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[760] アキソラ
まろ - 2004年09月21日 (火) 14時23分

10月末。
冬の気配の混じった秋の空は、悲しいほどに綺麗だった。
澄んだ空気と寒さが体にしみこんでいく中、俺は一人、学校の屋上にいた。
この時期に屋上に来るものなど、他にはいない。
冷え切った鉄のフェンスに背をあずけ、草臥れた制服のポケットから取り出した煙草に火をつける。
煙をゆっくりと肺に満たした後、俺はゆっくりと煙を吐き出した。
細く白い煙が、消えるように空に吸い込まれていく。
俺はただそれをぼんやりと見つめていた。
・・あいつも、この空を見ていたのかな
煙が全て空に溶け込んだ時、ふと、そんなことを思った。

一年前と八ヶ月前。
桜が咲き始めた時期に、あいつはやってきた。
俺は転校生など、もともと興味はなかったし、対して気にも留めてなかった。
まあ女ならば多少は興味を持っただろうが、男だったから論外だ。
だからあいつを初めて見た時のことなんて、正直言って覚えてない。
小柄で太目な体に、白い肌。笑うと目がなくなる顔。
これといって目立つ要素が何もないあいつに、他の奴らも特に興味を示さなかった。
そんな存在感のないあいつと、悪いことと女遊びしかしていなかった俺に接点があるはずもなく、俺たちは別々の時間を歩んでいた。
そしてそれは例外なく、いつまでも続くはずだった。
そう。あの日までは。

それは、夏の日だった。
とても暑く、湿気の多い、過ごしにくい日だった。
節電だか何だかで、全く冷房が効いてない教室は、一気に俺の気力を奪っていく。
どうにか昼までは耐えたものの、俺はさっさと午後の授業はふける事に決めた。
いつものように屋上に向かい、脇にある水のタンクの陰に腰掛ける。
胸ポケットに忍ばせてある煙草を隠れて吸うのが、その頃の俺の楽しみだった。
水のながれる音が耳を傾けながら、加えた煙草に火をつける。
ここは、俺の一番好きな場所だった。

「あ、こんな所にいた。」
ふと背後から聞こえてきた声に、俺は振り向いた。
見ると、どこかで見たような奴が居る。
「廊下で見かけて付いてきたんだけど、屋上に出たと思ったら居ないからさ。」
そいつは続けてそう言うと、両頬にえくぼを浮かべて笑った。
「確かにここなら見つからないだろうね。」
そして俺の隣に腰を降ろし、水のタンクをぽんぽんと叩く。
「・・・何か用?」
やけに嬉しそうなそいつの顔を些か怪訝に思いながら俺は尋ねた。
「えっと・・・俺と加賀君、次の授業の実験のペアなんだよね。」
「・・・だから?」
何を言うかと思ったら。
そんなどうでもいい事を言う為に付いて来たのかと少し呆れた。
俺は伸びをしながら、その場にごろりと横になる。
「・・・授業出る気ない?」
「ないね」
「どうしても?」
「・・・」
「そっか、じゃあ俺もさぼろうかな」
「・・・」
返事もしなくなった俺に諦めたのか、そいつはそれ以上何も言わなかった。
「煙草、美味しい?」
そして何を思ったか、そんな事を聞いてきた。
「・・・さあね、吸ってみりゃわかるんじゃない?」
何気なく言った俺の一言に、そいつは再び黙り込んだ。
沈黙が続く中、俺の吐き出す白い煙がただただ空へと舞い上がる。
その煙が鼻をくすぐったのか、隣でケホっと小さくむせる音が聞こえた。
しかし俺は、特に気にせずに煙を吐き続ける。
静かな、不思議な時間だけが流れていた。
「・・・一本、貰ってもいい?」
突然、水の音に消されそうな程の小さな声で、あいつは言った。
意外に思いながらも、俺は無造作に胸ポケットから煙草とライターを出し、放り投げてやる。
両手でそれを受け取ったあいつは、慣れない手つきで煙草を取り出し、火をつけようとした。
だが吸い方も知らないのだろう、ただただ煙草の先に火を近づけては離しを繰り返している。
「・・吸いながら火ぃ付けんだよ。」
見かねた俺が体を起こしながらそう言うと、そいつは「ゴメン」と恥ずかしそうに言った。
それでも要領が掴めないのか、何度か同じ動作を続けていたが、ようやく煙草の先が赤く染まりはじめた。
「ゲホゲホゲホッ・・・」
途端、そいつは激しく咳き込んだ。モロに煙を吸い込んだのだろう。
「大丈夫かよ。」
流石に心配になって顔をのぞくと、そいつの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
「の・・のど、すごいひりひりする・・・。こんなの、どうやって吸ってんの?」
そいつは真っ赤な泣き笑い顔を見せ、裏返った声でそういった。
「ぷ・・」
「?」
「ははははは」
何がそんなに可笑しかったのかは、自分でもよく覚えていない。
ただ、自然と腹の方から笑いがこみ上げてきた。
あいつは突然笑い出した俺を見て、驚いた顔をしていたが、直ぐにつられる様にくすくすと笑い、俺たちはしばらく笑いを止められなかった。
この日の出来事は、別々の世界を生きていた俺とあいつ、田辺の進む時間を引き合わせたのだった。

それ以来、田辺は良く俺に話しかけてくるようになった。
俺もあいつと話すことはそんなに嫌いじゃなかった。
そのうち自然に行動を伴うことが多くなり、周りはそんな俺たちを不思議そうに見ていた。
好きなものも嫌いなものも、ほとんど共通点のない俺たちだったが、田辺は俺のすること為すこと全てに興味を持ち、自分もやると言い張った。
煙草をはじめ、趣味で始めたバンド、小遣い稼ぎのバイト、バイク・・・女遊び以外のことは何でも真似た。
そしていつでも満面の笑みを浮かべては、俺に感謝の言葉を述べた。
「ありがとう」と。
今思えば、俺は勘違いをし始めていたのかもしれない。
真っ白いキャンパスに色を塗るような。何の経験もないあいつを、俺の世界に連れまわすのが楽しかった。
だからあいつが何を求めていたかなんて、その時の俺には解からなかった。

「女の人との経験なんてないよ・・」
夏も終わろうとしていたある日、あいつは弱弱しくそう言った。
女遊びをしたがらない田辺に、俺が**かと聞いたのが始まりだった。
「加賀はもてるんだろうね。かっこいいし」
そう言って笑った顔は、どことなく影があった。
確かに俺はほどほどのルックスをしている所為か、女に困ったことはない。
少し優しい言葉をかけてやれば付いてくる女は沢山居た。
「お前、もっと外見磨けばいいんじゃねぇ?」
「外見?」
「そー。外見。」
「着る服とか?」
「いや、カッコもそーだけど、まず体型絞れ。女のぽっちゃりは良くても男はNGだろ。」
「・・加賀ってひどいよね。気にしてるのに。」
からかった俺に、田辺はがっくりと肩を落とし、口を尖らせてみせた。
そんな様子がおかしくて、俺は小さく笑う。
田辺の反応はいつでもいちいち面白かった。
「気にしすぎて、着替えはいつも隅っこってのもどうかと思うけどな。」
「・・・」
「大体親父と二人暮しってのがいけねぇんだよ、むさ苦しい。」
「はは・・そうだよね」
続けてそういった俺に、田辺は罰が悪そうに軽く笑う。
その時、田辺の瞳が戸惑いで揺れていたことに、俺が気付くはずもなかった。
無知で馬鹿でお気楽な俺は、本当に何も知らなかった。何もわかっていなかったんだ。
「まあ、そのうち女、紹介してやんよ。」
「うん・・」
これが、友達だった俺達の、最後の会話だった。

何を思って、俺は突然田辺の家に行こうとしたのだろう。
特に用事があるわけでもなかった。
その日のバイト帰り道。俺の足は、自然と田辺の家の方へと向かっていた。
少し暖かかった秋の風が、気まぐれに俺の足取りを軽くしたのかもしれない。
一度学校帰りに寄ったことのある田辺の家は、何処にでもあるような平凡な作りの家だった。
お前、何から何まで平凡だな、と前に田辺に毒づいた記憶がある。
夕焼けに染まった家は赤く、どこかひっそりとしていた。
『俺の家、父子家庭なんだよね』
『親父はいつも夜遅くに帰ってくるんだ』
『俺?俺はいつも一人でいるよ』
田辺と交わした言葉が、頭の中を過ぎった。
部屋に一人でいるであろう田辺を思い浮かべると、何故か不思議と暖かい気持ちになる。
きっとあいつはいきなり訪れた俺に驚き、顔をくしゃくしゃにして笑うんだろう。
俺はどこかはしゃいだ子供のような気持ちで、玄関の横のチャイムを鳴らした。
しかし、家にいると思った田辺からの返事はない。
どこかへ買い物にでも出かけたのだろうか。
そんな風に思いながらも、とりあえずドアノブを引いてみる。
・・ドアは、開いていた。
あいつが家の鍵をかけずに外出するとは考えられない。
田辺は部屋で寝ているのだろうか。あるいは風呂に入っているのかもしれない。
しばらく考えた末に、俺はゆっくりと田辺の家に入った。
左手の、ビニール袋に入った2つの牛丼が、カサリと音を立てた。

家の中は全てのカーテンを閉め切ってあるのか、どんよりと暗かった。
アルコールのにおいが、薄暗い中に漂っている。
玄関には田辺の学生靴と、もう一足、男物の靴が無造作に散らばっていた。
どうやらあいつは家に居るようだった。
とりあえず声をかけてみようとした俺は、口を開きかけたところでやめた。
微かに聞こえてくる音に気が付いたのだ。
それは誰かの泣き声のようだった。
田辺・・?
俺は靴を脱ぐと、吸い寄せられるように音のする方へと向かっていった。
すすり泣く声は、近づくにつれて大きくなる。
・・いや、ただの泣き声ではない。
俺は、この声をどこかで聞いたことがあった。
暗い中、音を立てずに階段を上る。俺の心臓は、なぜか早鐘のように打っていた。
そして、その音のする部屋の前まで来た時、俺は確信した。
これは泣き声ではない。
“喘ぎ”だと。
そしてその部屋のドアの隙間から中を覗いた時。
俺の時間が止まった。

白い布団の上に絡み合う、2つの肌色の物体。
浅黒く大きな体の下に、潰されている白い体。
何が起きているかなんて、いくら馬鹿な俺でも理解できた。
小さな肉体は痛々しいほどに押さえつけられ、大きな体が動くごとに悲鳴を上げた。
抱え上げられた田辺のふっくらとした白い足が、男の肩越しに力なく揺れる。
その足に、無数の傷と噛み付いたようなあざがあった。
そして、おそらく体中同じ状態であろうことが容易に想像できた。
「う・・あぁ・・やぁ・・」
熱に浮かされたような声が、俺の耳を切り裂く。
叩きつけられる肉の音が、俺の頭をかき乱す。
俺の体は震え、のどがひりつくように渇いた。
そして。
「も・・やだ・・、と・・父さん・・!」
その言葉を聞いたとき、俺は逃げるように後ずさると、その場を後にした。


俺は一体今まであいつの何を見てきたのだろう。
俺はあいつの笑った顔しか知らない。
俺の知っている田辺は、あんな・・。あんな・・。
無我夢中で走った。
心臓が、壊れそうなくらいの音を立てて跳ねていた。
がむしゃらに走っても、田辺の声と白い体が頭から離れない。
何が平凡だ。
あいつは、実の親父とあんな関係を持っていた。
虐待され、体まで・・。
それでも何事もなかったかのようにいつも笑っていたのは何故だ。
あの家で暮らし続けているのは何故だ。
いつも教室の隅で着替えていた理由が、今更になってわかる。
くそ・・。
俺の胸に、何とも言えない感情が湧き上がってきた。
何も知らなかった自分が情けなくもあり、それと同時に田辺に裏切られたような気持ちにもなった。
田辺が俺に見せていた笑顔がすべて偽りだったような気がしてくる。
自分と田辺の関係が、どれだけ薄いものだったのか。
胸が鉛を飲み込んだかのように重くなり、やるせない思いと、どこか悔しい思いとが、俺の心を引き裂いた。

次の日。田辺はいつもと変わらぬ様子で学校に来た。
教室に入った田辺は、いつものようにクラスメイトに挨拶し、いつものように机に付き、いつものように俺の姿を探す。
そして、いつものように俺を見つけて、微笑んだ。
その笑顔が俺の胸をえぐる。
あいつと父親の関係が、昨日始まったことではないことを、嫌でも思い知らされた。
たまらない気持ちになり、俺はあいつを避けた。
声も掛けなければ、目も合わさなかった。
無論、田辺は戸惑い、しつこく俺にくっついてきたが、俺はただひたすらに無視し続けた。他になす術などなかった。
昨日見たことをあいつに言うというのか?
言ってどうなる。
もう前のように田辺を見ることは、俺には出来なかった。

「おい、加賀、どうしたんだよ」
その日の昼休み、いつものように屋上に居た俺に田辺は必死な様子でそう言った。
とうとうずっと自分を無視し続けている俺に、我慢が出来なくなったのだろう。
「・・」
返事をするでもなく、俺は煙草の煙を肺の奥深くまで吸い込む。
胸中は、冷静さを保つのに精一杯だった。
「なあ、何かあったの?俺、何かした?」
「・・」
「言ってくれなくちゃわからないよ・・」
田辺は顔を伏せた。長いまつげが揺れるのが見える。
「俺たち、友達だろ?」
「・・」
「違う?」
「・・」
田辺は何の反応もしない俺に軽くため息をついた後、俺の顔を覗き込むようにしゃがみこんだ。
そして、真剣な顔をして口を開いた。
「俺、加賀にはホントに感謝してるんだよ・・」
「・・」
「俺と友達になってくれてうれしかった。」
「・・」
「本当、加賀に会ってから俺・・毎日が楽しいんだ」
その田辺の言葉を聞いた途端、俺の何かが切れた。
抑えていた感情が、堰をきったようにあふれ出す。
「じゃあお前は・・親父とあんなことしてても楽しいってのか?」
「・・・か、加賀?」
感情のままに出た俺の声は、少し震えていた。
俺の言葉に、田辺の表情が固まる。
しかし、あふれ出した俺の言葉は、止まらなかった。
「親父に犯された次の日に、満面の笑みを浮かべて、俺と友達ごっこか?」
「か・・」
「まるで何もなかったように出来るなんて・・もしかしてお前、好きであんなことやってんの?」
「加賀・・」
「そうだとしたら、お前、おかしいよ。気持ちわりぃよ。」
そう言って睨みつけるように田辺の顔をみると、その唇は青ざめ、小刻みに震えていた。
「何・・・言ってるのか・・わからないよ。」
そんな俺から目を逸らし、田辺は泣きそうな声でそう言った。
まだ知らぬフリをしようというのか。
その姿がたまらなくムカついて、俺はついに切れた。
「じゃあこれは何だってんだよ!!」
次の瞬間、俺は力任せに田辺のシャツを開いていた。
ボタンが2つ舞うように飛び、次の瞬間、俺の目に赤黒い無数のマークが映る。
「あっ・・」
田辺は小さく声を上げ、直ぐに自分の体を抱きしめるようにうずくまった。
「・・ソレの説明してみろよ」
感情の高ぶりとは逆に、俺の声は冷ややかだった。
「昨日、お前ん家行ったんだ。それで・・見ちまった。」
俺の言葉に、田辺の体がびくりと震える。
「勝手に入って悪かった。でも俺、もうお前のこと・・普通に見れねぇよ。」
「加賀!」
田辺は弾かれたように顔を上げた。その目からは、大粒の涙が流れていた。
「加賀、違うんだ。俺、俺・・」
「・・」
「嫌いにならないで・・」
「・・」
「頼むから・・」
田辺は、流れる涙を拭おうともせず、震える両手で俺の手をつかんだ。
少し冷たい、そしてやわらかい感触がした。
田辺の涙で濡れた目が、縋るように俺を見つめる。
「加賀・・俺・・」
そして、田辺はもう一度俺の名前を呼んだ。
・・その揺れる瞳の中に、俺は田辺の気持ちを見たような気がした。
しかし俺は・・・何も答えることが出来なかった。
無言のままゆっくりと田辺の手を払い、背を向けた。
背後から、しゃくり上げる声が聞こえる。
鈍く痛む胸を押さえながら、俺はその場を去った。
いつになく冷たい秋の風が、俺たちの間を流れていった。

・・俺がこの時、田辺をひとりにしてしまったのは・・。
ちゃんとあいつの話をきいてやらなかったのは・・。
自分の奥に芽生えていた、田辺への気持ちに気付いてしまったからだった。
俺は・・逃げたんだ。

次の日から、田辺は学校に来なくなった。
心配じゃなかったわけじゃない。
けれど、俺と顔を合わせ辛いから来ないのだろうと勝手な解釈をした。
そして、田辺と顔を合わせないで済むことに、少し安心していた。
俺は浅はかだった。

「・・病院?!」
担任教師の言葉に、俺は耳を疑った。
「しっ・・あんまり大きな声では言わないでくれ。学校も表沙汰にはしたくないそうなんだ。」
「なんで・・あいつ・・」
「父親からの酷い暴行を受けたそうだ。医師の話によると、かなり長い間続いていたらしいが・・今回は特に酷かったらしい。」
「・・」
「まあ・・今は警察も動いている。話は以上だ。・・お前は田辺と親しかったからな。他の奴らにはあまり広めないように頼む。」
「はい・・」
それだけ言って去っていった担任を見つめながら、俺はその場から動くことが出来なかった。
あいつが暴行を受けていたことを俺は知ってた。
知っていて、助けようとしなかった。
酷いことを言った。
田辺・・・。
田辺!
気付くと俺は、駆け出していた。

静かな病院の一室に、田辺は居た。
その姿を見たときに、おれは言葉を失ったのを覚えている。
全身包帯に巻かれ、かろうじて見えているのは顔だけだった。
俺は言葉もなく、ゆっくりと田辺の側に行った。
あいつの顔は、傷とあざで覆われ、腫上がっていた。
目を瞑った田辺は、微かな寝息を立てている。
悲しみと虚しさが、俺の心を満たした。
「ごめん。」
そっと田辺の額を撫でて、それだけ言うのが精一杯だった。
窓から射すやわらかい夕日が、田辺の顔に落ちていた。
「ごめん・・。」
もう一度そう呟いた時、田辺の睫毛がぴくりと動いた。
「ん・・」
その目が、ゆっくりと開かれる。
「田辺・・」
田辺はうっすらと開いた目で、俺の姿を捉えた。
そして・・ゆっくりと微笑んだ。
「加賀・・来てたんだ。」
嬉しそうな、それでいて恥ずかしそうな擦れた声。
俺は胸が締め付けられ、喉が詰まった。
「ごめんな・・」
搾り出すように、もう一度だけそういうと、田辺は弱弱しく首をふった。
「・・俺、後悔してないよ・・。」
そして、ぽつりとそういった。
「え?」
「・・母親が死んでから・・親父おかしくなったんだ。」
「・・」
「毎日毎日酒ばっか飲んで・・中学の時に、俺を犯した・・」
「・・」
「俺が母親に似てるからいけないって、何度も・・殴られた。」
田辺は、窓の外を見ながら、呟くように言った。
「親父が怖くて・・俺・・逆らえなかった。いつ殺されるかって思って。・・何一つ逆らえなかった。」
俺はそっと田辺の手を握った。
その手を握り返し、田辺は真っ直ぐな目で俺を見つめる。
「でも、加賀に会って、俺・・変わりたいって思ったんだ。」
「田辺・・」
「いつも自分の道を生きてる加賀がキラキラしてて・・かっこよくて・・俺もああなりたいって。」
「・・」
「加賀の真似して・・加賀と同じようになってたつもりだったけど・・でも俺、やっぱり肝心なことからは逃げてたんだよね・・」
田辺の声は震えていた。
「でも俺・・もう親父に怯え続けたくなくて・・加賀に嫌われたくなくて・・」
「・・」
「初めて親父に抵抗したんだ・・」
「・・田辺」
「こんなになっちゃったけど・・俺ってやっぱ弱いね。」
田辺はそういっておどけて笑ってみせた。
俺はつられて微笑んで、それから田辺の手をもう一度強く握った。
「ねぇ、加賀・・。」
「何?」
「・・俺のこと、まだ気持ち悪いかな?」
不安げに俺を見つめる田辺の目が、愛しかった。
「気持ち悪いなんて、思ったことねぇよ・・。俺・・ホントは・・」
「・・なに?」
言葉が喉まで出掛かって、しかし俺は続けられなかった。
俺にはまだ勇気が足りなかった。
「・・何でもねーよ。」
そういって田辺の額を小突くと、あいつは拗ねたように俺を見た。
「ね、加賀・・また、俺と友達になって?」
田辺の言葉に。俺は、力強く頷いた。

それからしばらくの間、俺たちは他愛もない話をしていたが、看護婦に急かされたこともあり、俺は帰ることにした。
「んじゃ、また来る」
「あ、そうだ、加賀」
背を向けた俺に、田辺が呼びかける。
「何?」
「俺さ、この前・・加賀が行っちゃった後の屋上で、空見てたんだ」
「空?」
「うん。何もかも、吸い込いこんでしまうような。綺麗な空。」
田辺はその風景を思い浮かべるかのように、静かに目を閉じた。
「加賀、見たことあった?」
「いや・・」
空なんて気に留めてみたことがない俺は、首をすくめてみせた。
「加賀ってば毎日屋上にいるくせに・・もったいないよ?」
田辺はそう言って笑い、俺に手を振った。

まさか、アレが最期になるなんて。
あんだけ普通に話してた田辺は、脳出血だか何だかで、その夜に死んだ。
有り得ないくらいあっけ無かった。
病院なんてクソくらえ。
俺はその知らせを聞き、初めて泣いた。
声を出して、泣いた。
伝えられなかった想いが、胸の奥に沈んだ。


「あれから・・もう1年か。」
俺は呟くように言った。
あれから一度も来ることがなかった屋上。
ココに来たのは、ふとあいつの言葉を思い出したからだった。
誰も居ない屋上。冷たい風。
そして、澄み切った美しい空。
「・・ホントに・・綺麗だな。」
俺の吐く煙草の煙が、空に染み込んでいく。
「なあ、田辺。」
俺は、空に向かって語りかけた。
「何で、俺気付かなかったのかなぁ。毎日見てたはずなのに。」
空は、こんなにも綺麗だった。
もし・・。
もしも・・。
もっと前から気付いていたら・・。
お前が自分を変える勇気を持ったように。
俺もお前を好きだと言える勇気が持てていたのかな・・。

寒い秋の風は、冬の訪れを思わせた。
白い煙は絶え間なく空に吸い込まれていく。
そして・・小さくなった煙草が、ぽとりと足元に落ちた時。
俺はあいつとの思い出を、この秋空に溶かした。
決して消えることのなかった想いと共に。

[761] ええと
まろ - 2004年09月21日 (火) 14時35分

死にネタ、書いてみたかったんです。
殺しちゃってごめんよ、田辺・・。名前もなくてごめんよ・・。
後味悪くてすみませんが。。感想もらえると嬉しいです。

[764] 感謝です。
まろ - 2004年09月22日 (水) 09時41分

PONさん。
話の奥まで読み込んで頂けたようで、感謝感激であります。
自分のBL小説を人に読んでもらった経験がなかったので、どうなることかとヒヤヒヤしておりましたが。。沢山のアドバイス、参考にさせて頂きます。
さて、アトガキというほどじゃありませんが、いくつか裏話を。。
今回、田辺君の外見に花を持たせなかったのは、やはりリアルな話にしたかったからです。ありきたりな綺麗な少年の悲劇では、話が軽くなってしまうような気がしたもので。。逆効果だったかどうかはわかりませんが、彼の内面の可愛さが伝われば良いなぁと思っておりました。
それから、田辺君へのフォローがなかったこと・・。
実を言いますと、ponさんが仰られたような「田辺を救う言葉」・・本当はあったんです。最後に。
ですが、投稿直前に消してしまいました。
読み返して、何だか説明的な文章に、自分で萎えたもので。。
もっと文章力があれば・・!と後悔しております。うう。

有難いお言葉の数々、ありがとうございました(礼)
次回作も読んで頂けると嬉しいです。

[782] ありがとうございます。
まろ - 2004年10月05日 (火) 08時41分

藤砂李生様、感想をどうも有り難うございました。
もったいないお言葉まで頂き、感激です。。。
田辺くんのビジュアルに関して、失敗したかなぁと少し凹んでいたので、暖かいお言葉がとても嬉しかったです。
私もまだまだ未熟者ですので、藤砂李生様をはじめ、他のみなさんの投稿を読んでもっともっと勉強したいと思います。
本当にどうもありがとうございました。

P.S
こんなところに書くのはどうかと思いますが、藤砂李生様の投稿の続きを楽しみにしております。



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