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皆様如何お過ごしでしょうか。

Dream On!

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ダレモイナイ コウシンスルナラ イマノウチ(ペ∀゚)ヘ
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[509]短編 『Sweet Dreamer』≫北へ。WI&シスプリ: 武蔵小金井 2005年01月24日 (月) 23時53分

 
 
 
 あれ……あの子、どうしたんだろう。
 小奇麗な街路樹の曲がり角で、椎名薫は足を止めた。
 広い往来。そこで立ち尽くしているような、一人の少女。
 まだかなり幼さを残した年頃だった。困ったように、周囲を見回している。
 まあ、関係ないか。薫は思った。
 放っておきなさい、椎名薫。ここは地元どころか、あなたの国ですらない。それに、今のあなたは人助けがしたいような気分じゃないでしょ。
 ……そう、助けてもらいたいのはこっちの方よ。
 心を支配しかけた嫌な気分。薫は身を翻し、少し先で待つ友人の方へと歩きかけ……
 そこで、足を止めた。
 もうたくさんだった。こんなの、楽しくも何ともない。
 ぐるりと回れ右をすると、薫は早足で少女へと歩いた。
 もう、あなたには従わないわ。これから全部、反対のことをやってやる。それでどうなっても構うもんか。
 嫌な気分なら、たっぷり味わったんだから。


「大丈夫、お嬢さん……えっと、ボンジュール、マドモアゼル……コマンタレブー?」
 小さな電子辞書を取り出しながら、薫はにっこりと笑いかけた。片膝を軽く折って、目線をあわせて安心させるようにほほえむ。
 少女はじっと、薫を見つめた。色々な感情が走っている……薫はじっと待った。
「……こんにちは……」
 薫は目をまたたかせた。流暢とは言い難かったが、まぎれもない日本語だった。
「あなた……お嬢さん、日本語ができるの?」
 幼さをたっぷりと残した顔で、首をかしげる少女。
 薫は心中で小さく息をついた。ふふ、そんなはずないわよね。
「ありがとう……メルシー、マドモアゼル。ボンジュール……日本語の挨拶、上手ね。私も、こんにちは。うふふ……」
 何て滅裂な台詞だろう。そう思いながら、薫は自然な笑みを浮かべている自分に驚いた。
 こんな気持ち、ずいぶん久しぶりな気がする。
 そんな薫の前で、少女が長いスカートの裾を持ちあげた。
「亞里亞です……こんにちは……あなたは、だれですか……?」
 薫は、再び耳を疑った。こんな小さな子が……
「えっ……あっ、こんにちは。驚いたわ。あなた本当に、日本語が出来るのね……ああ、ごめんなさい。」
 ゆっくりと話さないとダメなのだろう。薫は手を返して両膝を屈すると、少女にうなずいた。
「私はね、椎名。椎名、薫。わかるかな?シイナよ。」
「……じいや?」
 思わず笑みがこぼれた。 
「椎名よ。シ・イ・ナ。」
「椎……や?」
 薫は頬をほころばせた。何て可愛らしい響きだろう。
「うふふ。うん、それでいいわ。ありがとう。」
「うわぁ……椎や、椎や……」
 少女は何度も名前を繰り返した。薫は、思わずその頭を撫でていた。
 嬉しそうに頬を染める少女。何か、どこか暖かくなるような感覚だった。
「ありがとう。それで、あなたのお名前は……今、えっと……」
「亞里亞……亞里亞は、亞里亞っていいます……はじめまして。」
 アリア。何て可愛らしい名前だろう。きっと、レディとしての教育を受けているのね。
「こちらこそ、はじめまして……私はね、日本から来たんだけど……観光にね。亞里亞ちゃんとは、フランスに来てはじめてのお友達かな。よろしくね。」
 薫の言葉に、少女の顔がぱぁっと明るくなった。
「ニッポン……亞里亞、ニッポンは大好き……」
 これだけ日本語ができるのだから、そうなのだろう。薫は笑った。
 もしかしたら、ハーフなのかもしれない。きっと、何度も日本に行ったことがあって……
「椎や。あのね……ニッポンには、亞里亞の兄やがいるの……」
「兄や?」
「はい。兄やは、亞里亞の兄やなの。世界で一番優しい、亞里亞の兄やなの。」
 やっぱりそうか。薫は優しくうなずいた。
「そうなのね。亞里亞ちゃんのお兄ちゃんは、日本にいるんだ。フフ、素敵なお兄ちゃんでしょうね。」
「うん……!亞里亞、兄やのこと、とっても……だーいすき!」
 満面の笑顔。そこには、無邪気な喜びがあふれていた。
 そして、それが薫の胸をチクリと刺した。
 お兄ちゃん。お兄ちゃんのこと、心配してたんだよ。
 あの子も……あの少女も、こんな風だったっけ。
「椎や……?」
「あ、ううん。何でもない。そう。それで亞里亞ちゃんは、今日はどうしてるのかな?お散歩?」
 少女は首を振った。
「ううん。亞里亞、兄やの所に行く途中なの。あのね……兄やに、教えに行くの。亞里亞は、亜里亜じゃないって……」
 薫は首をかしげた。そこで、背後から声がかかった。
「薫!どうしたの?その子がどうかした?早く行かないと、午後で全部回れないよ?」
「あっ……そうね。」
 薫は考えた。警官に報せて、それで終わりになりそうだった。
 そうしようか。ふっと、少女を見て……そこに、見上げる心細げな顔があった。
 薫は即断した。
 椎名薫。自分から声かけて、なに考えてるの。
「ごめんなさい。あのね、この子が迷子みたいだから……私が案内してくるわ。日系の子みたいだから、大丈夫だと思う。悪いけど、ひとりで行っててくれるかな。」
 友人に悪いとは思わなかった。むしろ、その方がありがたいはずだった。
 それほど、ここ数日は迷惑をかけていたものね。
「う、ううん。薫がそうなら、私は構わないよ。それじゃ……大丈夫?」
「うん。ありがと。もうだいぶふっきれたから。少し、一人で考えてみる。何かあったら連絡するから。ホテルで会いましょ。」
「わかったわ。それじゃ、またね!」
 手を振って別れる。視線を戻すと、少女も一緒に手を振っていた。
「うふふ……ありがとう。」
「椎や、ばいばい……?」
 少女の深い海のような瞳に、微妙な不安が浮かんでいた。薫は大きく首を振った。
「違うわ。またあとでねって、友達とバイバイしたの。私はこれから、亞里亞ちゃんと一緒につきあっちゃうもの。」
「わぁ……椎や!亞里亞、椎やと一緒……!」
 心底から、嬉しそうに笑う。薫はまた、少女を撫でていた。
「それじゃ、お話を聞かせてもらえるかな。亞里亞ちゃんは、どうしてお兄ちゃんに逢いに行くの?」
 少女は訴えかけるような顔になった。
「あのね、チガウの。亞里亞は……亜里亜じゃないの。亞里亞なの。だから、兄やに教えてあげるの……」
「亞里亞ちゃんが、亞里亞ちゃんじゃない?」
「そうなの。でも、亞里亞がそれを言ったら……じいや、プンプン怒るの。チガウのに、チガワないって言うの。亞里亞は、亜里亜じゃないのに……くすん。」
 薫は頭を回転させた。これは難問だった。
 でもこの子、やっぱりかなりの家柄なのね。爺やさんもいるなんて……フフ、もしかすると、本当にどこぞの貴族さんの御令嬢なのかしら。
「そう。うーん、でも、ちょっと私にもわからないかな。もう少し、詳しく説明してくれる?」
 少女の瞳が潤んだ。失敗したと薫は思った。
「あぁ、違うのよ。亞里亞ちゃんが困ってるのは、よくわかるの。お姉さんが、頑張って助けちゃうから。だから、もっとお話を聞かせてくれるかな?」
「椎や……亞里亞を、叱ったりしない?」
「もちろんよ。絶対にそんなことしないわ。亞里亞ちゃんは、お兄ちゃん思いのいい子だもの。」
 パッと顔が明るくなる。本当に、見ていて楽しかった。
「亞里亞、兄やのこと大好き……!あのね、椎やにも、見せてあげる……」
 そう言って、少女は大事そうに何かを取り出した。
 それは、一通の封書だった。
「フフ、ありがとう。これは?」
「あのね、これは、兄やのお手紙なの……それでね、それが、チガウの。亞里亞が、亞里亞じゃないの……」
 薫はそれを受け取った。ごく普通のエアメールだった。差し出し人も、送り先も流暢なフランス語で書いてある。そして……薫は、送り先の名前の横に、日本語で書き込みが加えられていることに気付いた。
 亜里亜ちゃんへ。そう書かれている。何だか、少し照れているような雰囲気の、ぎこちない字体だった。
「亞里亞、亜里亜じゃないの……兄や、間違いさんなの。だから、亞里亞……教えに行くの。」
 瞬間、薫は全てを理解した。
 気付いてみれば、実に簡単なことだった。
「わかったわ。この、名前の漢字が間違ってるのね。亞里亞ちゃんの名前の字と、ちょっと違う……そういうことか。」
 少女は首をかしげていた。薫はニッコリ笑いかけた。
「ここの、お兄ちゃんの字なのかしら……これの、亞里亞ちゃんの名前が違うのね。」
「うん……!そうなの。チガウの……」
「アリアちゃんは、アリアじゃない……か。なるほどね。」
 これは日本語がわからないとダメね。薫は納得した。この子の周囲の大人たちは、さぞ困ったことだろう。
「アリアちゃんは、亜里亜じゃなくて、亞里亞なのね。」
 薫は優しく言った。言葉では意味が伝わらない……そうは思わなかった。
「うん……!そうなの!亞里亞は、亞里亞なの……!」
「そうか。それで、お手紙が間違っていたから……フフ、悪いお兄ちゃんね。」
「ううん。チガウの。兄やは……悪くないの。」
 小さな手に封書を返して、薫は少女を見つめた。
「兄やは、亞里亞と逢ったことがないから……間違えても、しかたないの。」
 エアメールを大事そうに、両手で抱えるようにして、少女は続けた。
「だから、亞里亞が……教えに行くの。でも、亞里亞……道がわからなくなっちゃった。」
 ゆっくりと、そして、悲しそうに語尾が途切れた。
 薫はうなずいた。少女の手を、そっと包んだ。そうしてあげたかった。
「そうだったの……亞里亞ちゃんは優しいのね。でもね、亞里亞ちゃん……亞里亞ちゃんのお兄ちゃんは、とっても遠い国にいるのよ。」
「亞里亞……行けない?」
 薫は、静かに首を振った。 
「ううん。でも、歩いてはちょっとタイヘンかな。お船か……飛行機に乗っていかないと。」
「亞里亞、お船に乗る!兄やに、お手紙のお返事をしに行くの……」
 瞳が輝いていた。あきらめも、ためらいも知らない瞳……
 挫折を知らない、無垢な光だった。
 薫の心のどこかが崩れた。溶けるように。
「椎や……?」
「あ……ううん。ごめんなさい。そうね。あっ……ちょっと、そこのカフェにでも入りましょうか。」
 薫は強く自分の頬を押した。何かがあふれそうだった。
「わぁ……椎や、アイスクリーム?」
「そうね。ウフフ、いいわよ。二人で食べましょうか。」
「亞里亞、亞里亞ね……ショコラのアイス!」
 嬉しそうに手をあげる少女。薫はうなずいた。
「うふふ、わかったわ。」
 二人は、少し先のカフェに向かって歩き出した。



 ……いったい、何をしているんだろう。薫は思った。
 遥か異境の地で、どこかのお嬢様と二人でアイスを食べている。
 何て変な光景だろう。せっかくの観光旅行なのに。椎名薫。貯金もいっぱい使って、何をしているのよ。
 幸せそうにアイスを口に運ぶ少女を見つめて、薫はふっと苦笑した。
 何もしてないわ。もともと、目的なんてないもの。友達の旅行に付き合っただけ。
 そう。ただちょっと、日本から……現実から、離れたかっただけ。
 薫はスプーンの上のアイスを見つめた。何て冷たいんだろう。
 冷たい、か……そうよね。何て人間って、冷たいんだろう。
 せっかく、友人に……もしかして、それ以上に……なれると思ったのに。
 取るに足らない約束。ううん。本当は約束なんてしてないじゃない。
 よかったら、来てね。それだけだった。そして……さよなら。
 フフ。あれが、本当のさよならになるなんてね。
 信じたのが……ううん、期待したのがバカだったのよ。
 あの子なら、元気にしてましたよ?数日後に、職場の看護婦から告げられた事実。見舞いに来ていた従姉妹の女の子と二人で、楽しそうに大通り公園を……
 薫は幻影を振り払った。
 本当にバカね、椎名薫。そもそもが不相応だったのよ。自分でもわかっていたじゃない。
 薫は自分に笑った。年齢、立場。八年よ、八年。なおかつ、あの子にはあんな可愛い彼女がいたんじゃないの。
 入院した日、見舞いにやってきた従姉妹の母子。可愛い少女だった。同じ高校生で、一歳違い。思いやりもあって、健気で……常に周囲に明るさを振りまいていた。彼は大丈夫よと教えてあげたら、心底嬉しそうに頭を下げたっけ。そして、毎日のように見舞いに来て……
 そうよ。八歳離れた私とじゃ、何もかも違い過ぎたのよ。
 ベンチで、何も語らずに座りあった。何日も。
 内心呆れた。しつこいとも思った。物好きな、おせっかいの子供。
 でも、小さな興味を持ったことは否定できない。印象が、少しずつ変わりかけていた。
 そして、不意の事故。医師と病人。偶然にも、薫の世界に彼は入ってきた。
 何か、日常が変わるかもしれないと思った。小さな勇気が出た。そして……期待した。
 バカみたいよ、椎名薫。これじゃ、まるきり反対じゃないの。
 入院患者が担当医師や看護婦に特別な感情を持ってしまうことはよくあるわ。でもそれは、普段と違う環境に置かれた人間の思考が生み出す、いわば逃避に近い精神の作用。私たち医師は、それを知った上で毅然として患者と付き合わなければならない。そうでなければ……
 そうでなければ、こんな……こんな気分になる。
「椎や……?」
 ふっとかけられた声に、薫は顔をあげた。
 小さなスプーンを行儀よく置いて、少女が薫を見つめていた。
「ん……フフ、どうかしたかしら?」
「椎や、泣いてるの……?」
 薫は息を呑んだ。頬に、目尻に手を触れる……涙は出ていなかった。
 そのはずだったのに。
「う、ううん。そんなことないわよ。あのね、アイスが冷たくって……」
 言い繕う。我ながら、下手な言い訳だと思った。
「わぁ……そうなんだ。亞里亞も、あるの……冷たい時は、じいやが持っててくれるの。じいやのスプーンで、ちょっとずつ……食べるの。そうすると、手が冷たくないの……」
 ゆっくりと、楽しそうに少女は語った。
 何て純真無垢なんだろう。薫は瞳を潤ませたままうなずいた。
「そうね。そうしたらいいかもしれない。じゃあ、私もがんばって食べちゃうわね。」
「うん……!椎やのアイスは、ミントの?」
「そうね。亞里亞ちゃんのアイスは、ショコラのだったでしょ。」
「うん……!亞里亞、ショコラだーいすき!椎やは、ミントが好き?」
「好きよ。うふふ、だから早く食べないとね。溶けちゃうから。」
「うん!」
 薫はアイスを食べ始めた。不思議と、今度は冷たくなかった。


 午後の街並み。連れだって歩く、特徴ある風貌の二人。
 だが……その会話は弾んでいた。
「……そうなの。亞里亞ちゃんは、その時も寝ちゃったんだ。」
「うん。亞里亞、いっつもおねむなの。でも……じいやが、よく寝ることはいいことです、って言うの。」
「そうね。寝る子は育つのよ。十分な睡眠は、幼年期の発育に必要不可欠だから。」
「はついく……?」
「あぁ、ごめんなさい。つまりね、よく食べて、よく寝るの。そうすると、亞里亞ちゃんはどんどん大きくなるのよ。」
「亞里亞……大きくなる?」
「そう。そうすれば、道にも迷わないわ。もっとたくさん、色々なことがおぼえられるし……うふふ、もっと奇麗にもなるわよ。」
「兄やに……逢える?」
 期待に瞳を輝かせる少女。薫はうなずいた。
「そうね。きっと逢えるわ。亞里亞ちゃんの、素敵なお兄ちゃんに。」
 心に、その言葉が響いた。小さな……ほのかな痛みだった。
「わぁ……!亞里亞、早く大きくなる!兄やに逢いたいな……」
「そう思っていれば、必ずかなうわ。あ、あとね、じいやさんの言うこともちゃんと聞くこと。」
 そこで、少女の顔が少し陰った。
「でも……じいやは、亞里亞のこといつも怒るの。だから、キライなの……」
「うふふ、それはね、亞里亞ちゃんのことが大切だからよ。大切な亞里亞ちゃんが、素敵なレディになれるように……そう思って、亞里亞ちゃんを見守ってくれてるの。」
「たいせつ……?」
「そう。じいやさんも、亞里亞ちゃんのことが大好きなのよ。大好きだから、亞里亞ちゃんがちょっと間違った時は、それを教えてくれるの。怒っているのは、亞里亞ちゃんを大切に思ってるからなのよ。うふふ、わかるかな?」
「じいやは、亞里亞のこと……キライじゃないの?」
 薫はうなずいた。
「そう。こんなに可愛い亞里亞ちゃんが、嫌いな人がいるわけないわ。本当に亞里亞ちゃんが嫌いだったら、亞里亞ちゃんが失敗しても、知らんぷりをしちゃうでしょうね。でも、じいやさんは、亞里亞ちゃんのことを大切に思って、大好きだから……亞里亞ちゃんを、一生懸命にお世話してくれるのよ。」
 全てわかるとは思っていなかった。少女は、じっと薫を見上げて……そして、うなずいた。
「うん……!じいやは、亞里亞のこと怒っても……亞里亞のこと、キライじゃないの。」
「そう。亞里亞ちゃんはお利口ね。その通りよ……!」
 薫は足を止めた。
 そうかもしれない。私も、あの子に怒っているけど……嫌いじゃないのかもしれない。
 嫌いになろうと努力した。できたつもりだった。でも、ダメだった。
 そうか……そうだったのか。だから、どうにもふっきれなかったのね。
 恋愛感情なんて、思考の産物。全て否定することも簡単。嫌いになれば、思い出そうとすることもない。
 そう信じていた……嫌いになったと。でも、そうじゃなかった。嫌いだったのは、そういう理由を求めてしまう自分。
 住所も言わなかった。携帯の番号すら教えなかった。次に逢う約束もしなかった。
 自分を守っていたかったから。
 でも、そんなの理由じゃない。本当は、とても怖かった。他人に自分のことを知られるのが。今の生活を乱されるのが。
 芽生えた恋心を、気付かれるのが。
 だから、一方的に期待して……その結果に、身勝手な理由を求めていたんだ。
 だから、一歩も先に進めなかったんだ。
「椎や……?」
「あ、ううん。ごめんね。ちょっと……フフ、考えてて。道はこっちでいいのね?」
「うん!亞里亞、兄やの所に行きたいけど……」
「ごめんなさいね。それは、じいやさんと相談してからにしましょ。」
「うん。だから亞里亞、椎やをおうちにご招待するの。兄やのお話、じいやにしてもらうの。椎や、亞里亞と一緒にご飯を食べて……一緒に寝る?」
 薫は笑った。
「うふふ、それもいいわね。ありがとう、亞里亞ちゃん。」
 薫は、ほがらかな笑顔でうなずいていた。また、ふっと思う。
 旅人……見知らぬ土地での、新しい出会い。
 あの子も、こんな気分だったのかな。
「わぁ……!椎や、早く……亞里亞と行こう……!」
 いい気分。いい出会い。そうか、ふふ……いい気持ちね。
 手をつないだ。久しぶりに、心が晴れた気がする。
 そこで……遠くの坂から、駆け降りてくる人影があった。
「亞里亞さまー!」
 小奇麗な装束の、まだ若い女性だった。
 息もつかせず、全速力で走ってくる。
「あ……じいや……!」
「えっ……?」
 少女と、そして走って来た女性を見て……薫は納得した。また、この子に驚かされちゃったのね。
 ふふふ。あの子との短い夏も、そうだったっけ。
「亞里亞さま!御無事でしたか……!」
「うん……亞里亞、椎やと一緒だったの……」
 独特な家政婦の装束に身を包んだ女性は、薫を見て驚いたようだった。
 会釈を返しながら、薫は少女に悪戯っぽくほほえんだ。久しぶりの、そういう気分だった。
「亞里亞ちゃん。ほら、さっきのこと……じいやさんに、聞いてみるんじゃなかったの?」
 少女が瞳を輝かせる。
「うん!あのね、じいや……じいやは、亞里亞のこと、好き?」
「えっ……!あ、亞里亞さま……」
 じいや……そう呼ばれた女性は、目を丸くして二人を見返した。
 そして、複雑に表情を変えながら……笑顔になる。
「もちろんです。私は……亞里亞さまのことが、大好きです。」
 ゆっくりと、言い聞かせるように。流石ね、と薫は思った。
「わぁ……!じいや、だったら、亞里亞のこと……これからもう、怒ったりしない?」
 薫は口元をほころばせた。本当に、子供をバカにしてはいけないと思った。 
 案の定、じいやと呼ばれた女性は様々に顔の色を変化させた。
 薫の方も窺う。薫は、微笑してうなずいた。この人になら、それで伝わると思った。
「そ、それは……いいえ。怒ります。私は、亞里亞さまをお叱りすることも、もちろんあります。もちろん、亞里亞さまが私に怒られるようなことをしたとき、だけですが。」
 心配そうに、それでも、はっきりと女性は告げた。
 そして……少女は両手を広げた。
「わぁ……!椎や、椎やの言った通りなの……!じいやは、亞里亞のこと好きだけど……やっぱり怒るの!亞里亞、じいやに怒られると……悲しくなっちゃうの。でもね、でもね……亞里亞、じいやのこと、だーいすき!」
 じいや、と呼ばれた女性の瞳が潤んだ。薫から見てもほほえましいぐらいに。
「亞里亞さま……」
「じいや、泣いたらダメなの。あのね、亞里亞、椎やのこと……じいやに、ショウカイするの。」
 涙ぐむ女性の手を握って、少女が薫を見た。薫はうなずいた。
「はじめまして。椎名薫です。日本からの旅行者で……」
 簡単に、事の顛末を説明した。少女が、話の節々で嬉しそうに笑う。
「そうでしたか……本当にありがとうございました。その、亞里亞さまは兄やさまのことになると、もう夢中で……」
「そうですか……ふふ、そうでしょうね。」
 この子の兄、か。どんな人だろう……薫は想像を巡らせた。何だか、あの子に似ている気がする。真面目で、お人好しで……少しおせっかいで。どこか、いじっぱりなところもあって。自分を表現するのが、ちょっぴり苦手で……
「椎や……?」
 楽しい想像を止めて、薫は少女にほほえんだ。
「それで……あの、私はそろそろ……」
 少女に悟られないように、薫は小声で言った。
「い、いえ……どうか、いらっしゃって下さい。親切にしていただいた方を黙って帰したとあっては、私が叱られます。それに、あの……亞里亞さまも、椎名さまに、その……」
「椎や……亞里亞と、行かないの?」
 少女の瞳が震えていた。薫は胸をうたれた。
 こら、椎名薫。さっき、あなたは何を考えたの。また、同じことを繰り返すつもり?
 素直になりなさい。少しは、この子を見習って。
 薫は首を振った。優しく、少女の頭を撫でる。
「ううん。そんなことないわ。うふふ、だったら失礼して、おつきあいさせてもらいます。亞里亞ちゃんのおうちに、招待してくれる?」
「うん……!亞里亞、椎やのこと大好き!」
「まぁ……よかったですね、亞里亞さま。」
「うん……!」
 薫は手をつないだ。さらに反対の手を、少女がもう一人の女性とつなぐ。
 奇妙な一行だった。だが、嫌だとは思わなかった。むしろ楽しかった。
 新しい出会い。旅に出てよかった。薫ははじめてそう思った。
 フフ、この先はどうなるのかしら。もしかしたら、そうね……日本でこの子のお兄ちゃんと出会って、うふふ、恋に落ちるかもしれないわね。そうなったら……私は、この子と義理の姉妹になるのか。
 それも素敵だな、と思った。まさか現実になるなどと思ってもいないが、空想することはとても楽しかった。
 街角での出会い、か。偶然って怖いわね。薫は思った。
 でも、素敵かもしれない。
 あの子と逢ったのも偶然だった。終わりは来たけれど……結果以外は、イヤだったとは思わない。
 別れを怖れていたら、出会いはないものね。薫は笑った。ありきたりなフレーズだった。
 きっとまた、新しい出会いがあるわよ、椎名薫。ほら、今だってそうじゃない。
「椎や、行こう……?」
「うん。それじゃ、行きましょうか。」
 薫は歩き出した。
 旅先で出会った、フランスの少女と共に。
 
 
 


[510]冬とSNOWなあとがき: 武蔵小金井 2005年01月24日 (月) 23時56分 Mail

 
 
 性懲りもなく、思い出したようにそそくさとお届けします。
 風邪が酷くって……ではなく。これはその、つまり。
 実に、思い出深い一本です。
 
 始まりは誤字でした。いや、それが全てなのかもしれません。先の一篇で「亞里亞」ちゃんを「亜里亜」ちゃんと表記してしまった私。ある方が書いて下さった感想カキコでその事実に気がつき、仰け反った果てに、この短編が生まれました。〆切りや釣り餌だけでなく、色々な燃料があるものなのだな、と深く思い知った師走の週末……だったと思います。
 本当にありがとうございました、お二方(涙)。この短編は私にそれを気付かせてくれたお二人に捧げられたものです。それはずっと同じです。再掲載に至り了承を取らずすみません。
 薫さんは永遠です。亞里亞ちゃんもですが。

 一月になって、街はかなり冷え込むことが多くなってきました。寒さはどんと来い!なのですが、身体の方はそうもいかず……というか若くないなぁ(爆)自分とか。時折、本気で指が動かないですよ。たらいにお湯を汲んで来るしか。愛機のバッテリーが飛んだり色々と泣けた新年ですが、嬉しい話もいくつか届いていたり。後はこっち方面に集中するために……やっぱり、気力ですね。どうも、某かの使い方を忘れているような自分です。
 とはいえ、流石に己の本性はわかっているので、単に宣言してしまえばいいだけなのですが。今月中に長編を一本、必ず上げる!とか。そういうのですよね。いや、ですから、それは無理ですって。ううん、無理だから言ってみただけなんですよねって冷たい視線でジトっと。
 そういえば、つばめ先生が可愛いんですよ。アフターレインですが、久しぶりにゲームを買わせて頂きますね。あ、vol.2だけとか駄目ですか。ととちゃんにも逢いたいんですが……toHeart2も欲しいなぁとか、その辺りは色々と。やっぱり、MO2って北へ。と並んで、自分の中で何かの起点になってますね。
 あぁ、また徒然っぽくグダグダと。うーん、やっぱり宣言してしまおうっと。信じちゃいけませんよ?嘘ですよ?えーっと……コホン『二月中にそれなりの長さの奴を一本上げます』ということで。
 うわぁ、見事に逃げましたね来月に。でも、ほら、短いですから来月は。もう、えっと……あと三十五日しかないんですよ。ほら、ドキドキしてきました。これですよ。これを待っていたんですよ。やらなければ、ダメです。
 ……薫先生ではありませんが、どうにも滅裂なのでこの辺りで。そんなに本気で取らないで下さいね。題材含めて、細かいのはまだちょっと。ずっと暖めていたモノではあるんですけど、どうにも怖くって……というか、苦手な方向なので。得手があるわけではないのですが、不得手は確実にあるって悲しいですよね。と、それではまた。

 読んで下さった方には、謹んで御礼申し上げます。



[Sweet Dreamer]2001/12/10,TaleArea投稿作品
 
 



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