくからお前急いで帰れよ」
「うん……。思いっきり汚しちゃって御免」
「これって俺とのセックスが良かったからこんなに出たんだろ?俺、嬉しいよ」
「侑!」
 今度は本当にお休みのキス。今度のは暖かく優しく、これから夜一人で眠る僕が寂しくないようにと暗示をかけてくれるようなとても嬉しいキスだった。

[616] 空に浮かんだプールの底で -4-
苺野 七月 - 2004年07月12日 (月) 11時10分

 僕は人気の無くなった夜の団地の中をぎこちない小走りで進んでいた。
「ううっ、何か痛いな……」
 僕のお尻に残る痛みとも軋みとも言えない不思議な刺激を感じながら、僕は少しでも早く家にたどり着くようにと必至に体を動かしていた。
 僕は、さっき賢さんに貰ったおにぎりのフィルムをはがして一口だけ食べてみた。
「お祝いだよ」
 そう言っていた賢さんの笑顔が気になって仕方なかった。
 賢さんは侑のことを家族以上に愛しているはずだ。それに侑だって賢さんのことを……。いくら皆が幸せになる為にだって、僕みたいな小僧に大切な人をとられるのは悲しい事だと思う。
 賢さんが予め買っていたこのおにぎり……。侑と僕がより一層深く繋がることを、誰よりも賢さんが一番望んでいたってことなんだろうか?
「本当にこれで良かったのかな」
 賢さんに貰ったおにぎりはちょっとだけしょっぱくて、噛みしめれば噛みしめるほど美味しく感じられた。
「もう一回、賢さんとちゃんと話がしたいな……」
 夜空にぼんやりと浮かぶ月を眺めながら、僕はそう思った。
 賢さんに貰ったおにぎりを握った手を月明かりに照らしてみると、自分の手は何とも貧弱で、こんな手で侑を守ってあげられるのかなってちょっと弱気になってしまった。


 六月に入って梅雨の季節になり、僕達がプールへ通うことの出来なくなった頃、僕等三年生は修学旅行の話題で毎日盛り上がっていた。
 僕も、少しの間だけど侑と夜の間もずっと一緒にいられると思うと嬉しくて仕方なかった。
 でも、皆が盛り上がってるその中で侑だけはつまらなそうにしていた。
「侑、修学旅行東京だって。自由行動の日何処行こうか?」
 僕はわざと明るく話し掛けてみた。
「……うん」
「侑、楽しみじゃないの?修学旅行」
「……俺、行けないと思う」
「え、何で?」
「だってさ、やっぱり母さんに負担かけられないし……」
「それって……」
「うん。お金がな」
 侑の表情が一層暗くなる。
「修学旅行の費用自体は俺の内職で何とかなりそうなんだけど……。その他にもいるだろ?持ってく物とか小遣いとか。せっかく修学旅行で東京行っても自由行動の日に部屋でじっとしてるのとか嫌だし」
「そっか……」
 侑の辛い気持ちを知って僕も寂しくなってきた。何とかして侑の力になれたらとは思ったけど、どうして良いのかさっぱり解らなかった。
 
 侑と僕が向かい合ったまま黙って座っていると、教室の後の方で女子達が騒ぐ声が聞こえてきた。
「先週の日曜にフリマやったんだー。自分の部屋の要らないもの持ってってママの知り合いのお店に並べてもらって売ってもらったの」
「へー、すごーい」
「で、どうだった?売れたの?」
「聞いて聞いて、それが凄いのよ。あんなの本当に買う人いるのってのばっかだったんだけど、ママの知り合いの人が上手く売ってくれたお陰で完売!」
「で、で、いくら儲けたの?」
「五千円!」
「嘘!」
「凄い!」
「凄いでしょ?着れなくなった服とか小さいときのオモチャとか漫画本がちょっとしたお小遣いよね……」
 この女子達の会話を聞いて僕はこれだ!と思った。
「侑、僕達もフリマやろうよ!」
「フリマったって売る物が無かったら出来ないだろう?」
「だから、僕の部屋のもの出すから、侑も売るの手伝ってよ」
「……」
 僕の物を売ると言ったので、侑は少し嫌そうな顔をしてみせた。自分の為に……って思ってるに違いない。
「ちゃんと売れたら侑にバイト代出すから、お願い!」
 侑の表情が少し和らいだ。
「……しょうがないな。透、人見知りするからフリマやっても全然売れそうもないからな」
「侑、そんなにハッキリ言わなくても」
 そして侑が笑ってくれた。僕はホッとして、少し涙ぐんだ。
「じゃあ、今度の日曜に僕の家に来てよ。それで売れそうなものチェックしよう!」
「うん!」
「それで、頑張って売って一緒に……」
「ありがとう、透。本当に」
 侑の綺麗な瞳がすこし潤んでいる。僕はその瞳に魅せられて思わず侑の頬に口付けてしまった。
 僕はやってしまってから「しまった」と思った。でも、周りを見回したけど誰も気付かなかったみたいでホッとした。
「お前、意外と度胸有る?」
「えっ?」
「これなら旅行中も出来そうだな、色々と」
「……そうだね」
 真っ赤になって俯く僕の頭を侑がガシガシと撫でた。その侑の手に妙に力が入っていて、僕は「侑、もしかして凄いこと考えてる?」って想像してしまった。もう、侑ったら……。


「おはようございまーす!」
 日曜の朝8時半、静かな住宅街にはちょっと似合わないとても元気のいい挨拶が良く晴れた空に響き渡った。
 平日は夜まで塾通いの僕だけど、日曜日だけはしっかり休もうと決めている。あと一時間は寝ていたい、そう思う僕の頭に侑の元気すぎる声がビシビシ入ってきてはいるのだけど、まだ体が思うように動かせない。
「あら、あなたが侑くんね。透はまだ寝てるのよ」
「あ、じゃあ俺起こします!」
「じゃあお願いしようかしら。透の部屋は二階へ上がった右側の部屋だから」
「はーい!」
 跳ねるように、嬉しそうに侑が階段を上ってくる足音が家中に響いている。
「……侑、早すぎだよ……」
 僕がそう思うやいなや、侑が部屋のドアを開けた。
「おはよー!」
 次の瞬間、侑は僕のベッドにダイブして、掛け布団を頭の上まで被ってモゾモゾしている僕の上に覆い被さった。
「うわっ!」
「もしかして布団から出られない状態?」
「……侑!」
 僕が掛け布団の上から顔を出すのを待ってましたとばかりに侑が口付けてくる。
「侑、来るの早いよ」
「これでいいの。俺、こうやって透の寝込みを襲いたかったんだから」
「下に母さん達いたろ?マズいよ……」
「御飯食べてたよ」
 侑が意味深な笑みをする。
「大丈夫。透が大きな声出さなきゃいいんだから」
 侑の手が掛け布団の上から、僕の朝立ちしているモノをさすり出す。その固くなったモノの状態を確かめると侑はニッコリ意味ありげに微笑んだ。
「ダメだよ、侑。僕、トイレ行ってくるから……」
「トイレでなんか出さないで、俺の中に出してよ……」
 侑は自分の履いているズボンと下着を脱ぎだした。
「侑、ちょ、ちょっとまって」
「俺、夕べからずっと透の部屋でやること考えてて……」
 侑のズボンの中から元気のいい、その先をしっとりと濡らしている**が露わになった。ソレは、もうこれ以上は我慢できませんって言っているみたいで、僕は思わずその愛しいモノを掴んでしまう。
「侑、こんなになってて……もう我慢出来ないんじゃない?」
 僕は侑の柔らかな濡れたその先を指先でクリクリと刺激する。
「あっ……そこダメ……」
 侑の先からは密が更に溢れて僕の手を伝った。僕も空いた片手で自分のパジャマのズボンをずらして、窮屈そうにしていた自分の**を開放してやった。僕のも侑のに負けない位に、固く大きく、先からは密が溢れ、そしてもうこれ以上は我慢できそうも無かった。
「僕も、もうこれ以上は……。侑、早く」
 僕は掛け布団から這い出て侑にしがみついた。
「透、俺すぐイっちゃうかも」
 侑は僕の体を仰向けに寝かせて覆い被さってきた。そして、僕の両足を大きく開かせてその奥に隠された入口に自分の**を押し当ててきた。
「痛かったらゴメン……」
 侑の**がゆっくりと慎重に僕の扉を開ける。僕は侑がすんなり入れるようにと体中の力を抜いてこの身を侑に委ねる。
 僕達はいつもは学校のプールの底だったり、屋上の固いコンクリートの上でこの行為を行っているのだけど、今は柔らかいベッドの中で……しかも毎晩のように僕が侑を思い自慰に耽っている自分のベッドで……。
「侑……いつも……ずっと一緒にいたい」
「俺も……俺も……」
 侑の**が僕の体の奥深くまで入り込み僕達は「ひとつ」に戻れた喜びを噛みしめている。
 侑も僕ももうこれっぽっちも我慢出来ずにその幼さの残る腰元を必死に揺すって、更にお互いに二度と離したくないその体にしがみつき絶頂の窮みを味わった。


「頂きます!」
 食卓に侑の元気な声が響く。
「侑、朝から元気有りすぎ」
「いいじゃないの。男の子はこれ位元気があった方がいいのよ」
 無邪気に僕の家の朝食を頬張る侑のことを母さんはまるで元気のいい子犬でも見るかのような視線で見つめている。本当にこの無邪気さに皆騙されるんだよな……。
 でも、侑が嬉しそうに朝食を食べる姿は本当にカワイイ。

「そうだわ、侑君。侑君は進路決めたの?透ったら何時までも決めないでいるからこの前担任の先生から電話掛かってきたのよ」
「あ、俺、看護師になりたいんです。透が医者になるって言ったから。将来、俺達二人で病院とかやれたらいいなって」
「ゆ、侑!」
「まあ!透、医者になりたかったの?」
 母さんがちょっと困ったような、でもどこか嬉しそうな……そんな微妙な顔をした。
「そう、透が医者にねえ。透、勉強好きだからもしかしたらなれるかもねえ……」
 やっぱり母さんは嬉しそうだ。
「でも、医学部受験って言ったらお金掛かるわねえ。入学金とか授業料とか……。母さん、またパートに出ようかしら」
 母さんの頭の中が「医者になった自分の息子像」で一杯になって行くのが嫌って程解った。
「だから、まだそう決まった訳じゃないだろう?」
 僕はちょっとムッとした。
「何だよ、透。俺と病院やんないのー?」
「……やりたいけど」
「じゃあ、やっぱり医者になるんじゃん!」
「……なりたいけど、そう簡単になれるもでもないし……」
「何言ってんだよ、お前の頭だったら大丈夫だって!」
 侑が僕の肩をバンバン叩いた。
「そうよ、透。折角勉強してるんだからちゃんと目標があった方がいいわ!ねえ、お父さん」
 今まで黙って新聞を読んでいた父さんも重い口を開く。
「そうだなあ。透はサラリーマン向きじゃなさそうだからその方がいいかもな……」
「ねえ、そうよねえお父さん」
 母さんの顔がこれ以上ない笑顔になっていく。
「二人とも頑張ってね。母さん応援するからね」
「はーい!」
 妙に明るい母さんと侑の笑い声が、静かな日曜の朝の食卓に何時までも響いていた。


 長い長い朝食が終わって、僕達は漸く二階の僕の部屋へ戻ってきた。
「早くフリマに出すもの探そうよ」
「へー、お前でも漫画読むんだな」
「そりゃ、少しは読むよ」
 侑は僕の本棚から昔買った漫画の単行本を引っ張り出して珍しそうに眺めていた。
「で、どんなの出すの?」
「……まだ考えてない」
「ええっ?」
「……だってどんなのが売れそうなのか解らなかったし。だから侑に選んでもらおうと……」
「そうだな。透が選んだら凄いことになりそうだもんな」
「侑!」
 本当の事を言われても僕は怒るに怒れなかった。
「うーん、やっぱりもう着ない服とか漫画とかかな」
「あんまり無いかも……」
 僕達は暫く沈黙し途方に暮れた。もともとあまり物持ちでない僕のものをフリマに出そうって言うのが間違っていたみたいだ。

「あら、まだ始めてなかったの?」
 母さんが僕達の様子を見に来た。
「始めてはいるんだけど、売れそうなものが無くって……」
「じゃあ、下に来て引き出物とかでもらって使ってないもの持ってったら?」
「えっ?いいの?」
「いいわよ。折角貰っても使わないものって結構あるのよ。うちも押入そんなにあるわけじゃないし、持ってってくれたら母さんも助かるわ」
「やったね!」
 
 それから侑と僕は、大騒ぎして家中の押入を覗いてフリマに出す商品を集めた。
「うわー、このカップ綺麗だな!」
 侑が小さい花の模様が鏤められたティーカップの入った箱を手にして叫んだ。
「あら、侑君、それ気に入ったのならお家で使ったら?」
「えっ、でも……」
「いいのよ、遠慮しなくて。他にもお家で使えそうなものあったら持って行っていいのよ」
「……このカップだけでいいです」
「そう?」
「うん。こういうの母さん好きだから」
「じゃあ、この紅茶も持って行ってね」
 母さんがニッコリ微笑んで侑の手に紅茶の缶が幾つか入った箱を手渡した。
「ありがとう……」
「侑君は本当に素直でイイコなのね。きっとお母様も優しい方なのね」
「はい」
 侑は少し俯いて頷いた。侑の目に少し涙が光ったような気がした。
 侑は本当に自分のお母さんのことを大切に思っている。僕は早く大人になって、侑と侑のお母さんを守ってやれる人になりたいと強く思った。早く僕の手が大きく強くなったら良いと思っていた。

 次の日曜日、いよいよフリーマーケットの本番がやって来た。今日は朝から良く晴れて絶好のフリーマーケット日和だ。きっとお客さんも大勢来ることだろう。
 侑と僕は父さんに車でフリーマーケットの会場である総合公園まで荷物を運んでもらった。
「じゃあ、父さんは帰るけど、帰りも車がいるようだったら電話しなさい」
「それって、全然売れないってこと?」
「う……ん、まあ、そういうことかな」
「なんだよ父さん、僕達をみくびってるでしょ?」
「まあ、あとで母さんも様子見に来るって言ってたから、がんばんなさい」
 そう言い残して父さんは帰っていった。
「もう、ひどいよな」
「……でも、まわり見て見ろよ」
 侑に言われた通りに周りを見渡すと僕は呆気にとられた。周りの参加者は慣れた手つきでてきぱきと自分の売り場を作っていた。どの店も本当に凝っていて、思わず手にとって見たくなるようなそんな感じのするものだった。
「何か皆すごい気合い入ってんな」 
 その一方で僕達の店は、二畳程のレジャーシートに雑に商品が並べられているだけだった。
「やっぱりこれじゃダメかな……」
「うーん……」

 フリーマーケット開始の時間になって、会場には続々とお客さんが入ってきた。
 周りの店はどれも人だかりがしていて賑やかだった。その中で僕達の店だけぽつんとまるで子供のお留守番状態で閑散としていた。
 時々通り掛かる人がちらっと商品を横目で見ていったが、その人達を呼び止める勇気なんて僕達にはとても無かった。
「何かヒマだね」
「そうだな……」
 いつもは陽気な侑でさえも、この異様な活気の中ではしょんぼりして見えるから不思議だ。
 だからと言ってどうすることも出来ずに、僕達はただ黙ってレジャーシートの上に並んで座っていた。

「何やってんだお前達?もっと声出さなきゃダメだろう?」
 二人並んで膝を抱えている僕達に向かって誰かが声をかけた。
「あ……」
「賢」
「どうしたんだ?もう始まってるんじゃないのか?」
「そうなんだけどさ……。どうやって売ったらいいのかわかんなくて」
「まずは声出して自分の店をアピールすることだろ?」
 賢さんは僕達の頭に手をぽんとのせて優しく笑った。僕達は黙ってそれに頷いた。
「ほら、これも売っていいぞ」
 賢さんが僕達にメモ用紙の束が入った小さな袋を手渡した。
「舞がイラスト描いてくれたからちょっと作ってみた」
「わあ、綺麗な絵ですね」
「そんなに褒めてくれなくていいのよ」
「あ、舞も来てくれたんだ」
「初めまして、透君。舞です、よろしくね」
「あ、こ、こちらこそ……」
 すっごい美人なお姉さんなので僕は思わず引いてしまった。
「あ、透、もしかして舞に惚れた?」
「な、何言ってんだよ……」
 侑の目がじっと僕を睨み付ける。そして侑の右手が僕の股間に……。
「な、なにすんだよ、侑」
「……うん、良し」
 侑は僕の股間が舞さんに反応していないのを確かめると納得したように頷いた。
「何なんだよ」
「透が舞に惚れたんじゃないかと」
「なんですぐそういう発想になるんだよ!」
「何騒いでんだ、お前達!ちゃんと接客しろよ!」
 はっとして前を向くと、僕達の店の前に人だかりがあった。僕達が痴話喧嘩している間、賢さんと舞さんがずっと接客していてくれてたみたいだ。
「ほら、おつり五十円出して」
「あ、は、はい」
 こうして僕達の店は賢さんと舞さんのお陰でなんとか店として機能し始めたのだった。

「あら、結構売れてるのね」
 お昼をちょっと過ぎた頃、母さんが様子見を兼ねてお弁当を届けに来てくれた。
「でしょー!」
 侑が嬉しそうにはしゃいだ。
「侑の知り合いの賢さんと舞さんが手伝ってくれて何とか売れたんだ。賢さんと舞さんが作ってくれたメモがカワイくって」
「舞は口は悪いけど絵は上手いんだよな」
「こら、侑!」
「楽しそうでよかったわ。お父さんの話だと何か大変そうだったから。じゃあ皆で、これ食べて午後も頑張って」
「うわー、旨そう!」
「わあ、本当!」
「すみません、俺達にまで気を遣って頂いて」
「こちらこそ、透がいつもご迷惑かけてるみたいで」
 それは違うよ、母さん。迷惑っていうか色々ちょっかい出されてるのはこっちの方。そう言いたい僕だったが、侑と僕の関係を母さんが知ったらそれこそヤバいのでここは黙ってぐっと堪える。
「あ、侑、もう食べてる。ちょっと手洗った?」
「あー、まだ。取りあえず味見してからー。本当に透の母さん料理上手だなー」
 次から次へと手を延ばす侑にはこれ以上何を言っても無駄そうだった。
「賢さんも舞さんも無くならないうちに早く食べよう」
 僕は二人に気を遣ってこれを言うのが精一杯だった。それほど侑の食欲は凄かった。

[617] 空に浮かんだプールの底で -5-
苺野 七月 - 2004年07月12日 (月) 11時17分

 時計が午後三時をまわるとフリーマーケット会場も閑散とし始めてきた。
 お客さんたちも、買い物に満足したのか大分少なくなって、お店の方も片づけをして帰っている所もちらほら出始めている。
 僕達の店も、午後からはお腹一杯の侑の絶妙な接客で残っていた品物もかなり売れたのだった。
「結構売れたね」
「へへん、俺様のお陰だね」
「また侑は調子に乗るー」
 やはり商品が売れると嬉しいものだ。僕達はニコニコしながら片づけを始めた。
「じゃあ、これ、賢さんと舞さんの分」
 僕は賢さんが作ってくれたメモ用紙の売り上げを賢さんに手渡した。
「なんだいいのに」
「ダメですよ、これのお陰で僕達の持ってきた物も一緒に買って貰ったみたいなものなんですから」
 本当にその通りだった。舞さんのカワイイイラストのお陰で女の子達が集まってきて、その子達の親が僕達の商品をそのメモと一緒に買ってくれるってパターンが殆どだったのだから。
「本当にいいのよ」
「いいんです。僕達の方も結構売れたし、それに接客もやってもらっちゃったから」
「透、舞がいいって言ってんだから貰っておこうぜ。俺達も小遣い多い方がいいじゃん?」
「ダメ」
「何だよお前、真面目すぎるぞ。……さてはやっぱりお前、舞に!」
 侑の目が光る。
「侑もいい加減にして片づけ始めろよ」 
 僕にじゃれつこうとしている侑に賢さんの「待て」が入る。
「お前等じゃれてばっかで全然片づかないだろ?」
 本当にそうだ。僕達はさっきから今日の売り上げを数えてそれをニヤニヤ眺めてばっかりだった。

「でも、これ持って帰るの怠いなあ」
「ホントだな」
 僕達は何故かやたら重そうなものばかり残った商品を見つめてぼやいた。
「一体何が残ったの?」
「えっと……素麺セットと折り畳み傘……」
「あ、その素麺セットいいな。私買おうかしら」
「ダメ!」
 突然、侑が立ち上がって叫んだ。
「ビックリした。何大声出してんの?」
「これは舞には絶対に売っちゃダメだからな!」
「じゃあ、お金はいらないから持ってって……」
「ちがーう!そう言う問題じゃないの!」
「だったら何なんだよ!」
 僕達が言い合う傍らで賢さんがクスクス笑っている。
「違うんだよ、透君。実はね……」
「そう、違うの!こんなの舞に与えたら本当に夏休み中の昼飯が素麺だらけになっちゃうだろ?」
「なあに、侑。素麺の何処がいけないのよ!作ってあげるだけありがたいと思いなさいよ!それにこの硝子の素麺の鉢、涼しげで食欲をそそるじゃない?」
 舞さんは大きめの硝子の鉢を手にとってうっとりと眺めている。
「やめてくれよ……。マジで今年も昼飯素麺なの?もっと栄養のある物食べさせてくれよー。素麺ばっか食べさせられてるから俺ってばひょろひょろなんじゃないの?」
 賢さんと舞さんが爆笑する。
 本当にこの三人は仲が良いんだ。賢さんと舞さんって本当に侑のこと大事にしてて、まるで「育ての親」って感じだ。
 明るい育ての親に真っ直ぐ育てられた侑。これからは僕がこの真っ直ぐな侑の手を引っ張ってあげなきゃいけないんだ。本当に僕がしっかりしないと。
「何ぼーっとしてるんだよ、早く帰ろうよ」
 侑が僕の前に立って、その真っ直ぐな手を僕に差し伸べている。
 僕は侑の手に掴まってゆっくりと立ち上がった。「まだまだ僕が侑に引っ張られる立場なんだな」って思った。でも、何時かはこの僕が侑の手を引っ張ってあげたいんだ。このまま真っ直ぐ何処までも。

一学期の期末試験も無事に終わり、待ちに待った修学旅行へと僕達は旅立つ日がやって来た。
 侑も僕も完璧に舞い上がっていた。賢さんに、お前等はまるで新婚旅行にでも行くみたいだなって言われたけど、本当にそんな感じなのかもしれない。
 僕は修学旅行の一週間前(つまり期末テスト中)からずっと侑と過ごす日々のことしか頭になくて体中熱くなってしまって……本当にどうしていいのか解らない程だった。
 塾の帰りに侑の家へ寄ってしている「お休みのキス」も日に日に長く濃厚なものになっていたし。それに、その時僕を見つめる侑の目も妙に悩ましくて、もしかして侑も僕と同じ気持ちなのかなってずっと思っていた。
 でも、今日から四泊五日、僕達は昼も夜も一緒に過ごせる。そしてこれが侑と二人っきりの旅行だったらどんなにいいだろうって思ったけど、それは大人になってからのお楽しみにしようと思う。

「おはよー!透!」
 集合場所である新幹線の駅の改札前で侑が僕に向かって手を振っている。
「侑!」
 僕は侑に向かって駆けだした。僕は侑に思わず口付けたくなったがここはぐっと我慢。でも、侑の方はちょっとして欲しそう。全く人目をはばからないっていうか、恥ずかしくないのかっていうか……。
「俺、色々持ってきたぜ」
 侑が僕に耳打ちする。
「な、何?色々って」
 僕は焦った。まずい、顔が赤くなってしまった。
「あ、もしかして今やらしーこと考えちゃったの?」
「ゆ、侑!」
「やだなー透は。俺、色々なお菓子持ってきたって言おうと思ったのに」
「……」
「なんてね。もちろんアレも持ってきてるよ、アレも」
「……なんだよ、アレって」
 僕はもう騙されないぞとちょっとムッとする。
「ローションと**
「ば……馬鹿っ……、皆に聞こえるだろ……、侑」
「別にいいじゃん、聞こえたって。持ってきてるヤツ結構いると思うよ、俺は」
「そ、そうなの?」
「だろ?だってフツーに付き合ってる男女だっているわけだし」
「そ、そうなんだ……」
「そういうこと。だから俺達も……な!」
 やっぱり、クラスの皆って僕達の関係っていうか……知ってるのかな?そう言えば、新幹線の席も隣同士だし、ホテルの部屋も一緒だし……。それが嫌って言う訳じゃないけど、これってもしかして皆で気を遣ってくれてこうなってるの?って思ったらちょっと恥ずかしくなってきた。
 でも、この機会に僕達の仲が皆に公認されればそれはそれで嬉しいんだけど。
 周りから見ても不自然じゃない僕達の関係。ちょっと照れくさくて、でも侑を独り占め出来るみたいで、僕は何だか嬉しかった。

 新幹線に乗り込むと僕達は二人掛けの席に並んで座った。
 僕はこれから東京までの二時間ちょっと侑と何を話そうかワクワクしていた。だけど、侑はいきなり僕の肩に凭れて眠り始めてしまった。
「侑?もう眠いの?」
「……うん」
 侑が目を瞑ったまま小声で答えた。
「俺さ、ずっと本当に修学旅行に行けるのか不安で、行けなかったらどうしようとか中止になったらどうしようとか考えててさ……。それで夜あんまり眠れてなくて。でも、今朝、透の顔みたら急に安心しちゃって……。そしたら急に今まで眠れなかった分の睡魔が襲って来たみたいで」
「……うん。僕もずっとそうだった。本当に侑と修学旅行に行けるのかなって毎日考えてた」
 僕は僕の肩に凭れる侑の頭を撫でて、その頭に口付けた。そして僕達は東京へ着くまでの二時間程を、周りの生徒が大騒ぎする中静かに眠りにつくのだった。


「うおー、スゲー東京!何だこのやたらデカい建物は?車もやたら多いし、人は何処歩くんだ一体?それに空黒っぽいし、変な臭いするし何だか良くわかんねー!」
 東京駅のコンコースから外に出た侑の第一声がこれだった。
 道行く人々がクスクスと笑いながら僕達の前を通り過ぎて行く。
 でもコレが人口十万程の街から上京した僕達の東京という所の感想だったみたいで、侑以外の生徒達も黙ってきょろきょろするばかりだった。
 そういえば、僕も何年か前に両親と東京に来た時にそんなことを言ったような気がする。でも、好奇心一杯の侑程じゃなかったと思うけど。

 それから僕達は観光バスに乗り込み東京観光へと出掛けた。
 新幹線の中でずっと熟睡していた侑は、今度はうって変わってバスの窓硝子にへばり付いていた。両手と額を硝子にピッタリくっつけて窓の外の世界を不思議そうに眺める侑は、まるで幼稚園児みたいでカワイかった。
「俺さ、実はあの街から外に出たことなくってさ……。東京もテレビでは見てたけど、実際に自分の目で見ると凄い迫力っていうか……俺の知らない世界って凄いんだなって思うよ……」
 そっか、侑のお母さんずっと休み無く働いてるんだっけ……。
「僕達が大人になったら、きっと、きっと色んな所旅行しよう」
 僕は侑の耳元でそう言ってそのまま侑の耳元に頬ずりした。
「僕が必ず連れて行くから」
「透……」
 顔を少しだけ振り向かせた侑の目に涙が光っている。僕はその涙が誰にも知られないようにそっと指先で拭った。侑の涙はとても暖かくてとても澄んでいた。
「だから、侑はずっと笑っていて」
「うん」
 侑の体が僕の胸に凭れかかってきた。侑も少しは僕のこと「頼れるヤツ」って認めてくれたような気がして嬉しかった。


 夕方ホテルへ到着した僕達は皆疲れ切っていて、各自の部屋へと足早に吸い込まれていった。
 侑と僕の部屋は二人部屋。
 本当に良いんだろうかってちょっとだけ思ったけど、嬉しくて仕方がないって言うのが僕の本音だった。
「うおー、疲れたー!」
「本当に疲れたね。夕飯まで自由時間だって」
「へへー、30分あるな」
 侑の目がもうその状態になっている。
「え、ちょっと侑……」
 有無を言わさず僕をベッドへ押し倒す。そして互いに見つめ合いお互いの気持ちを確認すると、もうこの先は止まらなかった……筈なんだけど、ここで無神経な「ドアをノックする音」が部屋に響く。
 トントン
「せ、先生かな?」
「違うだろ?ちょっと見てくる」
 侑が僕の体の上から降りて怠そうにドアの方へ歩いていった。
「はーい、誰?」
 何時も通りの元気一杯の声で侑が答える。
「あ、俺安井だけど……。侑、ちょっといいかな?」
 侑がドアを開けると同じクラスの安井君が何故かモジモジしながら立っていた。
「おー、安井どうした?」
「ちょ、ちょっと大きな声じゃ言えないから……」
 そう言って安井君が部屋の中へ入ってきた。そして、ベッドの上で制服を乱しながら横たわってる僕を見てぎょっとした。
「あ、ご、ゴメン!」
 安井君が真っ赤になって謝りだした。
「べ、別に……い、良いんだよ……」
 僕もはっとしてベッドから降りて服の乱れを慌てて直した。
「ゆ、侑、じ、実は……」
 安井君が真っ赤になったまま俯いて何か言いたそうにしている。
「安井、これだろ?」
 侑が自分のバッグの中からごそごそと何かを取りだした。
「ゆ、侑!」
「いいって事よ。良かったじゃん、安井!」
 安井君の肩をぽんと叩いて、侑は何かを手渡した。
「サンキュー、侑!本当に感謝してる!邪魔して悪かったな!」
「お前も頑張れよ!」
「ああ!」
 さっきまで真っ赤な顔をしていた安井君が、一瞬で平常に戻ってウキウキと部屋から出ていった。
「……何だったの?」
「へへっ、だから言ったろ、色々持ってきてるって。これ、あげたんだよ」
 そう言って侑は**の箱を僕に見せた。
「や、安井君、これ……」
「何真っ赤になってんだよ、これつけなきゃマズいだろ?」
「そ、そうだけど……」
 今朝、こういうの必要な人結構いるみたいに言ってたのがまんざらでもないんだと僕は驚いた。皆、この旅行中にやるんだと思ったら、僕の体も熱くなってきた。
「安井さ、この修学旅行で告白するって言ってたんだよ」
「そうなんだ」
「やっぱ、賢の言うとおりに沢山持ってきて良かったよ」
 バッグから取り出した**の箱をベッドの上に並べて侑がニコニコしている。
「うわっ、これ一体いくつ持ってきたんだよ?」
「んーと、三箱かな。賢がさ、多めに持ってけって……」
「多すぎるよー。大体こんなに二人で使う?」
「別に二人でって訳じゃなくてさ、今みたいに必要に迫られるヤツもいるわけだろ?」
「……まあ、そうだけど」
「俺達はさ、賢にこうやって買ってきてもらえるけど、俺達まだ中学生だぜ?薬屋で**下さい、なんてできっこないだろ?」
「うん」
「でもなあ、俺としてはこれ使い切る程やりたいってのがやっぱ本音かなー」
「侑!」
「取りあえず、夕飯前に一コ使うってので……」
「うん……」
 こうして僕達は食前の軽い運動を一回だけやったのだった。
 
 そして、この大量の**は、次から次へとやって来る訪問者達によって半数以上持ち去られ、侑は自分の使う分が無くなるとちょっとイライラしてた。でも、四泊だから本当はコレ位で丁度良かったのかも。と、僕は思うことにした。これ以上は体が保ちそうもないし……。


 僕の修学旅行の思い出は、「お尻が痛い」がまず一番だった。
 もう、初夜から侑が張り切りすぎて僕のデリケートなお尻はオーバーヒートしてしまった。
 だから、昼間、社会科見学とか行っても何処が何だったのかサッパリ覚えていない状態だ。昼間バスの中で眠りまくっていた僕達は、夜になると元気一杯になって、本当に見回りの先生に見られたらどうするの?って位延々とインサートしている状態だった。
 狭く閉ざされた世界で二人っきりで過ごす夜は甘く切なく過ぎていった。
 侑の体も僕の体もいつもより感じやすくなっていて、体の何処に触れても感じてしまっていた。なので、二人の行為もいつもよりリアルで激しくより刺激的だった。
「透、ここ舐められるの好きだろ?」
「うん……」
 侑が僕の**のくびれに舌の先を這わせる。僕は侑の上手い舌遣いにメロメロになっていく。何度侑の口の中に放出しただろう?でも、何度出しても僕は復帰して侑に銜えられる。
 その一方、侑も僕の中に何度も何度も入ってきて、僕の体内を白い液で一杯にした。
 そう、僕達はここぞとばかりにお互いの体の角から角まで、ヒダの一筋までも見逃さないように触れて舐めて感じ合い一つになりお互いの愛を確かめていた。
 この二人だけの時間が永遠に続いて欲しいと侑も僕も願って、お互いにしがみついて時の流れに逆らおうともがいていた。
 
 
 修学旅行から戻った僕達に待ち受けていたのは「高校受験」という試練だった。
 僕の志望校は母さんオススメの、隣の大きな街にある理系進学に強いと言われている男子校だった。僕は高校も侑と同じ所に行きたかったけど、僕達の夢を現実のものにするにはこればっかりは潔く諦めるしかなかった。
 侑も、初めは僕と離れるのは嫌だって言っていたけど、結局働きながら通える定時制を希望することにしたのだった。

 そして冬になると受験勉強も追い込みになり、僕の塾へ通う時間も長くなって、侑と触れ合う時間もごく僅かになってしまっていた。
 だから、学校の昼休みは本当に侑とべったり過ごすことに僕は決めていた。それでなくても会話も少なくなってしまって、侑が僕を見つめる目が何時も何かを言いたそうにしているのが気になって仕方なかったから。
 
 今日もこうしていつものプールの底で二人っきりなのに、侑はつまらなそうに向こうを向いたまま転がっていた。
「侑、あと少しだから。僕、きっと頑張るから、だから待ってて」
 僕も侑の隣に転がって、侑を背中から抱きしめた。侑は何も言わないでその冷たい手で僕の熱い手を握りかえしていた。
「俺、ずっと待ってるから」
 僕の手を握る侑の手に掛かる力がそう言っているみたいだった。
 僕達は真冬の澄んだ青い空の中で、まるで卵の中のヒナのようにじっとして、二人だけの世界が開けるその時を静かに待っていた。
 だけど、僕の腕の中の侑は何処か上の空で、何故か抱きしめた体が軽いような気がしてならなかった。
 僕はこの時、侑が悩み苦しんでいるなんて少しも気付かなかった。いや、自分のことが精一杯で気付こうともしていなかったのかもしれない。


 翌年の二月、僕は念願の志望校に無事に合格することができた。
 三年生は既に自由登校になっていたので、僕は志望校から母さんに電話で報告し、学校へ合格の報告をしに行った。

「こんにちは」
 僕が職員室へ入っていくと、そこには僕が一番に会いたかった顔があった。
「……じゃあ、山根解ったから」
 担任の先生と侑が何か深刻な話していたみたいだった。だけど、僕は自分の合格と久しぶりに侑の顔をみれた喜びで満面の笑みになってしまっていた。
「侑!」
「おいおい、柴原は先生に用があったんじゃないのか?」
「あ、すみません」
 僕は照れ隠しにちょっと頭を掻いてみた。
「どうだ?それで合格したのか?」
「はい!合格しました!」
「そうか、良かったな。お前なら大丈夫だと思ってたぞ、柴原。だけど、あそこは入ってから厳しいぞ。頑張るんだぞ!」
 先生が僕の肩を嬉しそうに叩いた。
「透、おめでとう」
 そう言って微笑む侑の顔に何故かいつもの元気が無かった。
「ありがとう、侑」
 僕は侑の冷たい手を握って、侑の目を見つめた。だけどやっぱり侑は元気が無い。侑の受験校はこれから試験だったはず。勉強の方上手くいってないのかな?ちょっと心配になってきた。

 僕達はいつものように二人だけのプールの底で転がっていた。侑はやっぱり何も喋らないでずっと僕の手を握っていた。
「侑、試験勉強どう?」
「……うん、賢に見て貰ってなんとかやってる」
「そっか。安心した」
 僕はホッとして侑の頬をそっと撫でた。
 今日もプールの中の世界は青くて平和だった。
「俺、東京に行こうと思ってるんだ」
 一瞬、見慣れたプールの青い世界が電波障害にでもあったかのようにブレて見えた気がした。
「えっ、侑、今何て……」
「透、怒らないで聞いて」
 僕に振り返る侑の目に大粒の涙が溢れている。何で侑が泣かなきゃいけないんだ?僕が何かしたの?解らない……。
「母さんが再婚することになったんだ。母さんずっと好きな人がいて……。家の借金があるうちは再婚できないって言ってたんだけど、その借金もやっと返し終わって……」
「じゃあ、新しい家族で東京に行くの?」
「……違うんだ」
 侑が首を横に振る。
「新しい父さんが嫌いなんじゃないけど、俺、二人の邪魔したくなくて……。それで賢が東京の大学に合格したから、賢にイソウロウさせて貰おうと思って……。俺、今度こそ母さんに幸せになって欲しいんだ」
 侑が僕にしがみついてわんわん泣き出した。僕はそんな侑をぎゅっと抱きしめてやることしか出来ないでいた。
「母さん、一八で俺のこと産んで、俺の親父に苦労させられて……。街には自分と同じような女達が沢山遊んでいるっていうのに、そいつらからいつも目を逸らすようにして……俺の手をぎゅっと握って、自分も遊びたいのに我慢して歩いてたんだ……。辛かったんだよ、母さん。だから、俺……」
「解った、侑。だからもう泣かないで」
「透、俺お前が嫌で東京に行くんじゃないんだ!」
「解ってるよ侑。それなら僕が東京の大学に合格するまで、賢さんの所で待ってて。三年だけ待ってて。そうしたら今度こそ一緒に……」
「透!」
 僕は侑を強く抱いた。侑を抱きしめる僕の腕の痕が侑の体中に残るようにと。

 この日、僕達は夜になっても家に帰らずにずっとこのプールの中で二人だけの世界に浸っていた。帰りたくなかった。僕が家に帰ってしまったら侑と一緒にいられる僅かに残された日が一日終わってしまうから。
 侑も僕と同じ気持ちだったらしく、僕の手を握ったまま放そうとしなかった。

 辺りはすっかり暗くなって、明かりの無いこのプールは漆黒の闇に包まれていった。
 昼間はまるで青空に浮かんでいるような気持ちにさせてくれていたこのプールの中の世界も、今は夜の闇に包まれて今度はまるで僕達が宇宙の塵になって終わりのない無限の宇宙に漂っているような感じがしていた。
 始まりも終わりもない闇の世界で僕達は一つになっていた。真冬のプールの底はまるで氷の世界のように冷たくて、僕達はこのまま何もかも全てが凍ってしまえばいいと思い始めていた。
 
 そして何時間か経った頃、誰かが僕達を捜しに来たような、僕達を呼んでいるようなそんな声がした。
「侑!透君!」
 閉ざされたプールの世界に懐中電灯の鈍く黄色い光が、その闇を切り裂いて入ってきた。
「やっぱりここだったか。皆、心配してるんだぞ」
 事情とこの場所を知っている賢さんが僕達を捜しに来たのだった。
「二人ともこんなに冷たくなって……」
「ごめんなさい」
 僕達は、ただ謝ることしか出来なかった。
「お前達の気持ちは良く解るけど、もう二度と会えなくなる訳じゃないんだろうに」
 賢さんが侑と僕、二人を抱きしめて優しく呟いた。
「透君、安心して俺に侑を預けてくれないか」
「賢さん……」
「俺と舞とで必ず侑を守るから」
「……お願いします!」
 僕は賢さんの背中をぎゅっと掴んで大泣きした。今まで感情の起伏というものがあまり無かった僕が大声で泣いたので、侑も賢さんも少し驚いていた。だけど、侑は僕が侑のことを強く思っているっていうのが解ったらしく、つられて泣き出してしまった。
 人気の無くなった、普段は静かである筈の夜の中学校に、少年二人の泣き叫ぶ声が何時までも響き渡っていた。

 そして侑が東京へと旅立つまでの一ヶ月、僕達はずっと一緒に過ごした。学校が自由登校の間は侑が僕の家に泊まりに来たり、僕も侑の家に泊まりに行ったりして修学旅行の続きのようなことをしていた。
 本当に楽しい日々だった。これから三年も離れてしまうなんてとてもじゃないけどそう思えない位に。


「僕、今日絶対に泣くと思う」
「あ、俺もお前だけ泣くような気がする」
「何で、僕だけなんだよ!」
 遂に中学の卒業式の日がやって来た。
 この辺に住む子供は、地元の中学を卒業すると高校もまたこの街の高校へ進学するのが常で、僕のように離れた街の高校へ進学するのは希少だった。
「だって毎年誰も泣かないじゃん」
「……そうだけどさ」
 何だよ、侑は寂しくないのかよ!僕はちょっとムッとした。
「俺は泣かないって決めたんだ。泣いたらきっとお前を東京に連れて行っちゃいそうだから」
「侑……」
「な、困るだろ?透は俺の為に医者になってくれるんだろ?」
「そうだけどさ……」
 本当に素っ気ないんだから。
「泣いたら、俺きっとお前に迷惑かけることになるから……」
 侑の目が一瞬光った気がした。
「侑」
 僕は侑の顔をのぞき込んだ。
「なーんてね!」
 下からのぞき込む僕の唇に口付ける。
「侑!」
「ほら、早くしないと卒業式始まるぞ!」
 侑が笑いながら学校の中へと入っていった。僕も侑の後ろ姿を逃がさないように一生懸命その後を追い掛けていった。

 卒業式は終始穏やかな雰囲気の中進められていった。
 侑と僕以外の殆どの卒業生は、ここを卒業してもまた近くの高校へと進学するので「別れの寂しさ」というものを想像しようとする事さえしなかった。
 僕も周りの生徒が皆ニコニコしているので、始めのうちは周りの生徒と雑談とかして普通にしていられた。だけど仰げば尊しを歌い出した途端、侑との思い出が早送りの映画のフィルムでも流れていくかのように次々と僕の頭の中のスクリーンに映し出されていった。
 あの春の雨の日、侑とあの公園で出会わなければ今の僕は無かった。それまで、つまらないことでクヨクヨしていた僕が侑のお陰で未来が開けていった。
 侑の僕を見つめる真っ直ぐな目、細いけど力強い手、そして熱く柔らかい唇。どれもが僕だけの物で僕の一番大切な物だ。
 でも明日、侑は賢さんと舞さんと一緒に東京へ引っ越して行く。嫌いになって離れていく訳じゃない。本当は好きで、大好きで一瞬たりとも離れてはいられないのに……。僕達が子供だから仕方なく離れて暮らすことになる。早く大人になりたい。一分でも一秒でも早く侑を幸せにしてやりたい。
 そう思った途端、目から涙が溢れ僕は嗚咽を漏らしていた。
 僕が何故泣くのか事情を知らない生徒達はちらっと横目で僕の惨めな姿を見てニヤニヤしていた。どうせ自分だけ他の街の高校へ進学するから寂しくて泣いているんだろう、位に思っているに違いない。

 それから僕は結局卒業式が終わって教室へ戻っても泣き続けていた。
 自分の机に伏せて泣き続ける僕の傍らで侑は無言で寄り添っていた。
「おい、侑。柴原どうにかしろよ。こいつだけだぞ、この目出度い卒業式で泣いてるの」
 クラスの誰かがそう叫んだ。他の生徒達も僕の方を見て笑っている。
 しかし、そのざわめきを侑の一言が一瞬にして変えてしまった。
「俺、明日東京へ引っ越すんだ」
 侑がそう呟いた瞬間教室のざわめきが嘘のように綺麗サッパリ無くなった。そしてその次の瞬間、クラス中の生徒達の叫び声や悲鳴が狭い教室に響き渡った。侑がどれ程皆に親しまれていたのかよく解った。
 どんな人からも親しまれ愛されている侑を僕は誇らしく思った。
 そして侑は泣き叫ぶクラスメイト一人一人に歩み寄り別れの挨拶と握手をした。女子の何人かは本当に泣き崩れて侑にしがみついて行っちゃ嫌だと嘆願していた。
 侑は最後に僕の元へ戻ってきて皆の前で抱きついてきて、涙でグチャグチャになった僕に口付けてきた。
 その様子を、始めクラスメイト達は呆気にとられて見つめていたが、誰かが拍手をすると他の生徒もつられて拍手を始めた。
「侑、東京へ行っても元気でな!」
「浮気すんじゃないぞ!」
 皆が口々に励ましの言葉をかけてくれた。
「おれよか透の方だろ、浮気の心配は。何せ男子校だぜ!俺、本当に心配してるんだから」
 冗談とも本音ともとれる侑の心の叫びだった。
「な、何だよ侑!侑こそまた賢さんと……」
「要らぬ心配だよ、それこそ。舞も一緒に住むんだぜ」
「でも、僕は心配!」
「お前の方がよっぽど心配だー!」
 侑が僕の両方のほっぺたを摘んで頭突きしてきた。
「お前等本当に仲良いよな」
「ホント、ホント。でも侑たまには帰って来いよ。また皆で騒ごうぜ!」
「ああ!」

 こうしてこの学校ではかなり珍しい涙有り笑い有り大騒ぎの卒業式が無事に終了した。


 そして次の日の朝早く、侑は賢さんと舞さんと一緒に東京へと引っ越して行った。
 僕は新幹線の駅まで侑達を見送りに行った。
「侑、元気で」
「透も。俺、メールするから」
 僕は高校合格のお祝いに両親にパソコンをねだっていた。そして侑にパソコンの使い方やらネットの見方、メールの書き方など色々と教えて貰った。
 僕達は住むところは離れてしまうけど、ネットで何時も繋がっていると思えば少しは寂しくなかった。
「俺、写真送るから、透も時々裸の……」
「こら、侑!」
 横で会話を聞いていた賢さんが侑の頭を叩いた。
「お前は大検受験の勉強するんだろ?看護師になれなくなっても良いのか?」
「だからー、たまーに息抜きに」
「侑ったら。でも、写真送るよ。だから侑も時々写真送って」
「解った!」
「賢さんも舞さんもお元気で!」
「透君もね」
「侑のことは心配するな」
「ハイ!」
僕達は涙の無い別れをした。ここで泣いてしまったら僕達に明るい未来はやってこない、そんな気がしていたから。
 三人の乗った新幹線が見る見る小さくなっていく。僕は一人ホームに残された。
 だけど僕も動き出さなければいけない。三年後に東京の大学の医学部に合格しなければ侑を迎えに行けないからだ。本当に大変なのはこれからなんだ。
 僕は一人残された寂しさを感じるよりも、侑に会えるまでの長い日々が一日ずつ減っていくことを楽しみに生きていくことにしようと思う。侑の延ばした指の先が少しずつ僕の方へ近づいてくる。そんな感じがしているから。


 侑と離れて一年が過ぎた頃、僕は一度だけ写真で見たことのある侑のお母さんが小さな赤ちゃんを抱っこして街中を歩いているのを見かけた。
 侑のお母さんは写真で見た顔よりもとても穏やかで、顔色も良かった。そして、幸せそうに赤ちゃんを抱っこする侑のお母さんの横を大柄で優しそうな男の人が嬉しそうに並んで歩いていた。
「ああ、侑のお母さんはこの人の大きな手に包まれて幸せになったんだ」
 僕は侑の願いが叶ったのだと本当に嬉しくて涙が出てきてしまった。侑のお母さんが幸せになって本当に良かった。
「侑、次は僕が侑を幸せにしてあげる番だ!」
 あの時よりも少しだけ大きくなった掌を握りしめて、僕は心の中でそう叫んだ。

 今日も空は青く良く晴れている。 

      おわり

[618] はじめまして。
苺野 七月 - 2004年07月12日 (月) 11時24分

今回初めて投稿させて頂きました。
苺野七月と言います、よろしくお願いします。

昨年の暮れから小説を書き始めて、この頃ようやく文章になってきたかなって思えるようになってきました。
まだまだ駄文で恥ずかしい限りですが、読んで頂けたら幸いです。

長い作品でで本当にスミマセン・・・。

[619] 超大作ですね☆
少年少女 - 2004年07月13日 (火) 15時38分

感想を書き込むのが遅くなってしまい、どうもすいませんでした。
という訳でさっそく書き込みさせていただきます(笑)

とにかく長いです。でも、読み応えがあり、こんなに沢山書けるという事はとてもすごいことだと思いました。
私はどう頑張ってもいつも短くなってしまうので、逆に見習いたいぐらいです!!
物語の方は、凝っていてとても良いと思いました。
主人公の気持ちもうまく表現されているし、私的には好きです。
次回作、楽しみにしていますので 頑張ってください♪

[627] 感想ありがとうございます!
苺野 七月 - 2004年07月14日 (水) 22時48分

少年少女さま、感想本当にありがとうございました!
この作品は自分でも「長い」の一言です(汗)。
実は、これは「ピアス」の応募規定の全体の1/3以上がリアルなHシーンというやつに無謀にも挑戦してみたやつなんです・・・。
でも、書いてる途中でピアスが休刊に(涙)。
途方に暮れながらも(笑)殆ど話も出来ていたので、(後の方はHが控えめになってしまいましたが)最後まで書くことにしました。(書いてからかなり反省と後悔が・・・)

で、こんな中学生がHばっかしているのを一体何処に投稿するんだろうと今でも悩んでいます(笑)。



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