[37774] コードギアス 戦場のライルB2 Inside Story 『Episode−1 繰り返される日常』 |
- Ryu - 2017年11月04日 (土) 13時32分
革命暦229年某月 E.U.ベラルーシ州リダ駐屯地−
「……クソッ!」
アサドは苛立ちも露わに、足元にあった空箱を力任せに蹴り上げた。例の命令を実行する為の実働要員として今晩ワルシャワのゲットーに出向く事となったのである。
別に名指しで実働要員に指名された訳ではないし、寧ろこんな命令を他の連中、まして女共に任せたくは無いとの思いから自ら動く事を志願したのだが、それでも遣る瀬無い惨めさと虚しさは隠せない。
(…もう、何年になるんだろうな。こんなクソみたいな任務に従事すんのは……)
何も彼にとっては今回の様な任務は初めてでは無い。最初に所属していたフランスの外人部隊の頃、当時の上官が正規軍復帰を目指しひたすら上にペコペコする様な男であり、連中の関心を得る為だけにイレブンだけでなく避難民に対して強盗紛いの事をやった事もある。
泣いて許しを請う老人から金品を取り上げ、必死に食い下がる親を痛めつけ、その娘を強引に連れ去り、その娘が『身体検査』と称して何人かの男達に連れていかれるのを見て……当時の酷さは今でも覚えている。
もっともそいつは部下達に対しては馬車馬の如くコキ使い、立場を傘に横暴な行動も多かった、有体に言えばゴミの様な男だった事で人望ゼロの嫌われ者であった為、最期は我慢の限界に達した奴から後ろ弾を喰らってくたばったのだが。
それ以降も色々な部隊をたらい回しにされたが、少なくとも今の部隊に流れ着く以前は碌な思い出が無い。いや、外人部隊に入る以前からそうだった…。
(ホント許されるなら正規軍の豚共の顔面に一発ずつ叩きこんでやりたいね…忌々しいが出来ねぇけど)
実際正規軍の連中に手を出してしまい、報復として補給が止められるやら廃品寸前の武器が寄こされるといった嫌がらせはまだ良い方、酷いのはでっち上げの罪状によって軍法会議にかけられて不名誉除隊、中には……な奴も知っている。
事と場合によれば自分一人の身で済む問題ではない。それも理解している為腹立たしさにまた一つ、アサドは足元の空箱を蹴り上げた。
「申し訳ありませんが今私達急いでいるんです。心苦しく思いますが私達に構わないでくれませんか」
「そんな事言わずにさ、君達の制服汚れているし、何よりケガしてるでしょ?」
「そうそう、やっぱり女の子は綺麗な服着てこそだろ?まして君達みたいな可愛い子ちゃんなら猶更!」
「だからさ、ちょっと俺達に付いてきなよ。今こっちで余ってる物資もあるし分けてあげるよ!」
アレクシアとイロナの2人は、どこから来たのか正規軍の若者達に声を掛けられていた。
彼等は心配そうな顔を浮かべ、親切そうな事を口にしている。だが自分達の脚やら胸やら全身を舐めまわす様な目線は隠しきれてない。
アレクシアは一見申し訳なさそうにして丁寧に断っている。だが表情は段々と無表情になって声も抑揚が無く平坦になりつつあり、その一方で内心では目の前の男を張っ倒したくなる衝動を抑え、イライラが溜まりつつあった。
イロナは先ほどから彼女の後ろに隠れている。目の前の連中は都合のいい解釈でもしているのか特に気にしてないが、間近にいるアレクシアにはわかる、呼吸の感覚が短くなり肩もほんの僅かだが震えている。
(不味いよ、昔のトラウマを思い出してるよコレ……ほんとコイツらさっさとどっかに消えてくんないかな)
いっそ強引に突破しちゃう?とも思ったがいつまでも断り続ける彼女達の態度に業を煮やしたのか、一番チャラチャラしてそうな男がのっそりと前に出てきた。下卑た表情を隠そうともせず、アレクシアの腕を強引に掴んだ。
「つべこべ言わずにこっち来いって!どうせ暇なんだろ?それに清純ぶってねぇで俺らにもご奉仕しろって言ってんだよ!」
「おいおいストレート過ぎるだろ!流石に隠せって!」
「別にいいだろ?どうせコイツら普段からそういう事ばかりしてるだろうし?」
「そういやここにいるって話だよな!うちの上層部に身体売って気に入られたけど飽きられて捨てられちゃったアバズレが!」
その発言にアレクシアもとうとう我慢の限界に達し、まずは大声で叫んでやろうと息を吸ったが、その前に第三者の声が聞こえてきた。
「何をしている?」
身体の芯まで冷える様な低い声を聞き、今にも連れ出さんとした正規軍の若者達が一瞬で固まった一方で、大声を挙げる直前のアレクシアといよいよ脚にまで震えが発生する寸前のイロナはすぐにその声の主に気付いた。
「「中佐!」」
アレクシアはすぐにゼラートの傍に駆け寄り、イロナは完全に彼の後ろに隠れた。ゼラートは徐に登録IDを目の前の男達に見せ付けた。
「E.U.ドイツ軍外人部隊所属のヴァントレーン中佐だ。先程私の部下に対していささか強引な扱いをしていた様に思えるが…宜しければその事についてと……アバズレだとか何とかと聞こえたが……一体誰の事を指しているのか、教えて貰えないだろうか?」
口調こそ丁寧だがドスの効いた低い声とどこまでも冷たい眼をした目の前の男に、正規軍の若者達は完全に震えている。連中からすれば目の前にいる男の階級は中佐で自分達准尉とは比べるべくも無い。
外人部隊だから何だ?それを理由に見下そうと思ったのは一瞬、彼から発せられる威圧感がそれを許さない。『外人部隊風情が』…そんな事口にしようものなら容赦なく潰される…そう思ってしまった。
「い、いえ、な何でもありません!ただそちらの方が腕を抑えていたので、どうかしたのかと確かめようと……」
「で?アレクシア」
「はい、先ほどからの会話、全部録音しています」
アレクシアは腰のポーチから小型の録音機器を取り出した。正直持っていただけで録音なんて全くしていないのだが、二人の仕掛けたブラフに気付くだけの思考回路も無い男達の顔面はどこまでも真っ蒼になった。
「!!に、任務がありますので、それでは失礼します!」
言うだけ言って、一刻も早くと言わんばかりに逃げる様に去った男共を見て、アレクシアは「二度と来るなバカ!」と小さく毒付いた。
「全く、これで何回目だ?それと大丈夫か2人とも?」
「は、はい!ありがとうございます中佐!おかげであの連中に特に何もされず…」
先ほどの様子から一変、イロナは本当に嬉しそうに自分達の上官と話している。彼女は人見知りが激しく見知らぬ男には目線も合わせようとしないが、同部隊の面々の一部の様に心許した相手には深く懐いている。
中でも自分といる時間というのが圧倒的に多く、周りからも仲の良い姉妹同然の関係と見られているし、自分もそうであれば良いなと思っている。いやだってコロコロ変わる表情が可愛いし、根は素直だし、本当に可愛い(大事な事なので2回言った)いい子なので、そうなっていいのなら是非ともなりたいと思う。
…ただ時折自分の事を別の誰かと同一視してないかと思う時もある。いや別に不愉快だとは言わないし、過去の経歴考えればもしかして…とは思う。ただ問題は彼女がそれに気付いているのかどうかだが。
それはさておき、他にも今彼女の目の前にいる中佐に対しては現在の上司なだけでなく事実上の保護者な事、あちらも冷たそうに見えて何だかんだで面倒を見て(何かいかがわしい意味合いに聞こえるが)可愛がっている事から、こちらはまるで親子か何かである。
まあ一部の連中からは彼女の事を「ペット」「愛人2号」と噂し、中佐も「そういう嗜好持ち」「色々と仕込んでいる」等と陰口を叩かれている。いや少なくとも現時点では全く持って事実無根の中傷である……彼女のあの様子だと将来怪しい気もするが。
(う〜ん、やっぱあの頃と比べると不謹慎だとは思うけど正直楽しいよ……あとはこんな場所でさえなければ完璧なんだけど)
彼女からすれば、イロナ以外にも基本怖いけど優秀な上官や割と気が合う奴が多い同僚達に対して不満は薄い、勿論全てがそうとはいかず、中にはもう荒み切ってしまった者、外人部隊に飛ばされたにも関わらず正規軍時代の感覚が抜けておらず居丈高な奴、飛ばされてしまったのもむべなるかなと言わんばかりの性格の持ち主もいるが。
ただパワハラセクハラばかりの上官や、何で軍人になれたのかわからない様な同僚ばかりだった正規軍の頃より、人間環境の点で考えればずっと良い。しかし今自分達がいるのは外人部隊、「死んでこい」と最前線に放り込まれるのが前提と化している部隊だ。
今回の様な嫌がらせも最早日常茶飯事、しかも絡んでくるのは正規軍の奴らだけとは限らない。ちょっかいかけてきたり、時には喧嘩売る様な真似をする他の外人部隊の奴もいるのだ。まあその場合は遠慮する事無くこちらも相応の対応をするのだが。
ただ環境下でいつまで戦えばいいのだろうか?そしてもし…エリア11とかブリタニアに征服された国からこっちに流れている人達の様に、自分達も征服秒読みのE.U.を離れてどこかに移って尚ブリタニアと戦う日が来るのだろうか?
そうなった時、自分はどうするのか……この部隊内に限らず、多くの外人部隊所属者はE.U.に対して不信感と嫌悪感が強いだろうから、捨てる事に抵抗は無いだろう、だが自分はやっぱり祖国に愛着はある分抵抗もある。
だが今更イロナと…皆と別れる事が出来るのか?ここに来た当初は腰掛け程度にしか思って無かったが、今ではこの場所を捨てたく無いと思っている。それに仮に祖国に戻ってどうする?何かしたい事や、どうしても残らなければならない理由でもあるのか?…いや無い。
決断しなければならない時が来るのは、案外早いかもしれない……アレクシアはそう思わずにはいられなかった。
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