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暑中お見舞い申し上げます
ARI (3169)投稿日:2016年07月31日 (日) 21時18分 返信ボタン

連日 35℃以上の焼け付く様な暑さ!💦 たまりませんね。

今年は外を車で走る日々なんで、まるで以前、健康的に夏山
登山をひたすら繰り返してた、今よりもちょっとだけ若かっ
た頃の様に 顔と腕が真っ黒になってしまってるオヤジです。
水分補給して 乗り切りましょう〜


□暑中お見舞い申し上げます/うきき (3170)投稿日 : 2016年08月01日 (月) 21時24分

本当にお暑いですね。

お車の中は余計につらいですね。
ちょっとエンジン停めて車を出たらすぐにサウナ…。

私も昔はこんな夏の日でも旅行に行って山城に登っていましたが、今の体力では夢のようです。
それでも夏は100名城を2つほど訪問しようかと思っています。
飯田丸、見ることができますかねー。

□合掌(涙)/ARI (3171)投稿日 : 2016年08月19日 (金) 07時39分

ほんと毎日暑いですね💦

ちょっと悲しい記事
昨日18日の西日本新聞朝刊
「吉永正春先生 ご逝去」の記事。2面に渡って、
それぞれ写真入りの記事で、九州戦国史作家の大家である
先生の功績の大きさに改めて感じ入りました。

昔から先生の作品のFANで、著作も多く持っていたのですが、
思い出せば、6年前の初夏、会社の者と行った中洲のお店で
偶然、先生ご夫妻と盟友の方々とお会いし、初対面にも拘ら
ず、親しく歴史や著作のお話しをさせていただきました。

その際、お店の方に撮ってもらった先生との写真は、その時
以来ずっと、私のPCの前に貼っています。

吉永正春先生のご冥福をお祈りいたします。

□私も新聞で知りました/うきき@実家 (3172)投稿日 : 2016年08月19日 (金) 16時56分

書き込みどうもありがとうございます。
ただいま実家に帰省しております。
昨日は子供を屋外プールに連れて行きましたが、見守る親は半端ない熱気にさらされてもうバテバテです。

私も昨日の西日本新聞で吉永先生のご逝去を知りました。
九州の歴史を掘り起こしてくださった貴重な方ですよね。新聞で知りましたが、私が好きな作家・劉寒吉さんとも関わりの深い方だったんですね。
私も過去に吉永先生の本を何冊か読みました。実際にお会いしてお話までできたなんて羨ましいです。

菊池氏の歴史関係で主人も吉永先生からメールをいただいたりして、先生の著作物に画像や情報を提供したりしていたようです。パソコン使われるくらいだからもっとお若いのかとばかり思えばもう御歳90歳だったんですね。
また貴重な人財が失われました…

/ARI (3173)投稿日 : 2016年08月19日 (金) 21時42分

早々の返信、有難うございます。

筑前戦国史研究家であった吉永先生とは、少し時代が
違いますが、西国の江戸期を描く、歴史作家3先生の
福岡の白石一郎さん、佐賀の滝川康彦さんが亡くな
られ、久しい年月が経ちました。

先月、多久に行った際、滝川康彦先生の直筆の原稿、
愛用の眼鏡が展示されており、前庭には自然石に
プレートを嵌め込んだ、滝川先生の碑を見て、涙が
出そうになりました。 多久聖廟の近くです。

ご健在の 山口の古川薫さんを、今年4月14日に
下関吉田・東行庵で盛大に執り行われた、高杉晋作
先生の150回忌歌碑除幕式典に 最前列に参列さ
れている姿を間近で拝見できて、嬉しかったです。

今、これらの先生の後を継ぐ、西国の戦国期・江戸期
を執筆する方は見当たらず、寂しいのは私だけでしょうか


/ARI (3174)投稿日 : 2016年08月19日 (金) 21時47分

失礼しました。滝口康彦先生の名前を、無意識な
入力ミスで 滝川と入力してました (汗・謝&恥)

□『花冠の志士』とか読みましたねぇ…。/うきき (3175)投稿日 : 2016年08月21日 (日) 22時30分

終戦記念日には必ず正午の甲子園の黙祷シーンを見ていたのに、今年はなぜかTVをつけることを忘れておりました…。
もう、『真田丸』の時しかTV画面を見ない生活です。
23日深夜のNHKドキュメンタリーのイゾラド特集再放送だけは見たくて録画予約しました、これは戦争も歴史も関係ないですが…(^_^;)

話は変わりまして私は滝口康彦さんをどなたか存じませんでしたが『主家滅ぶべし』を書かれた方だったんですね。このタイトルがかっこよすぎてすごく心に残っているんです。そして中身は読んでいないという…。
多久お住まいの方だったとはなおさら存じませんでした。
記念館があるのでしょうか。

>今、これらの先生の後を継ぐ、西国の戦国期・江戸期
>を執筆する方は見当たらず、寂しいのは私だけでしょうか

そういえば、ここ数年、血湧き肉躍るよう小説にめぐりあっていませんねー(そもそも読む暇がないのですが)。

ARI様、そろそろ豊富な歴史知識を公に広くアウトプットする側に回られては?
お仕事と孫育でお忙しいかもしれませんが、もったいないですから。(*'▽')

□涼しくなってきましたね/ARI (3176)投稿日 : 2016年09月11日 (日) 13時26分

9月も半ばとなり、だいぶ涼しくなってきましたね...
と言ってるのもつかの間、急に寒くなって、暑かった頃が
懐かしくなり、そして世間で 歳末やら年内に...などの
言葉が飛び交う様になって「あぁ今年も1年早かったぁ」
なんて顛末になる事に もう慣れすぎた歳になりました(笑)

そういえば、うききさん達と中西先生のご案内で福岡城を
巡ったのは、もう6年前の秋でしたね 早いはやい。
中西先生は Facebookによく投稿されるので、そこでよく
フォロー(レス)でお話ししてますよ。

滝口康彦先生に興味を持っていただき有難うございます。
「江戸期の藩に縛られた武士道の不条理さ・理不尽さ・
残酷さ」を、描く作品群は、読んでいてゾッとする程です。
一番有名な作品は数度映画化され、TVドラマにもなった
「拝領妻始末」ある会津藩武士の悲惨な運命を描き、映画
では加藤剛が名演しました。 あと私の本棚にある単行本
で「遺恨の譜」「権謀の裏」「返り討ち無情剣」「鬼哭
の城」「上意射ち心得」など等、タイトルを見ただけでも、
中身が覗い知れる様ですが、読むと想像以上に悲惨です。

先日書いたのは、多久歴史民俗資料館の受付横のショー
ケースに少し、先生の自筆原稿や愛用の眼鏡などが展示さ
れています。地方によくある歴史民俗資料館という感じ
です。
豊富な歴史知識 などとトンでも御座いません。異動に
よって 目まぐるしく変わる任務(仕事)で頭が費やされ、
覚えていた歴史知識は 消え去る一方で御座います(-_-)
ただ研修講師スキル は、その前回まで任務で身に着け
ましたので、よりジジイになったら(笑)演台に立って、
話したいな とかは思ってます。

では、また(^^)/~~~

□真田丸に忠政の出番がない!/うきき (3177)投稿日 : 2016年09月13日 (火) 11時22分

メッセージどうもありがとうございます。
ARIさまの上手な解説に乗せられてしまいまして、滝口作品、いつか時間ができれば読んでみたくなりました。『真田丸』にしてもゾッとする場面が皆無で『これぞ戦国』ってのがなくて私には物足りません(迫力ありすぎたらすぎたで一般視聴者からクレーム入るらしいですが)。
一方、中西先生ともなかなかお会いする機会がなくなってしまいました…同じ福岡県民になったというのに…。でも、森家ネットワークのおかげで各地の先生方の近況は(主に津山市とかから)耳に入るので聞き知っていたりするんですけどね。意外と狭い世界です。
(;´Д`)

先週はいきなり思い立って家族で府内城に行ってまいりましたよ。
途中、松平忠直の廟所と書かれた看板を見つけ、
「そういや豊後に配流になったんだっけ」と気づきまして、急遽、スマホで史跡検索して忠直の隠居地と廟所を訪問しました。
この日も外はアツアツでしたが、もう少しすれば史跡めぐりにも心地よい季節になってまいりますね。

□仲秋の名月は雨でした/ARI (3178)投稿日 : 2016年09月18日 (日) 11時26分

真田丸。関ケ原はサスケの報告だけで10秒で終わっ
てしまい、今日の放送から、真田父子は、紀州九度山
での長い蟄居隠棲生活に入りますね。どう描かれるん
だろ? その間に昌幸は亡くなり、そして15年後の
大坂夏の陣「真田丸」 淀殿が策を取り上げず、野戦
で家康を追い詰め・憤死。ストーリーが分かってるだけ
に脚本次第ですね。

豊後萩原の忠直卿の廟所に行きましたか!私は15年
くらい前に行ったきりです。幼稚園の遊具が並ぶお庭に
ポツンと廟が建ち、忠直卿の居館跡と、卿を祀る岡の上
の六角堂?に行きました。

滝口先生の作品、ぜひお読みください。 読んだ後は
お通夜に参列した後の帰路の様な気分になります(笑)

□また台風が近づいていますね。/うきき (3179)投稿日 : 2016年09月19日 (月) 00時25分

今週の真田丸で冒頭に出ていた「葛尾城にいる徳川軍」とかは森軍のことだと思うのですが、森忠政の名前は一切出てこず残念です。大井ネタを出すくらいなら「徳川方の森軍が…」くらい言ってくれてもいいじゃないかと思うのですが…(;´Д`)
あと、ドラマを見ていてわかったのですが大助くんがまだ出てこないところを見ると、彼は九度山蟄居時代のお子様だったのですね。来週か再来週あたりに大助君が登場してくれるのでしょうか…楽しみです。

>卿を祀る岡の上の六角堂?に行きました。
そんなものがあったのですね。その六角堂の存在は知りませんでした…。
帰宅後になって大分市内には真田信繁の愛馬(忠直が信繁を討ち取った褒美にもらったそうな)のお墓もあったと知り、行き当たりばったりの旅をちょっと反省です…。
しかし夫婦仲良くすごせる信繁の九度山蟄居生活といい、愛妾と過ごせた忠直卿の蟄居生活といい、ある程度は配慮してもらえたのですね。絵島囲み屋敷レベルの想像してました…(^_^;)

テンションがあがった時に滝口作品を読みまする…。



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