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著名作曲家のもとで修行時代・・・
ケーシー村上 (14)投稿日:2015年10月13日 (火) 07時23分 返信ボタン

レコード大賞受賞曲「愛と死をみつめて」の作曲者は土田啓四郎先生でした。歌った青山和子さんは暇さえあれば読書をしていたという印象しかないほど真面目でおとなしい方でした。


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そんな大賞曲より、師匠の楽曲で思い出深いのは、やはり先生が始めて島倉千代子さんに楽曲提供した「恋人さん」でした。それまでの泣き節路線から一転しての軽快な曲でした。もともとはは私が歌ってるテンポなのでしたが・・・・


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結局、お千代さんはさらにテンポを速めて早口にサラッと歌うことになりました。





□歌謡界を取り巻く大きな変化が・・・/ケーシー村上 (15)投稿日 : 2015年10月14日 (水) 06時55分

遠藤実門下生、「青春の城下町」で売り出しの梶光夫をはじめ、コロンビアレコードの遠藤実門下生にとっては、この歌のヒットの直後、クラウンレコードに次いでミノルフォンレコードの設立という事態が進展することになったのでした。
師を失った梶光夫は、高田美和とのデュエットの「わが愛を星に祈りて」「野菊の墓」そして「涙のむこうに明日がある」というように土田啓四郎作品のよってヒットを連発するのでした。

そして人気絶頂時に、親御さんとの5年という約束の活動期間を終え引退したのでした。当時いろいろ接点もあってとても感慨深いものがあります。

□ビックリです!/ヒョンチョル(和製) (16)投稿日 : 2015年10月14日 (水) 18時17分

ケーシー村上さんがあの「お千代さん」の後輩だったなんて!
そして、作曲家、土田啓史郎氏のお弟子さんだったんですか?
やっぱり、ケーシーさんは「ただ者?」ではないですね。
ビックリ仰天です。でも、嬉しいですし光栄です。
博学なケーシーさんに感謝、ビックリの一日でした。
ありがとうございました。


□先生の作品の中でも、特別な感情がある一曲・・・/ケーシー村上 (17)投稿日 : 2015年10月15日 (木) 01時20分

土田啓四郎先生と帯同した一時期を文章にするには、あまりにも密が濃いすぎるため殆どは今まで封印したままでした。出来レースとは言わないものの、コロンビア歌謡コンクールの優勝者が土田門下生ということになりました。今回色々な思い出があってデビュー三枚目のB面曲を聴いて貰います。

抱きしめたくて


以前、この曲をアップしたら、すぐに福島君の友人からメールが入り、「彼とコンタクトをとったら」と進言されましたが、「触れたくない思い出は心の中に留めたい」とお断りしました。





□大手酒造メーカーのCMソング/ケーシー村上 (18)投稿日 : 2015年10月15日 (木) 11時16分

菊正宗の「初めての街で」は中村八大の最高傑作だと思います。その当時、大手酒造メーカーはCM及びCMソングで競っていました。
加藤登紀子の「酒は大関こころいき」小林亞星作曲も素晴らしい作品でした。
CMに一番熱心なのは、だれもがも認める「黄桜酒造」だったでしょう。何時の日からは「かっぱの唄」楠トシエ 一色になりましたが、私には、大川栄策「本造り黄桜の唄」古賀政男が一番印象に残っています。

そんな世の中の風潮に、「清酒白雪」は土田啓四郎作曲、井沢八郎で勝負にでました。
清酒白雪の唄





□お酒のCMソング/ヒョンチョル(和製) (19)投稿日 : 2015年10月18日 (日) 21時59分

井沢八郎の「白雪」のCMこれは秀逸ですね
やはり、曲の良さにくわえて彼の抜群の歌唱力が
引き立っていると思います。
そして、ケーシーさんにもご同感頂けると思うのが
サッチンこと、西田佐知子の♪初めての街で
肩を並べるほどの「名曲」で衆目の一致するところでは
ないでしょうか?
勿論、彼女のフアンを自認するものとして
当然の事なんですどね。




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